首都圏とふるさとをつなぐ 東京=十和田

国際的フラワーアーチスト東本節子さん

国連、ヴァチカン等国際舞台で花を生ける旧十和田湖町出身の東本節子さん
 higasimotosetuko1.jpg「私の原点は、十和田のこの広い空、自然の美しさです」と語る東本節子さん。
 東本さんはこれまで、95年英国王立園芸協会主催のチェルシーフラワーショーでシルバーメダル賞。96年ニュージーランド・WAFA世界大会「美あり、神秘あり」部門で最優秀賞。98年南半球最大のフラワーショー「エラズリーフラワーショー」でシルバーメダル賞など、国際的な大きな賞を受賞。
 また、97年より毎年、国連デーの、国連本部でのパーティー会場の装飾。00年には、ヴァチカン市国の聖霊降臨大祝日の法皇特別ミサの聖ペテロ広場装飾など、これまた日本人としては数少ない場で花を生けている。
 さらに、オランダ、フランス、ニューヨーク、モンゴル等で、花の平和大使として、個展ないし出展。日本のフラワーデザインの技術を世界に広めたとして特別賞を受賞するなど世界舞台で活躍する東本節子さん。今や日本を代表する世界のフラワーアーチストの一人である。
 higasimotosetuko2.jpg東本節子さんは、昭和27年(一九五二)旧十和田湖町沢田に生まれた。三本木高校を卒業。卒業と同時に上京、OLを経て結婚。ごく普通の家庭の主婦となった。
 二人目の子供が生まれた時、自分が一生をかけれるものが欲しいと、自分探しをした。その時出合ったのが花である。
 「29歳の時です。自分探しをして、私しか出来ない何かがある筈だ。その時出合ったのが花です。花をやって今になって分かったことは、平和活動なんです。花ってなんだろう。人を癒し、喜びを与え、自然と同じように、私たちを励ましてくれるんですね」と語る。
 東本さんの花に対する想いは、自己の表現であった。
 そしていきなり、平成4年(一九九二)、東本さん39歳の時、花を始めてわずか10年ちょっと過ぎた頃、10年に一度行われるオランダ・フロリアード92に出展する機会を与えられた。
 日本の生花と西洋のフラワーデザインを融合したような東本さんの斬新な作品は、新しい感覚のフラワーデザインとして注目を集めた。これが東本さんが世界へ飛び出すきっかけとなった。
 以後、前述したように、花の国際的様々な賞を受賞。現在、花永遠を主宰すると共に、国際的フラワーアーチストとして国際舞台で活躍している。
 また、NPO法人花Eternityを設立し、環境問題や、花を通した心の平和活動をしている。
 著書に『青の時代』(実業乃日本社刊)、『花の願い』(アーツ アンド クラフツ刊)がある。

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