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95歳で青森山田学園理事長に就任した盛田 稔さん

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7月中旬には自著『生涯現役~波乱万丈の95年』出版予定

 moritaminori.jpg (平成16年(2004)88歳(米寿)を記念に乗馬する盛田稔さん)

 「すごいですね」って、何人かのひとにいわれた。
 もちろん、盛田稔さんの、青森山田学園理事長就任についてである。
 今、文化出版より盛田稔さんの本の出版を準備中である。
 そのタイトルは、『生涯現役~波乱万丈の95年~』である。
 95歳というと、日本人の男性の平均寿命は79・64歳(平成22年)で80歳にも満たない。たとえ95歳まで生きていたとしても施設に入っている方、あるいは寝たきりの人も多いであろう。
 その中で、95歳で大変な重責を担う理事長の就任である。
 青森山田学園は、青森大学、青森短大、専門学校、高校、中学校、幼稚園などを経営し、その生徒総数は約4000人という、青森県トップの学校法人である。
 また、青森山田高校は、卓球では福原愛選手、水谷隼選手など、オリンピック級の選出を輩出した他、多数のトップ選手を育てている。野球では、甲子園出場11回、夏の甲子園では8強の実績のある名門でもある。
 しかし、青森大学では、中国人偽装留学や奨学金の不正受給問題。また山田高校野球部員の死亡事件など難局を抱え、今、山田学園は満身創痍の状況である。
 そんな中で、昨年11月、前理事長が死去した。
 盛田さんの理事長就任は、単なる名誉職ではない。山田学園の難局を救う、いわば火中の栗を拾うための就任である。
 「学園の現状を、残念で情けない気持ちで見ておりました。21年間青森大学の学長をやらせていただきましたので、最後のご奉公と思って引き受けました。力を振り絞って、恩義に報い、学院を正しい姿に立ち直らせたいと思っております」と語る。
 まさに「生涯現役~波乱万丈の95年~」である。

 盛田稔。大正6年(一九一三)3月15日、七戸町に生まれる。満95歳。県立弘前中学校、官立弘高校、東京帝国大学(現東大)経済学部卒業。七戸中学校、七戸高校教諭。弘前大学野辺地分校講師、同助教授。青森短期大学教授。北里大学獣医畜産学部教授、青森大学教授を経て、昭和46年(一九七一)青森大学学長に就任。平成4年(一九九二)退任。21年間青森大学学長を務めた。現在、同大名誉教授。
 退任後は、県文化財保護協会会長、県文化振興会議会長、県史企画編集委員会会長等、青森県の文化振興、歴史研究に貢献。現在なお、県文化財保護協会会長等を務める現役である。
 shougaigeneki.jpg著書に、『日本人物風土記』(日研出版)、『地方史研究の現状』(吉川弘文館)、『青森県人名大辞典』(東奥日報社)、『角川日本地名大辞典』(角川書店)、『中世糠部の世界と南部氏』(高志書院)他多数。
 また褒賞は、青森県文化賞(昭和54年)、東奥賞(昭和56年)、青森県褒賞(昭和57年)、毎日出版文化賞(平成3年)、デーリー東北賞(平成14年)、瑞宝中綬賞(平成18年)、七戸町名誉町民(平成21年)他。
 盛田稔さんは、自らでしゃばり何かをやる人ではない。そのほとんどは請われて、その任についている。そしてきっちりとやり遂げてきた。
 今回も、超高齢にもかかわらず、山田学園を救うべき、理事長の任を引き受けた。すごい!!というほかない。

 7月中旬出版予定の自著『生涯現役~波乱万丈の95年』