首都圏とふるさとをつなぐ 東京=十和田

首都圏から/貧乏のどん底から東京に出て苦節40年

 今は一級建築事務所を経営

 ㈱ODA建設一級建築事務所代表取締役織田陸郎さん

odarokurou.jpg ふるさとを出て、首都圏で頑張っている人たちがいる。その一人が㈱ODA建設一級建築事務所代表取締役の織田陸郎さんである。
 織田さんは、昭和26年(一九五一)6月、旧十和田湖町奥瀬の、それこそ山奥の高森開拓に生まれた。
 しかし、開拓地は水田はできない。伐採した跡の木株だらけの畑作では、大豆や蕎麦、麦などしか採れなく、貧乏のどん底を極めた。
 そんな開拓地で生まれた織田さん、中学校を卒業すると、十和田市内の商店に勤めながら、夜は三本木高校の夜間に入り勉強した。
 あるとき、勤めていた商店の改築工事があり、それを請け負ったのが、ある一級建築事務所。その所長と懇意になり、所長はこれからは建築関係が伸びるよとアドバイスしてくれた。
 織田さんは、高校を卒業すると上京。工務店に勤めながら、夜は工学院大学専門学校で建築を学んだ。
 こうして苦労をしながら昭和57年(一九八二)織田さんは見事一級建設士の資格を取得した。
 しかし、会社は、織田さんが一級建築士の資格をとったからといって給料を上げてくれなかった。
 それじゃ独立しようと、同じ境遇にある仲間と二人で会社を立ち上げ、仲間は代表取締役社長に、織田さんは専務取締役となった。
 一生懸命に働き、会社は伸びた。給料も100万円近くになった。
 が、会社が伸びるにしたがって社長は、今日は付き合いのゴルフだ、今日は何々だといって仕事をしなくなった。
 同等で会社をつくったはずなのに、これじゃおかしいと、平成7年(一九九五)に、織田さんは再び独立、東京・練馬区に、㈱ODA建設一級建築事務所を立ち上げ、社長自ら率先して働いた。
 こうして現在は、社員5人、年商3億弱の㈱ODA建設一級建築事務所となっている。