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久保田政子さんを駒っこランド「ホースメッセンジャー」に委嘱

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kubitamasako2.jpg  十和田市馬事公苑「称徳館」(宮野進館長)で行われている、馬の画家として有名な久保田政子さんの個展「幻の馬を求めて久保田政子展」が好評である。
 横浜市にある馬の博物館と並ぶ、日本を代表する馬の博物館十和田市馬事公苑「称徳館」。
 久保田さんは、馬事公苑で個展をやるのが夢だったと語る。
 久保田政子展は、白馬の勇姿を描いた『谺(こだま)』(100号)、仔馬を描いた『誕生』(130号)、桜吹雪の中を3頭の馬が走る『躍』(130号)などの大作20点余り他、小品が多数展示されている。
 久保田さんは、
 「これまで8000頭くらい馬を描いてきたんですが、まだ自分の心の中で想う理想の馬に出会っていません」と語る。
 この展示会に先立って、馬事公苑を運営するNPO法人馬主協会(宮野進理事長)と久保田政子さんが話し合い、宮野理事長が、馬の博物館である馬事公苑として、今後とも久保田さんとつながりを持って、いろいろとアドバイスをしていただきたいという申し入れに対して、久保田さんが快く引き受けていただき、久保田さんに馬事公苑駒っこランドの「ホースメッセンジャー」を委嘱した。
 久保田さんはこれに対して、日本中央競馬会2011年の顕彰馬を描いた『ウオッカ』(20号)を十和田市に寄贈した。
 久保田政子。昭和9年(一九三四)8月、八戸市に生まれた。この時代、東北で生まれたものなら誰でも馬が生活の中にいた。久保田さんが馬と出合ったのはやはり子供の頃である。八戸市鮫町の魚市場の近くで生まれた久保田さん。水揚げされた魚を、荷馬車で運ぶ馬たちがたくさんいた。魚箱を山と積んだ重い荷馬車を曳く、その逞しい馬たちに、ぼんやりとながら親近感を覚えていた。
 東京杉並にある女子美術大学を卒業。しかし、画家になる道のりは簡単ではなかった。風呂敷に包んだ6号の絵を持ち、小さな子供の手をひきながら画廊廻りをした。皆断られた。あるとき、日本橋にあった画廊が全部買ってくれた。描いて持って行くとそれも買ってくれた。嬉しかった。が、あとでわかったことだが、それは絵を買ってくれた人へ菓子折り代わりにあげる絵であった。
 そうこうしているうちに、号いくらという値段がつけられるようになってきた。
 ある画廊で、中畑艸人(そうじん)の馬の絵に出合った。中畑の絵は6号で350万円の値がついていた。欲しいけれど、今の自分には到底買えない。
 でも、その馬の絵に惹かれ、1週間中畑の絵をみに通った。そのとき画廊のオーナーが、「女性で馬を描いている画家はいないですから、そんなに馬にひきつけられるなら、自分で描いたらいかがですか」といった。
 人生の転機は誰にでもある。久保田さんの脳裏に、子供の頃の鮫町での馬が蘇ってきた。
 青森の太平洋岸、一般的に県南と呼ばれている地域は古代から馬の産地である。その内陸部の十和田市には、日本最大の軍馬補充部があり、軍用馬として大陸に100万頭の馬が送られたといわれているが、ただの1頭も帰ってきていない。そのほとんどが大陸の土と化した。
 よし、どうせ馬を描くんだったら、その大陸の土と化した馬の供養を兼ねて、馬を1万頭描こう。こうして馬の画家久保田政子が生まれた。
 そして、前述したように現在8000頭ぐらいの馬を描いてきたが、自分の心の中で理想とする馬に未だ出会っていない。命ある限り馬を描き続けますと語る。

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久保田政子さんの作品のひとつ『法』(130号)

 kubotamasako.jpg  十和田市に寄贈された『ウオッカ』(20号)

 ▽期間/5月2日(水)~6月3日(日)

 ▽会場/十和田市馬事公苑称徳館

 ▽問い合わせ/℡0176‐26‐2100