編集長のたわごと

 約1万5000年続いた縄文時代は戦争はなかったという。この時代に火焔土器にみられる土器や漆の文化が生まれた。漆の使用は中国より早いという研究者もいる。
 弥生人が日本列島に入ってきて初めて戦争が始まる。古墳、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、戦国時代を経て信長、秀吉、そして徳川時代に入り約250年間、小さなこぜりあいはあったものの戦争といわれるものがなかった。この時代に歌舞伎や浮世絵、文学など庶民の文化が発展した。画家若沖の光の変化の描写はフランスの印象派より100年も早かったという。この時代の識字率農民から一般庶民まで世界最高であった。
 そして戦後70年、第二次世界大戦の教訓から一度も戦争をしていない。日本にはこのように戦争をしない文化がある。
 戦争は科学を発達させるが、平和は文化を発展させる。科学は空を飛ぶという人類の夢だった飛行機を作ったが戦争に利用された。一度に何十万人と殺すことができる原子爆弾を発明した。ロケットはもともと爆弾を積み遠くまで飛ばすために発明された。今は遠隔操作による無人機が戦争の道具として使われている。
 ダイナマイトを発明したノーベルは死の商人といわれたことをきっかけとして、それを悔いてノーベル賞を創設した。
 7月10日に参議院選挙が行われる。この選挙は日本は再び戦争をする国になるか。それとも平和国家としてこの先100年200年と続くか、その分かれ目の選挙である。悔いのない投票をしよう。
 人間はなぜ戦争をするのであろうか。古代史の研究では、1万2000年以上前のスーダンの墓地で武器によって負傷した23体の遺骨が、ケニアの湖畔で1万年前に虐殺された大人21人、子ども6人の遺骨が発見されている。本格的な戦争の様子は9000年前のスペイン東部の壁画に集団同士でが争う場面が描かれているという。農耕が始まったのが約1万年前。農耕の発達によって富が蓄積され、私有財産、身分の格差、階級の分化が始まった。それをめぐる争いが戦争の原点である。人類にはそのDNAが組み込まれている。だから人類に戦争がなくなることはない。
 第一次世界大戦ではヨーロッパを中心に二千万人の人々の命が失われた。第二次世界大戦では兵士民間人併せ六千五百万人の命が失われた。科学の進歩と共に原爆に見られるように大量虐殺の時代に入った。それに懲りてもう戦争をしないかというと、以後、ご存知のように戦争が絶えることがない。
 だが、悲観することはない。人類には戦争をするDNAがある一方、離人を愛し、平和を愛するDNAもちゃんと組み込まれている。先進国のほとんどが第二次世界大戦以降も戦争をしてきている中で、日本人だけは70年間戦争をしていない。これは人類史的な意味がある。つまり戦争をしないというDNAが70年間育まれてきたということである。このDNAをさらに100年200年と引き継ぐ。それが戦争のない人類の新しい未来につながる。日本国憲法第九条はまさにノーベル賞ものであり、世界遺産的価値がある。
 私は毎年100本前後の映画を観ている。最近気になる映画が何本かあった。一つは『ヒトラー暗殺、13分の誤算』である。ヒトラーが国民に熱狂的に支持され独裁者になりつつある時期に、ヒトラーの危険性に気づいた時計職人がたった一人でヒトラーの暗殺を企てた実話である。だが、ヒトラーは13分早く演説を切り上げたために暗殺を免れた。このときヒトラーが暗殺されていればアウシュヴィッツのような悲劇が生まれていなかったかも知れない。
 2つには、これと対をなすような作品だが『サウルの息子』である。アウシュヴィッツでユダヤ人をガス室送り込み、その死体を処理する仕事をするサウルが、その死体の中に自分の息子を見つける。他のユダヤ人たちが焼かれてしまう中で息子をちゃんと埋葬してやりたいとナチスの目をくぐり、自分もガス室に送られる立場だが人間の尊厳をかけて最後の力を振り絞る。が、ここには明るい未来が見えない。
 3つには『禁じられた歌声』である。西アフリカのマリ共和国に両親と幸せに暮らす少女トヤ。しかし町はイスラム過激派に支配され、歌うことも禁止され、最後は両親とも殺されてしまう。これは現在進行形の物語でもある。
 どんな場合でも戦争は人間を幸せにはしない。『戦争のつくりかた』という絵本がある。これは平成16年(二〇〇四)に出された本だが、安倍内閣によってそれが現実味を増してきた。
 昨年に続いて今年も日本から二人のノーベル賞受賞者が出た。私が子どものころのノーベル賞受賞者というと湯川秀樹博士一人だけであった。特に21世紀に入ってから15年間での受賞者の数はすごい。日本人全受賞者24人のうち15人である。ノーベル賞というと、東大か京大のイメージがあったが、今年の受賞者の大村智さんと梶田隆章さんにはこれまでにない親近感を感じた。
 大村さんは山梨県の農家の長男として生まれ、子どものころから農作業を手伝い、高校ではサッカーや卓球、スキーなどに没頭、スキーは国体に出場するほどの腕前だったという。そして山梨大を卒業し、定時制高校の教師となった。定時制の生徒たちは、昼は働き夜に油のついたままの手で勉強していた。これを見て「自分も頑張らなければ」と、夜教師を続けながら東京理科大学の大学院に入り、修了後山梨大の助手として研究の道に入った。
 また、大村さんは北里大学特別栄誉教授ということもあり、北里大学に同大学と共催の来年の十和田市民大学の講師にと要望している。
 梶田さんも埼玉大学の卒業で、お二人とも普通の人のノーベル賞受賞をいう感がある。
 そしてもう一つ「アラブの春」の先駆けととなったチュニジアの平和賞である。これは徹底した話し合いでチュニジアに平和をもたらした。戦争法を強行した安倍さんにその爪の垢でも煎じて飲ませたいと思った。

 安倍政権が数を頼りに違憲戦争法案を十分な説明も曖昧に無理やり通した。安倍の祖父岸信介が新安保条約を強行採決したのと同じ形になった。が、結果は55年前と全く違う方向に進んでいる。60年安保のときは新安保条約が採決されたあと、反対運動が急激にしぼみ、あの激しい運動は何だったのかと思ったが、今回はしぼむどころか次の参議院及び衆議院の選挙で賛成議員を落し安倍政権を倒すぞと、若者や主婦、学者など国民各層に深く広がっている。
 これこそが民主主義の原点である。先の衆議院選挙で自民党が294席、公明党と併せ325席と国会の三分の二を占めた。が、自民党が圧倒的に支持されてそれだけの議席を占めたのではない。その支持率は小選挙区制で43・01㌫、比例で27・62㌫に過ぎなかった。それが実際には小選挙区で237議席、つまり4割の得票率で8割の議席を占めたことになる。比例では57議席だから全議席の3割のみである。これが自民党に対する正しい評価である。自民党が圧勝したのは小選挙区制という民意を切り捨てる選挙制度のお蔭で、実際に自民党を支持している国民は3割しかいないということを国民ははっきりと認識した。次の選挙では棄権しないで選挙に行こう。これが合言葉である。
 アフガンでは米軍が国境なき医師団の病院を誤爆した。バングラデシュでは邦人が殺された。自衛隊が外国で殺し殺される前に戦争法を廃棄しなければ。

 8月30日、戦争法案に反対する12万人が国会を取り巻いた。それだけではない、北海道で1200人、青森で600人、秋田で1000人、山形で1000人、大阪で2万5000人、沖縄で2500人など全国1000ヵ所、100万人を超える人たちがラップ調のリズムに乗せ口々に戦争法案の廃案を叫んだ。それは子ども連れのママさん、高校生、大学生、若者、弁護士、学者、作家、宗教者、音楽家、映画監督、芸能人、中小業者、創価学会員など世代・分野を超えた大きなうねりとなった。
 その様子は55年前の安保反対運動とは大きく異なる。60年安保のときは労働組合旗が林立し安保反対の鉢巻をした労働組合員、ヘルメットを被った全学連、もちろん一般市民も参加したが、それを阻止しようとする警察官と対峙。最後は警察と金で雇われた右翼がデモ隊を襲い死者が出るほどの激しいものであった。
 近年は若者が平和ボケしているなどと揶揄されていたがとんでもない。今回の戦争法案反対の原動力の一つはシールズなど十代から二十代の若者たちだ。自民党の元幹部や元最高裁長官までもが違憲の声をあげる。それに対して政府関係者は、一部の野党やマスコミが戦争法案だといっているがそれは誤解だとうそぶく。
 それにしても60年安保のときの岸信介、そしてその孫の安倍晋三と、国民の声を無視する悪い血を引き継いだものだ。

 アフガニスタンとイラク戦争で心に傷を負った米兵の自殺問題が深刻化しているという。米陸軍公衆衛生司令部の統計によると、2012年の自殺者が320人。同年戦死した米兵は311人で自殺者の方が戦死者より多かったことが明らかにされた。
 また、同じくアフガニスタン、イラク戦争派兵された自衛官の自殺者が2014年3月末の時点で40人にのぼることがわかった。これも自衛隊の中では飛びぬけて高い数字である。
 アメリカの場合、命の危険にさらされる戦場でのストレスが、帰還後様々な精神病に苦しめられ、アルコールやドラッグにたより、生活が破綻し、ついには自殺に追い込まれるケースが多いという。国際社会で力の弱まってきたアメリカ。
 そこに登場したのが戦争を知らない軍国少年の安倍晋三である。アメリカは、日本を守ってやっているのだからそれ相応の負担をしろと迫った。いや日本には憲法九条があるから。そんなことは自民党が国会で絶対多数だし、お前得意の詭弁をつかってなんとかやれといったのかどうかわからないが、それが今国会で審議されている戦争法案である。
 「法的安定性は関係ない」と法の支配を否定する発言した首相補佐官の礒崎陽輔議員、学生団体のデモに「戦争に行きたくないは利己主義だ」と批判した武藤貴也議員など、自民党は今、安倍に従う戦争を知らない軍国少年が増殖中である。

 私はこれまで天皇というものをあまり好きにはなれなかった。それは戦前の日本軍国主義のイメージにつながるからである。が、4月に天皇は第二次世界大戦で多くの日本人が玉砕したパラオを訪れるに当たって、「先の戦争で数知れぬ帰らぬ身となった人々のことが深く偲ばれる」との言葉を述べた。今度は玉音放送の原版を公開するというニュースを聞いて、戦争する国に突き進む安倍政権に一番心を痛めているのが実は天皇陛下ではないだろうかと思った。
 しかし、天皇陛下は政治的な発言は一切できない。だからパラオを訪れたり、玉音放送の原版を公開して日本を再び戦争をする国にしてはならないと、国民へメッセージを発信してるのではなかろうか。
 一方安倍晋三は、同じ4月にアメリカを訪問して、戦争法案を夏までには必ず成立させますとアメリカの議会で約束した。以後何がなんでも戦争法案を通そうと国会の会期を過去最大の95日間延長した。しかし時間が経ち戦争法案の中身が明らかになるにしたがって「アベ政治を許さない」と、反対運動は国民各層に広がり、安保以来の大きな国民運動になりつつある。
 審議の過程で、安倍晋三を支える議員による報道圧力問題が浮上。業を煮やした自民党の高村副総裁は国民の理解が不十分でも採決するという始末。一番怖いのは、日本の戦前の戦争は間違っていなかった、戦前の日本に戻そうという「日本会議」のメンバーが安倍政権の閣僚の八割を占めていることである。
 戦後70年、日本の平和主義が今最大の危機的状況にある。

 新渡戸記念館の突然の「閉館」、そして「廃館」。さらには「提訴の構え」などというニュースに驚いた方も多いであろう。市民には何がなんだかさっぱりわからない。
 事はこうだ。今年2月に太素顕彰会から新渡戸記念館が耐震上コンクリート強度が基準に満たないから4月1日より休館すると伝えられた。さらに新渡戸家の史料を寄贈するのかしないのか。しないのであれば廃館にするから新渡戸家の史料をかたずけろと通達された。それも話し合いもなく突然にである。そして十和田市は6月議会に廃館を提案するというのである。
 ここで幾つかの疑問がある。一つは耐震強度だが、新渡戸記念館は窓がほとんどないコンクリートの四角い箱である。新渡戸記念館が出来て50年の間に十勝沖地震、三陸はるか沖地震と二つの大きな地震があった。この二つの地震で新渡戸記念館にはヒビ一つ入っていないのである。さらに耐震審査をした業者が新渡戸記念館の設計図すら見ないで結論を出している。
 この新渡戸記念館は、元東大教授生田勉氏の設計によるものである。
 二つには寄贈しないのなら廃館にするというが、常識的には記念館が古くなったので今後新しい記念館を建てるにしても個人の持ち物には税金を使うことができないので寄贈していただけないでしょうかとお願いするのが筋ではないか。
 三つには、これは十和田市の成り立ちに関わる重要な市民の財産でもある。それを簡単に廃館していいものか。
 四つ目には、市は解体費用(案)をすでの計上している。市民の議論もなく解体を何故そんなに急ぐのか。裏に何かあるのか。疑問だらけの今回の出来事である。

 憲法の日の政党討論会を見て驚いた。自民党、民主党、公明党、維新の党、共産党、次世代の党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたち、日本を元気にする会、新党改革と10党が出演していた。今国会にこんなに政党があったのかと改めて驚いた。
 何故かというと、平成6年に小選挙区制を導入したその理由のひとつはアメリカやイギリスのような二大政党をつくるということであった。それから20年、二大政党どころか中選挙区制時代よりひどい一強・政党乱立を作り出してしまった。
 この小選挙区制を導入するとき小選挙区制は非民主的だという非難をかわすために比例代表制が導入された。結果、小選挙区で落選した人が比例で当選するという歪な状況が生まれた。
 もうひとつ、企業・労働組合・団体等からの政治資金を制限する代わりとして政党交付金が導入された。政党交付金をもらえる条件の一つに国会議員5人以上有する政治団体という項目がある。そのために政治理念はさておきこの政党助成金をもらうために結成された政党もある。
 民主主義の根幹の一つが民意が反映されているかどうかにある。日本の政治は今民意から大きくかけ離れた状況にある。そんな非民主的国会で70年間守り誇りとしてきた戦争をしない国が、国会での議論もそこそこにいろいろな詭弁を弄して戦争をする国に変ろうとしている。

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