夢追人ニュース

 第2回目となる「桜流鏑馬フォトコンテスト」が行われ、エントリー作品117点の中で写真展示、SNSによる一般投票から選ばれた作品の受賞表彰式が11月23日に市民交流プラザトワーレで開催された。
 初めに十和田乗馬倶楽部・上村鮎子さんが「当初はカメラマンのマナーの悪さに馬が驚いてしまうことも多く困っていたが、カメラマンもカメラマンの立場からイベントを盛り上げようとしてくれていたことに気付き、選手とカメラマンの距離を近づけるためのイベントの1つとして始めた」とフォトコンテストを始めたきっかけを語り挨拶した。
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 表彰式が執り行われ、受賞8作品・受賞者が紹介された。最優秀賞は来年度開催の桜流鏑馬のポスターとして起用される。以下、作品名・受賞者を紹介...
 ▽最優秀賞「とどけぇぇ~っ!!」(砂渡勝彦・青森県六戸町)▽優秀賞「ヨシッ!!」(三小田智子・東京都中央区)「艶やかに退く」(三小田智子・東京都中央区)▽十和田市観光商工部部長賞「MIYABI」(水野英樹・千葉県船橋市)▽十和田市観光協会賞「Shoot!」(北川孝)▽小山田邦弥賞「お休みタイム」(成田穂積・青森県野辺地町)▽流鏑馬競技連盟東北支部賞「華麗なる出走」(中野渡俊彦・青森県十和田市)▽写真のオクヤマ賞「いざ出陣」(風穴一男・青森県八戸市)
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 国際ソロプチミスト十和田が女子中高生に向けた支援の一環で、2013年から始めている専門職や技術職のキャリアを持つ女性に講演を依頼し、新たな夢を拓くきっかけを作って欲しいと12月1日に十和田富士屋ホテルで講演会&茶話会が開かれた。
 講師に中学校教員から七戸町教育長まで務めた神龍子さんを招き、「自分は自分の将来の責任者」をテーマに開催された。
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 神さんは「私は何の取り得もなく、何をやっても続かなかった。高校で合唱部に誘われてピアノと出会い、考え方が変わった。音楽の先生になりたいと生活は厳しかったが母や叔父の援助を受けて短大へ進学し、念願の教職員になることができた。人との出会いを大切に出来ない人は上手くいかないことを他人のせいにしてしまう。大きな壁から逃げることなくぶつかっていって欲しい。みなさんにはたくさんの道がある。その中から自分で選んだ道を進んで欲しい。自分は自分の将来の責任者なのだから」と語った。
 茶話会も終わり、最後は最近のお気に入り曲だという「ひといきつきながら」を参加者全員で合唱し終了した。
 国際ソロプチミスト十和田は現在、会員を募集中。また、神さんは現在ちとせ小学校近くの歌声喫茶でも活動中とのこと。
うなる美味しさ、暖かな接客
和食処 くり
女将 栗山 千賀子さん
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 今回は今年4月に「食楽街三本木1955」の一番奥に新しくお店をオープンした「和食処くり」の女将、栗山千賀子さんを訪ねた。
 栗山さんは昭和40年9月12日生まれ、愛媛県出身。高校卒業後は東京で美容師の仕事をしていたが24歳の時に飲食関係の仕事に転職した。分野の違う職種だがお客様をおもてなすことは同じ。
 そこで和食処くりの料理長を務める現在の旦那さんと出会い、結婚した。結婚後も働き続け、約30年勤めたという。
 旦那さんが十和田市出身ということもあり、年に一度くらいは訪れていて、良いまちだと感じ、移住することを決めた。東京の仕事を辞めてからは一旦、八戸市で日本料理のお店に一緒に勤めていたが、十和田市でいい物件があると紹介され、独立を決める。
 そして今年4月18日に和食処くりを新規オープンした。もちろん栗山さんは十和田市に知り合いはいないのだが、みんな優しく温かく接してくれる。十和田市で初めての冬も近づき、北国の人にも寒がりな人がいるんだと知ったと笑顔で話してくれた。着物での接客は十和田では珍しいがお店の雰囲気もあり、着慣れているため違和感はない。
 料理はしゃぶしゃぶをメインに自家製、手作りにこだわって作っている。栗山さんは接客は大好き。忙しくなると手が回らないこともあるが、予約で埋まるくらい繁盛すれば嬉しいと今後の目標を見据える。今年は十和田市で初めての冬を迎えるので、温かい接客でお客様を迎えたいと語ってくれた。
20周年を迎えた劇団エムズ・パーティ
いろんな人との出会いを活かす地産地活!
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~仲島みちるさんプロフィール~
 昭和42年12月20日生まれ。三沢市出身。小学校1年生の時に両親の仕事のために十和田市に移住。三本木高等学校に進学し、卒業後は大学進学を勧められたが小さな頃から興味のあった舞台に憧れ、東京にある劇団「樹間舎」に入団した。
 舞台に出演しながらも、映像演技の勉強もしたいと専門学校に通いながら某有名女優の付き人もしていた。母が亡くなったのをきっかけに帰郷を決めるが、約5年間は東京を往復しながら通いで舞台も務めた。十和田市で劇団を設立することを決め、座長から名前を付けてもらい「劇団エムズ・パーティ」を平成10年に旗揚げした。アナウンサーとして働きながら、定期公演や乙女の像の朗読劇などを行い、今年で劇団20周年を迎えた。

 今回は、今年で20周年を迎えた劇団エムズパーティ・代表の吉田(仲島)みちるさんを訪ねた。
 みちるさんは舞台での演劇に興味を持ったのは幼いころからで、人前に出るのがとっても好きだった子どもだったという。小学6年生の頃に先生にお願いして演劇クラブを作るくらい行動的で、三本木高等学校へ進学しても、大学へは行かずに東京にある劇団(樹間舎)へ入団した。アルバイトをしながら劇団へ所属し、演技映像の専門学校へ通いながらも某有名女優の付き人などもしていたという。母が亡くなったのをきっかけに十和田市へ帰郷。アナウンサーやテレビリポーターをこなしながらも、約5年は十和田市と東京を往復しながら劇団へ通う日々が続いた。
 36歳で仕事や活動の拠点を十和田市へ移し、地元で劇団を作ろうと決意。その時の座長から名前を付けてもらい、「劇団エムズ・パーティ」が平成10年に旗揚げとなった。年に一度の定期公演を行いながら活動を続けていたが約5年前に病気で倒れ、しばらく休養していた時期もあった。脚本は社会的なテーマも多かったが、復帰作は十和田市にまつわる作品にしたいと高村光太郎氏の「乙女の像ものがたり」をベースに乙女の像ものがたりの朗読劇を作った。声掛けをしてキャストを一般からも募集。スクリーンでスライド上映しながら朗読劇を成功させるだけではなく、DVD制作では英語・韓国語・中国語版も作り、外国人観光客の推進にも協力した。
 今回の20周年記念のテーマを「地産地活!」にした理由を聞くと、地産地消の言葉の「消」はイメージがマイナスに感じて「活」に変えたいと思った。どんな出会いでも活かさないと次にはつながらない。十和田市に帰郷してから自分で動いた事でいろんな人と知り合えたからだと語った。
 ...その中で10周年記念の時に取材を受けた東奥日報の記者と仲良くなり、年賀状を交換していたが、ある年、亡くなったと聞いて残念に思っていた。それから数年、青森大学忍者部と接する機会があり、その中にその記者の息子がいることを知る。その子はオリンピックの開幕時のパフォーマーとして唯一、青森県から選抜されるほどで、青森にこんな子がいるという事を発信するためにも今回の舞台では青森大学忍者部と一緒に作りたかったと語った。残念ながら本番二週間前に予定していた子が怪我で出演できなくなった。急遽代役を探したところ、青森大学演劇部の子が代役を引き受けてくれて舞台は開演する事ができた。また、三味線奏者を演じてくれた外人とも知り合い、演出にも幅が広がった。出会う人たちで力を合わせられれば新しいものが生まれることを感じたと語った。
 20周年を過ぎ、今後は自分の出来るペースで楽しんで、考えてもらえるような作品を作っていきたい。また、団員は随時募集している。役者だけではなく、衣装・舞台・小物作りや音響などのスタッフも必要で、興味のある方は勇気を持ってチャレンジして欲しいと語った。劇団エムズ・パーティへのご連絡は...090‐7066‐2873迄。
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↑市長に地域活性化のために何かをやって欲しいと無理を頼まれる場面から始まる
↓忍者部に協力を頼んだアクションシーン
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 「十和田市こども劇団」が11月11日に第25回目となる定期公演「スーホの白い馬」を十和田市民文化センターで開演した。
 十和田市こども劇団育成会はその活動を認められ、平成30年度十和田市文化功労賞を受賞する。会場には多くの観覧者が訪れ、幕が上がるのを待った。
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【 簡単なあらすじを紹介 】
 スーホ(山口優衣さん)はモンゴルに住む若者。草原で生まれたばかりで弱っている白馬のシロ(米田光希さん)を見つけ、大切に育てる。...月日が流れ、シロも立派に育ったある日、王様から即位20周年を記念して大々的にナーダム(モンゴルでブフ(モンゴル相撲)・弓射・競馬の競技が行われる民族の祭典)を執り行うとの報せがあった。競馬の優勝者にはイチンホルロー姫(中村唄さん)との結婚が約束され、スーホはシロと共に見事に優勝した。表彰式で王様がとった行動とは...
 馬頭琴という楽器が生まれた物語を悲しくも温かく描いた演劇に会場では涙を拭う観覧者も多く見かけられ、盛大な拍手の中、幕は下ろされた。
 十和田市こども劇団では劇団員を募集中。小学1年生~中学1年生までを対象に演劇体験教室も開催している。十和田市こども劇団へのお問い合わせは...080-1834-5134(大久保)迄
 十和田市健康都市宣言推進講演会が11月12日に十和田市民文化センターで開演された。
 初めに小山田市長が「短命県として十和田市は健康都市宣言をした。運動・栄養・睡眠・検査・心のバランスが大切。ガンや糖尿病の早期発見のために検診を推進している。この講演を聞いて自分の健康づくりに役立てて欲しい。元気で長生きする十和田市にしたい」と挨拶した。
 三村知事は「高血糖ストッパーズ」と一緒にダンスと寸劇を披露しながら「出汁活」をPR。「塩分の過剰摂取による高血圧や高血糖、喫煙や運動不足から糖尿病が始まる。1人1人が健康について考えてくれる青森県になって欲しい。生活習慣の改善が大切だ」と挨拶した。
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 後半はテーマを「知って納得!糖尿病のあれこれ」と題し、藤原内科院長・藤原史門氏を講師として招いての講演会となった。
 始めに十和田市では糖尿病での死亡率が全国から見てもかなり高いと現状を伝えた。糖尿病になる原因として、膵臓から分泌されるホルモン・インスリンの作用不足によって血糖値が過剰になり起こると説明。糖尿病は日本人の食生活の変化により年々増加傾向にある。自覚症状があまりなく、合併症が起こることが糖尿病の一番怖いところだと伝えた。神経障害や失明や脳卒中など、病状が進行すると生き続ける為の透析治療が始まる。
 糖尿病治療法は3つ、食事療法・運動療法・薬物療法をバランスよく行うことが必要。商品名は明かせないがカロリーが高い食品は多く、糖質(炭水化物)の過剰摂取には気を付けることなど伝えた。適度な運動は血糖値を下げ、インスリン抵抗性の原因となる体脂肪を減らすことが出来る。ウォーキングなどの有酸素運動や筋トレなどのレジスタンス運動、体幹を鍛えるバランス運動などがある。薬物療法はインスリン注射などのイメージが強く敬遠されがちだが、患者さんのそれぞれの状態に応じたのみ薬を出しているので毎日きちんと飲むことが何より大切だと伝える。
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 11月14日は『世界糖尿病デー』。インスリンを発見したバンディング博士の誕生日だという。それを記念して有名な観光施設では建物をブルーにライトアップしているという。是非、十和田市でもやってみてはいかがでしょうか?と要望を伝え、講演会は終了した。
 官庁街の花壇に花を植えて「花のあるまち」を目指す「十和田ガーデン花街道」が10月19日に第4回目となる植栽活動を開催した。
 殺処分ゼロを目指している「命の花プロジェクト」活動を続ける三本木農業高校動物科学科愛玩動物研究室の生徒と協力し、みき野保育園園児16名、わんぱく広場保育園園児11名の園児らと一緒に十和田ガーデン花街道花守美人メンバーが色彩豊かな約30種200株の花を殺処分された動物の骨の灰と一緒に一つずつ植栽した。
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~関川明さんプロフィール~
 昭和32年7月28日生まれ(61歳)三沢市出身だが3歳から十和田市に移住し育った。八戸工大二高に進学するが野球推薦を受けて工大一高を卒業した。卒業後は測量専門学校(中央工学校)へ進学し、就職は地元である十和田市の建設会社㈱田中組へ入社した。約22年勤めた後に㈱大阪へ転職。それから約18年、総合建設業の営業部長として十和田市の発展に貢献してきた。ドローン利活用を推進するため、DIN(ドローンイノベーションネットワーク)を設立し、初代の会長として就任した。

~髙見雅之さんプロフィール~
 昭和43年9月23日生まれ(50歳)十和田市出身。三本木高等学校を卒業後は東海大学に進学し土木工学を学んだ。卒業後は青森市の市役所に就職したが、土地などに専任した仕事をしたいと26歳で公務員を退職し、高見土地家屋調査士事務所を開業した。早くからドローンの有効性に着目し、業務に活用するとともにノウハウの研究や機材の改良なども行ってきた。専門的な知識と豊富な経験に基づく高い技術力を活かしてDINの技術顧問として幅広い活躍をしている。

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 今回はドローンイノベーションネットワーク(DIN)の会長・関川明氏と技術顧問・髙見雅之氏を訪ねた。
 関川さんは十和田市の建設業で約40年間勤める。昔からヘリコプターやラジコンなど無人操縦機を操るのは好きでドローンには興味を持っていた。宅建協会で髙見さんと知り合い、ドローン購入を決めたという。趣味として遊ぶだけではなく近年頻繁に起こる災害時などに利活用出来ないかと市とも話し合うようになるが形式として行政から個人に頼むことも難しく、実行部隊のいる組織としてDINを起ち上げる運びとなった。
 現在は十和田市と協定を結び、広域事業として拡大を進め、七戸町や野辺地町とも協議中。ドローンの可能性は様々あり、災害時の情報収集や物品運搬、観光アイテムとしての活用、農林業へのサポート・鳥獣被害の調査、建設業での3D画像作成など単独ではなく、何かの別業種と合わせることで利活用の幅はどこまでも広がる。組織としての強みはすぐに出動できる訓練している実行部隊のプロがいることだと語った。
 髙見さんは26歳で高見土地家屋調査士事務所を開業し、仕事では人が乗る航空機で撮影される真上から見た映像(オルソ画像)で依頼主とのコミュニケーションをとっていたが、無人飛行で3D画像データを記録できるドローンを知り、いち早くドローン検定協会で資格を取得。ヴァーチャルで立体画像を見せることにより、説明もスムーズでイメージし易いため、業務で活用しているという。
 ドローンは開発当初から有用性だけではなく、危険性があることも認められている。そのため、承認が必要な飛行は夜間飛行・目視外飛行・イベント上空飛行・30m未満の飛行・危険物輸送・物件投下などがあり、飛行には許可や知識も必要。開発が進み、高性能なものも増えているが解析ソフトも高額のため個人での購入は難しい。このような専門的な知識や機材を業務の他にも産業利用出来ないかと考えていた時に関川さんと出会い、DINの技術顧問として就任する運びとなった。
 観光分野ではVRを使ってまるで飛んでいるかのような疑似体験を提供することも可能。例として、歩くのには困難な奥入瀬渓流の流れの上を飛ぶような体験が出来れば観光推進にもつながるのではないかと語る。
 また、ドローンには森の中でもセンサーが自動で木を避けて飛んでくれる機能もあるので遭難救助者の捜索時に熊など野生動物との遭遇、足場の悪い場所でも気にせず飛ばせる。赤外線センサーで夜間に飛ばすことも可能で、物品を運ぶことも出来るので災害・救助などの場面での活用も増えて行くだろう。
 ドローンの利活用の方法を考えるとアイデアは無限に出てくる。髙見さんは今後は災害・観光・農林・建設などの産業利用を視野に入れ、高齢者や子どもたちのためにも活用できるように考えていきたいと語った。
 ドローンイノベーションネットワークへのお問い合わせは...TEL:090‐4041‐8927/FAX0176‐27‐6519迄
 子どもの健全な自立を促すために、子ども自らが作る「弁当の日」の取り組みを広めていこうと市民有志団体が、十和田市の「元気な十和田市づくり市民活動支援事業」補助金を活用し、「弁当の日」実践校を増やすことを目標に11日に十和田市立南小学校、12日に十和田市立高清水小学校で「弁当の日」講演会を開催した。
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 講師を務めたのは西日本新聞社編集委員・佐藤弘氏。始めに、子どもたちが自立した人間になるためには何が必要か?と問う。「尊敬・責任・社会性・生活力」の4つがなければいけない。相手に対して尊敬の念を持ち、自分の発言・行動に責任を持つ。一人では生きられないのだから周りと協力できる社会性も必要。その中でも生活力は生きていく中で必要不可欠な事。もしお母さんが料理を作ってくれなかったら、洗濯や掃除をしてくれなかったらどうなる?自分が死ぬまで母親が面倒を見てくれるわけではないのだから自分で生活できる技術を身に付けなければならないと語った。
 ある大学生たちのデータを例に食生活について考える。コンビニ弁当や高カロリーの外食、ダイエットのための偏った食事や魚や野菜の少ない食事などが多いのが現実。それはお金がないという理由ではなく、自分で料理が作れないからだと語った。
 そこで2001年から香川県で始まった「弁当の日」を紹介する。買い出しから片付けまで、包丁や火を使って料理をする子どもたちが弁当の日を通して成長していく姿が映された。また、24時間テレビでも放映された「花ちゃんのみそ汁」も紹介。ガンで余命を告げられた母親が娘に残した事は楽しい思い出作りではなく、生活するために必要な家事だったのは何故かを問いかけた。
 現在、十和田市内での実践校は三本木中学校陸上部のみ。今後「弁当の日」実践校が増えることが期待される。
 講師に松本茶舗・松本柳太郎氏を招き、「写真が語る昔の三本木」をテーマに、ふるさと再発見講座が10月2日に十和田市民文化センターで開催された。
 昔の思い出がよみがえる効果があると介護施設からお願いされたのがきっかけで知人に写真協力をお願いし、昔の写真を集めた。時系列で写真を見ながらまちの歴史を振り返る。
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 松本氏は松本茶舗の初代は110年前に埼玉県に住んでいたひいお祖父さんが現十和田市の都市計画の素晴らしさに感動して移住してきたところから始まったと語る。近年、スマホなどの普及で撮影は楽になったがデータとして保管していると消えてしまう事もあり、写真が残らない事も多い。歴史の記憶が消えてしまわないように昔の写真を掘り起こしたと挨拶した。
 講座はスライドショーで写真を見ながら語り進む。慶応3年(今から151年前)に市内で初めてできたという中島菓子舗さんの写真は貴重な資料となる。現十和田市の開拓の歴史、当時のお祭りの様子なども窺える。昭和初期の写真になると会場からは懐かしむ声や知っているような反応もあった。「月がとっても青いから」で紅白歌合戦の第一声を務めた若き日の菅原都々子さんの姿も映っていた。時代は進み、松木屋が写真に出てくる頃になると目に浮かぶ景色も鮮明に思い出される。最後に松本氏は写真の提供があればこの活動を広めていきたいと挨拶し講座は終了した。
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