十和田市立新渡戸記念館

inaojuku.jpgふるさとを愛する心・武士道の心・開拓の心を養ってもらおうと始まった寺小屋「稲生塾」(新渡戸記念館他主催)。その第3期「稲生塾」が今年も始まった。
 第1回目は、「新渡戸稲造の武士道精神を学ぼう」として、『こども武士道‐大切な教えの巻』(講談社刊)の著者である高橋和の助さんが、武士道精神を活用した実践として、震災の瓦礫の写真を見せながら、その問題をどう解決するかなど意見を出させ、武士道の心である、義、勇、仁、礼、誠などを学んだ。
 第2回目は、「150年前の大行灯をつくろう!」
 第3回目は、「太素の森の話し会~ちょっぴり怖い十和田のミステリー~」
 第4回目は、「とわだ時空調査隊~まちの魅力を伝えよう~」
 第5回目は、11月10日「世界と友だちpart2~料理・音楽などの文化体験(チェコ共和国)~」
 第6回目は、12月1日「書の心は武士道の心~書道&茶道体験~」となっている。
 学校でのいじめと自殺が大きな社会問題になっている今、武士道の心であるまさに義、勇、仁、礼、誠が必要であろう。
 もう始まっているが、問い合わせは、℡0176‐23‐4430
こんなにもたくさんの地域づくり団体があるんだ
 nitobekinenkan.jpg日本ユネスコ協会連盟の「未来遺産」に登録された太素の水プロジェクト。
 その中核となる新渡戸記念館(新渡戸常憲館長)で、5月3日から行われた太素祭に合わせ、「未来遺産十和田・ふるさと見本市」が行われた。
 今回のふるさと見本市は、「100年後の未来に残したいもの・100年後の子どもたちに伝えたいもの」をテーマに、十和田市で活動するボランティア団体や民俗芸を守る会、伝統工芸を伝承する会など、様々な団体の活動や、その団体の目標、課題などを、写真入りで紹介している。
 これは十和田市で活動する団体のほんの一部ではあるが、実に多くの市民が様々な分野で活動をしていることが一目でわかるように展示されている。
 今回は100年後の未来に残したいもの、あるいは子供たちに伝えたいものの一部ではあるが、これを2回、3回と、あるいは10回、20回と続けて行くことは、十和田市の誇りの掘り起しにもつながっていくであろう。
 未来遺産運動は一歩を踏み出した。 

 前館長の明さんは顧問に
 nitobeakira.jpg新渡戸記念館の館長に就任した新渡戸常憲さんについては、前号で詳しく紹介したので、ここでは顧問に就任した新渡戸明さんについて紹介しよう。
 新渡戸明さんは、昭和17年(一九四二)3月、新渡戸家の7代目として十和田市に生まれた。
 三本木高校、早稲田大学卒業。卒業と同時に十和田観光電鉄㈱に入社した。
nitobetunenori.jpg 平成7年(一九九五)に、それまで新渡戸記念館の館長が非専従だったものが、この十和田市の宝物をこのままにしておいてはもったいない。専従の館長と学芸員のいる記念館にしたいと、当時の水野好路市長に依頼され、31年間勤めた十和田観光電鉄㈱を辞め、専従の新渡戸記念館館長に就任した。新渡戸さん53歳のときである。
 以来、17年間、角田美恵子学芸員と力を併せ、約1万3000点ある史料の整理と修復。そして、その研究成果の発表を行ってきた。
 結果、それまで訪れる人の少なかった新渡戸記念館は、小学生の歴史学習や一般の人たちも県内外から訪れ、十和田市観光スポットの一つにまでなった。
 明さんは現在満70歳。これからは、昭和56年(一九八一)に十和田市の有形文化財に指定された『新渡戸家文書』の研究に没頭できますと語る。

新渡戸明さんと新館長に就任した新渡戸常憲さん

運動を組織し情報を発信し始めた十和田市立新渡戸記念館

nitobetunenori.jpg 新渡戸記念館は、三本木開拓を成し遂げた新渡戸伝、十次郎、七郎の親子三代、そして伝の孫である新渡戸稲造博士の、その偉業を紹介する博物館である。
 博物館は一般的には、目的に沿った展示や企画展を行うのがせいぜいである。
 ところが新渡戸記念館は、館から外に飛び出し、市民と一緒に運動を始めたのである。
 その運動「太素の水プロジェクト」が認められ、このほど、青森県初の、東北では2例目となるプロジェクト未来遺産に登録された。
 プロジェクト未来遺産??世界遺産ならわかるけれど、あまり聞きなれない言葉である。
 プロジェクト未来遺産は、日本ユネスコ協会連盟が、「100年後の子どもたちに、長い歴史と伝統のもとで豊かに培われてきた地域の文化・自然遺産を伝える運動」である。
 その第3回プロジェクト未来遺産に、「太素の水プロジェクト」が選ばれ登録された。
 事の発端は、今から20年ほど前から行われた、稲生川の改修工事である。この改修工事によって遊休地ができた。
 その遊休地の活用から、水辺に親しむ稲生川ふれあい公園と、一本木沢ビオトープが作られ、それを運営する母体として、平成9年(一九九七)に、北里大学や地元町内会、市民が入った「一本木沢ビオトープ協議会」が、同10年(一九九八)に、公園周辺の町内会が中心となった「稲生川せせらぎ活動委員会」が組織され、市民によって運営されてきた。
 一方、新渡戸記念館は、人づくり・地域づくりの事業として、市民を対象に「新渡戸塾」を、子どもを対象に「寺小屋稲生塾」を開講。また、新渡戸記念館を中心に活動するボランティア団体「Kyoso Kyodo(共創郷土)を組織した。
 そして、この三つの組織を中心にまとめ、「太素の水」保全と活用連合協議会が生まれた。
 これをコーディネートしたのが、新渡戸記念館の新渡戸常憲さんである。勿論、協議会の会長は新渡戸さんである。
 新渡戸さんは大変幅広い人脈を持っている。また夫人の富恵さんは、元アフガニスタン大使館秘書だけあって、富恵さんもまた大変幅広い人脈を持っている。
 このほど、世界的なファッションデザイナーのコシノジュンコさんが、十和田市の「十和田奥入瀬観光大使」に委嘱されたが、これも新渡戸常憲さんのつながりからである。
 平成21年(二〇〇九)に、十和田市民大学講師として、和光大学名誉教授で、ユネスコ・アフガニスタン文化遺産保護国際調整委員や、平山郁夫シルクロード美術館理事などを務める前田耕作さんに来ていただいた。
 前田さんはそのとき、稲生川と、それを中心とした運動をみて、今、「プロジェクト未来遺産運動」が始まる。あなた方のやっている運動はそのプロジェクトにふさわしいから、ぜひ応募してみてはとアドバイスをくれた。
 こうして、「共創郷土」(共に創る郷土)を中心理念に置き、「太素の水プロジェクト」に組織を整備し、プロジェクト未来遺産運動に応募した。それが認められ、青森県では最初の、東北では2例目となるプロジェクト未来遺産に決定した。
 「太素の水プロジェクト」は、稲生川流域の自然の保存や活用、三本木開拓の志の伝承、人と自然の共生や、生物多様性などの、学習や体験を通した地域づくりである。
 稲生川が開削されて157年。その歴史や理念を伝えると共に、今、新たな地域づくりが始まる。それが「太素の水プロジェクト」である。
 そしてそのリーダーが、伝から数えて8代目、4月1日より館長就任が予定されている新渡戸常憲さんである。
 音楽学博士でもある新渡戸常憲さん。十和田市の新しいリーダーとして、幅広い人脈を生かした今後の活動が楽しみである。

 写真は、新渡戸記念館の新渡戸常憲さん(4月1日より館長就任予定)。彼が十和田に帰ってきてから、新渡戸記念館は生きた博物館に変わってきた。新渡戸さんはまた音楽学博士でもある


 岩手県一関市の久保川イーはイーハトーブ自然再生協議会に次いで、東北で2例目、青森県初の日本ユネスコ「未来遺産」に登録された<太素の水プロジェクト>。その登録証授与式と、記念フォーラムです。

 以下、ポスター参照。

inaofo-ramu.jpg 問い合わせは、℡0176-23-4430迄

 石川光男国際基督大学名誉教授

 isikawamituo.jpg新渡戸記念館(新渡戸明館長)の、人づくり・地域づくり事業「新渡戸塾」の11月例会は、国際基督教大学の石川光男名誉教授であった。
 石川さんの専門は高分子の物理学者であるが、人と心、自然に関心を持ち、科学と宗教の接点、西洋医学と東洋医学の比較、西洋文明と日本文化の差異など、幅広い研究をしてきている。
 11月11日に行われた十和田市民大学では、「未来を創る人生・未来に伝える文化」と題して講演した。
 翌12日に行われた新渡戸塾では、「武士道を支える日本の心」と題して講演。
 まず、武士道は、新技体統一の「道」である。
 欧米の文化は理性や個人を重視する陽の文化であるのに対して、日本の文化は感性やつながりを重視する陰の文化である。
 また、平常心とは何か。平常心は是れ道であり、心が自由でなければならない。心が四方八方に思いのままに動きながらも、不動の境地が大事であるなど、武士道と日本人の心について語り、参加者に感銘を与えた。

ルーマニア大使館書記官広報文化担当官

andorea.gif11月5日の寺小屋稲生塾は、「世界と友だち‐パート1」ルーマニアの料理、音楽の体験であった。
 その講師として招かれたのがブクナールさんである。これは新渡戸記念館の新渡戸常憲館長代理が、ルーマニアに留学していたこともあって、今回の講師として招かれた。
 ブクナールさんは、流暢な日本語でルーマニアの料理や音楽を紹介。子どもたちと交流した。
 「日本は、テクノロジーが高いです。学ぶところがたくさんあります。それと、とても親切で相手のひとを尊敬しています」と語るブクナールさん。
 ヨーロッパとは違う文字、漢字に興味を持って、ブカレスト大学では、日本語を専攻。2009年に外務省に入り、広報文化担当官として日本に来た。
 「日本とルーマニアは、将来発展すると思います」と語るブクナールさん。その友好の発展のために、こうして日本中を歩いている。大の日本びいきである。27歳。

 未来遺産を考える新渡戸塾「絆」ギャラリートーク第2講座は、みちの駅とわだの中浦麻美さん。
 中浦さんは、「地域農業を宝に~直売所の役割と課題」として語った。
 みちの駅の直売所は、農家と消費者の両方に直接接している。
 まず、農家の声として、農機具が高い、機械に使うガソリンが高い、水代が高い、包装資材が高い、減反政策で米が売れない。農家は人口の3㌫にも満たない。後継者がいない、労働に見合う収入がない、しかも従事者は、65歳以上が60㌫を越えているなど、農家の実情を紹介。このままでは、日本の美しい田園風景がなくなってしまう。
 一方、消費者からは、産直なんだから、もっと安くねば駄目だといわれる。
 その中で、どう付加価値をつけるかが大事だ。
 米農家の古館留美子さんは、米粉パンをつくり「田んぼのパン」として売っている。すぐ売り切れる。
 ふじもり農園は、西洋野菜を栽培し、市内のフランス料理店などに出し、喜ばれている。
 奥せきさんは、もちあわを栽培している。
 農家は、地域の宝、日本の宝である。私たち道の駅は、生産者と消費者を結ぶ架け橋である。
 消費者は、命を守る「食」である農業に関心を持っていただきたい。農家の方々は、命を守る「職」である、農業に、自信と誇りを持っていただきたいと結んだ。

 

nitobejuku.gif地域の宝、日本の宝である農家を語る中浦麻美さん

収蔵資料から泉鏡花が十和田湖を紹介した文章を発見

新渡戸記念館(新渡戸明館長)の今年のテーマは、「水の里とわだ-未来遺産」運動である。
 「未来遺産」は、(社)日本ユネスコ協会連盟が進めているもので、100年後の子どもたちに、長い歴史と伝統のもとで、豊かに培われてきた地域の文化・自然遺産を伝える運動である。

 新渡戸記念館としては、稲生川を中心に、すでに様々な取り組みをしている、水土里ネット稲生川(稲生川土地改良区)や、一本木沢ビオトープの中心となっている北里大学の有志の人たちと一緒に、この運動を盛り上げて行こうとしている。
 また、新渡戸記念館では、2月に記念館を一時閉鎖して、収蔵資料の整理を行なったが、その中にこれまで余り知られていなかった、泉鏡花が書いた「十和田湖」の文章が見つかった。泉鏡花というと、、明治から昭和の初期にかけて、小説、詩、俳句、作詞、随筆、文芸評論、放送作家など多方面で活躍した文人である。

 実は、昭和2年(一九二七)に十和田湖が日本八景の第1位に選ばれた。東京日日新聞社(毎日新聞の東日本地区の旧題号)が、当時の一流の文人にその紀行文を書いてもらった。そのとき、十和田湖を担当したのが泉鏡花であった。約80年前、日本八景第1位に選ばれた十和田湖がどうであったか、大変興味を引く。いずれ、本紙でも紹介したい。

 問い合わせは、0176-23-4430

「日本八景」の第1位になったとき泉鏡花が書いた「十和田湖」
80年前の十和田湖の様子が伺われる

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