首都圏とふるさとをつなぐ 東京=十和田

夢を追い続けるソプラノ歌手小渡恵利子さん

日本イタリア声楽コンコルソ及び日本音楽コンクール声楽部門優勝
 

kowatarieriko.jpg kowatarieriko2.jpg三八五流通㈱のテレビコマーシャル「だいじょうぶ!」で知られるソプラノ歌手の小渡恵利子さん。
 「日本イタリア声楽コンコルソに優勝したんです。その副賞はイタリアに2年間留学のための留学資金なんですが、これは留学しなければそのお金が下りない。勿論、そのお金だけでは足りない。私自身もお金がない。そのとき、国際ソロプチミスト十和田さんなどがコンサートをやってくれて留学資金を作ってくれて、何とかイタリアに留学しました。
 ところがそのとき、湾岸戦争(91年)が起きて円の価値が下がった。それで、お金が足らなくなって、2年の留学の予定が1年で帰ってきました。
 そのとき、羽田に着いたとき財布に7000円しかなかったんです。ところが私の窮状を知った知人が羽田まで10万円持ってきてくれました。嬉しかったですね。
 帰国したのは7月。日本音楽コンクールの予選は8月で、本選が10月なんですね。イタリアから帰って一番お金のないときですから、ともかく食べなければならない。生活のためにアルバイトをしながら、昼の3時間の休憩時に友だちのところに行って練習をして、それで第一次予選を通過して、本選に臨んで優勝したんです。ワッハッハハ...」と快活に笑う。
 声楽家という夢の実現のために、すべてをそこにつぎ込んできた小渡さん。何とタフで、底抜けに明るい。
 しかし、「一時期睡眠障害となり、睡眠薬がなければ眠れない時期もありました。それを克服して現在があります」と、苦しかった時代を語る。
 小渡さんの本籍は倉石村(現五戸町)だが、父の仕事の関係で、昭和38年(一九六三)9月、むつ市で生まれ、南部町で育ち、南部中学校から、音楽の先生の薦めもあって、白菊学園高校(現八戸聖ウルスラ学院高校)音楽科に進んだ。白菊から山形大学教育学部特設音楽科に進んだが、声楽家になりたいという夢が強くなり、2年目に芸大を受け合格。芸大卒業後、同大学院オペラ科修了した。大学院は授業料は免除であったが、育英会の奨学金とアルバイトをしながら大学に通った。
 芸大時代にこんなこともあった。酒場でカラオケを歌っていると、おじさんが近寄ってきて、名刺を差し出して歌手にならないかといった。
 ちょうど森昌子が引退したときで、その代わりとなる歌手を探していた。
 「あのとき、それに乗っていたら私の人生も変わっていたでしょうね」と笑う。
 芸大卒業後、1年間アルバイトをし、二期会の研修生となり、予科、本科、マスタークラスを修了。そして、前述した日本イタリア声楽コンコルソで優勝。1年間イタリアに留学し、日本音楽コンクール声楽部門で優勝し、声楽家としての地位を不動のものとし、以後、コンサートを中心に活動してきている。
 「私はこれまで、国際ソロプチミスト十和田の皆さん、三八五流通㈱さんをはじめ、本当に多くの人たちに助けられて来ました。ですから、これからは音楽を通して社会にお返ししたい。魂に響くような歌をうたいたい。これが現在の私の夢です」と語る。