カオルのざっくばらん対談

BUNKA新聞社30周年記念対談 2(下)

[カオルのざっくばらん対談]

伊藤一允&小笠原カオル(下)

あなたは退職して地域のために何をしますか

itoukazumitu.jpg 伊藤 私が歴史研究の道に入るきっかけは、下切田小学校にいたとき、小学校の100周年記念誌をつくるその担当になった。
 そのときPTAの役員のひとたちが私を引っ張り廻してくれた。
 今でこそ古文書を読めるけれども、そのときは全く読めなかった。そのとき感じたのは、地域の歴史がこのように古文書として残っている。しかし俺たちは読めないから、お前勉強して読んでくれよという、地域のひとたちの痛切な願いだったんです。
 そのことが私を歴史の道に向わせてくれたと思っています。もちろん私は、歴史教育者協議会という教師の会のサークルに入っていたので歴史に関心があったことも確かです。
 だけどそれは、日本という大きな枠の中での歴史であって、地域の細々とした歴史まで知るということまで目がいかなかった。それを見開かせてくれたのが下切田地域の父兄だったんです。
 小笠原 人生の転換期には、何かのきっかけなり、出会いがあるんですよね。
 伊藤 そうです。下切田でいろんな史料を集めたり、写真を撮った。そのころ『十和田市史』の編纂室があって、そこに工藤佑先生がいた。その史料を工藤先生に提供した。それでさっき話したように、『七戸町史』の教育編をやっていた和田四郎先生が倒れたから、代わりにやってくれといわれて盛田稔先生を紹介されたわけだ。
 小笠原 そのとき初めて盛田先生に会ったんですか。
 伊藤 盛田先生の講座は何回か聞いていたけどね。話をするのは初めてでした。それが『青森県地名大辞典』を書くきっかけになったわけだ。だから、そこまで行く道筋なり、きっかけがあるんだよね。
 小笠原 「ふるさとを歩く会」を10年間やって、延べ会員にすると100人ぐらいになるかね。その100人の中から、1人でも2人でも歴史に興味をもって、研究してくれるひとが出てくれればいいと思っていたが1人も出なかった。
 そんなこともあり10年でやめたけれど、今考えてみると、続けていれば良かったのかな。
 伊藤 あれはあれでよかったと思います。10年ひと昔といいますから、多分違った形でやって行かなければならなかったと思いますよ。
 私自身その後、古文書の解読会をやってきたし、歴史の十和田市民講座、これも8年目になる。これには40人ぐらい参加しています。
 小笠原 それは、「ふるさとを歩く会」からの発展と見ていいんですよね。
 私もね、「ふるさとを歩く会」の10年間を何らかの形でまとめたい。しかし、あまりにも範囲が広くてまとめようがない。そこで、70回の中から松浦武四郎が歩いた道にテーマを絞って、東正士さんと二人でもう一度松浦武四郎の道を歩いてまとめたのが『十和田湖はむかし信仰の湖だった 古道を歩く』(文化出版刊)なんですね。
 伊藤 だから一つの区切りがついたんじゃないですか。実はこの前(平成25年3月17日)南部町で、第1回南部学研究会というのが開かれたんです。
 小笠原 ハイ、新聞で見ていました。
 伊藤 斎藤利男先生(弘前大学教授)が記念講演をやったんですけれど、大変盛況でした。あの小さな町で400人集まったからね。
 十和田市から行ったのは私と、中野渡武信さんの二人だけだった。ところが(旧)天間林から皆で誘い合ってバス一台で来たというんです。それから七戸からも来ていたしね。十和田の2人はちょっと寂しかったね。
 地域で何かやろうとしたとき、皆に誘いかけ組織するだけの力量を持っているひとがいるかどうか、それが大切だと思うんです。
 あなたがやっているどんぐりの森・山楽校の川村清市先生(北里大学名誉教授)とか、小林裕志先生(北里大学名誉教授)なんかそうでしょう。
 小笠原 まさにそうです。「ふるさとを歩く会」をやめたあと、生涯学習まちづくり協会の福留強先生(聖徳大学教授)を知って、まちづくりのノウハウを学ぶために2年間東京に通い、まちづくりコーディネーターの資格をとったんです。
 じゃ、何をするかと考えたとき、北里大学の先生方はこの地域では最高の知識人である。変ないい方ですけれど、そのひとたちが、定年退職して悠々自適なんてもったいない。地域のために活用できないか。そう思って最初に声をかけたのが退職したばかりの和栗秀一先生(北里大学名誉教授)だったんです。
 それで和栗秀一先生に塾長になっていただいて「まちづくり塾」を立ち上げた。そのまちづくり塾で、生きた馬でまちづくりをしようということになって北海道から6頭の道産子(和種馬)を買って来て馬主協会をつくった。それが駒っ子牧場を管理することになって、今は指定管理者として駒っこランドを運営している。
 次にやったのが「どんぐりの森・山楽校」ですね。これも退職したばかりの川村清市先生に声をかけたら快く引き受けてくれた。今年で8年目になりますけれど、今はNPO法人として自然環境分野で様々な活動をしている。
 そして昨年、小林先生が退職した。小林先生もやはり、自然環境を守る「蒼星の森」を立ち上げ活動し始めた。
 退職して悠々自適ではなく、この地域のために何をするかだよね。
 伊藤 そこなんだよね。小林さんだってもともとここのひとじゃないんでしょう。
 小笠原 岩手です。
 伊藤 今あなたが話した北里大学の先生方って全部よそから来たひとでしょう。
 小笠原 そうです。
 伊藤 私だってもともとはここじゃないからね。
 小笠原 伊藤さんとは30年近いお付き合いになりますけれど、80歳という歳を聞いて正直なところびっくりしているんです。だって30年前と、ちょっと太ったかなと思う程度であまり変わっていない。むしろ先生をやっていた頃より忙しく活動している。
 伊藤 だからね、人生において大事なのは晩年で、退職して地域のために何をするかなんだよね。
 小笠原 全く大賛成です。盛田稔先生は今96歳。伊藤さんも80歳といっても盛田先生から見るとまだ16年ある。私は25年もある。
 伊藤 私は、これまで研究して来たことをテーマごとにまとめて出版したいと思っているし、まだまだやりたいことはたくさんあります。
 小笠原 伊藤さんとか盛田先生から見ると、私なんてまだまだ若造です。そういう先輩がいるから私も頑張れる。今後ともご指導よろしくお願いします。