夢追人ニュース

 十和田市の北里大学獣医学部に実在した動物愛護サークル「犬部」が映画化されることが決定した。原案は今から10年前に同サークルの活動をまとめた片野ゆかさんのノンフィクション作品「北里大学獣医学部 犬部!」(ポプラ社刊)で漫画家もされているもの。
 映画監督は「花戦さ」で第41回日本アカデミー賞優秀作品賞を受賞。「影踏み」などを撮った篠原哲雄さんが務め、主人公の花井颯太役をNHKの朝ドラ「スカーレット」など話題作に出演している俳優の林遣都さん、その親友の柴崎涼介役を数々の映画やドラマで活躍の人気俳優 中川大志さんが演じる。
 映画は同サークルを設立した獣医学部の学生をモデルにした主人公・花井颯太が仲間とともに動物愛護に奮闘した過去と、獣医師となって一人で新たな問題に立ち向かう現代という二つの時間軸で構成。現代を主軸にかつての「犬部」の仲間たちを再び巻き込んで信念を曲げずに突き進む。
 林さんが演じるのは「犬のためなら死ねる」というほどの犬バカという役どころ。林さんは「溢れんばかりの愛が詰まった作品で、動物を愛し、救おうとしている人たちの願いを一人でも多くの人に届けることが自分の役目だと思う」とコメント。中川さんは「役者として、動物が大好きな一人の人間として、この作品を世の中に届けたい」とコメントした。
 他にキャストは現在非公開で今後、順次発表される予定。公開はKADOKAWAの配給で2021年に予定している。
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↑林遣都さん
↓中川大志さん
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 十和田流鏑馬観光連盟が新型コロナウイルスの影響を受け、春の桜流鏑馬が中止となったことにより、県外にいる生徒らにも改めて知ってるようで意外と知らない乗馬の安全確保と流鏑馬理論を学ぶクリニックを開催した。クリニックはオンラインで全国とリモートでつながり行われた。
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 8月29日に十和田市総合体育センター2階で講師に南部流流鏑馬会副会長・菊池茂勝さんと日本流鏑馬競技連盟公認指導員・上村鮎子さんを招き行われた。会場生徒は18名、Zoomアプリをインストールした関東方面のリモート生徒ら(通称・東京組)17名が参加。和鞍・和踏みの知識と、つま先に力を入れる騎乗姿勢の理論。「つがい・構え」の動作の練習などを行った。初の試みとしてのオンラインクリニックは意外なところで苦戦した場面も見られた。講師の菊池さんの早口の南部弁が東京組はほとんど聞き取れないハプニングもあり、上村さんが解かり易く解説するように伝えていた。座学を学んだ翌日は実技レッスンとなり、十和田乗馬倶楽部で開催。馬の取り扱いの基本と流鏑馬実技をレッスンした。
 また、十和田乗馬倶楽部では第4回桜流鏑馬フォトコンテストも開催。過去5回の桜流鏑馬で撮影した写真がテーマで、一次選考を通過したやぶさめ部門30点、自由写真部門25点、計55点が選ばれた。作品は投票箱での一般投票、フェイスブック・インスタグラムの「いいね」投票と審査員票で各賞を決定。やぶさめ部門1位は次年度のポスターに採用される。投票は11月20日まで受付。結果発表・表彰式は12月20日に予定。
 一般社団法人十和田奥入瀬観光機構が主催となる「地元ネイチャーガイドによる自然学習会」が7月17日~19日の三日間に市民交流プラザトワーレ、十和田市立図書館で開催された。
 講師にNPO法人奥入瀬自然観光資源研究会(通称・おいけん)の川村祐一氏を招き、「これを知ってて観るとおもしろい~奥入瀬渓流~」をテーマに学習会が行われた。
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 テーマに沿って、奥入瀬渓流はどうやってできたのか、奥入瀬渓流の植物の生え方、奥入瀬渓流の歩き方、コケから自然をひも解いてみると、これからの奥入瀬についてを歴史を振り返りながらの学習会が始まった。
 自然の基本構造として『地史』の上に『生物史』が成り立っている。火山噴火でせり上がった山の高いところでカルデラ噴火が起こり、そこに生まれた湖が十和田湖。その一部が決壊し、そこから約70㎞にわたり流れ出た。その5分の1が現在の奥入瀬渓流と呼ばれている。辺りは岩だらけで植物や生物はいなかった。
 山瀬の風や渓流のしぶきなどおかげでシダやコケが岩につき、鳥や風が植物の種を運んで大きな自然となった。自然が生まれた事で生き物が住み、長い年月をかけ、奥入瀬渓流という雄大な自然が誕生した。
 奥入瀬渓流の植物はコケの他にもシダ植物が多い。コケとシダの大きな違いは根から養分を吸収するか、葉から吸収するかで、コケの先祖は海の中で流されないように根をはって葉から養分を吸収していた植物がコケとなり、丘に上がった(水面が下がった)植物で太陽から養分を吸収・光合成をした植物がシダとなった。その植物が木となり花となり環境に対応・進化して様々な特徴をもつ植物となった。奥入瀬にはその自然の歴史が詰まっていて、現在も進化し続けている植物もあるという。
 奥入瀬渓流の歩き方としては各エリアの特徴を知っておくこと。ブナ林など森を見たいなら下流、渓流などの流れをみたいなら中流、多くの滝を見たいなら上流と分かれている。
 これからの奥入瀬渓流についての講義では、今までは国立公園と指定された自然の中を国道が通っているという非常に珍しい場所。これは自然環境にとっては当たり前に良いわけではない。あと7~8年後にバイパスが開通する。そうなるとマイカー規制もかかり、歩いて奥入瀬渓流を散策するようになる。奥入瀬渓流は天然の自然博物館【奥入瀬フィールドミュージアム】として通り過ぎる自然ではなく、立ち止まって見る自然となるだろうとこれからの展望を語った。
 最後に「大きな自然は小さな自然が集まってできている」ことと、それは「立ち止まるから見えてくる」ことを伝えて学習会は終了した。目先のガイドではなく、歴史を知り、自然を理解し、観光客にどう伝えていくかを学ぶ時間となった。
 今後は奥入瀬渓流ガイド養成講座も開催予定で、日英中の共通講座やネイチャーガイドツアー体験なども企画している。お問い合わせは...0176‐24‐3006(一般社団法人十和田奥入瀬観光機構)迄
 十和田こども食堂実行委員会(水尻和幸会長)がクラウドファンディングを活用し、大型バスを購入。約3ヶ月かけて地域巡回型のこども食堂バスに改造。そして大型バスのラッピングも施し「奥入瀬ひょうたんランプ号」として完成した。7月8日に十和田市役所北側駐車場でお披露目会を行った。
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 バスの性能やラッピング広告の説明をする水尻代表に小山田市長は「こども食堂バスの市内施設への提供には感謝している。市としてはこども食堂へ学校へ給付できなくなった食材を寄付する事となった。子どもたちが楽しく利用できるバスだと思うし、大人たちが頑張っていることが子どもたちに伝わると思う。いろんなイベントが今年は中止になってしまったが子どもたちに『食』を提供して欲しい」と日本初の第一号となったこども食堂バスに感心していた。
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 バス食堂内では実際に提供しているワンプレート料理や配る弁当などを小山田市長に提供し、美味しそうな料理に市長からも笑顔がこぼれていた。
 水尻代表は「十和田こども食堂実行委員会では2020年5月からこのこども食堂バスを活用し、食材配布やお弁当配布などの支援を行っております。今後の状況を見ながらバス車内の食堂営業を開始し、美味しく楽しい食事を十和田市はもとより、青森県内全市町村の子どもたちにも提供していきたいと思っております」と挨拶をした。
 今後は十和田市中央やグランドホール駐車場でひとり親支援のお弁当配布や、相撲場での野外こども食堂体験、12月10日の美術館でのクリスマスパーティーなどを予定している。お問い合わせは...0176‐27‐1815(十和田こども)食堂実行委員会)迄
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 画家の秋山隆さん(78)が昨年10月に描いたF10号の油彩画「山里の奥瀬遠望」の1点を十和田市に寄贈した。作品は旧十和田湖町役場に展示予定。
 他にも故郷である東北町へ7年がかりで描いたF150 号の大作「小川原湖伝説絵図」1点と他風景画9点の小品も寄贈。これらは町の公共施設に展示予定となる。
 秋山さんが本格的に画を書き始めたのは大学に入ってから。現在で画家歴60年となる。今までに多数の美術展で入賞し、それを市町村へ寄贈などしている。主に風景画を描いていたが、様々な土地の歴史や情景に興味を持ち、最近では一枚の画が本のように思えるように様々な事柄を一枚の画に詰め込んで描く歴史画が面白いと語る。
 十和田市に寄贈した「山里の奥入瀬遠望」は国道102号線沿いの赤石辺りから。美しい風景を残しておきたいと描いた。
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 東北町に寄贈した「小川原湖伝説絵図」は故郷である東北町の小川原湖伝説をテーマに7年かけて完成させた。小川原湖伝説に関する本や歴史資料を読みながら想像を巡らし、事実である部分と、言い伝えなどを含め小川原湖の歴史を知る事が出来る大作となった。
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 秋山さんは東北町にある旧上北郵便局舎社内でギャラリーポストを開展中(7月末迄)。お問い合わせは...0176‐52‐7496(秋山隆所長)迄。
 十和田市に移住してきた葛西睦さん(22)と岡駿岳さん(21)が中央商店街にある交流スペース「14‐54」内に14‐54カフェをオープンした。
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 葛西さんは1998年5月3日生まれ。深浦町出身で木造高校を卒業後は秋田県で花火師として3年働いた。
 岡さんは1998年12月28日生まれ。中泊町出身で木造高校を卒業後、七戸町の営農大に進学。卒業後は中泊町の役場で働いていた。
 別々の道を進んだ同じ高校出身の2人を再び繋いだのはお互いに興味をもっていた「コーヒー」の奥深さだった。まったく違う業種の2人がカフェをやってみたいと思った時に、地元にはカフェがないことを知り、それが逆に2人のカフェをやってみたいという気持を強くした。
 まずは経験をとカフェの面接を受けたのだが、全部断られてしまった。そこで葛西さんが以前、知り合いとなった前14‐54カフェの店長であり、現在は弘前市でカフェバーを営んでいる中野渡夫婦(卓也さん、実知さん)と出会い、この十和田市の14‐54を紹介してもらった。
 去年の11月にその話を聞き、それから何回か十和田市に足を運び、同施設を運営するアレックス・クイーンさんと打ち合わせを兼ねた。当時は他にもやりたいという人がいたにも関わらず、3月末に先に移住を決めた。それから4月に許可が下り、本格的にオープンの準備をする。メニューを考えたり、知識や経験を深める準備期間。しかし、3月中旬から新型コロナウイルスの影響により、5月7日に念願のオープンを叶えたが、オープンしてからも全く人がこなくて不安しかなかったという。
 フードはポークとチキンから選べるトルティーヤ巻や自家製ソーセージなどがメインで、これから客層を広げるためにメニューは増やしていきたい。学生は嬉しいドリンク100円割引き。これからイベントなども少しずつ増えていくことも願い、地域の人たちと触れ合っていきたい。そして、この店からコーヒーの魅力を伝えたいと語った。
 「14‐54カフェ」の営業時間は午前10時~午後6時。月曜定休。テイクアウトメニューもあり。お問い合わせは...0176‐78‐9154迄
 十和田市の画家で俳人の日野口晃さん(87)が画文集『木洩れ日』を出版した。日野口さんは1932年11月9日生まれ、十和田市出身。弘前大学教育学部美術科卒。青嶺俳句会で出版している俳句の月刊誌『青嶺』での自身の連載と、担当している表紙の画を88歳になる米寿の記念にまとめようと知り合いに勧められ画文集出版の運びとなった。
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 日野口さんは幼少のころから画に興味があり、画家になりたかったという。ただ幼少時、戦後間もないころは農家の子は農家を継がなくてはいけない風習だったために大学進学を希望したときは勘当同様に家を追い出されたという。なぜか学力は周りより秀でていたため流されるように教員の道へ。最初の赴任先の六戸中学校でピアノや美術の教員の過程を経て、それから同僚の紹介を受け、弘前大学へ進学。
 大学へは独り身であてもなく進んだが、偶然としか言いようのない人との縁もあり、住むところも学費にも困ることはなかった。そこでは演劇やダンス、絵画や彫刻など、様々な文化芸術を体験した。卒業後は映画好きが集まった映画観賞会などに携わり、他にも俳句や川柳なども経験してきたという。
 幼少時から実感していることは、やらないで悔やむよりもやってみること。何より自分自身が好奇心旺盛で何でもやってみたいという気持ちが強く、それがまた自分の人生を面白くしているのだと思うと語った。
 約35年前に「十和田市に文化の灯をともそう!」とアトリエ「ふおるむ」を開設。そこで油彩画や彫刻などに勤しむ。画を描きながら、俳句や合唱など様々な文化的なジャンルを独学で学びながら挑戦し、1987年に「十和田市文化奨励賞」、1997年に「十和田市文化功労賞」を受賞した。
 日野口さんの活動は一つの事にとどまらず、油彩画の他、彫刻、俳句、音楽など多岐にわたっている総合芸術科と言っても過言ではないだろう。
 その日野口さんの人生のほんの一部を振り返られる作品「木洩れ日」は、5年前から掲載している「青嶺」の短文と表紙画をまとめたもので、日野口さんの今までの体験や、出会った人など日常にあった特別な出会いや、そこで感じたことなど、ありのままの「素」を垣間見ることが出来る画文集となっている。
 三沢米軍基地でのこと、十和田少年少女合唱団の思い出、新渡戸十次郎や渋沢栄一や寺山修司など郷土の偉人のことやそれに関わりのある人物の話し、父の馬のはなしやアキラ画塾の誕生の話し、「熊さんと呼ばれていた頃の話しなど、全83ページにもわたり日野口さんの魅力が満喫できる内容となっている。お問い合わせは...0176‐23‐0646迄
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 ユニバース十和田東店近接に、7月3日に複合商業施設「365」がオープンする。その運営をする食品加工を手掛ける「株式会社LOCO・SIKI」代表取締役・芝﨑壽一郎さんを訪ねた。
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 芝﨑さんは昭和53年8月6日(41)、兵庫県姫路市出身。高校を卒業後は祖父が肉屋、母が飲食業を営んでいたこともあり、大阪の辻調理専門学校へ進学。フランス料理やイタリア料理を学んだ。卒業後は当てもなく東京へ10万円を握りしめ上京。当時、料理本で調べたという人気ランキング1位の「サバティーニ」へ飛び込み面接し、その日の夜から働いたという。そこから10年間、料理人として勤め、料理の技術を学んだ。
 それからは全国の生産者からレストランへ食材ルートを提供するコンサルタントとして活動。また、料理人として商品開発や経営アドバイスなどを関西中心に、国内外で活動していたが、七戸町にある工場へ訪れる機会があり、青森県で出会った食材のクオリティの高さに驚いた。しかし、それが全国へは伝わっていないことを残念に思い、自分が何か出来ないかを考えた。
 今から約3年前に青森へ移住を決め、1年間は冷凍の食品メーカーとして冷凍技術を学んだ。そこで従来の大量生産型の冷凍食品と違い、料理人が作ったものを冷凍食品として提供する加工技術を開発。大手メーカーのように大量につくるモノではなく、食材にこだわり、一つ一つ手作りで提供する食材は現在は70品種ほど開発が成功している。主に青森県産の食材を使って、安心・安全・簡単・便利・美味しいをテーマに料理人としての経験、冷凍・加工の技術を活かした食品は、解凍後でもカリっとした食感や味付けを工夫。アクやドリップが出ない技術を使った冷凍食品は調理したての料理と遜色なく、人気、評価も高く、東京や海外へ輸出もしている。
 食品の専門店として農家や酪農の生産者とのつながりを大切にし、売れ残りが無いように次の商品へ変化させるアイデアを話し合ったりと次々に開発を進めている。アップルポークや自家製チーズやパン、惣菜やドレッシングなどぜひ一度味わってみて欲しい。
 十和田市で出店するきっかけはそれまでに出会った人との縁もあり、専門店がないこと、新しい観光スポットとして観光客が立ち寄れる場所を作りたかったという想いから。施設名の「365」の名前はここでしか出会えない食材が365日の日常にあることをメッセージとして考えた。
 また、同敷地内にあるフィットネスクラブは先に十和田市内で複合施設を運営しているよつ葉の中岫さんのつながりで起ち上げ、運営をすると共に管理を任せている。食事と運動ができる場所として、様々な人に足を運んでもらいたい。店外イベントスペースも確保。現在、企画考案中。現在は地元雇用した25名ほどのスタッフで独立した複合店舗のイメージで来店してくれるお客様を迎えます。
 自身のコンセプトとしては、ここから全国へ美味しいものを届けたい。観光者も立ち寄れるような地域密着型の複合施設として生産者とWin‐Winの関係を築けたらいいと思う。県外から来た自分だから見える青森の「もったいない」と「素晴らしい魅力」を伝えていきたい。
 また、オープンに先駆けて新型コロナと重なってしまったが、元々は準備期間の時間だったので問題はなく、加工食品の売り上げは伸びている。調理が難しい食材も小分けにしたり、よりリーズナブルな価格で提供することができ、自粛期間でも必要とされることがわかった。保存が効く商品であることが強み。レストランも自信を持って自社製品の冷凍食品を提供していきたいと語った。 ※施設についての紹介は裏面(p7)に記載。
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 この程、2冊目の詩人論(詩集は6冊)となる「続・詩人のポケット‐すこし私的な詩人論」を発行したとわだ耳鼻いんこう科院長・小笠原眞先生(63)を訪ねた。
 約6年前に発行した『詩人のポケット』の第2弾にあたる作品集は令和2年2月28日に発行。作品集は年に2人くらいのペースでゆっくり書きながら、全国にいる詩人との交流、好きな作家の作品などをまとめたもの。なぜ医者である院長先生が詩人となったのか聞いてみた。
 小笠原眞先生は十和田市(旧十和田湖町)出身。昭和31年9月1日生まれ(63)旧十和田湖町にある旅館の後継ぎとして育てられた。八戸高校を卒業後は家業である旅館を継ぎたくない方法の一つとして医者を目指したという。岩手医大の医学部に進学し、卒業後は盛岡で耳鼻咽喉科の先生として約12年勤務。帰郷後、38歳で十和田耳鼻咽喉科を開業し、今年で25年目を迎えた。
 中学時代の恩師が文学が好きな先生だったことに影響され、一番最初に読んだ本は太宰治の「人間失格」。当時の自分には内容が難しくて最初の本は最後まで読むのに3ヶ月くらいかかったという。高校時代は野球やバスケを経験してきたというスポーツマンな一面もあり、文武両道を目標とし、学業が忙しい中でも当時は夜9時まで部活をやるような時代。部活で疲れて帰ってくると正直、それから勉強をできるような環境ではなかった。そんな中でも本が好きで、小説を読む事で気持ちが癒された。高校2年生の時に講演に来た芥川賞作家の「三浦哲郎」さんの講演を聞き、自分も小説家として目指してみたいと感銘を受けた。
 それから医大へ進学したが、入学してからは本当に勉強が大変だったという。そのため、小説を書くのは無理だと思った。しかし、小説よりも短い詩なら書けると思い、小笠原さんは21歳で詩を書こうと自分で決めて書き始めたという。それからは詩の集まりなどにも顔を出すなど、交流を深めながら詩の世界を学ぶ。小説とは違い、詩は少ない言葉で伝えなくてはならないので逆に難解だと気付き、その面白さに魅了された。その努力と才能あってか大学4年生の頃の岩手県の芸術大賞を受賞することができ、更に詩の世界にのめり込むようになった。
 大学では夜12時まで勉強し、朝7時から勉強を始めるという日常で、大学院で研修医を経て、医者になってからも忙しい生活は変わらない。26歳で結婚。38歳で開業。二人の子を授かり、現在は長男は脳外科医、次男は呼吸器科医となった。どこに詩を書く時間があるのか不思議なくらい多忙な毎日でも詩を書き続けるということは、それほどの魅力があるということなのだろうと伝わってきた。
 小笠原先生はあまり詩を読まない人でも気軽に読んでもらえるように私的に親しみやすい作品を選んだ。これまで詩が好きで読んだり書いたりしてきたが、この詩人論はこの楽しさを他の人と共有出来たらもっと楽しいだろうなという思いから書き始めた。詩を読むことの喜びがそのまま読者に伝わってくれれば嬉しいと語った。この『続・詩人のポケット』は現在、大七書店で販売。AMAZONでもネット販売している
 この度、十和田高校会議所が特製テイクアウトメニュー「とわだオードブル」を企画、5月23日にお披露目をした。十和田高校会議所は高校生が主役となってまちの活性化を考え、大人がサポートする団体で、本来は高総体で活躍する「アスリート弁当」の制作予定だった。しかし、新型コロナウイルスの影響ため、大会は中止となった。
 相内大地会頭(十和田西高校3年)は「コロナウイルスの影響で大打撃を受けている市内飲食店、その中でもSNSを活用したテイクアウトメニューに活路を拓くことが難しいシニア世代の経営者が多い食堂の経営を支援するために、食堂の逸品を集めた『とわだオードブル』を企画しました」と挨拶。
 これは趣旨に賛同した市内食堂の逸品を合わせたオードブルで、予約注文を受けた後、各食堂で調理しスタッフが料理を受取りオードブルとして提供するというもの。現時点では市内6店舗の食堂(食堂花心・いずみ食堂・谷村食堂・食堂味喜・金龍食堂・司十和田バラ焼大衆食堂)が参加。
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 八戸を拠点に活動してる食育料理室・なぎさ なおこ代表(41)が監修を務め、野菜ソムリエ・欠畑睦子さんが講師を務め、会員が勉強した十和田産、青森県産の野菜と一緒に詰め合わせて完成させた。
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 とわだオードブルは3500円(税込)となる。お問い合わせ・注文は...080‐6059‐8015(司十和田バラ焼大衆食堂)迄
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