夢追人ニュース

 十和田レスリングクラブ所属の東中学校3年・齋藤美姫さんが11月25日26日に行われた第8回全国中学選抜レスリング選手権大会・女子62㎏級で優勝したことを小山田市長に報告。決勝戦は小学校時代からのライバル・寺本選手。齋藤さんは「十分に練習を積み上げてきたから勝つ自信はあった。次は高校生になるのでインターハイでの優勝を目指して、将来はオリンピックに出場して金メダルを取りたい」と抱負を述べた。
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 10月28日・29日に開催された「日中国交正常化45周年×B‐1グランプリ2017in中国瀋陽」に出展した十和田バラ焼きゼミナールと三本木中学校生徒が活動報告のため小山田市長を表敬訪問した。
 畑中舌校長は中国ではメディアでも大きく取り上げられ日本の「おもてなし」が高く評価されたと活動を撮影した写真を振り返りながら報告した。
 ゴミいただき隊で活躍した三中生徒らは「言葉が伝わらなくても心は伝わったと思う。知らない国だった中国は尊敬出来る中国となって交流できた」「初日はゴミを貰ってありがとうと言った事に驚かれたが臨機応変に次の日から進んで協力してくれたことに感動した。」「環境や文化の違いに驚いたがお互いを知る事で理解し尊敬しあえる関係になれると思った。」「現地の文化や子ども達と交流が持てたのは自分たちだけなので引き続き交流事業として継続して欲しい」など、中国瀋陽での活動が素晴らしい体験だったと伝わるような挨拶で市長に報告した。
 小山田市長は「一生の思い出に残るいろんな体験をしてきて、海外の文化を受け入れて勉強してこれたことは本当に良かったと思う」と激励した。
 伊藤宏校長は「3年生は集大成。子どもたちは中国の良さや温かさを知り、自分たちのおもてなしを伝えられたこと、これからをどう次につなげていけるかを期待したい。」と語った。この学んできて得たものを将来、インバウンドの集客や修学旅行先の候補として十和田市の活性化につながれば活動の成果は大きなものとなるだろう。
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 十和田市立第一中学校では「郷土愛」を軸としたキャリア教育に力を入れ、3年間を通して取り組む「ふるさと学習」では、奥入瀬モスボール工房 苔玉職人・起田高志氏を講師に学ぶ「コケ玉ワークショップ」や沢田小学校、法奥小学校、十和田ふぁみりーずと交流し意見を交わす「地域交流ミニサミット」を実施したり、とわだぴあ内 匠工房で「南部裂織ワークショップ」を体験したりなど幅広く地域資源や伝統工芸に触れ合う学習に取り組んでいる。
 10月27日には「未来への架け橋講座」と題し、市内6企業を学校へ招いて働く人の考え方や会社が何を大切にしているかを学んだ。校長先生は「みなさんは将来働くことになる。給料だけではなく生きがいをもって仕事をし、その仕事は誰を幸せにしているのか?様々な視点で見て、聞いて、考えて自分の将来を選択して欲しい。」と伝え開講の挨拶をした。
 協力企業は福萬組・橋場不動産・十和田警察署・中央病院・ビーコーズ(WEBデザイン会社)・京甘堂の異業種が集まり、班に分かれた60名の生徒それぞれに企業が講義を行った。
 ▽橋場不動産は不動産業は土地や建物などを売買し貸したりするのが業務。学生さん、転勤の人、結婚する夫婦など住まいを探す条件はそれぞれにあり「お客様に合った生活の居場所を一緒に探す」ことがやりがいだと話した。生徒にお客様と物件の例を何パターンか用意し、条件に合った住まいを紹介する練習をした。
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 ▽福萬組は「笑顔を守るための仕事」をテーマに道路工事や上下水道工事だけではなく、除雪やパトロール、防災訓練、災害復旧活動なども誰かの笑顔のためにやっていると伝えた。また、総合建設業として1つのものを作るのには様々な専門職種の力が必要で地域の企業とチームを作って協力し、みんなの笑顔を守るために安全を重視していると笑顔で伝えた。
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 ▽株式会社ビーコーズはIT企業でホームページや企業ロゴ製作など専門知識を活かして会社の手伝いをするのが仕事。また、誰でもプログラムで出来る何かを考え、そのアイデアで稼げるかなどを指導する村岡塾を開設したので誰でも会社見学にきて聞いて欲しいと伝えた。
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 ▽京甘堂はケーキ作り体験ではなく、職人を呼んでケーキ作りの技術を見てもらい、何を大切にしているかを伝え、今まで苦労した体験談や社長としての心構えなど生徒に伝えた。
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 ▽中央病院はリハビリテ―ション科から理学療法士が講師を務め、高齢者等地域リハビリテーション広域センターとしての役割を伝えた。また、理学療法士を目指したきっかけや目標を叶えるために勉強する大切さを話した。
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 ▽十和田警察署は指紋の鑑識と白バイ体験。偶然にも白バイ隊員が第一中学校の卒業生だという。
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 この講座を受けた生徒は、自分がなりたい職業に必要な事を知ることが出来た。勉強は苦手でも資格を身に付けたい。「継続は力なり」との言葉を自分でも実践したい。これから受験があるので将来の仕事のために頑張りたい。と決意と感謝を述べた。最後に校長先生は「仕事に対する想いが各職業にあったと思う。なりたい仕事を先に見付けることで目標が決まる。受験が目標ではなく、その先を考える講義になった」と挨拶した。
 十和田市立第一中学校ではその後、修学旅行先での十和田PR活動を実施するなど生徒の郷土愛を深める活動と兼ねて将来を担う生徒の人材育成に力を入れて取り組んでいる。
「やさしさ」で届ける手づくりコスメ
種は木となり花を咲かせる肌への贈り物
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合同会社 ゆきの木 石鹸工房「種々と木々」
代表社員 岩城 利英子さん

 今回スポットを当てたのは合同会社ゆきの木・石鹸工房「種々と木々」の代表社員・岩城利英子さん(48)。十和田市出身の昭和44年6月15日生まれ。三沢商業高等学校を卒業してから東京の美容学校で学び美容師として勤める。縁あって九州の化粧品会社へ転職し10年間化粧品作りなどの美容について知識や技術を身に着けた岩城さん。父が亡くなり母が一人暮らしとなったために帰郷を考え、そのために起業をする事を決意した。起業するには化粧品製造販売業の許可が必要なため、その許可を取得するために43歳で北海道の専門学校の化粧品コースへ進学し、薬学・化学の専門課程を修了した。青森県内では化粧品製造販売業の許可を取得しているところは意外と少なく4件目の許可取得となった。
 現在、化粧品業界は大手の異業種が参入していて選ぶ側も何を基準にしていいかわからない状態で想いの打ち出しや記載してある効果で選ぶ人は多いだろう。石鹸工房「種々と木々」では岩城さんが化粧品製造販売業の許可を取得したという責任を持ち、厳しい試験を通過したお肌に優しいこだわりの手作りの商品を販売していきたいと語った。( ※商品は12月頃からネット販売で開始予定・詳しくは「種々と木々」で検索。またはホームページ『syusyu-and-kigi.com』で検索 )
 化粧品は通常適切な保存条件のもとで3年以上品質が変化しないもの等、薬機法で細かく厳しく定められている。そこで売るのではなく作ることに目を向けた手づくりコスメ教室を始めた。販売だけではなくコスメの作り方を教えるワークショップを開催していくことで、肌に悩みのあるお客様の声を直接聞いて、お客様に合った化粧品を作るためのレシピなどを伝えていきたいと語った。無添加・防腐剤なしで作るため化粧水や乳液は消費期限が短いことや、冷蔵庫で保存するなど必要事項はあるが自分だけの自分にあった優しいコスメを発見できるかもしれない。
 十和田市生活支援体制整備事業の一環で平成29年度「たすけ愛・ささえ愛の地域づくりフォーラム」が10月16日に十和田市民文化センターで開催された。始めに十和田市の現状と課題を来場者に説明してから在宅介護支援センターみちのく苑・三戸恵美さんと合同会社くらしラボ代表・橘友博さんが住み慣れた地域で生活を続けるために工夫して生活をしている人たちの事例を紹介。地域資源や介護サービス、近所付き合いなどを活用し助け合って生活出来ることを伝えた。
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 講演では「みんなで創ろう、助け合い社会」と題し(公社)さわやか福祉財団地域コーディネーター・葛原美恵子さんが講師を務め、自身の経験を語った。4人の子育て中に夫が倒れ、それから14年間もの介護生活を余儀なくされた。子どもを育てるために介護離職は出来ず、地元ではなかったために頼れる知り合いもいなかった。近所にはスーパーや銀行にも行けない人が多く、町の人にお願いして募金を集め福祉車両を買い、様々な課題を解決するためにNPO法人を起ち上げたことを話した。今は介護保険があるが使えば使うほど若い世代の負担は増える。地域が自分の第二の家族だと思い「すいません」ではなく「ありがとう」と言える環境を創りたいと語った。
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 講演後は63名の参加者を小・中学区のグループに分け、活かせる地域資源やボランティア活動などについて話し合いをして発表した。将来、住んで良かったと思える地域づくりを目指して助け合い、支え合う関係を築くためのフォーラムは終了した。
 平成29年度元気な十和田市づくり市民活動支援事業の一環でコミュニティーワーク礎(市内の医療・介護現場で働く人たちが集まり活動しているグループ)が主催となり第3回「元気で生き生き~輝く未来へ~弁論・作品展」が10月15日に十和田市民文化センターで開催された。
 弁論大会では基調講演として「美しく生きる!」と題して近江真愛さんが講師を務め高齢者の美容コミュニケーションについて語った。弁論の集いでは「これが私の生きる道」をテーマに60歳以上の10名の論者が伝えたい想いや活動を発表した。趣味や活動など1人1人がどういう生きがいを持って楽しんでるかを年齢を感じさせないほど力強く元気に表現していた。最優秀賞はこれが「私の生きる道~楽しむ・経験を活かす~」と題して短角牛のPRやバンド活動の面白さを発表した川村良雄さんが受賞した。
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 作品展はコミュニティーワーク礎の関連している介護施設やグループホームから200点を超える出展があり「私のとっておき」をテーマに絵画や写真、俳句や手工芸、フラワーアレンジメントなど多数の作品が展示された。
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 高齢者によるファッションショー「人生彩色」では会場は一気に盛り上がり、17名の出演者は拍手とスポットライトを浴びながらステージから素敵な笑顔を振りまいた。コミュニティーワーク礎では会員を募集中。お問い合わせは...0176‐21‐5770迄
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↑華やかなドレスや衣装をまとってステージを盛り上げる高齢者のファッションショー
 (公社)青森県宅地建物取引業協会十和田支部(以下、宅建と略)が10月13日に富士屋グランドホールで一般公開セミナーを開催した。去年は境界線をテーマにした講演だったが今年のテーマは「家で生きる‐医療と住まいの話‐」と題して会場には宅建関係者以外に医療や介護に従事する関係者が多く来場した。
 橋場寛支部長が「今までの専門分野ではない医療と地域の問題を考えるセミナーにしたい」と開会の挨拶をした。これは現在十和田市は約94%の高齢者が持ち家を持っている全国でも珍しい地域だが、少子高齢化が進み、近い将来には確実に高齢者の独り暮らしや相続のない空き家が増えていく傾向にあるためだ。
 十和田市中央病院を退職し、現在は一般社団法人緑の杜代表理事、日本財団在宅看護センターみどりの風訪問看護ステーション管理者兼務で活動している太田緑さんと、さくら居宅介護支援事業所の管理者・中野渡俊明さんが講師を務めた。生き物であれば必ずくるものは「死」であるが、誰と何処でどのようにして生き、最後を迎えるかは自分で決める事が出来る。人口の推移やアンケート結果をスライドで流しながら地域が抱える問題と高齢者の悩みやニーズ、地域包括ケアシステム(医療・介護・予防・住まい・生活支援を確保する体制)をどうするべきかを語った。
 例として独り暮らしが困難で医療や介護が存分に受けられない高齢者のために、空き家を活用したホームホスピス「かあさんの家」の開設を紹介。第二の自宅としてゆるやかに暮らせる人生最後の居場所づくりをしたいと始めた事と同時に開設までの様々な地域ごとの課題も伝えた。各自治体で決められている消防法があり、現在の十和田市では難しい事も質問の中で明らかとなったが、これからの時代に合わせた医療と介護の充実、空き家問題の課題をどうするかを考えさせられる講演となった。
 また宅建では県内8つの会場で空き家相談会も開催。十和田市は11月24日(金)に市民交流プラザ トワーレで行われる。お問い合わせは...017‐722‐4086迄
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70年代に釣りブームを巻き起こした釣りキチ三平がやって来る!!
矢口高雄の世界天翔ける童心
7月15日(土)~9月3日(日)鷹山宇一記念美術館

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 昭和48年(一九七三)より週間少年マガジンに連載された矢口高雄の『釣りキチ三平』。以後10年間連載され、単行本65巻、平成版単行本12卷他、テレビアニメや実写映画化され、全国に釣りブームを巻き起こした。
 矢口高雄は、昭和14年(一九三九)秋田県雄勝群西成瀬村(現横手市)に生まれた。無類の漫画好きの少年は、自ら描くことにも興味を持ち、一度地元の銀行にも勤めるが、昭和45年(一九七〇)銀行を辞めて上京。漫画家としては遅めのスタートをしたが、『釣りキチ三平』は前述のように大ブームを巻き起こした。
 矢口高雄の世界展は、作品の表紙絵原画や漫画原稿、貴重な資料など100点以上が展示される。

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問合せは、℡0176‐62-5858迄
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 一九六〇年代後半、寺山修司の「天井桟敷」にも参加したこともある日本を代表する美術家、グラフィックデザイナーである横尾忠則の美術展「横尾忠則 十和田ロマン展 POP IT ALL」が十和田市現代美術館で開かれている。
 一九七〇年代初頭、横尾忠則は2年間にわたり日本各地を旅し、風景画を制作した。その「日本原風景旅行」シリーズの中に、十和田で描いた「十和田湖 奥入瀬」が含まれている。作品『渓流の奔流』は、後の画家・横尾忠則の代表的テーマ「瀧」のルーツとも言われている。
 今回の「十和田ロマン展」には、「瀧」シリーズ他、今回の作品展のために特別に描いた十和田市をイメージした『Towada Roman』他、横尾忠則の代表的な絵画作品約40点などを展示。美術家横尾忠則の世界が満喫できる。
 横尾忠則(81)昭和11年(一九三六)兵庫県西脇市に生まれる、満81歳。5歳にして「講談社の絵本」石井滴水の『宮本武蔵』の巌流島の決闘を模写し、画才を現す。昭和18年(一九四三)小学1年生のとき『漫画少年』に漫画を投稿。昭和21年(一九四六)母とともに大阪の鶴橋の闇市の米や織物を売りに行き、大阪市内の空襲跡の風景に衝撃を受ける。昭和27年(一九五二)高校1年生のとき、通信教育で挿絵を学び、油絵やポスターの制作を開始。昭和31年(一九五六)神戸新聞にカットを投稿していた常連5人で個展を開催。それがきっかけで神戸新聞社へ入社。昭和35年(一九六〇)安保反対デモに参加。昭和36年(一九六一)京都労音のポスター制作。昭和42年(一九六七)寺山修司の「天井桟敷」に参加。ニューヨーク近代美術館に作品がパーマネントコレクションされる。以後国内外で活躍し、これまで毎日芸術賞(一九九五)、紫綬褒章(二〇〇一)、初の小説集『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞、旭日小綬章(二〇一一)などを受賞。
 平成16年(二〇〇四)多摩美術大学大学院客員教授。平成22年(二〇一〇)神戸芸術工科大学大学院客員教授に就任。
 平成24年(二〇一二)神戸市に「横尾忠則現代美術館」オープン。平成25年(二〇一三)「豊島横尾会館」をオープンするなど、81歳になった現在でも衰えを知らぬ八面六臂の活動をしている。
 横尾忠則作品展への問い合わせは...℡0176-20‐1127(十和田市現代美術館)迄。
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↑久しぶりに帰郷し十和田のライブハウス「キューダス・S」での演奏会で挨拶する今泉総之輔さん

 今は活動を中止しているが、日本最大のロック・フェスティバル「フジロックフェス」に二度出演。オリジナルアルバムが、オリコン・ウィークリーランキングジャズ部門第1位を獲得するなど、クラブ・ジャズ界で世界的に活躍していたジャズカルテット「クオシモード」でドラムを担当していたのが、十和田市出身の今泉総之輔さんであった。
 その今泉さんは、自らのリーダーアルバム『凛』をリリースするなど、今はフリーのジャズドラマーとして活躍している。
 今泉総之輔。昭和53年(一九七八)5月、十和田市に生まれる。東中、三本木高校卒業。美術の道に進もうと上京して美大の予備校に通っていた。ある日たまたま池袋の公園で遭遇したジャズライブ。特にそのドラムに衝撃を受けた。それからそのドラマーの出演するライブに通い、よし、俺はジャズ・ドラマーになるぞと決意した。
 しかし、そう決心したもののドラムを叩いたことがない。そこで今泉さんは予備校を辞め帰郷。ドラムを買い実家の家業を手伝いながら毎日独学で練習した。と、同時に「サマージャズフェスティバル」で有名になった南郷の「ジャズの館」に通うようになり、地元のジャズバンドに参加させてもらった。
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 そうこうしているうちにジャズの館に「石井彰トリオ」がきた。その石井彰トリオでドラムを担当していたのがファンだった江藤良人であった。今泉さんは、打ち上げに参加させてもらい、自分の想いを激白した。
 石井トリオの仲間が「お前そんなに好きだったら、すぐ東京に出て江藤に弟子入りしなよ」といった。
 江藤は「ドラム叩いてみな」ということで、その場でドラムを叩いた。勿論うまいわけではなかったが、それを聴いた江渡が「じゃ来な」といって、翌日から運転手兼ボーヤ(業界用語で、楽器の積み込み・積み卸し、手配、輸送、セッティングといったミュージシャンのサポートなど行うスタッフ。バンドボーイと呼ぶ場合もある)として東北ツアーに参加。ツアーを終了した一週間後に上京した。今泉さん25歳のときであった。
 27歳で独立、フリーのドラマーとして活動。30歳になったころクオシモードから声がかかりドラマーとして参加。以後、クオシモードの一員として「フジロックフェス」他海外演奏にも参加してきた。
 今泉総之輔さんは実は、元「県南新聞」代表であった故今泉友孝さんのご長男である。現況はホームページで「今泉総之輔」を検索してみて下さい。
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ジャズ専門誌『jazzLife』創刊400号記念号の表紙を飾った「クオシモード」の一員としての今泉総之輔さん(写真右)
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