編集長のたわごと

 集団的自衛権に対する報道各社の世論調査が発表されている。が、不思議なことに、報道機関によって、賛成、反対が全く真逆の結果がでている。
 たとえば産経新聞では(5月17、18日実施)賛成70㌫、反対28㌫。読売新聞(5月9~11日実施)では賛成71㌫、反対25㌫である。
 一方、毎日新聞では(5月17~18日実施)賛成39㌫、反対54㌫。朝日新聞では(4月19、20日実施)賛成27㌫、反対56㌫である。
 産経と読売は解釈改憲に賛成する立場をとっている新聞。毎日と朝日は解釈改憲に反対の立場をとっている新聞である。
 実はアンケート結果の数字には間違いがないが、アンケート調査の方法にカラクリがあるのである。毎日と朝日は単純に、集団的自衛権に「賛成」ですか、「反対」ですかの二者選択である。これに対して、産経と読売は、「全面的に使えるようにすべきだ」、つまり賛成。「使えるようにすべきではない、つまり反対。そしてもう一項目「必要最小限度で使えるようにすべきだ」を入れている。「必要最小限」とは非常に曖昧な言葉である。が、これは賛成になる。そしてこれを合わせると賛成が70㌫になるのである。これは世論調査の誘導である。
 安倍政権は、何とか国民を騙して集団的自衛権行使を「必要最低限」と曖昧にしている。それに産経、読売が呼応しているのである。
 実はヒットラーは、クーデーターで独裁者になったのではない。見事に世論をあやつり、国民の圧倒的支持で独裁者になったのである。
 世論調査は、産経、読売と、毎日、朝日の違いで分かるように、気がつかないうちに世論調査に誘導されている場合がある。そんな世論調査に惑わされず、自分の頭でしっかりと考えることである。

 一介の主婦の提案で、戦争放棄を定めた憲法第九条をノーベル賞平和賞に推薦したところ、ノルウェーのノーベル賞委員会から、2014年の平和賞候補として受理したという通知が届いたという。今年のノーベル平和賞の候補は278件あり、10月10日に発表される。
 かつて、爆笑問題の太田光さんと、多摩美大教授の中沢新一さんと共著で『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書)という本を出したことがあった。が、これほど話題にならなかった。それは安倍晋三によって今、世界でただひとつの戦争を放棄した平和憲法が危機にさらされているからであろう。
 第二次世界大戦によって戦争で犠牲になった人は民間・軍人併せて世界で6000万人~8500万人といわれている。日本人は同じく262万人~312万人である。
 安倍晋三らは、日本の憲法は外国から押し付けられたものだという。それは間違いである。世界でこれだけの犠牲者を出して、もう戦争はこりごりです。戦争はもう二度としませんという世界の英知結集、これが日本国憲法であろう。
 「一人殺せば犯罪者、100万人殺せば英雄」ということばがある。これはチャップリンがいった言葉らしいが、戦争の本質をついている。
 確かに今、尖閣問題や、中国による南シナ海問題、北朝鮮問題がある。力でドンパチをやったら、多くの犠牲者が出る。基本は話し合いである。中国や北朝鮮には民主主義がないから、力が何より一番だと思っている。
 戦後69年間、日本人は戦争で他の国の人を一人も殺さなかったし、また殺されてもいない。それは憲法第九条があるからである。私たち子供、孫のためにも、憲法第九条がぜひノーベル平和賞を受賞してもらいたいと願うものである。

 昭和41年(一九六六)に逮捕され、無実の罪で死刑判決を受け獄中につながれていた袴田巌さんが48年目にして釈放された。
 48年というとオギャと生まれた赤ん坊でさえ中年の親父になっている歳である。プロボクサーの活動も、青春も、人生も、捏造された証拠でもってすべて閉ざされた。
 警察は犯人をつくり上げるために、1日に13時間~16時間と眠らせない過酷な取調べ、というより拷問を20日間に渡って行った。その取調べ中、こん棒で殴ったり、罵詈雑言を浴びせ、「病気で死んだと報告すれば、それまでだ」とまでいったという。これでは小林多喜二を殺した戦前の特攻と同じではないか。そんな体質が警察にあった。スポーツマンで体力に自信のあった袴田さんではあったが、この過酷な拷問に心が折れてしまった。
 しかも、その後犯人のものとされるズボンの装着実験が行なわれた。そのズボン大柄な袴田さんには腿のとこまでしか入らなかった。袴田さんはこれで自分の無実が証明されたと喜んだ。が、検察は「ズボンはみそにつけたから縮んだ」「逮捕後、太ったからはけなくなった」と主張した。
 弁護団が提供したその写真を見ると、大人が子供のズボンをはいているような小さなズボンである。
 袴田さんに死刑判決を下したときの裁判官の1人は、その内容を見て犯人は袴田さんでないと確信した。一審は裁判官3人の合議制であったために2対1で死刑判決を出さなければならなかった。その裁判官は、無実の人を罪に陥れたことに良心の呵責に苦しみ、裁判官をやめ弁護士になったが、酒に溺れてしまった。
 世界ボクシング評議会が袴田さん名誉チャンピオンベルトを授与したのがせめてもの救いである。

 「仙ノ沢会」というのがある。仙ノ沢は山あいの7戸ほどの小さな集落である。この仙ノ沢集落で、平成5年(一九九三)に集会所が建ったのを記念して、仙ノ沢集落の家族はもちろん、嫁や就職などで仙ノ沢から出た人たちにも帰って来ていただき、毎年2月に集いを開くのである。これが仙ノ沢会である。
 どんぐりの森・山楽校もこの仙ノ沢にあるので、オブザーバーとして毎回参加させていただいている。
 わずか7軒の集落であるが、今年集まったのは40名前後で、集会所に座れきれないほどの人数であった。
 集まってきた最高齢は96歳。多分この人は仙ノ沢を出てから75年以上経っているであろう。75年経っても、この人にとってはふるさとはやはり仙ノ沢で、むかし話に花を咲かせていた。続いて90代、80代と続く。皆この仙ノ沢会を楽しみにしている。
 仙ノ沢集落の最高齢者は80歳、続いて70代後半、60代と続く。そして仙ノ沢集落には寝たきりのお年寄りが一人もいないのである。80歳になっても、皆現役で働いている。70代後半の親父さんは、もうひと働きしたいと、今年新たに黒毛和種を買ったという。このように皆働いているからこそ元気なのであろう。
 仙ノ沢では葬式となると、今でも集落の人たちが全部やってくれる。そういうむかしながらの互助精神の残っている集落である。
 3・11東日本大震災から満3年を過ぎた。福島原発の事故でふるさとに帰りたくても帰れない人たちも多くいる。そしてストレスと孤独から亡くなっている人たちもたくさんいるという。ふるさとを原発によって奪われた人たちの無念を感じざるを得ない。
 「ふるさとの 山にむかいて言うことなし ふるさとの山はありがたきかな」(啄木)。ふるさとはそにあるだけでいいのである。

翔ぶ

[編集長のたわごと]
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 人生において誰でもが翔びたいと思っているだろう。が、なかなか翔ベないのが普通である。
 マルクス哲学の一つ、弁証法に「量から質への転換」という法則がある。ある一定の量を積み重ねて行くと、あるところで質的に変化するというのである。
 たとえば、水に熱を加えてゆくと100℃で液体から気体に変化し、逆に温度を下げてゆくと0℃で液体が固体にと、質的に変化するあれである。
 小説家も悩み悩んで書いているうちに、あるとき突然に神が降りてきたかのように次々と言葉が出てくることがあるという。
 ただしこれは、努力に努力を重ね、悩みに悩まなければそんな現象が起こらない。
 私もいつか翔べたらと夢を見ている。

『暴力はどこからきたか 人間性の起源をさぐる』

bouryolkuhadokokarakitaka.jpg 戦争は最大の暴力である。第一次世界大戦での軍人及び民間人を含む戦争での犠牲者は900~1500万人。第二次世界大戦では5000~8000万人。うち日本人は260~310万人(ウィキぺディアフリー百科事典)といわれている。
 人類はこれに懲りてもう二度と戦争はしないかと思うと、戦争の傷も癒えぬ5年後に朝鮮戦争、そしてベトナム戦争、イラク戦争など、相も変わらず戦争から抜けきれないでいる。
 著者の山極寿一氏は人類学・霊長類学者であり、長年ゴリラの研究でアフリカに行って調査をしている。ゴリラは、ウガンダやルワンダ、コンゴ共和国といった紛争地域に多く生息している。
 一九九四年、ザイールとルワンダの国境の町にいた著者が、長い長い列をつくってやってくる難民に出会った。100万人近い人々が虐殺された直後である。どんな悲惨な状況に遭ってきただろうか。人々は裸足で、頭に毛布や食器などわずかな荷物を載せ、無表情で笑いひとつなく、子どもの泣き声さえなくただ黙々と歩いていた。
 平和な時なら学校に行って友だちと楽しく遊んでいるはずの、難民の荷物を調べている銃を重そうに持った一人の少年兵に、山極さんは「どうして戦闘に加わったの」と尋ねた。
 少年兵は、「家族が殺されたからだ」と答えた。
 山極さんはここに人類の戦いの原点があると思った。
 山極さんは、人類学・霊長類学者のこれまでの研究成果を踏まえながら、第一章攻撃性をめぐる神話。第二章食が社会を生んだ。第三章性をめぐる争い。第四章サルはどうやて葛藤を解決しているのかと、四章までは、人類の遠い子孫である霊長類や真猿類、類人猿までの進化の過程を紹介している。ここまでは暴力や同じ種同士の殺し合いはほとんどない。
 そして、第五章は「暴力の自然誌‐子殺しから戦争まで」である。人類が同じ種同士を殺しあう暴力を持ったのは、狩猟から一定地域に定着して農耕をし、家族、集団がつくられ、言葉を持ったところから始まった。
 結局、戦争の論理は、安倍晋三にいわせるまでもなく、家族を守り、民族としての一つの集団、つまり国を守ることである。
 現在も、地球のあっちこっちで紛争がおき、人類は戦争という暴力を克服できないでいる。戦争は人類の永遠の課題であろうか。
 その中で、二度と戦争はしませんと誓った日本国憲法は、人類にとって宝といって言い過ぎではない。
 山極 寿一著(NHK出版刊)  定価970円+税

 今年は午年。誰もが新しい年を迎えるにあたって、希望に満ちた年でありたいと願うでしょう。しかし経済の世界では、午年は「午尻下がり」という格言があるそうです。
 今年は消費税が8㌫に上がります。消費税は私たちの生活に直接影響してきます。地元スーパーの社長さんから聞くと、消費税が3㌫のときも、5㌫のときも売り上げが落ちたといいます。この消費税8㌫が、「午尻下がり」にならないようにと願うばかりです。
 さて、私事ですが、昨年は創立30周年を迎え、東京と十和田での祝賀会に併せ170名の方々に出席いただき祝っていただきました。また、光栄にも十和田市文化賞をいただきました。これもひとえに30年間BUNKA新聞社を支えていただいた読者の皆様、スポンサーの皆様、執筆者の皆様、そして多くの皆様方の応援の賜物と感謝申し上げます。
 また、一昨年より発刊したネット新聞のアクセス数が15万件を越えようとしています。しかもその読者は青森県とほぼ同数で東京都からのアクセス数があります。ちなみに第3位は神奈川、第4位大阪、第5位埼玉と、十和田発全国新聞になっております。
 今年、そしてこれからの5年間は、このネット新聞をどう発展させていくかが中心的課題となります。
 また文化出版も、年数冊ですが出版させていただいております。
 今年は、「午尻下がり」の格言に逆らい、BUNKA新聞社の新たな発展の年にして行きたいと思っております。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

遊ぶ

[編集長のたわごと]
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 東京で「趣味は何ですか」と聞かれ、「乗馬です」というと、「リッチな生活をしているんですね」といわれる。
 が、十和田では誰でも気軽に乗馬ができる。しかもそのロケーションは、奥入瀬渓流から八甲田の麓湯ノ台のブナの二次林、三沢の淋代海岸、小川原湖畔、黄金色に稔った秋の田園、冬の田んぼ道と、季節によって十和田の自然を満喫できる。
 十和田市の馬のイベントも桜流鏑馬、駒っこランド祭り、駒フェスタなどと多種多様である。
 今年は午年、この機会にあなたも乗馬をやってみませんか。

射る!

[編集長のたわごと]
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 人生は目標があってこそ面白い。目標のない人生なんてメシを食ってクソして寝るだけの人生だ。
 180㍍のコースを10秒台で疾走する馬に跨って3本の矢を射、的に当てる流鏑馬は、馬を信頼し、バランスと集中力の技だ。
 人生は流鏑馬ほどの集中力の必要はないが、射る的が見えない場合が多い。的が見えなければ射ることもできない。
 人生で大切なことは、まず生きる的を見定めることである。

駆ける

[編集長のたわごと]
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 三本木原台地を中心とした青森県太平洋岸はかつて馬の天地であった。馬は広大な三本木原台地を駆けめぐり、体躯の大きな勇壮な蝦夷の馬となった。
 その馬を操る騎馬民族蝦夷の頭領アテルイがいた。
 都の貴族はその蝦夷の馬に憧れ
「陸奥の尾駮の駒も野飼ふには荒れこそまされなつくものかは」と歌った。
 大和朝廷が欲しかったのはこの猛々しい蝦夷の馬であった。
 駈ける馬!!それは未来につながる夢でもあった。

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