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寺山修司記念館長に元「天井桟敷」の佐々木英明さん

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sasakieimei.jpg この4月より、十和田市現代美術館、新渡戸記念館、鷹山宇一記念美術館、寺山修司記念館の館長が、すべて入れ替わった。
 十和田市現代美術館は、市直営から指定管理者に代わったことによるもので、新渡戸記念館及び寺山修司記念館、鷹山宇一記念館は、主には前館長の高齢に伴うものである。
 寺山修司記念館館長に就任したのが、寺山修司の青森高校の後輩で、寺山修司の演劇実験室「天井桟敷」で活躍した詩人の佐々木英明さんである。
 佐々木さんは、昭和23年(一九四八)10月、平内町に生まれた。青森高校に進学、このとき受験雑誌『高3コース』の文芸コーナーに詩を投稿していた。そのときの選者が、青高の先輩である寺山修司であった。
 こうして、詩を通して寺山と交流が始まった佐々木さん。高校を卒業後上京。寺山から、自作の詩の朗読を主体とした舞台をやるから出ないかと誘われた。それが『書を捨てよ、町へ出よう』である。さらにそれが映画化され、主役を務めた。
 佐々木さんは、一度も「天井桟敷」の劇団員になったことがない。が、何かあるごとに寺山に呼び出され、出演した。
 『邪宗門』を、渋谷でやったときのことである。観客から野次と罵声がとび、観客の一人が舞台に駆け上がり、マイクを奪うというハプニングがあった。舞台と観客と乱闘である。このラストシーンで、佐々木さんが、「舞台に上がって、なにかいってみろ!」といったところ、誰も上がってこなかったという武勇伝もある。
 この『邪宗門』は、 フランスのナンシー国際演劇祭に招かれ出演。その足でフランス、オランダなど、1ヵ月半ぐらい回った。
 が、佐々木さんは、家の事情で平内に帰ったが、寺山とは付かず離れず晩年まで付き合った。今では寺山修司を知る数少ない一人である。
 佐々木英明、63歳。寺山修司記念館の館長として、これまで考えもなかった新しい人生の始まりである。
 佐々木さんは毎日、家のある平内町から三沢まで約1時間かけて通う。