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明治期の反戦詩人 大塚甲山のゆかりの地を訪ねる

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 東北町(旧上北町)出身の大塚甲山
 
ootukakouzan.jpg 明治期に活躍し、わずか31歳で夭折した大塚甲山。この間約1000編の詩、約1万句の俳句、約2400首の短歌を残している。
 その大塚甲山のゆかりの地をめぐる「甲山墓参の会」(白浜浩一会長)がこの夏に行なわれた。
ootukakouzan2.jpg 大塚甲山は、明治13年(一八八〇)に上北郡上野村(現東北町)で生まれている。
 その甲山が、21歳の若さで『俳句選第一篇』の選句を任されるなど明治30年代に活躍。詩では明治37年(一九〇四)に、日露戦争に対する反戦詩『今はの写しゑ』などを発表。以後1年間に145編の詩が『新小説』に掲載された。また、明治40年(一九〇七)には、短歌『燃ゆる火の胸の琴』250首を発表。その作品は坪内逍遥や森鴎外などからも認められた郷土の詩人である。
 一行は、大塚甲山の墓や生家、甲山が通っていた旧上野小学校跡、小川原湖畔にある記念碑などを訪れ、大塚甲山を偲んでいた。