夢追人ニュース

日本刺繍と手織りの初個展を開催
着物の文化と魅力を伝えたい
工房さんり 藤原 史華さん
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 8月に市民交流プラザトワーレで日本刺繍と手織りの作品展「ぬいとり と おり」の初個展を開いた工房さんりの藤原史華さん。生まれた頃は父が弘前大学系列の病院の勤務医だったため転勤族だったという。中学2年生の頃に父が藤原内科を開業し、十和田市に移住した。三本木高等学校を卒業してから大学へ進学したが、体調を壊し帰郷する。工房さんりの名前の由来は、繍(ぬいとり)、染織(そめおり)、錺(かざり)の3つの"り"から名付けた。
 学生時代からフランス刺繍やクロスステッチなどが好きだったという藤原さんは日本刺繍の小笠原光子さんに弟子入りし刺繍を学ぶことを決意。最後の弟子となった藤原さんは小笠原さんが1999年に他界した後、独立を決めた。呉服屋さんから少しずつ注文を受けながら自分の刺繍の腕を磨いていたが、染めや織りもやってみたいと両親を説得し、奈良県にある大原和服専門学院に入学を決めた。職人の世界は完全分業で一つの着物を作るまで20工程ほど専門の職人が携わるという。
 一人で染めから織り、刺繍までをやる人は全国でも珍しい事を知り、自分にしか出来ないことをやってみたいと卒業後は京都へ移住し、約5年間、染めや織りなどの修行をし、平成29年に第10回現代手織物クラフト公募展でグランプリを受賞した。
 翌年に帰郷をした時に高校時代の恩師でもある現南部裂織保存会の小林輝子さんと再会し、もっと広めたいと奨められ、初個展を開く運びとなった。個展では来場者からのニーズを知り、ヒントや受け、アイデアはどんどん溢れだす。今後はとりあえずは姪っ子の着物作り、時間に余裕があれば教室も開いてみたいと語った。
 「家族で考える乳がんセミナー」が8月27日に第一生命十和田営業オフィスで開催された。これは十和田市の乳がん検診率は25%、4人に1人しかいないというデータもあり、早期発見、定期検診の文化を作りたいと第一生命が主催となり、講師としてピンクリボンアドバイザーの新谷明子さん(67)を招いて開催した。新谷さんは乳がんで胸の全摘出手術後、3度の乳房再建術を経験。十和田市中央病院で勤務し、退職後にピンクリボンアドバイザーとして講演などを行っている。乳がん検診の呼び掛けは桜流鏑馬などで活動している「とわだをピンクに染める会」が三農生にボランティアで乳がん検診の大切さを告知したり、毎週土曜日に「ハピたのカフェ」で新谷さんが無料相談など行っている。他にも10月にある全国乳がん検診などあるが、検診率はまだまだ低いのが現状。
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 新谷さんは「現在、3人に1人、2人に1人の割合でがんになる。乳がんを知る、早期発見する、広めることが大切。私自身が看護師として働いていながら、なんで気が付かなかったのかと後悔しました。定期的に検診は受けていたが、発見した時は5×2㎝のステージⅢAの乳がんだった。全摘手術となり、誰かに悩みを聞いて欲しかった時期もありました。乳がん患者会「あけのぼ会」を知り入会もした。私は乳がんで亡くなる人を減らしたいとの思いから活動を始めた。」と集まった約70名の参加者に語った。恥ずかしいという理由で行かない人も多いと聞き、十和田市中央病院には女性の医師もいること、実は100人に1人は男性もかかることなども伝えた。
 講演後には乳がん触診モデルで自己検診を練習。定期的な医療機関での乳がん検診をし「自分を大切にしてください」と最後に伝えた。
 第2回目となる「十和田こども食堂」が8月25日に十和田市相撲場で開催された。
 事務局・実行委員を務めるホビースタジオ笑輪の水尻和幸さんを発起人に、集まったボランティアと賛同してくれた個人・企業の協賛を受けて、子どもたちに無料提供すると同時に親子での食事の時間を作り、会話を楽しむ。
 当日は約90名の親子が訪れ、青森シャモロックの丸焼き、棒パン作り体験、バラ焼きなどが振る舞われ、太陽が射したお昼時にぴったりのカキ氷や、手作り台の流しソーメンには列が並んだ。子ども食堂というより、大人も楽しめる親子青空食堂のようなイベントとなり、子どもたちが喜ぶ声が聞こえていた。
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 今回、振る舞われたほとんどの野菜を提供してくれ、洞内で農業を営んでいるという「フレッシュ愛菜」の野月悟さんは「カケモに24年ほど野菜の直売をしている。乳酸菌を使って栽培しているので、健康な野菜を食べて欲しい。今回、知り合いから声を掛けられ協賛することに決めました」と語った。
 食事が終わった後は準備された紙飛行機を飛ばして遊んだりと、明るい太陽の下で親子は楽しい時間を過ごした。
 十和田市にゆかりのある若手音楽家を支援し、芸術文化を担う人材育成を図るため「十和田市サマーフレッシュコンサート」が8月18日に十和田市民文化センターで開演された。
 十和田市にゆかりのある10人の音楽家がステージでそれぞれに楽器と音楽の魅力を披露し、曲を表現した。コンサートは諸事情により、1人欠席の9人で演奏が始まった。以下、楽器と演奏家を紹介。
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↑濱岡珠恵さん(サクソフォーン)↓三浦春乃さん(クラリネット)
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↑田中翔さん(テノール)
↓平眞子さん・菜摘さん(ピアノ連弾)
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↓阿部史歩さん(ヴァイオリン)

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↑中平綾香さん(フルート)
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↑日向翔さん(ピアノ)
↓田中結さん(ピアノ)
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 ▽クラリネット・三浦春乃さん▽サクソフォーン・濱岡珠恵さん▽テノール(声楽)田中翔さん▽ピアノ連弾・平眞子さん、平菜摘さん▽ヴァイオリン・阿部史歩さん▽フルート・中平綾香さん▽ピアノ・日向翔さん▽2台ピアノ・田中結さん(伴奏・田中翔さん)それぞれの若手音楽家の演目が終わると会場からは大きな拍手が送られていた。
 また、この企画は十和田市教育委員会が主催となり行われているが、残念ながら来年度は文化センター休館により事業は一旦お休みとなるとのこと。
 ソロプチミスト日本財団では地域に密着したボランティアを行っている個人・団体へ助成金を贈呈する事業を行っている。
 国際ソロプチミスト十和田から推薦した2団体へ、残念ながら入賞に至らなかったが、日頃のボランティア活動に尽力されていることに感謝の意を込めて、クラブ賞を贈呈する事となり、8月20日に十和田富士屋ホテルで「クラブ賞贈呈式」を行った。
 会長の田中キヨノさんは「地域に埋もれている活動を表し、クラブ単位で賞を贈っています。長い間のボランティア活動、七戸十和田の地域のためにこれからも続けて欲しい」と激励した。
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 受賞を受けたのは15歳から始めたアコーディオンで、教職を退職後、市内5、6ヶ所の施設を回りながら、童謡などを歌い交流を深めているアコーディオン奏者の藤田みつさん。驚くのは現在87歳。5㎏はあるアコーディオンを持って演奏しながら歌っているということ。アコーディオン奏者歴が72年となる。最近は肩が痛いけど、歌うのが好きで全然苦にもならない。要望があれば施設に伺いたい。と笑顔で話してくれた。
 受賞もう1人は七戸町の親水公園わんだむらんどを活性化しようと、平成16年から山桜を植え、現在約1400本の植栽をし、桜の咲く季節に観光客に喜んでもらおうと活動している七戸山桜の会会長の高田武志さん。最初は勇士5人で協賛者を募り、苗木50本を購入して植えたのが始まり。現在は協賛者100名を超え、15年目で1400本を達成した。来年のオリンピックまでに1500本を目指したい。山桜の魅力は個性があること。花の一枚一枚、形や大きさが違うので是非、観にきて欲しいと話した。
 ここ数年、地域の人々との共同作業による美術の活動が数多く行われている。十和田市現代美術館で昨年から取り組んでいる〈「地域アート」はどこにある?〉プロジェクトではそこにある表現の多様さ、課題、可能性をひもといてく試みを行っている。全4回開催するクロストークでは様々な立場で活躍するゲストを招き、表現や地域との関わりについて考える。
 第1回目は「美術館ではない場所で」をテーマに日比野克彦さん、中村政人さん、木ノ下智恵子さん、小池一子さんの4名がクロストークを行った。
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 十和田市現代美術館館長・小池一子さんは「美術館は床がしっかりとしていて、鉄の塊も置け、床にも描けるのが理想。外光の中で美術を観るのが夢だった。」と語る。空間での美術の表現など様々な作品を紹介。
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アーティストで東京藝術大学美術学部長・日比野克彦さんは「地域アートは70年代、80年代と美術館を飛び出し、ストリートの中で感じた素材を取り上げた。ビルに描くクレーンペインティングなど、外壁でのアート活動が多かった。〈明後日新聞〉を起ち上げて未来で起こる事を想像して楽しんだ」と語り、自身がアジア代表で参加したスポーツとアートを融合したTURNプロジェクトなどを紹介した。
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同じくアーティストで東京藝術大学教授・中村政人さんは「アートのためのアートではなく、アートをコミュニティの1つとして考える。自分でチームを作った。1人でやるのと、いろんな人たちと一緒にやるのでは全く違うが、個性の強い作家が多く、まとめるのが大変だった。どういうメッセージを伝えるのかが大切」と語る。いろんな地域での地域資源を活かしたアートプロジェクトの様々な作品を紹介した。
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最後にアートプロデューサーで大阪大学共創機構社学共創本部准教授・木ノ下智恵子さんは「アーティストが過ごす目線をツアーとして企画。都市開発が出来なかった地下の巨大施設や使われなくなった造船所にスポットを当てた。時間という価値を見せる」と紹介した。最後に参加したゲストらでトークディスカッションが行われた。
 十和田市馬事公苑称徳館で「遠藤光子鉛筆画展」を展示している遠藤光子さんが、8月11日に同苑で「遠藤光子えんぴつ画教室」を開催した。
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 約30名の親子が参加し、馬の絵を描いた。当初は観察しながらのスケッチの予定だったが、悪天候のため交流館で開催。始めに白い「円」に影と光をつけて「球」にする練習。真っ黒に塗らずに光の当たる角度を考えながら鉛筆と消しゴム、ティッシュを使って練習した。絵心のある上手い人は本当に平らな紙に描く絵が立体的に見える。
 馬の観察後に交流館へ戻り、馬を描くときには耳から描く、顔の形や脚の角度、毛並みを考える、など独学で学んだ大事なポイントを伝えながら生徒らに教えていた。参加した小学生も大人も自分が描く馬に命を吹き込もうと集中して描いていた。(遠藤光子さんは先月号で紹介。詳しくはそちらでご覧ください)
 第4回となる十和田湖マラソン大会が7月7日に開催された。前日までの雨に開催が心配されたが朝には霧晴れとなり、ランナーにとっては走り易いコンディションとなった。
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 観光とマラソンを融合し、秋田県と青森県を股にかけ、湖畔を疾走する十和田湖マラソン。開会の挨拶では主催の十和田湖マラソン大会実行委員会実行委員長・佐藤百年さんが「ようこそ!パワースポ ット十和田湖へ!全国から多くのランナーに参加いただいて嬉しく思います。今回は十和田商工会議所青年部設立30周年記念事業の一つとして、テーマ曲を作成しました。十和田湖の魅力を感じながら是非聴いていただきたい。また、今大会も地元の学生、地域住民にもボランティアスタッフとして協力いただいております。深緑の十和田湖の観光・文化・食・人とのふれあいを五感で満喫して、また遊びにきていただきたい」と挨拶した。
 開会式が終わると、ハーフコース(約21㎞)を走るランナーは十和田市立第一中学校生徒らに見送られ遊覧船に乗船。クォーターコース(11・5㎞)はスタートの合図を待った。国内外から参加した440人を超えるランナーは湖畔の絶景と十和田湖の自然を満喫しながら標高差のある厳しいコース駆け抜けた。
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 ゴールでは第一中生徒らがテープを持って懸命に完走したランナー一人一人へ「ゴール!!ゴール!!」と大きな声援を送った。最初にテープを切ったクォーターコースの安部貴大さんは「初めて参加して初優勝出来ました。登りからの下りが怖くてすごいコースだと思った。これからも参加したいです。」とコメントした。
 閉会式では特設会場に設置したブースで十和田バラ焼きと、十和田湖ひめます汁が無料でお振る舞いされ、疲れきったランナーの心と身体を温めた。また、今回は海外からも体験型の観光と一つとしての企画参加もあり、マラソンと観光をつなげる架け橋となる可能性を証明した。
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以下、大会結果を紹介。※タイムは1位のみ掲載。
 ▽男子ハーフ【高校生以上39歳以下】①村上雄哉(新郷村)1時間19分24秒②中西如人(茨城県)③石原達雄(東京都)【40歳代】①尾崎紀幸(秋田県)1時間15分23秒②武者優(七戸町)③兎澤一心(秋田県)【50歳代】①河野献(山形県)1時間21分55秒②櫛引誠(弘前市)③坂下新吾(八戸市)【60歳以上】①春日昭美(秋田県)1時間33分56秒②工藤賢悦(秋田県)③小野寺重次(秋田県) ▽女子ハーフ【高校生以上39歳以下】①小松真莉子(秋田県)1時間40分27秒②大橋優子(十和田市)③米田依里湖(十和田市)【40歳代】①佐藤恵美(秋田県)1時間41分47秒②長谷川裕美子(八戸市)③對馬陽子(五所川原市)【50歳代】①赤坂玲子(岩手県)1時間36分25秒②佐々木あさみ(十和田市)③松村尚子(埼玉県)【60歳以上】①菅原敬子(秋田県)1時間51分16秒②中田明子(青森市)③長谷川昭子(岩手県) ▽男子クォーター【高校生以上39歳以下】①阿部貴大(秋田県)43分57秒②及川公章(岩手県)③似鳥拓磨(秋田県)【40歳代】①久保弘(おいらせ町)47分57秒②嶋田洋(秋田県)③長沼憲幸(五所川原市)【50歳代】①児玉高広(秋田県)50分18秒②久保達二(十和田市)③角達也(十和田市)【60歳以上】①天間義昭(十和田市)50分29秒②太田悟(鶴田町)③深津章(群馬県) ▽女子クォーター【高校生以上39歳以下】①工藤由紀子(秋田県)51分29秒②小野寺裕美(宮城県)③工藤由紀子(秋田県)【40歳代】①栗山尚子(八戸市)57分29秒②釜萢学枝(青森市)③前川原百合歌(三沢市)【50歳代】①杉渕澄子(秋田県)56分21秒②久保牧子(十和田市)③山本貴子(七戸町)【60歳以上】①深津明美(群馬県)1時間1分48秒②篠本典子(神奈川県)③小林恵子(群馬県)
 JFAこころのプロジェクト「夢の教室」が7月17日に十和田市立南小学校で実施。アスリートを特別授業講師「夢先生」として迎え、実体験に基づく授業の中で、夢を持つことの素晴らしさを子どもたちへ伝えるために開催された。講師は元水泳選手・内田翔さん、元フットサル選手・久光邦明さんが担当した。
 体育館での軽いゲームを実施後に講義を行った。始めに内田さんを知らない子どもたちへDVDで自己紹介。2009年の世界水泳で日本新記録(1分45秒24)を出したこと、萩野公介選手が10年後にその記録を塗り替えた(1分45秒23)こと。嬉しさ半分、悔しさ半分、そして記録更新がどれほど難しい事なのかを伝えた。
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 その後は黒板を使って自身の経歴を紹介。生まれた頃は身体が弱かったため、0歳8ヶ月から水泳を始めた。小学2年生の時にアトランタオリンピックを見て、将来オリンピック選手になり、金メダルを目指すことを決めた。小学4年生でJOC(ジュニアオリンピック)に出場。...結果はビリで一度挫折を味わったが、卒業文集にオリンピックに出ると書き、自分を奮い立たせるように中学1年生でJOCに再チャレンジ。見事に優勝を飾った。努力が実りメキメキと力を伸ばし、当時は初となる現役高校生で世界水泳に出場した。大学へ進学し、自信のついた内田さんは一度スランプへ陥り、オリンピック出場も懸念されたという。仲の良かった友達との約束を守るため、再度水泳に打ち込み、苦しい練習の中で結果を出し、2008年に北京オリンピック出場。2009年に世界水泳で日本新記録を樹立した。栄光と挫折を繰り返したが、諦めなければ夢は叶うと子どもたちに伝え、最後に自身が一番好きな言葉を子どもたちへ贈った。《人生に夢があるのではなく、夢が人生をつくる》夢や目標があるからこそ人生は輝く。子どもたちはそれぞれの夢を再確認した。
大正創業の観光会社 入社から44年の歴史を経て
観光・交通・宿泊を担う新代表の挨拶
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~佐藤 行洋さんプロフィール~
 昭和28年7月24日生まれ(66)十和田市出身。青森県立三本木高等学校を卒業後、明治大学へ進学。卒業後は帰郷し十和田観光電鉄株式会社に就職した。会社の総務、タクシー運行管理、ホテルの支配人、バスの乗合い・観光・営業企画、駅ビル店長など様々な業務を経験し、出向を経て今年、入社44年目で前社長・白石鉄右エ門氏に奨められ、6月24日開催の定時株主総会で代表取締役として就任した。

 このたび、6月24日に開催された定時株主総会で、十和田観光電鉄株式会社・株式会社十和田電鉄観光社の代表取締役社長・白石鉄右エ門氏が退任し、新たに佐藤行洋氏が代表取締役社長として就任することが決まった。
 代表となった佐藤氏は十和田市出身。青森県立三本木高等学校を卒業後は明治大学へ進学。大学卒業後に帰郷し、最初に選んだのが十和田観光電鉄株式会社だった。最初はバスの乗合い課・観光課を経て、営業企画課を担当しながら、昭和60年にオープンしたとうてつ駅ビルへ出向した。テナント管理・人材管理など駅ビルの店長として従事し、最後は三沢店の店長として計約22年勤め、時代の移り変わりを見守ってきた。
 とうてつ駅ビル閉館と合わせ、一度総務へ戻り、その1年後、今度はまかど温泉富士屋ホテルの支配人として出向となる。管理役職を経てから、約2年間慣れないサービス業やホテル接客業を任された。ホテルでは周りの若い世代の従業員に助けられ、学ぶことも多かったと振り返る。
 その後は、現在運行を終了した十和田観光タクシーの代表取締役専務として出向。タクシーの管理業務を5年勤めてから本社へ戻り、総務部長として就任。
 今年の初め頃に前代表の白石さんから相談を受け、今年6月24日から代表取締役社長として就任した。22歳で入社してからは、本社勤務15年、出向29年と会社に腰を下ろし、実直に働いてきた実績を認められた結果と言えるだろう。
 佐藤氏は「大正3年が創業の歴史ある会社。今まで携わってきた人たちの頑張りで現在がある。公共交通として地域に必要とされ続ける会社でありたい。交通事業もホテル事業も安心・安全が第一。お客様に認められる会社として力を入れていきたい。」と語った。
 今後は路線バス・観光バスの2部門を充実させていく。人材不足のため、お客様に迷惑をかけないように富士屋ホテルに人員を集約。そのため、来年にはグランドホールの休館を決定した。もちろん最後までしっかりと予約を承ったお客様に対して満足いただけるように精一杯のサービスを徹底していく。人材確保は難しいとは思うが現在はオリンピックの影響で人材が東京に集中している。それが終わってから戻ってくる人に期待したい。
 遊覧船事業はインバウンド客も増加し、安定しているが、去年は悪天候が続き、欠航が多かった。今年はすでに去年の乗船客数を超えている状況。現在4艘ある遊覧船のうち、3艘の双胴船にはワイファイを付けてインバウンド客へ満足できるように対応している。
 これから夏秋にかけて忙しくなる。10月の紅葉シーズンに向けて交通・宿泊の面で満足いただけるように取り組んでいきたいと語った。
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