夢追人ニュース

 お菓子のみやきんが七戸町笊田の国道4号線沿いに整備された新本社・工場「SWEETS STUDIO」の落成式を行った。
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 新工場は400坪、食品衛生管理の国際規格「HACCP」取得を目指し、エアシャワーなど徹底的な衛生管理に務め、県外・海外への販路拡大を視野に入れ、生産能力は4~5倍に増量。
 工場内では粉を使って生地を仕込む仕込室・バームクーヘンなどを焼く焼成室・近日中に消費する生菓子などを手作りで仕込む上生 朝生準備室・1分間に20~40個を包装機で作る包装作業室・板重(お菓子を入れて重ねる箱)などを洗浄する洗浄室・冷やしたまま伸ばす生地などを扱うパイローラ室・フラットで台車のまま入れる冷蔵庫など部屋ごとに役割があり、大量生産が可能な最新の設備と繊細な技術が必要な人の手作業で稼働している。
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 宮沢一史社長は「お客様が製造工程を見学出来る専用通路もあり、将来的にはカフェと販売店を隣接し、ドリームストリートと名付け、観光・販売の拠点として地域活性化につなげたい」と語った。
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 宮沢会長は「みなさんのおかげで工場を建てることが出来た。父と子が共に夢見た願いが叶った。」と挨拶した。
 工場の製造工程見学は午前9時から正午まで無料公開される。また、3月9日から「餅駒饅頭」140円(+税)も新発売される。お問い合わせは...0176‐62‐5100迄
自然と暮らす家づくり
次の代にも残したい「いわ木の家」
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~岩木勝志さんプロフィール~
 昭和29年2月20日生まれ(64歳)
旧十和田湖町生まれ。中学を卒業後、家業である建築の世界へ足を踏み入れる。創業は昭和30年、昭和58年に会社として設立し、父親が亡くなった平成11年に代表取締役として就任した。木材を使った住宅に着目し「いわ木の家」を設立。県産材を使用した自然と暮らす家を提案し、あおもり県産木造住宅コンテストで受賞する。
 「第10回あおもり産木造住宅コンテスト」で一般投票による特別賞を受賞した有限会社岩木建設 代表取締役・岩木勝志さんを訪ねた。
 中学を卒業してから家業である建築業で大工として学び、今年で勤務49年の職人。平成11年に亡き父の後を継ぎ、有限会社岩木建設・代表取締役として就任、後に同敷地内にいわ木の家設計事務所を設立した。
 岩木さんは集成材(何枚かの木を接着・圧縮して合わせたもの)ではなく無垢材に着目し、木本来の自然の性質を活かしながら家を建てたいと思うようになり、県産材を使用(青森県産材は8割、2割が秋田)。からまつやヒバ、杉など木にはそれぞれに特徴があり、適材適所に使いながら、木目や匂いを感じながら自然の中で暮らすイメージで家を建てたいと感じた。
 いい意味で現代の建設業界は技術も発展し、2×4やプレカット製法(先に枠などを作る技術)など、家を建てると言うよりも組み立てるような技法が増えてきた。理由はコスト削減と簡略化だが、本当の意味で木を扱える職人が少なくなってきたのは残念。若い世代にも伝えていきたいが、育つ前に辞めてしまうのが悩みだと教えてくれた。
 自然の木の良さの分かり易い違いを聞くと、木目のシートを張った板材とカンナで削った無垢材を触らせてくれた。触り心地はもちろん、木の温かさが全然違う事に驚いた。本は本来、熱や水気や匂いを吸収するもので発散するもの、木目も当たり前に違い、同じ柄を並べたシールには出せない味がある。岩木さんは「次の代まで使える丈夫で長持ちする自然の家をお客様に届けたい」と語った。
元気になって自宅に帰れるように
健康管理を支援する新施設長
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~小田正博さんプロフィール~
 昭和20年3月9日生まれ(73歳)岩手県盛岡市出身。弘前大学医学部に進学し、医師免許を取得。それから48年間地域医療に従事し携わってきた。福祉の里の山本理事長の要請を受けて、今年1月にみのり苑施設長として就任。
 今年1月から「社会福祉法人福祉の里・老人保健施設みのり宛」の施設長・医師として就任した小田正博先生を訪ねた。介護施設は特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、グループホーム、有料老人ホームなど様々あるが種類や目的の違いを明確に説明できる人は少ないだろう。
 介護老人保健施設(以下、老健と略)は本来、病院と自宅の中間施設という位置づけになっている。怪我や病気などで病院へ入院し、治療が済んで退院しても、自宅での生活がすぐには困難な状態であれば、自宅に戻る前に施設に入所してもらい、在宅生活を想定したリハビリを行い、在宅復帰のための支援をすることを目的としている。
 小田先生は「山本理事長の要請で施設長として就任した1月は上北保健所管内でインフルエンザ警報が発令され、施設内でも数名の感染者が出たため、集団感染を防止する対策に追われたことが大変だった。」という。その理由として、みのり苑では入所者が100名、通所リハビリテ―ションの利用者が一日で約90名おり、他の施設に比べて毎日の人の出入りが多いためだと言う。
 みのり苑では看護師、介護福祉士、理学療法士、作業療法士や介護支援専門員など多職種の有資格者が勤務しており、それぞれ役割分担して利用者への支援を行っている。在宅復帰率は県内62ある老健の中でもトップクラスを誇り、高い在宅復帰率でありながらも中・重度の利用者の受け入れも積極的に行い、医療面でのサポートを中心に高齢化がすすむ地域社会への対応も行っている。
 小田先生は「入所者の健康管理に最大限注意を払い、在宅復帰のための支援とこれからも高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らしていけるように職員と力を合わせて医療と福祉のサービスを行っていきたい」と語った。
 十和田市立東小学校3年生と保護者ら約150名が集まり、2月3日に十和田バラ焼きゼミナールと協同して「日本一長いバラ焼き入りの恵方巻き」作りにチャレンジした。
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 初めにバラゼミ舌校長の畑中氏からなぜバラ焼きでまちおこしなのか?B‐1グランプリやバラゼミの今までの活動をスクリーンで紹介しながら観光の原点はふるさとを支える力、十和田プライドの構築が必要だと論じた。そして子どもたちに今回はバラ焼き入り恵方巻きの日本一を目指すが、それぞれに得意な事や好きな事を頑張ってオンリーワンの人間になって欲しいと呼び掛けた。ただバラ焼きをやるのではなく、なぜやるのか?それがどういう結果につながるかまで説明を聞いた児童・保護者らは真剣な笑顔で恵方巻きに取り組んだ。
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 つなげたテーブルの上にラップを引いて、長く伸ばして敷いた海苔に酢飯をのせ、バラゼミメンバーと一緒に鉄板で調理した玉ねぎとバラ肉を炒めたバラ焼きをトッピング。それを畑中舌校長の掛け声で合わせて一気に巻いた。全員でゆっくりと持ち上げ長さを計測。最長となる【38・6㍍】を記録し、バラ焼き入りの恵方巻き日本一の長さを更新した。児童・保護者らは歓声を上げて喜び、作った恵方巻きを笑顔で食べた。
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 十和田市立第一中学校で取り組んでいる「ふるさと学習」の一環で「移住者さんと語ろう第2弾ワールド編」が1月18日に開催された。ゲストは十和田市に移住してきた稲生町の「14‐54」のオーナー、マイケル・ウォーレンさんとアレックス・クイーンさん(当日は都合が合わずに欠席)が講師として十和田市立第一中学校2年生22名の生徒と移住をテーマに英語で語り合った。
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 マイケルは五戸でALTをしたことがあり青森を知った。毎年、五所川原の立佞武多を見に行くなど青森の様々な魅力を好きになった。自身の新しい表現の場として都会と田舎をつなげたいと感じ、条件のいい物件を探していたら十和田市にたどり着き「14‐54」をオープンしたという。メインの仕事は東京でとても忙しい→田舎にくると落ち着く→けど少し物足りない→何か出来ないかと新しい自分を考える→音楽イベントや地域交流の場として企画して楽しんで欲しい。一つの事にこだわり過ぎずに「I am~(私は○○)」と言えるものを何個でも持って欲しい。それをまとめたものが私になる。自身の紹介を兼ねて生徒らに考え方や活動を伝えた。
 生徒からは「外国から見た十和田市はどう映っているのか?」「十和田市に移住してきて何をしたいのか?」など英語で質問がありマイケルは質問の意味をしっかりと受け止めながら丁寧に答えていた。また、当日これなかったアレックスの人物像が想像できる放映された録画映像を見せて移住者として周りに助けられた事、地元の人たちと仲良く出来たことなどを伝えた。
 外国人移住者との語りの場は出来るだけ英語で進行されていた。元ALTの英語を学びながら、ふるさとを確認し、外国人移住者の考え方や働き方など知るなど学ぶことが多かった時間となった。
 ふるさと活性化のためには一生地元から出ないのではなく、一度くらいは県外、国外を見て知るほうが新たに見えてくるものがあるのだと学んだ授業となった。
 青森県立十和田工業高等学校でITH合同会社の副会長・高見雅之氏を招いて「ドローン」の講座が開講された。高見氏は十和田市出身で東海大学工学部工学科を卒業後、土地家屋調査士の資格を取得し独立開業。2011年からドローンの産業利用について学び、2年前にITH合同会社を起ち上げドローンを活用した様々な産業・開発に取り組みながら、技術者の人材育成もしている。
 今回の講座は2回目となり十和田工業高等学校電子機械科2・3年生67名が高見氏の講演に耳を傾けた。ドローンは飛ばす技術だけではなく総合的な知識が必要で航空工学・測量学・気象科学・法学・無線工学・写真工学など知っていなくてはならない。航空法規も厳しく資格だけではなく「許可」を受ける事が出来ないと飛行操縦は出来ない(200g以下は不要)。
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 何故航空法規が厳しいのかというとバッテリー(リポ電池)の危険性(酸素が無くても燃える液体があり温度で左右されやすい)、ドローン墜落時の危険性(落下で起こる人身事故や火災事故など。電波障害などの原因がある)があると伝えた。車と同じく資格や経験が必要で気を付けていても事故は起きる。便利ではあるが危険物だという認識が必要だと始めにドローンの危険性を強調した。
 また、事故の動機が「善」か「悪」か大事な事で使用する人の目的によって危険物として扱われるか、今まで出来なかったことも出来るようになる夢の空の産業革命となるかが決まる。将来、AIが発達してくると機械が人に変わって仕事をする=人の仕事が奪われる時代がくる(人気アニメ・ドラえもんで「どこでもドア」が開発されてから航空や鉄道などの交通産業がなくなったという切ないシーンもあった)。しかし使い方を考える発想・創造は人にしか出来ないことだから工業高校の生徒は将来産業革命を起こす可能性を秘めていると伝えた。例として人が行けない場所の撮影や赤外線を使った深夜の撮影、写真をデータとして取り込んだ3D画像などドローンでしか出来ない役割があると伝えた。
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 講義後半はドローンの飛行実習を行い、生徒らはドローン操作に挑戦しながらゆっくりと上下左右に動かしていた。新しい職種として空の産業革命を起こしたドローンの可能性を広げる生徒が十和工電子機械科から輩出される事を期待したい。
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「トワタラ‐断崖の湖」発刊
 十和田市焼山にスタジオをもつ写真家・岩木登さんが平成27年に発刊した「ワッカ」に続き、平成29年に十和田湖の魅力を伝える待望の写真集第2弾「トワタラ‐断崖の湖」を発刊した。前回の水をテーマにした「ワッカ」は十和田湖を中心に美しく深みのある青と緑を表現したが、今回の「トワタラ」は奥入瀬渓流や十和田湖の自然の深い場所を撮り歩いた作品となっている。透明度の高い十和田湖の湖面や断崖に囲まれてある神秘の中湖、季節や時間と共に変化していく自然の歴史の一瞬が表現されている。
 写真集は最先端のキヤノン業務用プリンターを使用した高品質な仕上がりで約60ショット52ページ。価格は13000円(税込)で販売となる。お問い合わせは...090‐3317‐7918(イワキスタジオ)迄。
自然と観光の矛盾
 十和田湖の自然の美しさに魅せられてきた岩木さんはアイヌ語でワッカ(水)を意味する写真集の次にト(湖)ワタラ(崖)を意味する写真集を作った想いも語った。
 最近はインバウンド(外国人観光客)が増え始め多くの人が集まり出した。それはいいのだが同時に観光整備や観光客で環境は汚されてきている。人が多く通る場所では野鳥も巣を作ることはないだろう。エコツーリズムもエコの意識は薄れていき観光側に力を入れているように感じる。逆に云うと観光客も観光コースの景色しか知らずに帰っていくことになる。十和田湖・奥入瀬渓流には他にもこんなに素晴らしい自然の景色はあるのに残念だと語った。
 自然を壊さないようにウッドチップなどで遊歩道をきちんと作って観光は推進しながらも環境保全を一番に考えていかないと自然環境は壊され、将来は観光もなくなる。自然と向き合ってきた写真家だからこそ感じた危機感は観光客で盛り上がる十和田湖が崖っぷちにいることを警鐘しているのかもしれない。
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 奉仕の心日本一を掲げる十和田市立第一中学校が修学旅行の旅行先で十和田市のPR活動を行った事を小山田市長に報告。
 市内では最も早く取り組んだ学校として今年で3年目となる。表敬訪問では十和田市のコミュニケーションツールとしてデザインされたウマジンをかぶり、十和田PR隊としてどんな活動をしてきたかを伝えた。
 「初めは緊張したけどたくさんの人たちに十和田市を知ってもらえた」「安斉さんのウマジンをかぶってPRできた」などクラス22人、11人二組に分かれてPRしたことなどを発表した。
 また、魅力度ランキング、売り上げランキングの違いを調べてアンテナショップをもっと充実させたいなど地域貢献に参加したいなどの意見もあった。
 小山田市長は「将来は十和田市のために県内外で活躍しながら十和田市の魅力を発信して欲しい。B‐1や10市大祭典など市民がまちのために活動している市だと思う」と伝え、青森県で魅力度ランキング100位以内に十和田市が入っている、それは市民の活動によるものだと感謝の意を述べた。
全日本美容大会「スピードカット部門」で
全国3位の快挙を遂げた期待のスタイリスト
↓今回全国3位を受賞した田嶋詩織さん(右)とるぽZEST店長瀬川文子さん(左)
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ヘアーメイクるぽZEST
スタイリスト 田嶋 詩織さん
 有限会社アーティスターの十和田店「ヘアーメイクるぽZEST」で働くスタイリスト、田嶋詩織さんは平成7年6月16日生まれ。三沢商業高等学校を卒業後は理美容専門学校へは進まず、アシスタントとしてるぽZESTに入社し、働きながら同社の「ヘアーメークアーティスタースクール職業訓練校」で必要な技術を学びながら八戸美容通信教育で3年間学び、国家資格である「理美容師免許」を取得した。
 田嶋さんは技術の向上を目指すために11月21日に福岡市で開催された全日本美容大会に出場し「スピードカット部門」で見事、全国第3位に入賞した。スピードカットは大会当日に与えられたお題(ヘアスタイル)を3分間だけ観察し、それを素早くカットで再現するというもの。経験が少なければ難しい作業と思われるが、るぽでは社内の技術審査で合格を貰えなければお客さんの髪を切ることは出来ないという。入社してから4年目、今年3月に理美容師免許を取得したばかりの田嶋さんはまだお客様の髪をカットしたことはないという。そんな田嶋さんが全国3位の成績を収められたのは何体もマネキンを使って地道な練習を積み重ねた努力の姿勢だとるぽZEST店長の瀬川さんは期待をかける。
 田嶋さんは「これからスタイリストとして自分のお客様をもって、カットなどの技術をもっと磨きながら接客も頑張っていきたい」と笑顔で目標を語った。田嶋さんのスタイリストデビューはもう間近、気軽に来店して応援して欲しい。ヘアーメイクるぽZESTへのご予約・お問い合わせは...0176-25-0803迄
課題を仕事に変換する仕事人
無限の可能性を秘めたIT企業
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~村岡将利さんプロフィール~
 昭和61年9月18日生まれ(31歳)
十和田市出身。十和田工業高等学校電気科を卒業後は東京電機大学情報通信工学科へ進学。この時に電気工事関係ではなくIT関連の仕事へと進路を決めた。卒業後は東京の決済代行会社に就職。システム開発の部署に担当され、そこでプログラムの知識を学んだ。25歳からは転職を決めweb製作会社に入社。将来は地元に戻ってくることを前提に自分で新しいサービス開発を作れるように学び、27歳で独立して東京で起業した。システム受託開発、技術コンサルティングなど人を雇うよりも外注した方が安いためニーズは多く仕事は順調に軌道にのった。平成28年4月に十和田市に帰郷し起業する。

 今回訪ねたのは十和田市の若手企業家、株式会社ビーコーズの代表取締役・村岡将利さんだ。
 十和田工業高等学校電気科を卒業後は東京でweb製作を学び、システムサービス開発、技術コンサルティングなどを手掛け起業した。
 元々、帰郷して十和田市で働きたいと思っていたが仕事はあまりないのが現状。しかしIT関連の仕事であれば土地にこだわることなく出来ると思いweb製作への道へと進んだ。
 東京でシステム開発を学び、独立起業してからは営業はゼロ。自身の学んだスキルで顧客掴み、顧客からの紹介などで新規客を広げていきながら地盤を作り、平成28年4月に十和田で「株式会社ビーコーズ」を起業した。大学卒業後に就職してから独立起業し、帰郷して地元で起業するまでにわずか8年しか経っていないというから驚きだ。
 インターネット内で仕事を受注し十和田市内にある自宅兼会社で仕事をこなすが顔が見えた方がいい仕事が出来ると東京へは月に一回顔合わせにいく。都会ではニーズが多く、現在も仕事の8割は東京からの受託だという。
 IT企業という名前が聞き慣れない十和田市にはweb製作会社がないが、それも次世代の子どもたちの仕事の選択の一つになるように発進していきたい。地方には仕事がないために若手が都会に働きに行く。少子高齢化が進み事業継承も難しく働き手がいない...というのが地方の企業が抱える悩み。地方で都会の仕事が出来るなら外貨を稼ぎながら地域に貢献も出来る。新幹線よりもはるかに速いネット内での仕事には魅力や可能性が無限にある。
 1人では仕事の幅も量も限界があり、もっと事業を拡大していこうと仲間(社員)を探した。タイミングよくデザイナーの米田くんと出会い、自分の出来ないデザインの分野で活躍してもらおうと入社してもらった。人を雇うのは初めてで仕事以外にも経理や営業にも力を入れたいと思い、自分の仕事を引き受けられるプログラマーを探す。今年10月にプログラマーの高橋くんと出会い、同じ志をもつ仲間として現在は3人で会社運営をしている。
 10年後はどうなっているか想像はできないが1年後にどうなっているかの目標を持って仕事をしていきたい。そのために受託の仕事以外にも自分たちで出来る事はないだろうかと「村岡塾」を設立した。会社に自由に来てもらい様々な課題に対してアドバイスしたり相談にのったりする。何もないところには何も生まれない。課題があるから解決していくために必要な事を自分の得意分野で考えられる。
 もう一つは「コワーキングスペース」を提供して多業種の大人たち、子供たちが交流できる居場所を作りたい。新しいアイデアが生まれ、新しい仕事が生まれるような共同スペースになれればもっと人が集まり活性化する。青銀向かいにある店舗を借りて近日中にオープンする予定だ(二歩目を踏み出そうという想いを込めて店舗名は「second」と命名する予定)。ネットという分野の可能性は無限大。何か新しい風を十和田市に運んでくれるような人だと感じた。
 ちなみに27歳で結婚しそろそろ子どもをつくりたい、小学校から続けているサッカー(フットサル)も落ち着いたら始めたいと今後の意欲を笑顔で語った。株式会社ビーコーズへのお問い合わせは...0176‐66‐4033迄
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