夢追人ニュース

十和田市出身の映画作家 附田博さん

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77歳現役のドキュメンタリー映画作家ふるさとを撮る
このほど『もうひとつの奥入瀬~雑木林12年の軌跡~』を完成させた

 tukudahirosi2.jpg 平成6年(一九九四)に、重度の情緒障害の子供を抱えた、北九州市出身の若い夫婦が、十和田市に障害を持った子どもと健常者を一緒にあずかる保育園があるということを聞いて、夫は勤めていたコンピューター関連会社を辞め、十和田市に移住。
 そして平成10年(一九九八)、自ら障害を持った子どもと健常者が一緒に生活する「子どもの自由空間‐雑木林」を開設した。
 その12年間の軌跡を綴ったドキュメンタリー映画『もうひとつの奥入瀬~雑木林12年の軌跡~』がこのほど完成した。
 それを製作したのが、十和田市出身のドキュメンタリー映画作家附田博さんである。
 「文化新聞で、障害を持った子供のために、大手の会社を辞めて十和田市に移住し、ついには自分で障害を持った子供と健常者と一緒に生活する施設をつくったという記事を見て、これはふるさとを題材にした映画になると、映画作家としての血が騒ぎました。
 これを撮るために10年間東京から通いましたけれど、残念なのは、それを最初から撮れなかったということです」と語る。
 附田博。昭和9年(一九三四)9月、十和田市に生まれる。三本木高校、日大芸術学部映画科卒業。同研究室勤務。昭和33年(一九五八)ドキュメンタリー映画製作の日映科学映画製作所に入社。昭和35年(一九六〇)、劇映画『鮮人の死』でシナリオ誌新人賞受賞。昭和38年(一九六三)、『日本の城』(脚本・演出)で芸術祭奨励賞、日本紹介映画金賞受賞。昭和41年(一九六六)、『日本誕生』(脚本・演出)でキネマ旬報賞を受賞した。この2本は今でも日映科学の映画史に刻まれている。
 時代は、映画からテレビに移ってきた。
 昭和44年(一九六九)、友人と二人で、テレビ映像製作会社松山善三プロダクションを設立、製作部門の責任者となる。
 以後、ドキュメンタリーテレビ番組『音楽の旅はるか』(製作・演出)30分、170話(毎日放送)。毎日放送開局30周年記念特別番組『万里の長城』(製作・演出)90分。『世界名画の旅』(製作・演出)30分、55話。テレビ東京開局25周年記念特別番組『日米戦うべからず』(脚本・演出)90分、テレビ東京局長賞受賞。『極める』(脚本・演出)30分、7話、APT賞(全日本テレビ番組製作社連盟)受賞。などを製作。
 フリーになってからは、NHKBSスペシャル『妻たちが語る思い出の作家たち』(製作・脚本・演出)15話、NHK衛生放送局長賞受賞。ハイビジョンスペシャル『雪の夜の微塵となりて眠るかな』(製作)60分(関西テレビ)、カンヌハイビジョン国際フェスティバル入賞など、テレビ番組制作で数々の賞を受賞するなど、これまで制作したテレビ番組は500本を越えている。
 また、舞台では、昭和63年(一九八八)、長峰ヤス子前衛舞踊『黒いオルフェ』の脚本。平成11年(一九九九)、青森県民文化祭総合フェスティバル‐創作フォークローレ・ミュージカル‐『炎らの森と湖』の脚本及び演出。平成22年(二〇一〇)、野呂修平創作バレエリサイタル『棟方志功』の脚本なども手がけている。
 平成元年(一九八九)日本のドキュメンタリースト20傑の一人として評価される。

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