十和田湖ニュース

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 「十和田湖は一つ」これは昨年、低迷する十和田湖観光の復興を目的に立ち上げた「NPO十和田湖未来」のスローガンのひとつである。これまで青森県側から神田川を越えて秋田県側に行くことはあまりなかった。しかし、観光客にとって十和田湖に青森県も秋田県もないのである。
 秋田県側の西湖岸には、十和田湖が「日本新八景」に第1位で選定されたのを記念して昭和6年(一九二七)建てられた紫明亭展望台、ひめます孵化場、そして昭和15年(一九四〇)に行われる予定であった東京オリンピックの外国人観光客のために昭和13年(一九三八)に建てられた十和田ホテル、十和田湖からわずか30分の小坂町には明治の芝居小屋「康楽館」、小坂鉱山事務所など歴史的建造物がたくさん残されている。これらはすべて十和田湖圏 である。
 この「十和田湖の新しい魅力を探る」では青森県側から行く秋田県側の十和田湖の魅力を紹介する。まず最初は明治の芝居小屋「康楽館」から紹介しよう。
 案内は、話術巧みな高橋竹見館長


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 「康楽館」は明治43年(1910)に小坂鉱山が鉱山で働く人たちの厚生施設として建築された。今年で106年ということになる。その外観は、白く華麗な下見板張りで、館内の天井は八角形の枠組みの中央にチューリップ型の電燈があるなど洋風建築である。が、館内は桟敷や花道、その花道にはせり上がるすっぽん(切穴)があるなど、江戸時代の伝統的な芝居小屋と、和洋折衷の芝居小屋である。


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 この「康楽館」を救ったのが俳優で庶民芸能研究家の小沢昭一である。建物の老朽化とカラーテレビの普及で昭和45年(1980)に一般興業は中止され取り壊しが決まっていた。そんなときに訪れた小沢昭一は「こんな貴重なものを何故取り壊すんだ。取り壊したら後々まで国賊国賊になるぞ」といった。当時の町長は議会の反対を押し切って、自分の財産を担保にいれる覚悟をしてを保存したという。



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 観客はむかしながらの桟敷の中で観る

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舞台大きな周りになっており、舞台展開はこれを黒子2人で廻す


明治の輝きを今に伝える小坂鉱山事務所

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80周年記念事業
 7月9日に十和田湖観光交流センターぷらっとで十和田八幡平国立公園十和田八甲田地域指定80周年記念事業のオープニングセレモニーが開催された。
十和田湖・奥入瀬写真展
 事業の1つとして十和田湖・奥入瀬の魅力を発信しようと、十和田市出身の2人のプロの写真家、岩木登氏と和田光弘氏の「十和田湖・奥入瀬写真展」を展示し、四季折々の自然の美しさや壮大さを写真で表現した。
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↓↑十和田湖・奥入瀬写真展の写真家、岩木登氏(上)と和田光弘氏(下)
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「#SnSnap」開始
 スマートフォンで撮った写真を「#LakeTOWADA」をつけてSNSに投稿すると専用機から写真が印刷されるサービス「#SnSnap」を開始。開発を引き受けた(株)JAMの代表取締役・中田淳さんが機能を使い、思い出の一枚を簡単に現像できることを説明した。アイデアを提案した三本木中学校科学部の繁在家諒くん、須田明日翔くん、大嶋洸生くん、佐藤光史くんらが小山田市長と一緒に80周年記念とサービス開始を喜んだ。
towadako80kinen1.jpgのサムネール画像
「Pepper」任命式
 人型ロボット「Pepper」が観光コンシェルジュとして任命され、小山田市長に開発までの経緯や研究室の紹介、十和田湖の魅力の紹介などを発表した。開発の責任者、岩手大学理工学部の准教授・金天海氏が今よりももっと性能を上げて観光客を迎えたいと更なる機能向上の意欲を伝えた。
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十和田湖を物語る幻想的な花火大会
 同日夜7時30分からは十和田湖畔休屋桟橋前広場で「十和田湖花火大会」が開催。音楽・ナレーション・花火と構成され、会場を飽きさせることなく4つの物語「十和田湖を愛した大町桂月、八郎太郎物語、四季をつかさどる奥入瀬渓流、未来永劫の十和田湖」をテーマに湖畔の夜空に色鮮やかな2000発を超える花火が打ち上げられ会場に来ている来場者を魅了した。
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 十和田湖・奥入瀬写真展の展示は7月24日まで。SnSnapのサービスは10月30日までとなる。他にも「紙わざ展」十和田湖・奥入瀬絵画展・十和田湖味紀行なども80周年記念事業として企画されている。お問い合わせは...0176‐51‐6772(十和田市観光推進課)迄
県境つないだ十和田湖マラソン
十和田湖の魅力を全国に発信する自然と人が駆ける道
 7月10日に十和田商工会議所青年部が中心となり、十和田湖を活性化させようと地域と連携し、十和田湖の湖畔を走る第一回十和田湖マラソンが開催された。
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 秋田県と青森県の県境を十和田湖畔に沿って21㎞を駆けるこのマラソン大会は北海道から長崎まで、15歳から78歳までの463名の選手が参加した。受付・集合場所は休屋にある「十和田湖観光交流センターぷらっと」前、そこから遊覧船に乗って十和田湖の景色を楽しみながらスタート地点である秋田県大川岱に移動し、ゴールである子ノ口を目指す。前日までの60%の雨予報は大会成功を願い耐えるかのように時折小雨が降るも太陽の下、開会式が始まり、実行委員長の佐藤百年氏は「走りながら十和田湖の景色や魅力を楽しんで是非、全国へ発信して欲しい。そして何度でも足を運んで欲しい」と挨拶。今大会最年少の米田親一郎君が選手宣誓の挨拶をした。
↓第1回十和田湖マラソン実行委員長を務める佐藤百年さん
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↓選手宣誓を誓う参加者最年少の米田親一郎くん(15)
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↓合図と同時に一斉に勢いよくスタートする選手ら
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 スタート前に合図を待ち、意気込む参加者に訪ねると「ここは標高差のあるコースでのぼりや下り、カーブも多いこのコースは全国でも珍しいです。走る側にはかなり難易度が高い厳しいコースでとても待ち遠しかった!」と笑顔で喜びながら教えてくれた。スタートの合図で100m走かと思うくらいのスピードで先頭集団が走り抜ける。ボランティアスタッフ285名が大会運営を支え、小坂中学校、十和田湖中学校、十和田第一中学校の生徒らも給水ポイントで選手らを励ましながら大会を盛り上げる。十和田湖マラソンは険しいコースと時々降る雨、蒸せる暑さ、自然の厳しさとエネルギーを感じながらの疾走となった。
 1位のゴールテープを切ったのは秋田県鹿角市の尾崎紀幸さん。タイムは1時間15分46秒だった。ゴール後はしばらく動けないほどの疲労、最初の一言は「よいでね~(秋田弁で容易ではない)」と苦しかったコースを振り返る。10秒後に2位の小坂橋大史さんがゴール。出身は旧十和田湖町で現在は仕事で県外にいるがマラソンを機に帰郷してチャレンジしたという。お互いに健闘を称えあう姿は次々とゴールするランナー全てに窺えた。
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↑笑顔でガッツポーズ!互いを称えあう男子1位尾崎紀幸さん(右)、2位小板橋大史さん(左)と
女子1位川村美学さん(写真下)
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↓ゴールで選手を笑顔とお水で迎える十和田第一中学校の生徒ら
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 女性の部第1位は川村美学さんでタイムは1時間29分04秒。南部町にあるはらだクリニックに勤務。一緒に出る予定だった院長が肉離れのため断念したため孤軍奮闘。また名川中学校の陸上部のコーチもしているという。距離もコースも厳しかったと振り返る。
 次々とゴールする選手らは疲労困憊で足取りもフラフラ、汗と雨でずぶ濡れになりながらも目は輝いているように笑顔が絶えなかった。順位ではなく目標を達成した充実感が会場を埋め尽くす。
↓閉会式会場では十和田バラ焼きとひめます汁の無料提供があった。疲れて冷えた参加者の心と身体を温めた
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 ゴールした選手らは子ノ口から休屋にフェリーで移動し閉会式を待つ。会場では十和田バラ焼きとひめます汁が無料提供された。ボリュームある「バラ焼き+おにぎり」に「ひめます汁」のさっぱりした味の相性は抜群で、疲れで身体の冷えた選手らを力付ける。表彰式では小山田市長が標高差183mある厳しいコース、これを成功させたのは参加者や大会運営の協力者だと感謝の意を述べた。そして、今年を第1回とするならば第2回の開催も期待したいと挨拶した。年齢性別ごとに表彰式が行われ受賞者には実行委員長佐藤百年氏から記念品が贈られ大会は大成功のまま幕を閉じた。
【男子】高校生以上39歳以下①尾崎紀幸②小板橋③目移/40歳以上49歳以下①金澤貴②三谷③羽賀/50歳以上59歳以下①畠山一則②石岡③鶴ケ崎/60歳以上①永井恒②桧山③小西
【女子】高校生以上39歳以下①川村美学②橋本③原子/40歳以上49歳以下①敦賀奈津子②千葉③松原/50歳以上59歳以下①工藤小百合②久保③藤田/60歳以上①秋田秀子②小笠原③佐藤 ※1位選手のみフルネームで記載
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 ▽期間/~11月上旬まで▽会場/十和田湖・休屋喫茶「赤とんぼ」2F▽入館料/一般500円(只今オープン記念特別価格で300円にて入館可)▽お問い合わせ/℡0176‐75‐2336

紙わざ展

[十和田湖ニュース, 展示, 工芸]
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 ▽期間/7月30日(土)~8月14日(日)▽会場/十和田市十和田湖観光交流センターぷらっと▽観覧料/無料▽お問い合わせ/℡0176‐51‐6772
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 毎年70万匹のひめますを放流している十和田湖。十和田湖での遊びの醍醐味の一つはこのひめます釣りである。
 ひめますは、日本では北海道の阿寒湖、チミケップ湖を原産とし、支笏湖や十和田湖、中禅寺湖、芦ノ湖、西湖、本栖湖、青木湖など釣られる場所が限られており、釣り人にとっては幻の魚として憧れの魚でもある。しかも十和田湖での釣りは、きれいな湖水に春は新緑、夏は深緑、秋は紅葉と美しい自然が満喫できる。
 その十和田湖でのひめますの釣り好きが集まるグループが「十和田湖釣りクラブ」(中野渡政男会長・会員40名)である。クラブ員はそれぞれ自前のモーターボートを所持しなければならないという釣りファンにとってはちょっと贅沢な遊びの釣りクラブである。釣りクラブでは、会員交流の釣り大会や船置場の清掃や除雪などのボランティア活動も行っている。
 解禁日は、春は4月1日~6月20日までの80日間、夏は7月11日~7月20までの10日間、秋は10月1日~12月31日までと限られている。
 また、近年は湖岸での釣り客も増え昨年は1000人を超えるなど、十和田湖でのひめます釣りはただ今増殖中である。
 夏のある日、十和田湖釣りクラブの会員の一人である鳥谷部保さんの釣り船に同船した。

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夜明けとともに船の準備をする釣りクラブの会員

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 まず針に餌をつける
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そして湖に糸を垂らす

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 ひめますが食いつくと竿の先に付けてある鈴がなる。引き上げると形の良いひめますが二匹釣れてきた。釣りの醍醐味の瞬間である。

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 どう、結構大きいでしょうと鳥谷部さん。釣りマニアを自称する鳥谷部さん。退職したら十和田湖に移住したいという太公望である。

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  この日の鳥谷部さんの釣果

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 十和田湖はかつて、大よそ400年ほど前に霊山として開かれ、青森県や秋田県などから多くの参拝客が訪れた信仰の湖であった。
 そして次に十和田湖を有名したのは和井内貞行によるひめますの養殖である。
 しかし現在は、信仰地であった「おさご場」は閉ざされ、十和田湖の特産品といわれながらホテルでもひめます料理が出されることがなく、和井内貞行については青森県側はパンフレットさえおいていないのは残念である。 
 和井内貞行は、安政5年(一八五八)現在の秋田県鹿角市毛馬内に生まれた。成人すると小坂鉱山寮の吏員を経て藤田組の社員となる。明治17年(一八八四)貞行27歳のとき十和田湖に鯉600匹を放流した。それは、重労働にもかかわらず干物と漬物だけという粗末な食事で働く鉱山労働者に新鮮な魚を食わせたいという思いからであった。これが和井内貞行の十和田湖への魚の放流の原点である。
 明治26年(一八九三)宇樽部の三浦泉八らと連名で湖水の使用許可をもらう。そのときの魚は主には鯉であった。が、鉱山は営業不振のために閉山。労働者に魚を食わせたいという漁業の目的が閉ざされる。
 しかし貞行の十和田湖への魚の養殖の思いが益々強くなってゆく。貞行は40歳のとき会社を辞め養殖に専念する。明治33年(一九〇〇)貞行43歳のとき青森県水産試験場からサクラマスの卵を買い孵化させ5000匹を放流。同じく日光養魚場からビワマスの卵を買い3万5000匹を放流。何回も失敗を重ね貞行は多額の借金を抱える。
 失意の貞行。東北漁業組合本部を訪ねたときである。ここで信州の商人から、北海道支笏湖にアイヌ語でカパチェッポと呼ばれる回帰性のマスの話しを聞く。
 これだ!!と思った貞行。妻カツは着物や櫛、愛用の懐中時計などを質に入れ卵を買う資金をつくった。明治36年(一九〇三)カパチェッポの卵を買い孵化させ3万匹を放流した。 
 そして明治38年(一九〇五)秋、風ひとつない湖面がさざ波たった。ヒメマスだ!!ヒメマスが産卵のために帰ってきたのだ。このとき貞行が発した言葉が「われ幻の魚を見たり」だといわれている。この貞行のひめますの養殖は、昭和17年(一九四二)に子ども向けの話として出版されたのを皮切りに、昭和25年(一九五〇)には『われ幻の魚を見たり』として映画化され、昭和33年(一九五八)ころから「十和田のヒメマス」として小学校の教科書に載り、十和田湖を有名にした。
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 十和田湖は青森県と秋田県にまたがっているわけだが、関西以西に行くと十和田湖は秋田県にあると思っている人が多い。和井内貞行は秋田県の人であり、その話もほとんどは秋田県であることから、和井内貞行のしが大きく影響しているものと思われる。
 十和田湖増殖漁業協同組合(小林義美代表理事組合長)は昭和61年(一九八六)よりこの事業を引き継ぎひめますの孵化と放流を行っており、現在の放流数は毎年70万匹である。
 その漁獲量はが、平成25年(二〇一三)でみると、ひめます9845㌔、ワカサギ895㌔、サクラマス318㌔、コイ285㌔、フナ398㌔となっている。かつて十和田湖の名産であったエビは平成4年(一九九二)の518㌔を最後に現在は皆無である。
 十和田湖での遊漁者数、釣り券を買って釣りをする釣り人は平成25年でヒメマス2222人、コイ38人であった。
 十和田湖増殖漁協の組合員数は35名(青森県20名、秋田県15名)だが、漁業だけでは食って行けず民宿などをやりながら生計を立てているひとが多い。
 漁協としてもひめますの養殖をするだけでなく、ひめますを売り込むためにブランド化を進めようと特許庁に地域団体商標を申請。昨年「十和田湖ひめます」として登録された。
 十和田湖の原点のひとつであるそのひめますは、前述のように十和田湖の主要なホテルでは出されておらず、わずかに民宿と一部の食堂や、 お土産店での串焼きとしてしか食べることができない。
 ひめますには感動的なドラマがある。「十和田湖ひめます」として地域商標登録もされた。このひめますを十和田湖の特産品としてどうアピールし売り込むかが今後の課題である。

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 写真上/魚が棲まわないといわれた十和田湖に失敗を重ね、苦労の末ひめますの養殖に成功した和井内貞行翁。その逸話は「ヒメマスが帰ってきた!」として小学校の教科書に載り、『われ幻の魚を見たり』として映画にもなった(写真は小坂町)
 写真中/和井内貞行の意思を受け継ぎ十和田湖にひめますの放流を続けている十和田湖増殖漁業協同組合の小林義美組合長
 写真下/十和田湖に生息する魚類(十和田湖観光交流センターぷらっと展示より




しかし乗客は最高時の820,000人(平成3年)から124,000(平成26年)と大激減

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 昨年倒産した十和田湖観光汽船のあとを継いで十和田湖遊覧船企業組合が発足。十和田湖遊覧船は今年8月より再び2社体制となり、十和田観光電鉄(株)は休屋から中湖を巡る湖上遊覧。企業組合は休屋、子ノ口間の定期運航遊覧と5隻が運航している。
 しかしその経営は厳しく最高時の82万人(平成3年)から、今年度はわずかその15㌫強にあたる12万4000人と大激減している。そのために昨年までの定期航路は500人の定員にお客が数人というときもあり、空気を運んでいると揶揄されることもあったほどである。それが観光汽船が倒産した原因でもあった。
 何故このように大激減したか。一つは十和田湖への入込数の激減。もう一つは旅行形態が団体旅行から個人旅行へ変わってきたことに全く対応してこなかったことなどによるものである。
 しかし湖上遊覧の魅力が変わったわけではない。特に今年の秋は、燃えるように紅く染まった紅葉の中に松の緑が点在し、どんな芸術家も表現できないほどの自然美に圧倒され、別世界に来たかのような美しさであった。
 それではどうすればいいのか。まず団体客時代の大型船から脱却し、きめ細やかなサービスができる100人程度の小型船に切り替えること。ランチクルーズなど湖上で楽しめる様々なクルーズ船などが考えられる。金がかかることでありすぐには対応できないであろう。が、いずれにしても現在のままでは観光客を満足させることはできず細る一方である。

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しかし暴走は危険、時速100㌔、今年死者がでる。早急に安全対策を

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 湖の遊びで近年顕著になってきているのが水上バイクである。水上バイクは、船体の下から水を取り入れジェットポンプで加速させウォータージェットで推進するもので、最高時速は100㌔ほど出る。特に波の少ない十和田湖では爽快であると共に、スピードを出し過ぎ転倒すると大怪我、あるいは死亡に至ることもある。今年も十和田湖で一人死亡、小川原湖で一人膝蓋骨(膝の皿)を折るなどの大怪我をしている。
 しかし禁止する必要はなく、マナーやルールを守って乗ればこれほど爽快で楽しい乗り物はない。
 今年も十和田湖では、若者から中高年、家族連れなど、写真で見るように前に子供を乗せ、あるいは後ろに彼女を乗せ楽しんでいるグループがたくさん訪れている。水上バイクは、十和田湖の湖上観光の重要な一つである。早急に利用規定や安全対策をとることである。

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十和田湖の新しい魅力を探る-観る観光から遊ぶ・体験する観光へ  和田湖マリンブルー

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 かつて透明度20メートルあり日本第3位の透明度を誇ったこともある十和田湖。しかし経済の高度成長と共に観光客が増えホテル・旅館が林立し透明度が10メートル以下に低下したこともあった。が、近年は改善され美しい湖は戻りつつある。
 蒼穹を映した美しい湖で遊ぶ。醍醐味であると同時に心が洗われる。
 その遊びの一つが十和田湖マリンブルー(中村十二代表)のランチクルーズである。
 食事をしながら、中村さんのジョークを交えた名所案内のガイドを聞きながら、大きな船では見ることのできない奇岩や入江などをのんびりと湖を回遊する。家族や小グループでの遊びには最適である。現在はマリンブルーのアドベンチャー21号1艇だけであるが、これが4艇、5艇と増えたなら十和田湖での遊びの魅力も倍増する。
 問い合わせは、℡0176‐75‐3025(十和田湖マリンブルー)

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