ローカルニュース

 女性のUターン企業を支援するABC(あおもり食品ビジネスチャレンジ)相談会で起業した雅菜工房は「雅菜(みやびな)工房から家族の和へ、こだわりの食材を使った食品をお届けします」をテーマに食品加工をしている。このたび雅菜工房代表の中野渡八志子さんが十和田市に移住し、空き家をリフォームして加工場を開設。6月20日にお披露目会・新商品試食会を行った。
 今回は十和田市で取り組んでいる「買ってもらえる商品づくり支援事業」を活用し「しいたけごはんの素」を新商品として開発。他にも珍しい「しいたけおはぎ」など青森県産の食材を中心に食品加工をし、イオン十和田や道の駅やASTで販売を開始する。商品に関するお問い合わせは...0176‐22‐1588迄
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↑しいたけごばんの素を持って笑顔で商品PRをする 代表・中野渡八志子さん
 第27回青森県シニアサッカー大会兼第24回東北シニアサッカー選手権青森県予選会が5月中旬に開催され、十和田キッカーズシニアが40歳の部・50歳の部で優勝。60歳の部でも準優勝の成績を収め、3部門で東北大会への出場権を得た。全部門の東北大会の出場は初めての快挙。
 6月15日に小山田市長を各部門の監督、主将ら(40歳の部、監督・三戸一史、主将・畑中圭/50歳の部、監督・向山勝男、主将・下平幸司/60歳の部、監督・高田重利/事務局・沼田隆志)が表敬訪問し、その結果を報告した。小山田市長は素晴らしい成績を褒め称え、「何故十和田市のシニアサッカーはこんなに強いのか」と問いかけると「十和田市はシニア全員がナイターサッカーに参加し、若い世代と一緒にプレイしているからで、ナイター設備も充実していて市内の会社も理解が強いから」と答えた。
 7月に開催される東北大会へ向けてそれぞれに目標を掲げて頑張りたいと抱負を語った。
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 6月26日にサン・ロイヤル十和田で「音楽とカクテルの夜会」が開催された。十和田市内外jから9人のバーテンダーが集まりカクテルを披露。会場には140人を超える来場者が訪れカクテルと食事を愉しんだ。サン・ロイヤルとわだで提供された料理もカクテルに合うようにとオシャレで美味しいものをチョイス。来場者も満足気に笑顔を浮かべていた。途中、バーテンダーがステージに上がり、約10杯分のオリジナルカクテルを作り来場者へプレゼント。会場からは欲しいと声と手が上がった。
 もう一つのメインイベントとしてスペシャルゲスト「雨ふらしカルテット」を招待しライブを開演。十和田市や弘前市出身のバンドメンバーで構成されたグループで歌と演奏、トークで会場を盛り上げた。来場者からはお酒も料理も音楽も楽しめたと好評の声が聞こえた。
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↑参加バーテンダーが一斉にシェーカーを振るパフォーマンスからスタート
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↑MC山端さんの司会で各バーテンダーが自慢のオリジナルカクテルを披露
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↑雨ふらしカルテットのミニライブは歌や音楽だけではなく、地元トークなどでも盛り上がった。

 公益社団法人三沢青年会議所の主催で「まち、ヒトの魅力再認識!~未来へつなげるまちづくり~」講演会が三沢市総合社会福祉センターで6月24日、開催された。テーマを「気づきから行動~まちをつなぐコーディネーターの役割」と題し、講師として特定非営利法人としまNPO推進協議会 代表理事・柳田好史氏を迎え開講した。
 特定非営利法人としまNPO推進協議会は初めに今まで行ってきた事業やこれからの活動計画などを説明。シニア世代を中心に交流事業や学習事業など世代間、地域間がつながるようなコミュニティ―の実施例をあげた。誰に対して必要なコミュニティーで地域活性化にどうやってつなげるかを考える。県・市・地域よりも小さな集まり「みんなのえんがわネットワーク」で町内会からつながりをつくる。コーディネーター(NPO法人など)とプレイヤー(利用する個人や企業)とサポーター(支援してくれる企業)の3つが成り立たなければ上手くはいかないと語った。講演が終わってからは集まった参加者でグループワークを行った。障害者・高齢者・まちづくりの班にわかれてお互いに意見を交換し、その考えをプレゼンという形で発表する。
 三沢市の特徴として地元専門の有線テレビがあること、空港があり外人も多い事を活かして地域活性化につなげたい。障害者に対する周りの理解や支援が必要。高齢者の免許返納のメリットを市で補助する。高齢者や障害者の雇用するメリットを作りたいなど様々な意見があった。講師の柳田氏は素晴らしい意見はたくさんあったが話し合いが話し合いだけで終わらないように話し合いを継続させて実現して欲しいと講評した。
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 6月11日に第33回わんぱく相撲全国大会の予選会、十和田場所が開催された。参加人数は6名(男子5名・女子1名)だった。稀勢の里の活躍で相撲人気も上がってきたが年々参加人数は残念ながら減ってきている。4年生の部では女子・沢目明日来さん(深持小)が優勝。女子のため全国大会はなく準優勝の中野渡誠くん(深持小)が全国大会へ出場することとなった。3位は戸来仁響くん(開知小)。5年生の部は参加1名のため佐々木隆翔くん(東小)が全国出場。6年生の部は松橋琉優くん(四和小)と佐藤朝陽くん(六戸小)の一騎打ち。松橋くんが優勝し全国大会へ出場することとなった。
 全国大会は7月30日に両国国技館で開催される。十和田市の相撲を盛り上げるためにももっと多くのわんぱく少年・少女の参加を期待したい。
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 十和田おいらせライオンズクラブが数年前から継続し、敬老奉仕事業としてバスタオルやフェイスタオルを老健施設などに寄贈している。近年インフルエンザやノロウィルスなど高齢者の健康が心配されており、使い捨てタオルが多く必要とされていて、県内36校の中学バスケットボール部PTAから協力をしてもらい集めたタオルを今年度は「オーダーメイドのデイサービス くらしっこ」に寄贈する事となった。
 6月19日に運ばれたバスタオル165枚、フェイスタオル613枚、計778枚が受け渡され、くらしっこ代表の橘さんは「使い切れないほどの量でたいへんありがたい。他の施設へも分けてあげたい」と喜んだ。
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↑久しぶりに帰郷し十和田のライブハウス「キューダス・S」での演奏会で挨拶する今泉総之輔さん

 今は活動を中止しているが、日本最大のロック・フェスティバル「フジロックフェス」に二度出演。オリジナルアルバムが、オリコン・ウィークリーランキングジャズ部門第1位を獲得するなど、クラブ・ジャズ界で世界的に活躍していたジャズカルテット「クオシモード」でドラムを担当していたのが、十和田市出身の今泉総之輔さんであった。
 その今泉さんは、自らのリーダーアルバム『凛』をリリースするなど、今はフリーのジャズドラマーとして活躍している。
 今泉総之輔。昭和53年(一九七八)5月、十和田市に生まれる。東中、三本木高校卒業。美術の道に進もうと上京して美大の予備校に通っていた。ある日たまたま池袋の公園で遭遇したジャズライブ。特にそのドラムに衝撃を受けた。それからそのドラマーの出演するライブに通い、よし、俺はジャズ・ドラマーになるぞと決意した。
 しかし、そう決心したもののドラムを叩いたことがない。そこで今泉さんは予備校を辞め帰郷。ドラムを買い実家の家業を手伝いながら毎日独学で練習した。と、同時に「サマージャズフェスティバル」で有名になった南郷の「ジャズの館」に通うようになり、地元のジャズバンドに参加させてもらった。
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 そうこうしているうちにジャズの館に「石井彰トリオ」がきた。その石井彰トリオでドラムを担当していたのがファンだった江藤良人であった。今泉さんは、打ち上げに参加させてもらい、自分の想いを激白した。
 石井トリオの仲間が「お前そんなに好きだったら、すぐ東京に出て江藤に弟子入りしなよ」といった。
 江藤は「ドラム叩いてみな」ということで、その場でドラムを叩いた。勿論うまいわけではなかったが、それを聴いた江渡が「じゃ来な」といって、翌日から運転手兼ボーヤ(業界用語で、楽器の積み込み・積み卸し、手配、輸送、セッティングといったミュージシャンのサポートなど行うスタッフ。バンドボーイと呼ぶ場合もある)として東北ツアーに参加。ツアーを終了した一週間後に上京した。今泉さん25歳のときであった。
 27歳で独立、フリーのドラマーとして活動。30歳になったころクオシモードから声がかかりドラマーとして参加。以後、クオシモードの一員として「フジロックフェス」他海外演奏にも参加してきた。
 今泉総之輔さんは実は、元「県南新聞」代表であった故今泉友孝さんのご長男である。現況はホームページで「今泉総之輔」を検索してみて下さい。
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ジャズ専門誌『jazzLife』創刊400号記念号の表紙を飾った「クオシモード」の一員としての今泉総之輔さん(写真右)
 五・七・五の17音、俳句のように季語の制約もない川柳が、今空前のブームであるという。たとえば第一生命がやっているサラリーマン川柳の応募句は104万句他、シルバー川柳、オタク川柳、女子会川柳、高校生川柳と年齢層も高校生から高齢者までと幅が広い。五・七・五と、指を折り数えてつくれる今や国民的文芸といってもよい。しかしこれらは趣味での個人応募である。
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 その中で、川柳の伝統を守ってきた人たちは川柳結社のひとたちである。
 十和田かぱちぇっぽ川柳吟社(佐藤允昭会長)は、昭和25年(一九五〇)に結成され、67年の歴史を持つ十和田市最古の文化サークルのひとつである。しかも柳誌である『川柳かぱちぇっぽ』は、昭和26年(一九五二)に創刊。568号(平成29年6月号)まで刊行されている。会員は現在30名。毎月、市民交流プラザ「トワーレ」に集まり句会を行っている。会員の最高齢は92歳、平均年齢は70歳と高齢化が進んでいる。
 が、伝統を守ろうと、柳誌の毎月1回発刊に対する
そのエネルギーはすごい。これには、会員の自選句が一人5点で30名分を中心として、句会での宿題のそれぞれの選者の推薦句など、350句以上が載せられている。それを毎月欠かさず発刊するのである。
 川柳結社の人たちは、現在の川柳ブームの伝統を守り支えてきた人たちである。川柳を基本から学んでみたいという方にお勧めしたい。
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 十和田かぱちぇっぽ川柳吟社への問合せは、℡0176‐25‐2466(佐々木)迄。
 国際ソロプチミスト十和田(稲本佐矩子会長)のチャリティ茶会がこのほど富士屋グランドホールで行われ、着物姿の女性約200名が集まり、茶会を楽しんだ。
 国際ソロプチミスト十和田では、茶会を通して茶道の礼儀作法を学ぶと共に、もてなしの心を広めようと昨年から行っているもの。これは意外に評判で、昨年同様200名以上の着物姿の女性たちが集まった。
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 お医者さんで、青森県詩人連盟賞や第10回青森県文芸賞受賞の詩人である小笠原眞さんがこのほど、第六詩集『父の配慮』を出版した。
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 小笠原さんのこれまで、『一卵双生児の九九』、『あいうえお氏ノ徘徊』『48歳のソネット』、『極楽トンボのバラード』、『初めての扁桃腺摘出術』の5冊の詩集を出版しているが、今回の詩集はより生活感にあふれ小笠原さんの人柄がよくわかり、思わずくすっと微笑みたくなるような詩集、あるいは人生論的な詩集である。
 幾つか紹介すると、「恩師の命日」では、耳鼻咽喉科の医者になったいきさつが綴られている。医学部での難しい講義の中で耳鼻科の先生の講義が名講義であった。ついその先生に魅かれて耳鼻科の道に進んでしまったという。
「戦争を知らない子どもたち」では、戦後70年経ち、戦争を知らない世代は70歳以下、日本の人口の8割を占めるに至っている。戦争は人を殺すことである。国家が強制的に殺人を強要することである。最近きな臭い空気が漂いはじめている。そんな状況を危惧する社会派詩人の顔を見せている。
「医学部嫌いの父」では、実は小笠原さん一家は、小笠原さん、小笠原さんの弟、それぞれの息子3人は医者及び医者の卵と、6人がお医者さん、小笠原さんの奥さんを含めると7人が医者である。
 誰の影響ですかと聞くと、父が最初帝国大学医学部に入ったが、解剖が嫌いで工学部に転部したという。それもカエルの解剖で、俺は医者には向かないと工学部に転部したというのである。そんな心根優しい父の詩に思わず笑ってしまった。
 小笠原さんは現在61歳。これまでと違った人生が色濃く出ている読みごたえのある詩集である。
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 小笠原眞詩集『父の配慮』。ふらんす堂刊。定価2000円+税

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