夢追人ニュース

いに日本蘚苔類学会大会を十和田市開催にこぎつける 

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 最近、奥入瀬渓流に行くと石ケ戸から子ノ口まで歩いているひとがずいぶん多くなっている。
 奥入瀬渓流の魅力は、ブナ、カツラ、トチ、ミズナラ、サワクルミなど広葉樹の深い緑の天然林の中を、十和田湖から流れ出る清流がときにはなだらかに、ときには急勾配を岩肌に激しくぶつかり飛沫をあげて流れる。また、ところどころに高い崖から滝が真っ白な飛沫をあげて落ちてくる。
 そして、なにより魅力的なのはこんな大自然の中を、極端にいうならハイヒールを履いても歩けるのである。
 この奥入瀬渓流の深い緑を作っているのは実はコケである。川の中の石を見ても、崖の岩を見ても、古木の根元を見てもコケがびっしり生えている。
 明治35年(一九〇二)開通したばかりの奥入瀬渓流を歩いた詩人の大塚甲山が、「木の葉を沈め草を生じ、岩には苔あり緑深く、水には花あり紫に散り浮べり」と、コケが奥入瀬渓流の深い緑をつくっていると書いている。
 また、大正11年(一九二二)に大町桂月が発表した『山は富士、湖は十和田』中で、「焼山まで三里の間、川中に大小の巌石おほくして、その幾百千なるを知らず。しかして巌石ごとに必ず苔若しくは樹木をおぶ。これ奥入瀬川の特色にして天下にその比を見ず」と、コケが奥入瀬渓流の特色であると書いている。
 しかし、自動車道が作られ、人々が奥入瀬渓流を車で通るようになると、誰もコケに関心を示さなくなった。
 そのコケを再発見したのが河井大輔さんである。しかも、コケを観光にまで高めただけでなく、今年の日本蘚苔類学会第43回大会を十和田市での開催(8月26~28日・奥入瀬渓流ホテル)までにこぎつけ、奥入瀬渓流のコケが全国に知られることとなった。
 「北海道にいたときは、環境調査やアウトドア関係の雑誌の編集などをやっていて、ブナの森の良さに気がつきました。良質なブナの森は北海道ではヒグマがいるような山の中に行かなければ見られない。が、十和田に来てみると、極端にいうなら下駄ばきでも行けるようなところにブナの原生的な森がある。
 アウトドア関係の雑誌では釣り関係の取材が多かった。北海道の川にはほとんどすべて人の手が入っている。ところが奥入瀬渓流には必要最小限の改修しか加わっておらず、岩という岩、川の中にある石という石にすべてコケが生えている。これはすごいと思いました。なのに、このコケはなんというコケかと知りたくても、誰も知らない。京都のコケ庭に行くとちゃんと説明してくれる。そこで専門家を呼んでコケの勉強会をやったわけです」と語る。
 こうして奥入瀬渓流には日本有数の約300種類のコケがあり、奥入瀬の深い緑の基礎を作っているのはコケであることがわかった。奥入瀬渓流にコケがあるのは誰でもが知っている。が、その素晴らしさに気がついたのは河井さんだけであった。
 河井大輔。昭和39年(一九六四)大阪出身。東京で育つ。小学校のころからバードウオッチングなど自然に興味を持っていた。高校を卒業すると北海道の雄大な自然に憧れて札幌大学に入学。その後北海道でアウトドア関係の雑誌の編集に携わり、平成19年(二〇〇七)に奥入瀬に魅了され十和田市に移住。平成20年(二〇〇八)㈱ノースビレッジ入社。平成25年(二〇一四)NPO法人奥入瀬自然観光資源研究会を設立し現在に至る。同理事長。

 十和田湖の新しい魅力を探る-観る観光から遊ぶ・体験する観光へ
  -湖で遊ぶ その2-  ゆったり、のんびり、カヌーで遊ぶ
 ネイチャーエクスペリエンス グリーンハウス

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 大町桂月が「山は富士、湖は十和田湖」と絶賛した十和田湖。風のないときの湖面は鏡を張ったように周りの景色を映す。新緑、深緑、紅葉と季節によって、また早朝、昼、夕方と湖が変化する。
 グリランドのボートアドベンチャーが動であれば、グリーンハウスのカヌーは静である。カヌーは、ゆったり、のんびり、湖上での約2時間、ガイドの案内を受けながら、湖の魅力を十二分に満喫できる。
 十和田湖でのカヌーは、平成20年(二〇〇八)に、ノースビレッジが最初に始めた。そして昨年7月、それをグリーンハウスが引きついで行っている。
 利用者は、20代後半から40代女性の割合が多く、夫婦やカップル、女性同士での利用者も増えている。地域では、首都圏を中心に、県内や遠方からの来訪者も多い。
 湖上で遊ぶ。十和田湖でのカヌーツアーは新しい魅力である。

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 グリーンハウス ツアーデスクへの問い合わせは、℡0176‐70‐5977迄。

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 十和田市のYOSAKOIソーランのチーム「馬花道」のジュニア(中学生以下)メンバーが北海道で開催されたYOSAKOIソーラン祭り・ジュニア部門で日本一となった。去年も優勝しており、二連覇の快挙となった。
 今年は人数が少なく、交流のある秋田の横手チームと合同で参加した。大会は18チームが参加し今年は十和田湖をテーマに踊りのコンセプトを考えた。
 来年で中学を卒業する子は3人。来期の大会には残念ながら参加できない。
 年々子供の参加者が減っているので、もっと増やしていきたい。難しいイメージがあるようだが誰でも楽しんで取り組める。下は小学2年生からいて、十和田湖公民館や甲東中を借りて練習しているそうだ。
 踊りから十和田市を盛り上げる。そんなチームに参加してみたい方は馬花道代表・對馬 秀さんまで連絡を(TEL090‐2602‐6046)

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 三本木農業高等学校で取り組んでいる「命の花プロジェクト」が日本動物大賞のグランプリを受賞した。
 殺処分されたペットの骨はゴミとして捨てられる。平成24年度の殺処分数は犬が約900匹、猫が2400匹を越えるという。人間の都合で飼われ、人間の都合で捨てられる。その現状を知り、大切な命を無駄にしている事を知って欲しい。それが殺処分を減らすきっかけになればと殺処分された動物の骨を擦り潰して土に混ぜ、花を咲かせる。それ(命の花)を配布しながら現状を伝える活動が日本動物大賞に選ばれた。
 全国1位となった三農の愛玩動物研究室で先輩から受け継いでいる命の大切さを知るプロジェクト。生徒は殺処分がゼロになるまで続けていきたいと語った。

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 6月27日(金)、十和田市に大きな激動となるご当地グルメでまちおこしの祭典「B‐1グランプリ開催地決定」が報告された。
 バラゼミのこれまでの活動や実績、十和田市の行政の協力表明、バラサポの署名活動など官民が一体となった開催地立候補の表明を愛Bリーグに送付した。
 それを受け23日に行われた会議の結果、2015年の「第10回ご当地グルメでまちおこしの祭典!B‐1グランプリ」が、人口約6万人の小都市十和田市で開催することが決定した。
 当初、バラ焼きゼミナールが何人かのメンバーだけで立ち上げた小さな波紋、それが少しずつ広がり、波となり、今では十和田市の行政と民間を巻き込んだ大きなうねりとなった。
 愛Bリーグの代表理事である渡邉英彦氏が「大きな町だから開催を出来る...のではなく、開催をしたいという想いがあるかどうかが大事。正直、それほど便利ではない小さな町でやることは難しいが、その後に参加する団体のいい見本となるのではないかと期待している」と述べた。
 舌校長の畑中宏之氏は「市民、市役所、商工会と連携を取り、市民革命として青森の魅力を発信していきたい」と熱意を語った。
 グルメを競うのではなく街の魅力を発信するためのまちおこしイベントとして経済効果は絶大なものと立証されている。しかし、この規模の小さな街で開催された前例はなく、交通のアクセスや宿泊施設の確保など十和田市だけではまかないきれない問題が山積みとなっているのが現状だ。
 十和田市だけでなく周りの街も巻き込んで協力していかなくてはならない。これからの活動を見守りながらも応援したいと感じた。



十和田湖の新しい魅力を探る-観る観光から遊ぶ・体験する観光へ 
十和田湖ボートアドベンチャー「グリランド」

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 十和田湖といったら、イメージするのは当然のことながら「湖」であろう。標高約400㍍、最大水深約327㍍、総面積約60平方キロ㍍。十和田湖の良さはなんといっても水のきれいな湖と自然美である。
 時代は見る観光から、遊ぶ・体験する観光に変わってきている。この60平方㌔ある広大な十和田湖。しかも湖は美しい。この湖で遊ばない手はない。
 平成23年(二〇一一)にイギリス制の軍用高速ゴムボートを買い、ボートアドベンチャーを立ち上げた小川貢さん(40)。若者と外国人(三沢米軍基地)に大人気で、休みにはバスをしたててやってくる。わずか4年で今はボート7隻に増やし、ホテルや食堂、お土産店などが閉鎖や廃業している中で、十和田湖で業績を伸ばしている事業者の一人である。
 この広い十和田湖。十和田湖は遊びでまだまだ十分に魅力を開発できる。十和田湖に再び人が溢れる、その十和田湖の新しい魅力を紹介しよう。

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 問い合わせは/℡090-4158-4811

日本を再び戦争をする国にしてはいけない

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 あなたの家の仏壇に、セピア色した若い兵士の遺影がありませんか。あなたの祖父であったり、大叔父であったり、第二次世界大戦で兵隊にとられて戦争で亡くなった人たちの遺影です。第二次世界大戦では、日本人は兵士、民間併せて大よそ300万人が戦争で死んだ。これは現在の青森県の人口の2倍以上です。さらに日本帝国主義の侵略によって、中国、朝鮮半島、東南アジアの人々が大よそ2000万人が犠牲になった。
 広島、長崎に原爆が落とされ、もう二度と戦争をしませんと日本国民及び世界に誓ったのが、戦争を永久に放棄する日本国憲法「第九条」である。
 日本国憲法は昭和21年(一九四六)に公布され、翌昭和22年(一九四七)に施行された。以来68年間、この平和憲法があったおかげで、日本は先進国では唯一戦争でもって他国民を一人も殺さなかったし、また殺されこともなかった。これは誇るべきことです。まさに平和の世界遺産であり、ノーベル賞ものである。
 ところが、安倍内閣によってこの平和憲法がなし崩し的に破壊されようとしている。それが憲法の解釈改憲であり、アメリカの戦争に自衛隊を送り戦争に参加させるのが集団的自衛権である。
 「九条の会」は、平成16年(二〇〇四)に、憲法「第九条」改定を阻止するために、井上ひさし(作家)、梅原猛(哲学者)、大江健三郎(作家)、奥平康弘(憲法学者)、小田実(作家)、加藤周一(評論家)、澤地久枝(作家)、鶴見俊輔(哲学者)、三木睦子(元総理大臣三木武夫氏夫人)ら著名人によって設立された。現在では、地域や業種別のこの会が全国に7000以上組織されている。
 「九条を守る上十三の会」は、中央の「九条の会」が設立されたその翌平成17年(二〇〇五)に上十三地区内の平和を愛する有識者によって設立され、毎年「平和文化祭」や、平和講演会を行い、戦争の残虐さや平和の尊さを訴えてきた。
 設立当初からその世話人会の代表を務めてきたのが白浜浩一さんである。
 白浜さんは語る。
 「戦前、日本が戦争をするために、陸軍が後ろで糸を引いていた大政翼賛会というのがあった。衆議院選挙の時この大政翼賛会の推薦がないと当選できないと言われていた。ところが大政翼賛会の推薦を受けないで当選した議員が二人いた。三木武夫と、安倍晋三の父方の祖父安倍寛でした。三木武夫と安倍寛は、あの時代に東条英機らの軍閥政治に反抗、無所属で翼賛選挙に歯向かい当選した、筋金入りのハト派だった。安倍寛は残念ながら昭和21年(一九四六)に50歳代の若さで亡くなった。安倍晋三は母方の祖父である岸信介の墓参りにはマスコミを大勢引き連れて行くが、父方の祖父のことは一言もしゃべらない。都合が悪いからでしょう。
 睦子夫人が、三木武夫に言ったそうです。なぜあなた自民党議員なんだ?三木武夫は、自分が辞めてしまったら、この国は憲法を変えて、戦争をする国になるよ。
 今でも自民党の中にも野中広務や古賀誠、加藤紘一みたいに、憲法の解釈改憲に反対する人たちがいます。日本を再び戦争をする国にしてはなりません」
 白浜浩一、昭和6年(一九三一)2月、上北郡横浜町に生まれる。野辺地高校、弘前大学野辺地分校卒業。昭和27年(一九五二)、地元の大豆田小学校を皮切りに、主には上北郡内の小学校を廻り、東北町の甲地小学校長を最後に退職。平成4年(一九九二)横浜町教育長。平成17年(二〇〇五)「九条を守る上十三の会」を立ち上げ、世話人代表として現在に至る。
 また、宮本史朗のペンネームで詩を書き、東奥日報の少年少女文芸大会の選者も務める。今年詩集を上梓する予定だという。

 ① 十和田ビジターセンターオープン
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 十和田八幡平国立公園は、昭和11年(一九三六)に「十和田国立公園」として指定され、2年後の平成28年(二〇一六)2月に指定80周年を迎える。
 かつて大町桂月が「山は富士、湖は十和田」と書いた十和田湖。富士は世界遺産に登録された。が、3・11東日本大震災及びそれに伴う福島原発の事故の影響もあったこともあり、十和田湖への観光客が減少すると共に十和田湖のホテル、飲食店の廃業や倒産。昨年は十和田湖遊覧を行っていた十和田湖観光汽船が倒産するなど十和田湖観光は衰退する一方である。
 国立公園指定80周年を間近に控え、なぜそうなったのか、今後どうすればいいのかを考えてみたい。

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 4月16日、十和田湖遊覧を行っている十和田観光電鉄㈱(白石鉄右ェ門代表取締役)遊覧船の運航開始のセレモニーが行われ、今年の十和田湖観光がスタートした。
 十和田湖遊覧は2社体制の昨年までは子ノ口~休屋間の定期航路と、十和田湖を周遊する遊覧航路とがあった。が、今年からは定期航路は廃止。遊覧航路のみとし、子ノ口から休屋までの航路は修学旅行など予約があった場合のみ行うとしている。
 むかしは観光バスで訪れる観光客が圧倒的に多かった。その時代は子ノ口~休屋間の定期航路が有効であった。が、車社会に入り車で訪れる観光客がその比重を増してきた。にもかかわらず子ノ口~休屋間の定期航路はたとえお客が一人のときでも、空気を運んでいると揶揄されながらも運行。それが遊覧船の赤字を招いてきた。
 が、今年の一社体制は順調な滑り出しである。
 今、十和田湖観光汽船の元従業員による子ノ口~休屋間の再開が準備されているというが、どうなるであろうか。
 また4月20日、環境省の十和田ビジターセンターがオープンした。これまで、十和田湖への国や行政による施設の拡充がほとんどなかった。初めての十和田湖への公共施設といっていいであろう。
 十和田ビジターセンターは、十和田湖の成り立ちや十和田湖の全体像が一目でわかるような立体模型や、十和田湖に生息する動物や魚類、四季折々の植物などが展示されている。
 が、このビジターセンターで一番注目したいのが実は休憩施設である。
 ビジターセンターの中には、ホールにテーブル4、椅子10。ラウンジに椅子17。レクチャールームに椅子64。2階にテーブル3、椅子12、長椅子(2人掛)4。2階の展望室にテーブル1、長椅子(2人掛)4。ベランダにテーブル5、長椅子10(3人掛)。湖側の外にテーブル4、長椅子(3人掛)10。併せテーブル17脚、椅子約130脚ある。
 これまでの十和田湖は、歩き疲れてどっかに休もう、あるいは雨が降ってどっかに雨宿りをしようと思っても、お店やホテルしかなかった。ホテルは泊まる予定がなければ入りにくいし、お店に入ると何か買わなければ気まずい。
 つまりこれまでの十和田湖は、観光客に対して非常に不親切であった。
 このビジターセンターは誰に気がねすることなく自由に入り、休憩することができる。そして展示物によって十和田湖の全体像及び十和田湖の魅力を知ることもできる。
 これにコーヒーでも出れば最高であるが、私は観光客に十和田湖に来たらまずビジターセンターに行きなさいと薦めたい。

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 ▽期間/~7月27日(日)
 ▽会場/三沢市寺山修司記念館エキジビッドホール
 ▽入館料/一般530円・一般団体430円(20名以上)・高大生100円・小中学生50円
 ▽問い合わせ/℡0176‐59‐3434

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 自然が豊かで、空気が澄んでいて、野菜や魚類など新鮮な食材の豊富な青森県。しかし一方では、インスタントラーメンの消費量が日本一。男性のたばこの消費量が日本一。75歳未満の全がんでの死亡率が日本一。結果、平均寿命が全国最下位という青森県。その短命県返上が青森県の必至の課題である。
 平成18年(二〇〇六)に埼玉県立大チームが、長野県岡谷市と十和田市の20~69歳の女性それぞれ1000人に、健康に対する比較調査を行ったことがあった。
 それによると、「酒ほぼ毎日飲む」という問いに、十和田市は14・2㌫、岡谷市は7・4㌫と十和田市はほぼ2倍であった。以下、「たばこを吸っている」が十和田市は16・9㌫、岡谷市が7・8㌫。「家に健康に関する本がある」が十和田市は49・8㌫、岡谷市が72・6㌫。「新しい健康情報を実践する」は十和田市が44・6㌫、岡谷市が53・9㌫などであった。
 十和田市は青森県の中でも平均寿命は高い方であるが、それでも健康に対する意識にこれほどの違いがある。
 県立保健大学には、看護学科、理学療法学科、社会福祉学科、栄養学科の4つの科と大学院があるが、青森県の平均寿命を押し上げる人材を育成するというのも大きな一つの役割でもあろう。
 「学生に実習のような形で地域に出て行って、保健協力員と協力し、まず県民の健康に対する知識と意識(ヘルスリテラシー:すこやか力)を高めていくことにお手伝いしたい。県民が健康な生活を送れるようにすることが、私たち保健大学に与えられた一つの使命ではないかと思っています」と語る。
 上泉和子、昭和28年(一九五三)七戸町に生まれる。祖父は馬の画家として有名な上泉華陽である。七戸中、三本木高校、聖路加看護大学卒業。大学卒業後、聖路加国際病院で看護師を13年間務めた後、ジャイカ(国際協力機構)でパキスタンの看護学校で3ヵ月指導。その経験から帰国後再び大学に戻り、同大の大学院に入学。修了後の平成5年(一九九三)から兵庫県立大学で6年間教員を勤めた。
 平成11年(一九九九)県立保健大学の開学と同時に教授として招かれた。平成18年(二〇〇六)副学長。平成20年(二〇〇八)副理事長。そしてこのほど同大の理事長・学長に就任した。
 「学生は県内約6割、県外4割です。これまでは専門職の育成に力を入れてきましたが、今後は学生たちの力を借り、健康に対する県民の意識を高めて行く活動もして行きたいと思っています」
 七戸町から、盛田稔さんが青森大学学長。同大を経営する山田学園の理事長。そしてこのほど同学園の学園長に就任している。
 七戸町から、二人目の大学のトップの誕生である。

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