実践的アンチエイジング講座

 草食動物と肉食動物(上)
 哺乳動物には、草食動物と肉食動物、そして雑食動物がいる。
 この草食動物と肉食動物、雑食動物を比較してみるとアンチエイジングにとって面白いことが見えてくる。
 草食動物とは、草や木の葉など低タンパクで繊維質が多く、消化の悪い植物を食料としている動物をいう。
 肉食動物とは、主には草食動物を襲い殺して食べる動物をいう。
 雑食動物とは、その名の通り、動物や昆虫、魚、草や木の葉、果実などを食べる動物をいう。
 草食動物は、ゾウやカバ、キリン、ウマ、ウシ、シカなどがそうである。
 肉食動物は、日本では少ないが、トラやライオン、チーター、ハイエナなどである。
 雑食動物は、クマ、チンパンジー、タヌキ、テン、そして人間である。
 最初に、草食動物と肉食動物、雑食動物の大きさを比較してみよう。大きさといっても、足の長い動物や短い動物、あるいは首の長い動物など様々であるためにここでは体重で比較する。
 草食動物であるゾウは、アフリカゾウで体重5・8㌧~7・5㌧、アジアゾウはちょっと小さく4㌧~5㌧である。それにしても大きい。地上最大の動物である。
 以下、カバ1・2㌧~2・6㌧でゾウに次ぐ大きさである。キリン800㌔~1・2㌧、ウマ100㌔~1㌧、ウシ300㌔~700㌔、シカ50㌔~130㌔である。
 草食動物は、低タンパクな草や木の葉などを食べているにもかかわらず、総じて身体が大きく骨も太い。
 肉食動物で一番大きいのはトラで250㌔~300㌔。百獣の王といわれる肉食動物の代表であるライオンは150㌔~250㌔。チーター40㌔~65㌔、ハイエナ45㌔~70㌔である。
 肉食動物は、消化、吸収の良い、主には草食動物を食っている割には、草食動物に比べるとずいぶん小さい。
 雑食動物では、クマは300㌔~1㌧、チンパンジー40㌔~60㌔、タヌキ3㌔~10㌔である。そして人間は40㌔~100㌔ぐらいであろうか。
 これら動物の体重は、ウマではポニーからペルシュロンのような大型馬までたくさんの種類があるように、ここで標記した体重はそれらを網羅した凡その体重である。
 次に、草食動物と肉食動物、雑食動物の寿命を比較してみよう。
 草食動物では、ゾウは約70年で人間に近い寿命である。カバは約45年、キリン10年~15年、ウマ約25年、ウシ約20年、シカ15年~20年である。
 これらは凡その寿命で、野生の場合1頭1頭の寿命を調査するのが難しい。したがって野生動物と、動物園で飼育している場合の寿命は当然違ってくる。
 肉食動物の寿命は、トラは15年~20年、ライオン約20年、チーター6年~10年、ハイエナ25年~35年である。
 肉食動物の場合も野生で調べるのが難しいために、したがってこれは動物園で飼われたときの寿命である。動物園で飼うと餌を捕獲する必要がないので寿命が大幅に伸びる。
 雑食動物では、クマは25年~30年、チンパンジー40年~50年、タヌキ10年前後、そして人間は約80年である。
 草食動物、肉食動物、雑食動物、様々な比較の方法はあるだろうが、体重と寿命を比較してみた場合、体重は、その多くは肉食動物や雑食動物より草食動物の方が、はるかに大きく重い。そして寿命も長い。
 何故であろうか。
 まず体重であるが、草食動物は、草や木の葉は消化悪い。と同時にタンパク質が少ないために大量の餌を食べなければならない。
 草や木の葉は消化に時間がかかり、そのために長い腸が必要である。そして多く食べるために大きな胃が必要になってくる。
 たとえば、牛の第1胃は120~200㍑、ドラム缶1本分ぐらいの容量があり、腸の長さは50~60㍍もあるという。その大きな胃と長い腸を収納するために自然と身体が大きくなったとされている。
 それでも消化できないために、腸内に微生物を生息させ微生物の力を借りて消化させている。
 また草食動物は盲腸が発達しており、盲腸にはセルロースという、草の繊維を分解させるための細菌を共生させているために、草を食べても身体をつくることができる。が、人間の盲腸は進化の過程で退化し、草だけでは身体をつくることはできない。
 それに比べて肉食は、消化吸収が良いので消化器官が単純に出来ているというのである。
 また、草や木の葉は無限にあり草食動物は食べるのに苦労しないが、肉食動物は、草食動物を襲い食べるために、常に機敏に動ける身体でなければならない。そのために身体を大きくすることができないというのである。
 なるほど、草食動物と肉食動物、身体の大きさの違いはこの説明でわかる。
 が、それではなぜ草食動物は寿命が長いのであろうか。残念ながら、その研究なり記述を見つけることが出来なかった。
 私はこう考える。「活性酸素」の項でも書いたが、動物の身体は常に新陳代謝を繰り返している。その新陳代謝を阻害し、細胞を傷つけるのが活性酸素である。そしてその活性酸素を抑制するのがビタミン類などの抗酸化物質である。
 草食動物が食べる草や木の葉には抗酸化物質であるビタミン類などがたくさん含まれている。
 一方、肉食は抗酸化物質が非常に少ない。そのために草食動物を捕獲し、草食動物の体内に蓄積された栄養素を二次利用するという形で、ビタミン類など不足な成分を吸収している。ライオンやチーターは草食動物を捕まえると、まず内臓から食うという。が、草食動物に比べて抗酸化物質の吸収は微々たるものである。したがって、新陳代謝時の活性酸素の影響を受けやすい。結果寿命が短いということになる。
 そして三つ目は体力の比較である。
 アフリカのサバンナの映像をみたことがある。不思議なことに、肉食動物であるライオンやチーターのそう遠くない場所に、シマウマやトムソンガセルなどがのんびりと草を食んでいる。
 ときおりライオンがシマウマを襲うことがある。それに気付いたシマウマが逃げる。ライオンが追うが追いつけず、すぐあきらめる。
 ここでわかることは、肉食動物であるライオンは瞬発力が強いが持続力が弱いということである。
 逆にシマウマは、力は弱いが走る持続力が長い。その走る持続力は肉食動物から身を守るために備えられた能力である。
 馬の走る能力を極限まで高めたのが競馬であろう。

 

 食事でがんが治るって本当?
 最近、本屋に行くと、様々な健康に関する本の中に、『がんを治す食事療法』帯津良一・上野圭一著(法研刊)や、『「ガンが食事で治る」という事実』済陽高保vs星野仁彦著(マキノ出版刊)などの本が並んでいる。
 がんが食事で治る?って本当だろうか。私は医者でないのではっきりしたことは分からない。
 が、これだけは言える。我が家は農家であったこともあり粗食、あるいは野菜を中心とした食生活をしてきた。その我が家は曽祖父から私までの四代の中で、がんで亡くなったひとは52歳で乳がんで亡くなった大叔母一人だけ。乳がんを患ったのは、完治したが私の母一人だけであった。
 大叔母は子供ができなかった。母は、戦時中の子供に飲ませる乳も出ないほどの食料不足の苦しい体験から、食べるのが何より楽しみなひとであった。そのために我が家では唯一太っていた。
 出産未経験者や肥満のひとは乳がんになる確立が高いといわれている。
 食生活を変えることによってがんが治るかどうかはわからないが、かなり高い確率でがんにならない身体をつくることが出来るということはいえる。
 人間の身体は、自然食品の他、加工食品に入っている防腐剤や着色剤など食品添加物を含めて、すべて口から入った食べたもので作られている。その食べた物によってかかる病気の中身も違ってくる。
 たとえば、日本人の食生活の変化では、昭和25年(一九五〇)ころから肉の消費量が徐々に増え、特に経済高度成長期に入った昭和35年(一九六〇)以降大幅に増えている。
 牛乳・乳製品に至っては、昭和35年からグラフにすると45度ぐらいの急勾配で増えている。
 一方、主要死因別死亡率を見ると、昭和24年(一九四九)を基点に、悪性新生物、つまりがんが30度ぐらいの急勾配で増えている。
 統計で見る限り、肉や牛乳・乳製品の消費量と、がんによる死亡率が比例していることがわかる。
 と同時に、矛盾しているようであるが、肉や牛乳・乳製品の消費量と比例して、日本人の平均寿命が延び、今や世界一の長寿国となっている。
 それは、医学の発達や国民皆保険などの医療制度の充実、あるいは国民の健康に対する意識の向上なども影響しているであろう。
 が、いずれにしても肉や牛乳・乳製品の消費量と、がんによる死亡率の増加が比例していることはまぎれもない事実である。
 さて、話を本題に戻そう。食事でがんは治るかである。
 旧十和田湖町の名刹浄円寺の馬場紀昭住職が、平成21年(二〇〇九)にすい臓に腫瘍があるようだと十和田市の病院で診断された。一瞬がんではないかとの不安がよぎった。馬場さん69歳のときであった。
 馬場さんのそれまでの生活は、身体の丈夫なのが自慢で、タバコは1日3箱、しょっぱいものが好きで、酒は毎日飲み、時には昼食を食べないで飲むこともあった。そんな生活が69歳まで続いた。
 一般的にいうなら、病気になって当たり前の生活であった。
 すい臓がんは発生率は少ないものの、生存率は5年でわずか約10~20㌫と非常に低い。それは、すい臓は身体の後ろ側にあるために、がんが見つかったときはもう手遅れだったという場合が多い。
 心配した子供たちは、東京にすい臓がん専門のいい病院があるから、そこで詳しく検査してもらった方がいいと薦めた。
 早速、東京の病院に行って超音波で検査すると、腫瘍どころか悪性で、すでにリンパまで転移していることがわかった。
 がんがリンパまで転移している。がん細胞が全身に流れてしまっている可能性がある。
 こうして、平成22年(二〇一〇)2月にすい臓を全摘し手術は成功、一ヵ月余りで無事退院した。
 問題はここからである。つまり再発を防ぐために抗がん剤以外の方法を行なうか否かである。
 子供たちは、『今あるガンが消えていく食事』済陽高穂著(マキノ出版刊)をもってきて、食事療法を薦めた。
 実は、馬場さんの奥さんの兄が平成7年(一九九五)前立腺がんになり、余命半年と診断された。義兄53歳のときであった。
 義兄は、「よしッ!!がんは自分で治す」と、病院に行かず、翌日から玄米食を中心とした食生活にがらりと変えた。それから18年、余命半年といわれたのが今だにピンピンと元気である。
 そのことを知っていた馬場さんは、半年間の抗がん剤治療と共に、食事療法を始めた。
 「食事でがんが治るってそんなの全く信じていませんでした。義兄が実際に食事療法でがんを治していますから、義兄がいなければ食事療法を選んでいなかったでしょう」と馬場さんは語る。
 馬場さんが退院すると、娘さんが『今あるガンが消えていく食事』を参考にメニューをつくり、それを基に奥さんが料理をつくった。
 がんが治る料理の基本は、肉類は一切食べない。酸化した悪い油は使わない。塩分をできるだけ少なくする。そして玄米食である。
 こうして、退院して3ヵ月目で、体力づくりのためにゴルフを再開した。今は、ゴルフもホールインワンするほど上達している。
 今のところ、がんの再発の気配はない。
 ここで紹介した二人は、一人は食事療法でもってがんを閉じ込めてしまった。一人はやはり食事療法でもってがんの再発を防いでいる。
 私は医者でないので、がんが本当に食事療法で治るのかどうかわからないが、最初に紹介した『「ガンが食事で治る」という事実』(済陽高保vs星野仁彦著)には、がんが食事療法で治るその理由と、事例が紹介されている。
 著者である済陽高保さんは、三愛病院医学研究所所長・西台クリニック院長。星野仁彦さんは福島学院大学福祉心理学部教授で、二人とも医師である。
 済陽さんは、消化器外科医で、自分が執刀したがん患者2000人を追跡調査したところ、5年後の生存率が52㌫しかなかったことに衝撃を受け、「済陽式ガン食事療法」を開発した。
 星野さんは、精神科医であるが、42歳のとき進行性の大腸がんがみつかり、5年後の生存率が〇といわれた。それを何とか治そうと研究。「星野式ゲルン療法」を開発。それから24年経った現在、再発もせずピンピンしている。
 100㌫でないにしても、野菜を中心とした食生活に変えることによって、がんは治るというのは事実のようである。

 

 活性酸素

 最近は、天草テレビの看板アナウンサー森シノさん(109歳)や、油絵、旅行、詩吟、百人一首など意欲的に毎日を楽しみ、第11回ニューエルダーシチズン大賞を受賞(平成23年)した後藤はつのさん(109歳)、聖路加病院理事長の日野原重明さん(101歳) 、100歳の現役サラリーマン福井福太郎さんなど、100歳を超えなお、健康で元気に活躍している人も珍しくなくなった。
 また、75歳で芥川賞を受賞した黒田夏子さんや、90歳で椋鳩十賞(児童文学)を受賞した石井和代さんなど、高齢になってから才能を開花させている人も出てきている。
 男女とも世界一の長寿者は日本人で、男性は京都府丹後市の木村次郎右衛門さんで116歳(平成25年4月現在)である。木村さんは明治30年(一八九七)、青森県はまだランプの生活をしていた、明治維新からわずか30年した経っていない時代に生まれている。
 木村さんは、男女合わせた世界一の長寿者である。
 女性の世界一の長寿者は大阪市の大川ミサヲさんで115歳(平成25年4月現在)である。大川さんは木村さんより1年遅い明治31年(一八九八)に生まれている。
 木村さんも大川さんも、19世紀の終わりに生まれ、20世紀をまるまる生き、21世紀の現在なお健在である。19、20、21世紀と、3世紀にまたがって生きているからすごい。お二人とも大変元気だが、人間は120歳をなかなか超えることができない。
 人間は、歳とともに老い、やがて死を迎える。あるいは途中で病気になり亡くなる場合もある。
 なぜ歳とともに老いるのか。なぜ病気になるのか。それらに大きく関わっているのが活性酸素である。
 活性酸素とはなんであろうか。活力ある酸素??ではない。
 「免疫力と抗酸化力」の項でもちょっとふれたが、
比喩的にいうと、車は酸素(空気)を使ってガソリンを燃やしエネルギーをつくり動く。その時、ガソリンを燃やした排ガス、つまり二酸化炭素や窒素酸化物、ちり、けむりなどが出る。この排ガスにあたるのが活性酸素である。
 車の排ガスは、工場などから出る排煙などと相まって、 今、中国で大きな問題になっているように、大気を汚すなど大変な悪さをする。
 人間の場合はどうであろうか。
 「ミトコンドリア」の項で話したように、人間は生きてゆくために酸素を吸い、ミトコンドリアがその酸素を使い糖を燃やし、それをエネルギーに変える。そのとき出るいわゆる排ガスが活性酸素である。車の排ガスは、それが多く出ると地球環境や人間に大変な悪さをする。
 やはり人間の身体も同じで、その活性酸素が細胞を傷つけるなど人間の身体に悪さをするのである。
 人間の身体をつくっている60兆個の細胞は常に新陳代謝を繰り返している。その新陳代謝のときに活性酸素が悪さをし、細胞傷つけ、あるいは異常細胞をつくる。
 顔のシワやシミ、白内障、関節炎、認知症などの老化現象はもちろんのこと、動脈硬化、心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病、異常細胞であるがんなどがそれである。
 新陳代謝が繰り返されるたびに活性酸素に傷つけられる。もう新陳代謝ができない、その限界が120歳というわけである。
 ところが、その活性酸素を抑制ないし無毒化する物質がある。それが、ビタミンAやビタミンB2、ビタミンC、ビタミンEなどのビタミン類。ポリフェノール、カテキン、リコピンなどの抗酸化物質である。
 これら抗酸化物質は、野菜などに多く含まれている。野菜をとることが大事なのは植物繊維だけではない。むしろ抗酸化物質をたくさん含んでいるからである。
 たとえば、ブルーベリーにはアントシアニン、そばにはルチン、お茶にはカテキン、大豆にはイソフラボン、ゴマにはゴマリクナン、緑黄野菜やキノコ類にはβカロチン、トマトにはリコピンといった具合である。
 それらの作用は、イソフラボンは女性ホルモンのような作用をするとか、ルチンは毛細血管を強化するなど、それぞれ役割が違うが、いずれも抗酸化物質であり、その多くは野菜や果物などに含まれている。
 また、活性酸素を抑制するビタミン類では、ビタミンAはのり類、わかめ、しその葉、パセリ、人参、小松菜やほうれん草などの青菜類、かぼちゃなどに含まれている。ビタミンB2は、うなぎ、レバー、のり類、たらこ、すじこ、たまご、青菜類、納豆など。ビタミンCは、キャベツ、ピーマン、ブロッコリー、パセリ、トマト、青菜類、柑橘類など。ビタミンEは、種実類などに含まれている。
 冒頭に紹介した百寿者の多くは、食生活が抗酸化物質が多く含まれている野菜や魚が中心だった明治、大正、昭和の前期を生きてきたひとたちである。
 もちろん、漂白剤や防腐剤、合成甘味料、防カビ剤、発色剤など、食品添加物の入った加工食品を食べてこなかった人たちである。
 食品添加物はどんなに微量でも、あるいはそれが法的に認められたものであっても、それを長年食べ続けていると身体に蓄積し、身体に悪い影響、つまり、アトピーやアレルギー疾患、あるいはがんなどリスクが高くなる。なぜならそれが身体にとっては不必要な異物であるからである。
 活性酸素は人間の身体にとって100㌫悪者かというとそうでもない。体内に入ってきた細菌などを撃退する免疫システムにも重要な役割を果たしている。だから人間の身体には、悪者である活性酸素も必要である。
 野菜、果物、種実などに入っている抗酸化物質は微量でしかない。だから継続して食べることが大事である。
 私の周りにも野菜が嫌いだというひともいる。今はいい。70歳、80歳、あるいは90歳、100歳になったときに、野菜をたくさん食べたひとと、そうでないひとの差が出てくるはずである。
 アンチエイジングにとって大事なことは、活性酸素を抑制する抗酸化物質が入っている、野菜や果物、種実をたくさん食べることである。


 

 活性酸素
 最近は、天草テレビの看板アナウンサー森シノさん(109歳)や、油絵、旅行、詩吟、百人一首など意欲的に毎日を楽しみ、第11回ニューエルダーシチズン大賞を受賞(平成23年)した後藤はつのさん(109歳)、聖路加病院理事長の日野原重明さん(101歳) 、100歳の現役サラリーマン福井福太郎さんなど、100歳を超えなお、健康で元気に活躍している人も珍しくなくなった。
 また、75歳で芥川賞を受賞した黒田夏子さんや、90歳で椋鳩十賞(児童文学)を受賞した石井和代さんなど、高齢になってから才能を開花させている人も出てきている。
 男女とも世界一の長寿者は日本人で、男性は京都府丹後市の木村次郎右衛門さんで116歳(平成25年4月現在)である。木村さんは明治30年(一八九七)、青森県はまだランプの生活をしていた、明治維新からわずか30年した経っていない時代に生まれている。
 木村さんは、男女合わせた世界一の長寿者である。
 女性の世界一の長寿者は大阪市の大川ミサヲさんで115歳(平成25年4月現在)である。大川さんは木村さんより1年遅い明治31年(一八九八)に生まれている。
 木村さんも大川さんも、19世紀の終わりに生まれ、20世紀をまるまる生き、21世紀の現在なお健在である。19、20、21世紀と、3世紀にまたがって生きているからすごい。お二人とも大変元気だが、人間は120歳をなかなか超えることができない。
 人間は、歳とともに老い、やがて死を迎える。あるいは途中で病気になり亡くなる場合もある。
 なぜ歳とともに老いるのか。なぜ病気になるのか。それらに大きく関わっているのが活性酸素である。
 活性酸素とはなんであろうか。活力ある酸素??ではない。
 「免疫力と抗酸化力」の項でもちょっとふれたが、
比喩的にいうと、車は酸素(空気)を使ってガソリンを燃やしエネルギーをつくり動く。その時、ガソリンを燃やした排ガス、つまり二酸化炭素や窒素酸化物、ちり、けむりなどが出る。この排ガスにあたるのが活性酸素である。
 車の排ガスは、工場などから出る排煙などと相まって、 今、中国で大きな問題になっているように、大気を汚すなど大変な悪さをする。
 人間の場合はどうであろうか。
 「ミトコンドリア」の項で話したように、人間は生きてゆくために酸素を吸い、ミトコンドリアがその酸素を使い糖を燃やし、それをエネルギーに変える。そのとき出るいわゆる排ガスが活性酸素である。車の排ガスは、それが多く出ると地球環境や人間に大変な悪さをする。
 やはり人間の身体も同じで、その活性酸素が細胞を傷つけるなど人間の身体に悪さをするのである。
 人間の身体をつくっている60兆個の細胞は常に新陳代謝を繰り返している。その新陳代謝のときに活性酸素が悪さをし、細胞傷つけ、あるいは異常細胞をつくる。
 顔のシワやシミ、白内障、関節炎、認知症などの老化現象はもちろんのこと、動脈硬化、心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病、異常細胞であるがんなどがそれである。
 新陳代謝が繰り返されるたびに活性酸素に傷つけられる。もう新陳代謝ができない、その限界が120歳というわけである。
 ところが、その活性酸素を抑制ないし無毒化する物質がある。それが、ビタミンAやビタミンB2、ビタミンC、ビタミンEなどのビタミン類。ポリフェノール、カテキン、リコピンなどの抗酸化物質である。
 これら抗酸化物質は、野菜などに多く含まれている。野菜をとることが大事なのは植物繊維だけではない。むしろ抗酸化物質をたくさん含んでいるからである。
 たとえば、ブルーベリーにはアントシアニン、そばにはルチン、お茶にはカテキン、大豆にはイソフラボン、ゴマにはゴマリクナン、緑黄野菜やキノコ類にはβカロチン、トマトにはリコピンといった具合である。
 それらの作用は、イソフラボンは女性ホルモンのような作用をするとか、ルチンは毛細血管を強化するなど、それぞれ役割が違うが、いずれも抗酸化物質であり、その多くは野菜や果物などに含まれている。
 また、活性酸素を抑制するビタミン類では、ビタミンAはのり類、わかめ、しその葉、パセリ、人参、小松菜やほうれん草などの青菜類、かぼちゃなどに含まれている。ビタミンB2は、うなぎ、レバー、のり類、たらこ、すじこ、たまご、青菜類、納豆など。ビタミンCは、キャベツ、ピーマン、ブロッコリー、パセリ、トマト、青菜類、柑橘類など。ビタミンEは、種実類などに含まれている。
 冒頭に紹介した百寿者の多くは、食生活が抗酸化物質が多く含まれている野菜や魚が中心だった明治、大正、昭和の前期を生きてきたひとたちである。
 もちろん、漂白剤や防腐剤、合成甘味料、防カビ剤、発色剤など、食品添加物の入った加工食品を食べてこなかった人たちである。
 食品添加物はどんなに微量でも、あるいはそれが法的に認められたものであっても、それを長年食べ続けていると身体に蓄積し、身体に悪い影響、つまり、アトピーやアレルギー疾患、あるいはがんなどリスクが高くなる。なぜならそれが身体にとっては不必要な異物であるからである。
 活性酸素は人間の身体にとって100㌫悪者かというとそうでもない。体内に入ってきた細菌などを撃退する免疫システムにも重要な役割を果たしている。だから人間の身体には、悪者である活性酸素も必要である。
 野菜、果物、種実などに入っている抗酸化物質は微量でしかない。だから継続して食べることが大事である。
 私の周りにも野菜が嫌いだというひともいる。今はいい。70歳、80歳、あるいは90歳、100歳になったときに、野菜をたくさん食べたひとと、そうでないひとの差が出てくるはずである。
 アンチエイジングにとって大事なことは、活性酸素を抑制する抗酸化物質が入っている、野菜や果物、種実をたくさん食べることである。


 

 ミトコンドリア
 次ぎに、「食生活で体質が変わった私の体験」と、「裸参り、寒中水泳で風邪をひかない」その理由について書こう。
 この二つに共通するのはミトコンドリアである。
 ミトコンドリアについては、本稿「8、ミトコンドリアとアンチエイジング」の項でもちょっとふれたが、実はミトコンドリアは、老化や、がん、生活習慣病、アルツハイマー病などに深く関係しているらしいということが、最近の研究でわかってきた。
 それではミトコンドリアとは一体なんであろうか。
 簡単にいうと、車が動くとき、エンジンがあり、そのエンジンが酸素(空気)を使ってガソリンを燃やしエネルギーを作り出して車が動く。
 人間を含めた動物の身体でも同じである。
 心臓が動く、頭を使う、働く、走る、運動する、これらのことを行なうためには当然エネルギーが必要である。そのエネルギーを酸素を使って作り出すのがミトコンドリアである。
 つまり、人間(動物)は、酸素を使って糖を燃やし、エネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)をつくる。
 もう少し詳しくミトコンドリアについて見てみよう。
 私たち人間は約60兆個の細胞でつくられている。その細胞の全てにミトコンドリアが入っており、一つの細胞の中に100個から3000個のミトコンドリアが入っている。その総量は体重の約1割といわれている。
 なぜ、細胞の中に入っているミトコンドリアの数が100~3000個と、細胞によって30倍もの違いがあるのであろうか。
 理由は簡単である。心臓筋細胞や神経細胞、骨格筋細胞など、エネルギーを多く使う細胞には、それだけエネルギーを必要とするからミトコンドリアが多いということになる。
 実はもう一つ、個々人によってもミトコンドリアが活発に働くひとと、あまり働かないひとがある。
 たとえばスポーツをするひと。当然に多くのエネルギーが必要になる。そうすると、骨格筋細胞の中にあるミトコンドリアが一生懸命に働いてエネルギーを作り出してくれる。スポーツマンがエネルギッシュに見えるのはそのためである。
 それはスポーツだけではない。たとえばiPS細胞をつくった山中伸弥教授や、宇宙研「はやぶさ」プロジェクトマネージャの川口淳一郎教授のような学者も、スポーツとは違うがエネルギッシュで、しかも若々しい。
 それは、神経細胞を使うときも大量のエネルギーを必要とするから、ミトコンドリアは一生懸命にエネルギーを作り出してくれる。
 たとえば、小沢一郎のように、彼はもう70歳を過ぎているが、叩かれても叩かれても不死鳥のように蘇ってくる政治家。あるいは園田博之(81歳)、山東昭子(80歳)、石原慎太郎(80歳)、亀井静香(76歳)、伊吹文明(75歳)ら、後期高齢者の政治家は、必要とあらば、雨が降ろうが、雪が降ろうが、街頭に立って演説をする。
 この年代になると介護されているひとも多いであろう。それに比べるとまことにエネルギッシュで、この年齢にしては若々しい。
 これもミトコンドリアの成せる技である。
 では、「食生活で体質が変わった私の体験」及び「寒中水泳、裸参りで風邪をひかない」と、ミトコンドリアがどう関係があるのか。
 私が、アンチエイジングに興味をもった一つは、50歳代のころ、医者からお前危ないよといわれ、どうしてというと、血圧が高い。どうすればいいのというと、太りすぎだといわれ、それじゃ痩せようということで、1年間野菜中心の食生活を行なった。そして1年経ったら寒さをあまり感じない、寒さに強い身体になっていたと前に書いた。
 何故、野菜を中心とした食生活をした私が、寒さに強い身体になったのか。それが知りたくて、健康に関する様々な本を読んだ。そしてたどり着ついたのがミトコンドリアである。
 大田成男著『体が若くなる技術‐ミトコンドリアを増やして健康になる』(サンマーク出版刊)には、こんなことが書いてあった。
 ミトコンドリアを働かせる、あるいは増やすにはどうすればいいのか、ひとことでいうなら、「体にエネルギーを必要としていることをわからせる」ことである。
 そのためには、
 ①「マグロトレーニング」  をする。
 ②背すじをのばすこと。
 ③寒さを感じること。
 ④空腹になること。
と書いてあった。「マグロトレーニング」とは運動のことである。
 これだと思った。私は、体重を落とすためにある程度運動をしていたし、野菜を中心とした生活であったからすぐ腹がへる。もちろん間食をすると減量できないから常に空腹を感じていた。その結果、私の身体はミトコンドリアが活発に働く身体になっていた。そして冬になり寒くなったとき、ミトコンドリアが、寒いぞこれは身体の一大事とばかりにエネルギーをたくさん作り身体を内部から温めてくれたのである。
 これは寒中水泳にしても同じである。
 これから冷たい水に入るぞと心を引き締める。するとミトコンドリアが、冷たい水に入るぞと、それエネルギーを作れと、身体を内部から温めてくれる。だから風邪をひかない。
 ミトコンドリアは、細胞が飢餓状態になると働くようになっている。それはどういうことかというと、たとえば運動することによって大量のエネルギーが使われる。そうすると細胞にエネルギーが足りなくなる。つまり細胞が飢餓状態になる。そこでミトコンドリアが、そりゃ大変だと、働いてエネルギーを補給してくれるというわけである。
 サルなどの実験で、カロリーを制限したら寿命が延びたという実験が紹介されている。つまりミトコンドリアの活動が活発になったからである。
 ミトコンドリアが活発に活動する身体をつくることが、アンチエイジングにもつながるのである。
 ミトコンドリアが活発に活動する身体は、自分の意思でつくることが出来る。
 一方、逆にミトコンドリアの機能が低下すると、精神症状、筋力低下のみならず、心筋症、肝不全、糖尿病など、様々な病気が発生する確率が高くなる。
 ミトコンドリアは、アンチエイジングのみならず、私たちが生きるための非常に重要な器官である。


 

 免疫力と抗酸化力
 前回は、「我が家は長寿の家系?」、「食生活で体質が変わった私の体験」、「裸参り、寒中水泳で風邪をひかない」を書いた。
 最初に、「我が家は長寿の家系?」の秘密を書こう。
 長生きには、確かに長寿の遺伝子もあるらしい。
 平成23年(二〇一一)日本人の平均寿命が女性85・90歳、男性79・44歳である。
 しかし、昭和62年(一九八七)に、女性80・93歳、男性75・23歳で、男女共に世界一の長寿国になって以来、残念ながら女性は26年ぶりに香港に抜かれ第2位に、男性は前年の4位から8位に転落した。これは3・11の東日本大震災の影響だろうといわれている。
 実際にそうなのかどうかは今年(平成25年)の発表を待たなければならない。
 何故なら、男性は昭和62年に世界一になったものの、平成14年(二〇〇二)に香港に抜かれ第2位。さらに第4位と下がり、平成23年に第8位に転落した。
 平成10年(一九九八)に自殺者が3万人を突破したが、その中で男性の自殺者が女性の倍以上である。
 また、悪性新生物(がん)や心疾患(心筋梗塞等)、脳血管疾患(脳卒中等)などの死亡率が、糖尿病患者の増加と相まって、増加傾向にある。これらが男性の平均寿命を引き下げる大きな要因となっている。男性については、もはや世界の最長寿国でなくなった。
 それにしても、昭和22年(一九四七)の日本人の平均寿命は、女性53・96歳、男性50・06歳であった。
 この65年間に、実に女性は31・94歳、男性29・38歳寿命が延びたことになる。
 これは日本人に長寿遺伝子が突然備わったわけではなく、医学の進歩と食生活変化によるものである。
 この日本人の平均寿命が、女性約54歳、男性約50歳の時代に、我が家では80歳前に亡くなったひとがいなかった。
 私はこの『実践的アンチエイジング講座』の書き出しに、我が家の長寿の理由を、①労働、②野菜を中心とした食生活、③ミネラルの豊富な水の三つであったろうと書いた。
 私の子どものころを思い出してみると、トイレはどこの農家でも外便所で、糞尿を肥料として使っていたことから、トイレの下は糞尿を溜める大きな便槽になっており、その便槽の上に厚めの板を張り、糞尿をする穴が開いているだけであった。
 ウンチをすると、夏はポッチャン、ポッチャンと便槽に落ちる。たまに跳ねっ返りがくるときもあった。冬になると糞尿が凍って広がらずに次第に盛り上り山になってくる。
 そのとき家族がどんな便をしているのか、下痢をしているのか、健康であるかがすぐわかる。
 「糞も味噌も一緒」という言葉がある。これは良いものも悪いものも同一に扱うとの例えでいう。
 なぜ、糞も味噌も一緒なのか。むかしのひとの糞は黄色く、味噌と見分けがつかないくらい同じ色をしていた。
 だから、色は味噌と同じでも、味噌と糞と一緒にするなというわけである。
 我が家の家族の糞はみな黄色く、味噌と同じ色をしていた。
 糞は、食べたものによって色が違ってくる。現代人は肉を多く食べるから糞は黒っぽく、また便秘のひとも多い。
 我が家の食事は、米のご飯と、夏は白菜やキャベツの、冬は干菜の味噌汁を基本に、おかずは魚があればご馳走で、春はクレソンやミズ、フキなどの山菜。夏は大根と人参の酢の物、野菜炒め、白菜やきゅうり、赤かぶなどの漬物。あるいはもぎ立てのきゅうりを冷やし、味噌をつけて食べるのが美味しかった。
 冬は、自家製の豆腐、あるいは豆と麹でつくったごどや漬物であった。
 冬も、白菜や大根は、畑に穴を掘り土の中に埋めていたので、結構新鮮な野菜も食べられた。
 これが我が家の食生活であり、それが長寿と多いに関係があるのだ。
 今、糞の話をした。口から食べた物が消化吸収され、排便されるまでおおよそ18時間かかるとされている。だから、1日1回以上便として排出されるのが望ましい。
 もう一度本稿の、「6、身体を知ろう」の「5、胃と腸」の項を思い出していただきたい。
 卵子と精子が合体して受精卵ができる。そこから細胞分裂を繰り返し、人間の形ができてくるわけだが、最初に作られる器官は脳でもなければ心臓でもない。腸なのである。その腸にまず肛門が先でき、それから口ができる。
 そしてこの腸の中には数百種、おおよそ100兆個の腸内細菌がいるという。
 人間の形をつくっている細胞は約60兆個であるから、それよりはるかに多い腸内細菌がいるということになる。
 そしてこの腸内細菌には、いわゆる悪玉菌と善玉菌があるわけだが、腸には身体全体の約50㌫の免疫細胞が集まっているといわれている。
 免疫細胞は、外部からの細菌の侵入を食い止め、身体を守っている。
 ところが、便秘で4日も5日も排便しないとなると、腸は充分な働きをしないどころか、腸内に腐敗菌が繁殖し、免疫細胞をつくれなくなる。
 そうすると、風邪をひきやすい、あるいは様々な病気になりやすい身体になる。
 野菜を多く食べることによって腸がきれいになり、腸の働きが活発となり免疫細胞が多くつくられ、免疫力の強い病気をしない身体がつくられる。これが我が家の長寿の第1の秘密である。
 ひとはなぜ歳をとり、老い死んで行くのだろうか。
 本稿「4、ひとは何歳まで生きられるか」を思い出していただきたい。
 成人の身体は約60兆個の細胞でつくられている。その60兆個の細胞がいつまでも同じではない。常に古い細胞が死に、代わって新しい細胞がつくられている。いわゆる新陳代謝が行なわれている。
 新陳代謝は、皮膚など早いものでは28日、骨などは1年ぐらいと、1年以内に全部の細胞が入れ替わる。
 その新陳代謝は、成長期にはほぼ100㌫入れ替わるが、歳と共に90㌫、80㌫と次第に少なくなってくる。
 歳をとると、頭髪が薄くなり、皺が増え、あるいは身体が縮まってくるのはそのためである。
 また、新陳代謝のとき、細胞が少なくなってゆくだけでなく、細胞の傷がつく場合がある。その細胞を傷つけるのが活性酸素である。傷ついた細胞はがんや様々な病気となって現われる。
 その活性酸素を抑制、あるいは無毒化するのが、野菜など植物性食料にたくさん含まれているプロフェノールやイソフラボン、カテキン、リコピン、ビタミン類といった抗酸化物質である。
 野菜など植物性食料を中心とした食生活は、抗酸化物質をたくさん身体の中に取り入れ、野生動物のような自己治癒力の高い身体をつくる。
 だから高齢になっても病気もせず、若々しく、元気で働いている。これが我が家の長寿の第2の秘密である。

 我が家は長寿の家系?
 健康で長生き、アンチエイジングに必要なものは、いうまでもなく、食事、運動、生きがいの三つである。
 前回は、生きがいの問題を取り上げたから、今回は食の問題を考えてみよう。
 私がアンチエイジングに関心を持ったのは、我が家は私で4代目であるが、江戸末期(慶應3年)に生まれた曽祖父が82歳、明治の初め(明治5年)に生まれた曾祖母が79歳、祖父83歳、祖母95歳で、祖父の妹が40歳代で乳がんで亡くなった以外、我が家で生まれたひとはみな長寿であるということであった。
 しかも、病死したのは祖父の妹一人だけで、その他はほとんど老衰死である。
 ちなみに、平成25年(二〇一三)1月現在、祖父の弟、つまり大叔父は101歳。父94歳、叔父(次兄)87歳、叔父(三男)84歳である。
 父は87歳で運転免許を更新したし、87歳の叔父は85歳までシルバー人材センターに登録し働いていた。84歳の叔父はまだ現役で働いている。
 そして、私の父の兄弟は3人とも妻の方が早く亡くなっている。つまり、我が家で成人するまで育った者だけが長生きしているのである。
 確かに、我が家は長寿の家系である。
 が、もし仮に我が家が長寿の遺伝子を持った家系であるとすれば、我が家で生まれたひとだけがその遺伝子を引き継ぐはずである。
 ところが、我が家に嫁にきたひとも皆長寿である。
 ちなみに曾祖母は79歳、祖母は95歳。母は40代のころ、結核と乳がんを患ったが、それでも82歳まで生きた。
 病気になったのは、私の母と、40代で亡くなった大叔母だけである。
 ということから、我が家の長寿は、決して長寿遺伝子などではなく、生活習慣からくる後天的なものであろうと私は思った。
 私はその理由を、次のように考えた。
 第一に、我が家は農家であったために、みな死の少なくても1年前まで働いていた。
 第二に、貧乏であったために、肉はほとんど食べたことなく、米のご飯に味噌汁、豆腐、漬物、あるいは時々魚といった穀物と豆類、野菜中心の粗食であった。
 第三に、山で育ったために、もちろん水道があるはずもなく、飲料水は沢水を飲んでいた。沢水はミネラルが豊富であったろう。
 また、働くこと、労働は生きがいを持たせ、筋肉の衰えを遅れさせる。

 食生活で体質が変わった私の体験
 全ての生物は、エネルギーとなる食べものを採らなければ生きて行けない。
 人間だって同じで、穀物や野菜、肉、魚などを食って生きている。
 その食べものでもって私たちの身体がつくられている。
 しかし、肉が好きなひと、魚が好きなひと、甘いものが好きなひと、あるいは酒を飲むひと、飲まないひと、タバコを吸うひと、吸わないひとなど、個人によって食べものや嗜好品が違う。
 食べもので身体がつくられているなら、その食べる内容によって身体、というより体質が変わるはずである。
 極端にいうなら、肉が好きで毎日食べているひとと、たまにしか肉を食べない人では、体質が違って当然である。
 さて、食べものによって体質が変わる。これは、「ミトコンドリアとアンチエイジング」の項でも書いたが、もう一度私の体験をお話しよう。
 私が50歳を過ぎた頃医者から、お前危ないよといわれた。
 どうしてというと、血圧が高いというのである。
 そのときの私の血圧は、140‐100mmHgであった。
 どうすればいいのというと、太りすぎだ。このままだとあたるぞ(脳溢血)というのである。
 よし、痩せるぞ。野菜はカロリーが少ない。野菜で減量しようと、生で食べられる様々な野菜を小さく切って、それにドレッシングをかけて食べる、野菜食中心の食生活を行なった。
 そして1年、体重が7㌔減量し、血圧も正常に戻った。
 それだけではなかった。体質が変わっていることに気がついた。
 一つは、風邪をひかない身体になっていたことである。
 私は子どものころから、冬になると必ずといっていいほど1、2回は風邪をひき、熱のため天井がグルグル廻ることもあった。が、野菜中心の食生活に変えてから約20年間1回も風邪をひいていない。
 二つには、寒さに強い身体になっていたことである。
 私は子どものころから寒がりで、冬になると分厚いメリヤスのシャツとズボン下を欠かしたことがなかった。
 ところが、野菜食をやったその冬になって、私はズボン下と靴下を履いていないのに気がついた。
 靴下は、私は足が汗っかきなので、夏は裸足で靴を履いていた。
 以来今日まで、真冬でも裸足にパンツとジーパン1本の生活をしている。
 ドレッシングには酢が入っており、酢は血管を柔らかくし血行がよくなったこともあろう。
 私は裸足で生活するようになってから、自動車の運転も裸足で行い、アクセルは親指で踏んでいる。
 平成23年(二〇一一)の冬、まてよ、同じ身体なのに下半身だけ寒さに強いというのはおかしい。上半身も同じじゃなかろうかと、上半身も長袖のTシャツ1枚に、上にジャケット1枚を羽織るだけ、つまり上半身も2枚しか着ていない。
 特に平成23年の冬は、十和田市は観測史上第2位の氷点下16・6度までおちた寒い冬であった。それでも上半身は長袖のTシャツ1枚と、ジャケット1枚。下半身はパンツとジーパンだけで過ごした。
 周りのひとは、寒くないのか、身体が冷えるぞ。あるいは風邪をひくぞと心配してくれたが、それでも風邪ひとつひかなかった。

 裸参り、寒中水泳で風邪をひかない

 毎年冬になると、全国で寒中水泳や、神社の裸参りなどが行なわれる。
 青森県でも、弘前市の鬼神社や、藤崎町の常盤地区、五戸町の八幡宮などで行なわれている。
 鬼神社の裸参りは、大きな樽に水と氷が入れられ、その樽に鉢巻と褌1本の男たちが「よっしゃ」の掛け声と共に飛び込む。周りのひとたちはそれにさらに雪を投げ込む。
 この神事のあと、男たちはしめ縄など縁起物を担ぎ、お山参詣登山囃子「サイギサイギ」と声を上げ地区を回る。
 この裸参りは400年もの前の江戸時代から続いているという。
 この400年の間に、裸参りしたひとが風邪をひいて寝込んだり、肺炎になって死んだひとがいなかったから続いてきたのであろう。
 我が家の長寿、私の真冬の薄着、そして裸参り。これには共通点がある。それは、免疫力とミトコンドリア、そして抗酸化力である。

 アンチエイジングで一番大切なことは、なにより病気をせず、健康で長生きするということである。
 前回、「夢をもち『生涯現役』で生きよう」で、健康で長生きするには、①食事と②運動、そして③生きがいの三つであると書いた。
 その三つの中で前回は、生きがい、つまり「心」の問題を書いた。
 そしてその例として、プロスキーヤー三浦雄一郎さん、元青森大学学長の盛田稔先生、陶芸家の妻神義美さん、十和田市文化協会会長の川崎富康さん、歴史研究家の伊藤一允さんを紹介した。
 この5人、80歳、90歳になっても健康で、しかも現役で仕事、あるいは活動をしている。
 80歳の三浦雄一郎さんは、人類未踏の、80歳でエベレストに登ろうという目標と夢を持ち、現在着々と準備を進めている。
 95歳の盛田稔先生は、歴史研究で、あと10年はやりたいことがある。それを成し遂げたいという目標を持っているだけでなく、青森山田学園の窮状を救うべく、理事長に就任した。
 92歳の妻神義美さんは、陶芸を究めたいという夢を持ち、土をこねている。
 84歳の川崎富康さんは、混声合唱団で歌うこと、十和田フィルハーモニー管弦楽団でチェロを弾くこと、マンドリンクラブでマンドリンを演奏することが楽しくてしょうがない。
 79歳の伊藤一允さんは、歴史研究で、やりたいこと、やらなければならないことが、まだまだたくさんある。 というように、5人とも夢と目標をもって、時間を惜しむように現役で活動、あるいは仕事をしている。
 例えば、あなたが現在70歳だとしよう。俺だって晩年は認知症になったり、寝たきりになるのが嫌だ。80歳、90歳まで健康で長生きしたいし、できればピンピンコロリと逝きたいとします。
 が、そう簡単に思うようにできるわけがないと、誰でもが思うであろう。
 身近でおきた、実際にあった例を紹介しよう。

 三浦博さんの体験

 三浦博さんは、十和田市でトップクラスの整備工場を営む社長さんである。昭和14年(一九三九)8月4日生まれ、満73歳である。
 三浦さんは、ちょっと冷たい風にあたった。ちょっと気がゆるんだなどと、毎年2、3回は風邪をひいていた。そのたびに40度もの熱がでるだけでなく、咳がでて大変であった。
 その咳は、そばにいる奥さんが、このまま死ぬんじゃないかと思うほど激しい咳であった。
 そして、風邪が完全に治るまで毎回1ヵ月ぐらいはかかっていた。
 その三浦さんが、昨年の8月から1回も風邪をひかないどころか、毎日朝4時に爽やかに起き、メシ前に一仕事するほど元気になっている。見た目も60歳代の若さである。
 三浦さんはいう。
 仕事で、ある病院に行ったとき、病院に通っている患者が、爺さん婆さんばかりだなと思って見ていたところ、「みんな俺より若いんだよ。わッはッはは......」と快活に笑う。
 確かに、73歳というと一般的には爺さん、婆さんである。
 なぜ三浦さんは、73歳になり、突然に風邪をひかなくなり、若さを取り戻したのであろうか。
 テレビでコマーシャルしているような、何かのサプリメントを飲んでいるわけではない。
 三浦さんが、風邪もひかず、見た目も若くなったのは、ずばり、心が変わったことから、身体が変わったのである。
 三浦さんは、昨年(二〇一二)8月、経営者の勉強会である倫理法人会という団体に誘われ、入会することになった。しかも、入会即会長である。
 この会は、モーニングセミナーといって、一週間に1回、朝6時から、会社の社長さんなどを講師に、その会社の経営のやり方などを聞き、自分の経営に生かそうという会である。
 そのモーニングセミナーのとき、必ず会長あいさつがある。それが嫌で嫌でたまらなかった。が、会長を引き受けた以上は、最低1年やらなければならない。
 三浦さんは、それまでは朝7時ころ起きていたが、倫理法人会に入会してからは、モーニングセミナーが始まる1時間前の5時には起きなければならない。
 最初は、会長のあいさつに何をしゃべろうかと、前の日から考えていたが、次第に慣れ、朝会場に行く車の中で、よし今日はこれを話そうというところまで余裕がでてきた。
 今は、朝5時どころか、前述したように毎朝4時に起きるようになっている。
 そして1年が過ぎ、最初はあれほど嫌だった会長職も、もう1年やりますと自ら申し出るほど、それが生きがいになっていた。
 そして気がついたら、会長を引き受けた昨年の8月から1度も風邪をひいていなかったのである。
 つまり、三浦さんは、生きがいを見つけ、心が変わったことによって、免疫力が高まり、風邪をひかない身体になったのである。
 私は40歳で会社をやめるとき、とりあえずは80歳まで、生涯現役で死ぬまで働くことを目標とした。
 それは、そのときはまだアンチエイジングという言葉もなかったが、私は、夢をもち、目標をもって働いていれば、病気をしないと信じていたからである。
 それから30年、私はそれ以来病気もせず、特にこれは次回からの「食生活とアンチエイジング」の項で話すが、野菜を中心に食生活を変えたときから、ここ10年間1回も風邪をひかず、毎日忙しく充実して働いている。
 皆さんの周りにも、80歳、90歳になっても、元気なひとが何人かいるはずである。
 そういう人は多分、趣味やスポーツ、あるいはボランティアなど、風邪をひく暇がないほど忙しく活動をしているひとであると思う。
 今からでも遅くない。痴呆や寝たきりになりたくなければ、趣味でもいい、スポーツでもいい、あるいはボランティアでもいい。何か心の張りになるものを見つけ、それに夢中になることである。心が変われば身体も変わる。
 「終わり良ければすべて良し」の諺がある。人生に於いても同じである。死ぬまで健康で、病院や福祉の世話にもならず、ピンピンコロリで人生を締めくくることができたら、こんな幸せなことはない。

 私は、死の直前まで、できれば病院や福祉の世話にならず、ピンピンコロリと死にたいと思っている。
 でも、大方の人は、歳がゆけば身体もガタがくる。病気のリスクも高くなる。それはアンタの希望だろうが、無理、無理、というであろう。
 確かに、私は絶対に病気はしません、福祉の世話にもなりませんと、100㌫断言することはできない。
 が、その可能性を限りなく少なくすることができると思っている。
 さて、それなら、どうしたなら病院や福祉の世話にならず、健康で長生きできるであろうか。
 その一つが、このテーマである「夢をもち『生涯現役』で生きる」ことである。
 前回、元青森大学学長の盛田稔先生と、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんのことを話した。
 盛田先生は、青森大学学長を昭和46年(一九七一)から平成4年(一九九二)まで21年間務めた。退職したのは盛田先生75歳のときである。
 しかし、そのとき隠居をしてはいられなかった。何故なら、法務省人権擁護委員、青森県文化財専門委員、青森県史編纂委員会委員、ATVテレビ番組審議委員、青森県観光審議委員、原子力政策青森賢人会議委員、青森県文化財保護協会会長など数十の公職を持っていたからである。
 それと、ライフワークである歴史研究である。
 そして95歳になって、青森山田学園の理事長就任である。一日たりとも、頭を休めてボウとしていられる暇がなかった。
 それだけではない。夏は、忙しい時間の合間をみて、畑に行って草取りをするなど働いている。
 一方、三浦雄一郎さんは、65歳のとき70歳でエベレストに登ろうと計画を立てた。
 三浦さんはこのとき、身長164㌢、体重85㌔、体脂肪40㌫、血圧200で、完全なメタボであった。
 エベレストの計画を立てた翌日から三浦さんは、足に片足に2㌔づつの4㌔、背に20㌔の錘を背負い、毎日2時間歩いた。こうして70歳と75歳にエベレストに登り、平成25年(二〇一三)80歳で三度エベレストに挑戦するという。
 この二人に共通しているのは何であろうか。
 一つは、80歳になろうが、90歳になろうが、夢なり目標、あるいは仕事を持っているということである。
 二つには、生涯現役で働き、あるいは活動しているということである。
 前回、古い脳、新しい脳の話をした。
 新しい脳は、すなわち「心」あるいは「意思」である。この新しい脳が何らかの強い「意思」、たとえば夢を持つ、あるいは目標を持って活動することによって、古い脳の部分に属する細胞が活性化し、病原菌などを寄せ付けない、いつまでも若々しい身体をつくる。
 こういう身体は、一つは細胞の中にあるミトコンドリアが活発に活動する身体であり、二つには免疫力が高い身体である。
 この新しい脳が強い「意思」を持たない場合はどうなるであろうか。
 たとえば、サラリーマンが60歳で定年退職する。特に年金が安定している学校の先生や公務員の場合、勤めているときは苦労したから、今度は年金を貰って悠々自適に暮らそうという。
 無年金者で、死ぬまで働かなければならない私から見ると羨ましくも見える。
 が、私の同級生もそうであるが、退職して2、3年して会ってみると、前立腺肥大だ、血糖値が高い、やれ血圧だなどと、二つ、三つ病院に通っている人の多いのに驚く。
 しかし、サラリーマンを退職してから、ようやく自分のやりたいことができると、趣味なり、社会活動なり、あるいは研究なりと、強い「意思」を持って活動している人は違う。
 陶芸家の妻神義美さんもその一人である。妻神さんは、大正9年(一九二〇)3月、旧三本木町(現十和田市)に生まれた。満92歳である。弘前にあった陸軍衛生部下士官養成所(現自衛隊衛生学校)を卒業。昭和20年(一九四五)十和田市立病院の前身である厚生省上北組合病院に、臨床検査技師として入り、昭和55年(一九八〇)、満60歳で定年退職した。
 それから2年後、62歳のとき、中央公民館の陶芸教室に入ったことをきっかけとして陶芸にはまり、栃木県茂木町の陶芸教室に2年通い、平成6年(一九九四)に彩陶展に入選したのを始め、国内外の様々な公募展に入賞。92歳になった現在でも、東公民館の陶芸教室の講師を務めている。
 十和田市文化協会会長の川崎富康さんは、昭和3年(一九二八)1月、三戸郡五戸町で生まれた。満84歳である。盛岡高等農林学校を卒業。昭和26年(一九五一)五戸高校教師となり、昭和63年(一九八八)満60歳で定年退職した。
 以後、文化活動に専念し、84歳になった現在は、十和田市文化協会会長他。十和田フィルハーモニー管弦楽団名誉団長、とわだ混声合唱団団長、十和田マンドリンクラブ会長などを務める。
 しかも、名前だけの長ではない。マンドリンクラブでは指揮をし、フィルハーモニー管弦楽団ではチェロを弾き、混声合唱団では最高齢の現役として歌っている。
 歴史研究家の伊藤一允さんは、昭和8年(一九三三)三重県桑名市で生まれた。満79歳である。中学校3年生のとき、一家は母の実家であった三本木町に移住。三本木高校を卒業後、昭和22年小学校教師となり、平成5年(一九九二)に満60歳で定年退職。以後、ライフワークである歴史研究を続け、現在なお庶民の歴史の掘り起こしを行っている。
 この3人に共通するのは、サラリーマンを退職後、勤めていたときより、むしろ忙しく、趣味や研究、あるいは団体の代表として、充実した毎日を送っていることである。
 新しい脳が充実した日々を送ることによって、細胞の中にあるミトコンドリアが活発に活動しエネルギーを作り出し、同時に免疫力の強い身体をつくっているのである。だから3人とも、命にかかわるような大病はしていない。
 最近、本屋に行くと、90歳、100歳になっても元気に仕事、あるいは活動している人たちの本がたくさん並んでいる。
 98歳で映画を撮った新藤兼人監督の『100歳の流儀』(PHP研究所刊)。聖路加病院理事長日野原重明さんの『100歳の金言』(ダイヤモンド社刊)。100歳の詩人柴田トヨさんの『くじけないで』(飛鳥新社刊)。女性報道写真家第1号笹本恒子さんの『好奇心ガール、いま97歳』(小学館刊)。家事評論家吉沢久子さんの『前向き。93歳、現役。明晰に暮らす、吉沢久子の生活術』(マガジンハウス刊)。女性柔道家福田敬子さんの『つよく、やさしく、うつくしく~99歳女性十段が世界に広めたなでしこの心』(小学館刊)などである。
 また、97歳の現役の浪曲師天龍三郎さんや、108歳のインターネット放送局天草テレビの看板アナウンサー森シノさんなどが、新聞で紹介されている。

 昭和17年(一九四二)2月10日生まれ、満70歳。私は現在、腕立て伏せ100回、腹筋100回、スクワット100回、踏み台上がり100回以上は出来るから、体力的にはまだまだ若い。
 『少年マガジン』の「はじめの一歩」や、『月間少年マガジン』の「鉄筋チンミ」や「なんと孫六」、『少年ジャンプ』の「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が大好きで、さすがに『少年マガジン』や『少年ジャンプ』を買うのはやめたが、少年漫画雑誌『月間少年マガジン』や、青年漫画雑誌『ビッグコミック』、『ビッグコミックオリジナル』、『スペリオール』、『モーニング』、『週間漫画ゴラク』などを買って読んでいる。
 とき折り、面白い漫画があると、大きな声を出してアホみたいに笑っている。
 多分、常識ある大人(?)からいわせると、70過ぎたじじいのくせいに漫画なんか読んで、と笑われるであろう。
 しかし、今は京都精華大学のようにマンガ学部のある大学もある。
 そして、見た目は20歳ぐらい若い。
 さらに、小説をまだ一遍も書いたことがないのに、死ぬときは「小説家」の肩書きで死にたいという大きな(?)夢を持っている。
 私が40歳のとき、80歳まで働こう。そのためにはサラリーマンでは駄目だと思い会社をやめ、1年後に現在の仕事を見つけた。
 平成16年(二〇〇四)、62歳のとき、十和田市民大学でプロスキーヤーの三浦雄一郎さんに来ていただいた。三浦さんが65歳のときエベレストへ登ろうと訓練し70歳でエベレストに登った。
 その翌々年、東京老人総合研究所で三浦さんの体力テストをしたところ、72歳の三浦さんに、20代の若さであるという判定が下された。
 私は、人間は夢や目標をもち活動することによって、40歳ぐらい若返ることができるんだということを知り、仕事年齢を90歳まで引き上げた。
 ところが、私の尊敬する、私の人生の師である、元青森大学学長の盛田稔先生が、90歳を過ぎてなお現役で活躍していた。
 大正生まれの盛田先生が90歳を過ぎてなお現役なら、昭和生まれの私は100歳まで働かなければならないと、仕事年齢を100歳まで引き上げた。
 すごいことに盛田先生は、平成24年(二〇一二)4月、95歳で、困難に陥っている青森大学などを経営する青森山田学園の窮状を救うべく、経営に責任を持つ理事長に就任した。まさに生涯現役である。
 現在、日本で100歳以上の人が5万人を越えた(平成24年9月1日現在・厚労省)。
 しかし、この5万人のうち、7~8割は要介護、つまり寝たきりである。
 しかも、寿命が延びたことによって、医療費や介護費用で、国の財政が破綻しかねないくらい大変な問題となっている。
 長生きは喜ばしいことである。が、三浦雄一郎さんや盛田稔先生のように、健康で長生きできればなお喜ばしい。
 この「実践的アンチエイジング講座」の究極の目的は、単に抗老化のみならず、医者にもかからず、福祉の世話にもならず、健康で長生きし、ピンピンコロリ。人間はどんな超人でも、最大120歳ぐらいまでの間に必ず死ぬ。その死の直前まで、身体も頭も元気で、健康でいることにある。
 そのための、最も大事な一つが、今回のテーマである「夢をもち『生涯現役』で生きよう」である。
 これは、アンチエイジングの理論であり、実践であり、そして人生論でもある。
 健康で長生きには何が必要であろうか。
 基本的には、食事、運動、生きがいの三つである。
 この三つさえちゃんと出来ていれば、大方の人は100歳ぐらいまでは健康で生きられるであろう。
 ここでは、その中の「生きがい」の問題、すなわち「心」の問題を取り上げる。
 脳は人間の身体のすべてを支配している。
 たとえば、足が一本なくても、腕が一本なくても、あるいは耳が聞こえなくても、目が見えなくても人間は、大変であるには違いないが、生きて行くことが出来る。
 ところが、脳の一部がちょっと損傷(脳挫傷)しただけで、半身不随になったり、運動機能障害、失語や視力障害、果ては精神的症状等の後遺症が残るなど、身体に大きく影響する。
 脳には、古い脳(大脳辺縁系)と、新しい脳(大脳新皮質)がある。
 古い脳は、人間の意志に関係なく、心臓を動かしたり、その他の内臓を働かせたり、あるいは、呼吸、消化、内分泌機能、代謝などを行うなど、生存の欲求に関わる自律神経系の脳である。
 それに対して新しい脳は、ものを考えたり、創造する脳。知覚や思考、推理、記憶など、つまり「心」にかかわる脳である。
 この新しい脳は、サルから人間になる過程の中で作られた脳であり、人間そのものである。
 人間以外の動物のほとんどは、新しい脳が未発達か、わずかしか発達していないために、古い脳のみ、つまり本能で生きており、人間のようにものを考えたり、創造することができない。
 この古い脳が、本来は新しい脳と関係なく動いているはずなのに、人間は古い脳が新しい脳の影響を受ける。
 たとえば、人間は、自分の意思で心臓を動かしたり止めたりすることが出来ない。心臓や呼吸、体温調節など、人間の基本的な生命現象を担っているのは、古い脳の一部である脳幹部の延髄である。
 ところが、何かに驚いてびっくりしたとしよう。すると、心臓の鼓動が激しくなり、冷や汗がでたり、呼吸が激しくなったりするなど影響を受ける。
 あるいは、目の前に好きなひとがいると、ドキドキと心臓の鼓動が激しくなる。
 この場合、驚くこと、あるいは好きなひとを認識するのは新しい脳である。
 本来心臓は、古い脳で動いているはずなのに、新しい脳の影響を受けて、心臓の鼓動が激しくなり、血圧が上がったりするなど、様々な形で人間の身体全体に影響を与えている。
 楽しいことがあれば満面笑顔になり、身体も軽やかになる。
 憂鬱なこと、あるいは悩み事があれば、錘をつけたように身体が重く感ずる。
 何かむしゃくしゃしたことがあり、怒り心頭になれば血圧があがる。
 これらは、新しい脳と古い脳は連動しており、新しい脳の働きに対して古い脳が反応しているからである。
 このように、新しい脳によって古い脳を意識的に動かすことが、アンチエイジングにつながるのである。

 

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文:小笠原カオル
文:小笠原カオル

監修

監修:川村賢司
監修:川村賢司

プロフィール
昭和15年(1940)青森県野辺地町出身。東京医科大学卒業、元北里大学薬学部准教授、医学博士。退職後は、㈱東京科学技術研究所長などを務める。著書に『もっともらしい健康の常識』など多数。

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