夢追人ニュース

 国際ソロプチミスト十和田主催の茶話会が11月30日に十和田富士屋ホテルで開催。夢を実現するためのサポートプロジェクトの一環で「夢を拓く 女子中高生のためのキャリアサポート」茶話会が開かれた。
 田中キヨノ会長は「特定のキャリアを考えている人はいても、なかなか決められない方も多いと思う。自分の価値、興味などを知ってもらい、キャリアをもっている方に講師を頼み、講演を開催しました」と挨拶。
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 講師を務めたのは七戸町鎮座 新明宮 宮司 松林和子さん(68)「今、伝えたいこと」をテーマに講演を始めた。「私は若い頃は本当に活発で30歳で結婚。40歳では5人の子を持つ母になっていた。子育てに追われる中、37歳で兄である先代宮司が急逝した。宮司の世界は当時男性中心の世界だったので悩みも多かったし、やめたいと思う事が何度もあった。『大変だからこそやりがいと言う』という言葉に励まされ今日まで頑張ってこれた。これからは新しい令和の時代を生きる若い人たちの背中を押してあげたい」と語った。皆さんは自分の宗教は知ってますか?と問いかけるもほとんが知らないと答える。墓参りなど宗教的なものが日常生活にあっても気が付いていない。「おかげさま」という言葉にも「陰」という言葉に「御」と「様」がついている。「いただきます」は誰に言っているのか?この習慣も神様の教えであると話した。
 休憩に歌の時間をはさみ、後半は旦那様が趣味としている写真を紹介。その中で朝陽が昇る写真を紹介した。昔、電気も何もない時代の人たちは太陽をどう見ていたか?暖かさも明るさも与えてくれる太陽に感謝していたと思う。今は当たり前にある生活にも感謝する気持ちを持って欲しいと伝えた。西暦はイエス・キリストが生まれてからの数え方、247ある元号は日本独自のもの。これを見るだけで時代の背景も見えてくる。今年で126代目の天皇となり、新しく「令和」となった。この言葉の意味を知ることで私は好きになれた。大嘗祭に参加した時の思い出話しに花を咲かせ、世界から見た日本人の良さは謙虚である事、礼儀正しく親切であり、世界平和を願っていることと伝えた。講演終了後は玉串拝礼の作法を子どもたちに教 え、コーヒーとケーキを楽しみながら最後は半崎美子さんの「明日へ向かう人を」を合唱し講演は終了した。
 十和田市出身の小山田良三さん(83)が、アジア文化社発刊の「文芸思潮」が全国公募した第15回現代誌賞で、2年連続佳作を受賞した。小山田さんは教員を退職後、文芸活動に精力的に努め、コスモス文芸新人賞や日本文学出版大賞ノベル部門特別賞などを受賞。2013年から2019年まで青森県詩集に作品を掲載するなど活動を続けている。今回は都会に出た子どもたちのいざこざを描いた「告状刻下」、世界平和の想いを込めた「追憶」、北国の四季を綴った「北の徒然なる」の3作品が佳作に入賞。日常生活で感じた喜びや悲しみを詩で表現した。小山田さんは「もう年ですが、あと1年頑張ってみたい」と次回作への創作意欲を語った。
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 十和田レスリングクラブ所属の2名が素晴らしい成績を残し、入賞してきたことを報告に丸井教育長を表敬訪問し、清水目伸監督と同席し、結果を伝えた。
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 11月22日から開催された令和元年度東京知事杯第10回全国中学選抜レスリング選手権大会『女子39㎏級』で土井海亜奈選手(東中2)が全国3位、11月19日から開催された2019U15アジアレスリング選手権大会『男子フリースタイル48㎏級』で小川大樹選手(東中3)がアジア2位と大奮闘。
 小川選手は「日本とはスタイルが違って、決勝では受けが上手い相手で苦戦した。兄を超えられるように頑張って、次の大会では優勝したい」と抱負を語った。また、小川選手は今年度で卒業。U‐15から卒業して、次は高校での活躍が期待される。土井選手は「小学5年生から始めた。1年生でも強い選手がいるので次は勝ちたい」と語った。丸井教育長は温かな言葉を送り選手らの努力を労った。
第10代 商工会議所会頭に就任
明るく元気に楽しく行動する商工会議所
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~今泉 湧水さんプロフィール~
 昭和29年9月16日生まれ(65)十和田市出身。三本木高等学校を卒業後は専修大学へ進学。卒業後はそのまま帰郷し、家業である㈱十和田ビルサービスに社員として入社した。
 自身が小学5年生の時に父が起業した会社を継ぐために業務では清掃や廃棄物の運搬、機械の整備や警備員などなんでもこなした。社員、常務を経て、平成8年に社長に就任した。業務以外にも公益社団法人十和田青年会議所の理事長も務め、卒業後には十和田商工会議所青年部に入会。約13年、副会頭として前会頭の石川正憲氏(72)をサポート。石川氏からお願いされ、令和元年度の会頭として就任した。

 十和田市商工会議所の令和元年度の会頭として就任した今泉湧水さん(65)。株式会社十和田ビルサービスの社長として200人を超える従業員を雇用している。会社の創業は今泉さんが小学5年生の頃。三本木高校を卒業後に専修大学に進学し、後継ぎとして帰郷した。会社は多い時で300人を超える従業員を雇う時期もあった大企業として成長。当時は亀屋や松木屋、とう鉄駅ビルなど大きな建物もあり忙しかったと振り返る。今泉さんは帰郷後、会社に社員として入社してからは清掃業務や廃棄物の運搬、機械の整備工事、警備員など、なんでもこなして仕事を学んだ。
 また、公益社団法人十和田青年会議所(以下、十和田JCと略)に25歳の頃に入会。当時は100人を超える会議所として盛り上がり、飲み会も多く町は活気にあふれていた。日本JCに出向が決まったときは飛行機で西日本へ何度も足を運んだ。あの頃が仕事との両立が一番大変だったと振り返る。JC時代にはまちづくり市民会議を起ち上げ、当時はまだ壁のあった民間と行政のつながりを作ったことが一番の思い出。39歳で十和田JCの理事長として就任し、直前(理事長の次の年に勤める役職)を務めて卒業。当時はJCを卒業してからでないと十和田商工会議所(以下、十和田YGと略)には入会できないという風潮があったという。卒業後はそのまま十和田YGに入会。入会と同時に県連の専務理事に抜擢されるなど、忙しい中で翌年に父の後を継ぎ、平成8年41歳の若さで㈱十和田ビルサービスの社長として就任した。
 十和田商工会議所入会から25年、会頭を5期続けて来た前会頭の石川正憲氏の任期満了に伴い、令和元年度の会頭として就任した。
 会頭となり、まず初めに第二期の中心市街地活性化の認可が下りたので、これを活かしたい。上手くいけばこれから人の流れはガラっと変わっていく。逆に言えば、これが中心市街地活性化のラストチャンスだと思っている。観光客は多いが、お金を落としてもらう仕掛けを作らないと活性化にはつながらない。若い人に空き店舗を活用してもらい、高齢者や観光客が立ち寄れる居場所を作ってもらいたいと語った。
 十和田市には仕事はいっぱいある。どこの会社でも仕事があっても人手が足りないとの声を聞く。働く若手があれば十和田市はもっと活性化していく。昼の仕事をしている人から夜の清掃でバイトをしたいという声もある。働きたいのに働けないのは残念だがこれは仕方ない。会社側からは有給など休んでも給与を保障しなければならないから大企業であれば金銭的な部分で、小企業であれば人員的な部分で負担は大きくなる。働き方や雇用の方法を考えて、選ばれるような会社にならないといけないと思う。
 街中を歩く人はほとんど見ないが秋祭りなどでは道が埋め尽くされるほど若い人も歩いているのを見ると、十和田もまだまだ捨てたもんじゃないと安心できる。ただ町内会の集まりでは子どもはほぼ見ない。日本全国どこでも言えることだが少子高齢化の波はどうにもならない。ただ、住むのなら十和田市はまだ他と比べていいとは思う。車で1時間圏内で山にも海にも行ける。特に近年、自然災害が多発しているが、台風被害もほとんどなく、内陸だから津波もないし、上下水道を全部通してあるから断水もない。空港も漁港も電車もないが、安心・安全で暮らせる街としてPRしたい。
  商工会議所として商業・工業に関わる人たちの意見を聞き、それを行政に要望を上げる役割をするのが仕事。前会頭の石川さんが「行動する商工会議所」を掲げていたので、私はそれに「明るく元気に楽しく」を付け加えて、会頭として責務を果たしたいと語った。
 十和田市こども劇団の第26回定期公演「新釈・銀河鉄道の夜」が11月10日、十和田市民文化センターで開催された。あらすじは...おさななじみのジョバンニとネルラの物語。友だちにいじめられて仲間外れになっているジョバンニを気遣うネルラ。幼いころのように打ち解けられない二人だったが、星まつりのある日、不思議なアナウンスとジョバンニを呼ぶ声が聞こえ、フタルの星空を巡る銀河鉄道の旅が始まる。「本当の幸せ」を探し求めるジョバンニとネルラの旅の旅にはどんな出会いがあるのか...
 ジョバンニを演じた黒田萌々香さん(附属中1)とネルラ役の杉沢芽郁さん(三本木中1)が熱演。車掌を演じた菊池百華さん(六戸中3)が銀河鉄道を案内しながら、そこで出会う人たちとの触れ合いの中で成長する二人を見守る。ジョバンニとネルラの別れのシーンでは本当の幸せが何なのかを語り合う。
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 演劇の最後は出演したキャスト全員で歌とダンスを披露し、会場からは大きな拍手が送られた。十和田市こども劇団では劇団員募集中。演劇体験教室参加者も募集している。詳しくは...080‐1834‐5134(大久保)迄。またはホームぺージ/http://13.plala.or.jp/nonono/index.htmlを検索
 映画「三本木農業高校、馬術部」に登場した盲目の名馬「タカラコスモス」その愛称の「コスモ」からたくさんの人に愛されるようにコンクールの名前となった「さんのうコスモ賞」。子どもたちに身近にある自然や食べ物に感心を持ってもらおうと、小・中学生を対象に生物や環境の観察・実験の結果、決められた食材を使った創作料理や加工品のアイデアを募集。11月2日から開催された山農祭で授賞式が行われた。
 同校の遠藤校長は「青森県立三本木農業高校は創立121年を迎える青森県内で3番目に歴史と伝統のある学校。農業だけではなく、生物、環境、食物など総合的な科学の高校としてある。世の中のいろんなものに疑問をもって欲しい。今回は87点の応募から選ばせてもらった。多角的な視野で物事を考えられる人になって欲しい」と挨拶した。
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 今年の食のコスモ賞のテーマ食材は「トマト」。コスモ賞を受賞したのは八戸市立島守中学校3年・松倉園珠さん。3年連続で応募し、今回、念願のコスモ賞を受賞した。題名は「夏にピッタリトマト蒸し」。松倉さんは「3年目でやっと受賞出来て嬉しい。トマトが苦手な人も食べられると思います」と喜びを語った。
 平成29年度から始まった表記プログラムについて、「自立と分散で日本を変えるふるさと知事ネットワーク」に参加する全国15県のうち、今年度は11県が実施。青森県では東京大学内で選考された4名を受け入れ、7月から現地活動を行ってきた。その現地活動の一環として、十和田市立第一中学校の1年生15名との交流授業を開催した。
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 第一部は講師として東京大学工学系研究科システム創成学専攻 修士2年の桑原佑典さんが務め「十和田湖カルデラ及び奥入瀬渓流の成り立ちについて」をテーマに授業を行った。火山・マグマとはどういうものなのか、噴火の仕組みを説明し、十和田湖・奥入瀬渓流がどうやってできたものかの地質学的な座学を教えた。生徒らが楽しく興味をもてるように「メントスコーラ」「ココアカルデラ」「コンデンスミルク溶岩ドーム」などの実験を行った。生徒らも興味深く観察し、ワークシートに記入しながら十和田湖・奥入瀬渓流の成り立ちを学んだ。
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 第二部は同科の石田美月さんが講師を務め「東大生との交流~大学・大学院とは?東大ってどんなところ?」をテーマに授業を開始。最初は制作した動画を見せながら東大にはどんな科があるのか、なにを学ぶのか、大学院へは何故行くのか、そこでは何を専攻するのかなどを紹介した。
 質疑応答の時間では講師を務めた二人も中学まではそこまで勉強をしていなかったが、東大へ進学する事を決め、高校時代には12時間の猛勉強をして合格する事ができた。探求する気持ちや疑問を持つことが大切だと伝え「君も未来の東大生!」と第一中の生徒らが東大へ進学することを願い交流授業は終了した。将来、第一中卒業生から東大へ進学する生徒が出たのなら、今日の授業は大きなきっかけになったと言えるだろう。
 令和元年度のとわだ市民カレッジ第7講座「農家さんも超高齢化 どうする?どうなる?令和時代の食と農」が11月7日に十和田市民文化センターで開催された。
 講師を務めたのはフードプロデューサー・野菜ソムリエ・養生薬膳アドバイザーの「タナカ トウコ」さん。
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 始めに現在農家さんの平均年齢は66・8歳、約7割が65歳以上となっている。農地は25%減少し、耕作放棄地は増加傾向にあると伝えた。その原因として、儲からない、休みがない、天候に左右され収入が不安定なことから、継ぎたくない、継がせたくないという背景。長い経験で培われた感覚的な技術継承の難しさや、世襲ではない場合の莫大な初期コストがかかるという新規参入の壁。近年多発している深刻な自然災害による離農などがあると伝えた。
 TPPにより、輸入が自由となり、遺伝子組み換えのゲノム編集など、世界的な食の安心・安全が不安視される中で、青森県民の健康問題と照らし合わせ、「廃」活用や土壌診断など、健康的な野菜を育てる工夫、摂取することが必要。青森県で取り組んでいるTOM‐VEGE(十和田おいらせミネラル野菜)や幸せの黄色いりんごなどの事例を紹介。また高齢化・少子化に対応するための果樹栽培支援アプリや「e‐kakashi」などスマート農業に関する事例を紹介した。
 人生100年時代となり、60代が若手と呼ばれる時代になるかもしれない。バランスの良い食事をとって、死ぬ直前まで健康で「現役」として自立していくことが令和時代に大人になる子どもたちのために、私たちひとりひとりができることと思うと語った。 令和元年度のとわだ市民カレッジ第7講座「農家さんも超高齢化 どうする?どうなる?令和時代の食と農」が11月7日に十和田市民文化センターで開催された。
 講師を務めたのはフードプロデューサー・野菜ソムリエ・養生薬膳アドバイザーの「タナカ トウコ」さん。
 始めに現在農家さんの平均年齢は66・8歳、約7割が65歳以上となっている。農地は25%減少し、耕作放棄地は増加傾向にあると伝えた。その原因として、儲からない、休みがない、天候に左右され収入が不安定なことから、継ぎたくない、継がせたくないという背景。長い経験で培われた感覚的な技術継承の難しさや、世襲ではない場合の莫大な初期コストがかかるという新規参入の壁。近年多発している深刻な自然災害による離農などがあると伝えた。
 TPPにより、輸入が自由となり、遺伝子組み換えのゲノム編集など、世界的な食の安心・安全が不安視される中で、青森県民の健康問題と照らし合わせ、「廃」活用や土壌診断など、健康的な野菜を育てる工夫、摂取することが必要。青森県で取り組んでいるTOM‐VEGE(十和田おいらせミネラル野菜)や幸せの黄色いりんごなどの事例を紹介。また高齢化・少子化に対応するための果樹栽培支援アプリや「e‐kakashi」などスマート農業に関する事例を紹介した。
 人生100年時代となり、60代が若手と呼ばれる時代になるかもしれない。バランスの良い食事をとって、死ぬ直前まで健康で「現役」として自立していくことが令和時代に大人になる子どもたちのために、私たちひとりひとりができることと思うと語った。
ダンスイベント「Foot Step」で表現豊かなダンス・振り付けをする
ダンサー 兼 保育士  福地 幸恵さん
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↑愛犬のコテツと写真撮影する幸恵さん
 ダンスイベントFoot Stepでダンス講師を務めている福地幸恵さんは1987年8月25日生まれの十和田市出身。十和田西高等学校を卒業後はロサンゼルスにダンス留学した。小学生に習っていたバレエでは人前に出るのは苦手で辞めてしまったこともあったが、母にわがままを聞いてもらい留学を決める。あてもなく海外へ行くも、習った英語も通用せず、次の日には帰りたいと泣いて電話したこともあるという。それでも午前は語学学校、午後はダンススクールに通いながら本場アメリカで経験を積む。
 1年の短期留学から帰国してからは東京でアルバイトをしながらダンスを続け、ダンススクールに通ったり、舞台で踊ったりしながら日々を過ごす。帰国してから3年後、母との約束通りに資格を得るために横浜市の短大の保育科に入学。卒業し保育士となってからもダンスに重きを置きながら託児所で働いた。
 去年の春に結婚を機に帰郷した。保育士として働きながら小さな森こども園2階や東コミュニティセンターなどを借りてダンス教室を開催して講師として活動している。
 FootStepは初めに最初は生徒3名からスタート。母から障がい者の子のためにダンスをやらせたいとお願いされ、小さな森こども園主催で始まった。今では健常者との垣根もなく、ダンスをしたいと生徒も増え続け、今年で第11回目となった。現在は70名まで増え、独自に開催するダンスイベントとして開催した。
 ダンスだけではなく、歌を歌ったり、太鼓などの楽器も使って。将来的な夢は自分のダンススタジオを持つこと。上手になるのが目的じゃなく、歌やダンスや楽器を通して表現する楽しさを知って欲しいと語った。現在も生徒は募集中。ダンスを習ってみたい方は...【 footstepis1234@gmail.com 】迄。
 川崎富康先生(享年91歳)の追悼マンドリンコンサートが10月22日に十和田市民文化センターで開演された。故川崎さんは五戸町出身で教員時代にサッカー部のなかった五戸高校で顧問となり、県内でも強豪校と呼ばれるほどの礎を築いた指導でもあり、趣味で始めたマンドリンに音色に魅せられ、1964年にクラブを設立し、現在に至る。当初は演奏もしていたが、主に指揮者として編曲を担当し活躍。厳しくも情熱的な人柄で周りからも慕われていた。
 来賓挨拶では小山田久市長、十和田市文化協会の中里茉莉子会長が「市の文化にとって大きな柱を亡くした。今でも川崎先生の優しい笑顔が目に浮かぶ」と故人との思い出を語った。
 後を継いだ藤原寿子代表は「亡くなってからちょうど100日。何度も心を折られそうになりながらも周りの人たちに支えられ、この日を迎えることが出来ました。国民にとっても特別な日(即位礼正殿の儀)に開演できることは喜ばしいことです。今日は秋田県や盛岡からも賛助出演してくれた方もいて嬉しい。まだまだ未熟ではありますが、少しでもいい演奏をと努力しますので」と挨拶した。
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 コンサートは3部構成となっており、第1部では「ロンド」「愛の挨拶」などをマンドリンの演奏で披露。第2部では川﨑さんが30年近く団長を務めた「とわだ混声合唱団が賛助出演し、心を込めた合唱で会場を包んだ。フィナーレはマンドリンの音色で奏でる「千の風になって」を会場全体で合唱した。
 終演後、十和田マンドリンクラブ藤原さんは「先生も千の風になって一緒にいてくれたと思う。ありがとうと伝えたい」と話した。
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