実践的アンチエイジング講座

2、戦後日本人は年々若くなっている

[実践的アンチエイジング講座]
 戦後、日本人は年々若くなっているんです。といったら、あなたはどう思いますか。
 私は、昭和17年(一九四二)2月10日生れだから、現在満69歳である。
 私が子供の頃、昭和20年代は、69歳というと、頭髪が薄くなる、あるいは白くなるのは遺伝的な要素が強いのでこれは別にしても、顔に深いシワがあり、いかにもお爺ちゃん、お婆ちゃんであった。中には骨粗鬆症から腰が曲がり、杖をついて歩いている人も結構いた。
 今はどうであろうか。69歳といっても、私はまだ、『少年マガジン』や『少年ジャンプ』、あるいは青年漫画雑誌『モーニング』や『ビッグコミック』を読む若者(??)である。
 あなたの周りにも、70歳、80歳、あるいは90歳になっても元気な人がたくさんいるであろう。
 『「がまん」するから老化する』和田秀樹著(PHP新書刊)によると、長谷川町子の4コマ漫画『サザエさん』の父親、磯野波平の設定年齢は54歳、母親の磯野フネの設定年齢は48歳であるという。
 『サザエさん』が、最初に連載されたのは昭和21年(一九四六)、福岡県にあった『夕刊フクニチ』である。その後、長谷川さんが結婚したため中断していたが、昭和24年(一九四九)に、今度は朝日新聞に連載が再開され、昭和49年(一九七四)まで続いた。
 つまり、昭和21年当時の54歳の親父のイメージは磯野波平であり、48歳の母親のイメージは磯野フネであった。当時の人は誰もそれに違和感を感じなかった。
 現在のイメージからみると、どう見ても磯野波平は70歳以上であり、磯野フネは70歳近い年齢に見える。それでも、俺は70歳だけれどもっと若いよと文句をいう人がいるかも知れない。
 女性に至っては48歳というと、娘盛りをちょっと過ぎた程度というくらい色気があり、若く見える人も多い。
 最近、ピンク・レディが30年ぶりに活動を再開した。二人とも50歳を過ぎているが、まだまだピチピチしている。
 むかし、『48歳の抵抗』という映画があった。昭和31年(一九五六)に製作され、当時は結構話題になった映画である。
 これは、石川達三が読売新聞に連載した『のんき夫婦』を、新藤兼人が脚色し、吉村公三郎が監督。主演は山村聡である。
 あらすじはこうである。
 あと2年で、いわゆる初老(という当時の解説)の50歳を迎える西村耕太郎。48歳の誕生日の日に、妻から、むかしなら引退する年齢ですよといわれる。
 ある日、ふとしたことから19歳の娘ユカを知り、ユカを食事に誘う。「おじさま好きよ」といわれて、酒に酔ったユカを思わず抱きしめてしまう。
 再びユカを誘い熱海に行く。耕太郎は旅館の一室でユカに迫る。ユカは、目に涙いっぱいため「堪忍して、お嫁にゆけなくなるの」という。
 そこで耕太郎は、初老の男が何て馬鹿なことをしたんだと、さめざめと泣く。
 この映画は、初老の男と若い娘の淡い恋の物語である。
 昭和31年当時は、50歳が、今は死語になっているが、「初老」であり、「おじさま」であった。
 また、ユカの、「そんなことをするとお嫁に行けなくなるの」というセリフも、女性が結婚するまで処女でいなければならないというのが、当時の一般的な倫理感であった。
 日本人が若返っているという具体的な統計はないものの、戦後60年ちょっとで、イメージとしては20歳近く若返っているということに異議を唱える人はいないと思う。
 それを別な観点、平均寿命(0歳児の平均余命)で見てみよう。
 厚生労働省の、完全生命表で見ると、大正10年(一九二一)~14年(一九二五)の平均寿命は、男性42・06歳、女性43・20歳であった。
 今から90年前は、現在のほぼ半分しか生きられなかった。女性は17、18歳で結婚したであろうから、40代でもうお婆ちゃんである。
 それが、人生50年といわれたのが、凡そ25年後の昭和22年(一九四七)になってからである。
 このときは、男性50・06歳、女性53・96歳であった。
 そして、女性が60歳を越えたのが、わずか3年後の昭和25年(一九五〇)である。男性58・00歳、女性61・5歳である。
 女性が70歳を越えたのが10年後の昭和35年(一九六〇)である。男性65・32歳、女性70・19歳であった。
 昭和22年~35年の13年間に、平均寿命が20年も伸びている。平均すると1年に約1・5歳の割合で伸びていることになる。
 この時代はどういう時代であったろうか。戦争の痛手から復興し、生活が豊になると共に、食生活が大幅に改善された時代である。
 つまり、それ以前の日本人は、良質の動物性蛋白質を摂ることが少なく、米と野菜中心の食生活で、栄養状態の悪い状況の中で暮らしていた。
 それが、経済が発展し、生活の向上と共に栄養を充分に摂れる食生活に変ってきた。
 厚生労働省の「国民健康・栄養調査」日本人の一人1日当たりエネルギー等摂取量の調査によると、昭和21年(一九四六)のエネルギーの摂取量が1903キロ㌍だったものが、昭和35年には2104キロ㌍と200キロ㌍増えている。
 以下、昭和21年と35年を対比すると、タンパク質は、59・2㌘だったものが69・7㌘。うち動物性タンパク質が、10・5㌘から22・3㌘へと倍以上増えている。脂質が14・7㌘から20・3㌘。炭水化物が386㌘から411㌘。カルシウムが253㌘から338㌘。但しビタミンCだけが173㌘から76㌘と、大幅に減少している。つまり、野菜中心から肉や魚貝類の食生活へと変わってきていることを示している。
 これが、ストレプトマイシンなど、医薬品や医療の発達もあるが、食生活の改善が、日本人の平均寿命を短期間に大幅に伸ばしてきた最大の要因であることがわかる。
 女性が80歳を越えたのは昭和59年(一九八四)で、男性74・54歳、女性80・18歳であった。
 寿命が70歳から80歳を越えるまでは、伸びが鈍化し24年もかかっている。
 平均すると1歳寿命が伸びるのに2・4年かかっている。60歳から70歳を越えるまでは、1歳寿命が伸びるのに1・3年だったものが70歳から80歳を越えるのに倍近くの年数がかかっていることになる。
 が、ここで女性の平均寿命が世界一になった。
 『もっともらしい健康常識』川村賢司著(土屋書店刊)によると、
 「最も平均寿命の短いのはスワジランドの三五歳で、アフリカの二六ヶ国とアフガニスタンの計二七ヶ国は平均寿命五〇歳未満だ」としている。
 アフリカは世界で最も貧しい国である。つまり、日本の戦前のように、貧困が寿命を短くしていることがよくわかる。
 平成21年(二〇〇九)の平均寿命は、男性79・59歳、女性86・44歳である。
 80歳~86歳、6年間寿命が伸びるのに、実に25年もかかっている。
 これを見てもわかるように、今後、平均寿命が急激に伸びることはないが、寿命が伸びたことによって、実は大変困ったことが起きてきた。
 その一つは、寝たきりのお年寄りが増えたこと。
 二つには、がん患者が増えたことである。年齢別がん患者数(平成20年)では、40歳~49歳ではわずか6㌫であったものが、50歳~59歳で14・9㌫と急激に、しかも大幅に増え、75歳~79歳は16・9㌫とピークに達する。がんは老人病の一つであるということもできる。
 三つ目には、それによって、医療費、福祉の予算が大幅に増えたことである。
 この『実践的アンチエイジング講座』は、健康でぴんぴんころり、この三つを克服するための講座である。

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文:小笠原カオル
文:小笠原カオル

監修

監修:川村賢司
監修:川村賢司

プロフィール
昭和15年(1940)青森県野辺地町出身。東京医科大学卒業、元北里大学薬学部准教授、医学博士。退職後は、㈱東京科学技術研究所長などを務める。著書に『もっともらしい健康の常識』など多数。

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