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十和田市出身の テノール歌手 山内 政幸さん

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日本オペラの最高峰 80年の歴史を持つ藤原歌劇団
その団員に昇格した十和田市出身のテノール歌手 山内政幸さん

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 声楽家を目指すものにとってその最高峰はオペラ歌手であろう。声楽家を夢みて毎年何百人もの学生たちが音楽大学に進学する。しかし実際に声楽家として喰って行けるのはほんの一握りである。さらにオペラ歌手となると非常に狭き門である。
 日本オペラの最高峰、80年の歴史を持つ藤原歌劇団。このほど十和田市出身のテノール歌手山内政幸さんが、その藤原歌劇団の正団員に昇格。藤原歌劇団の本公演に役のある歌手としての出演資格を得た。藤原歌劇団のホームページに、所属歌手正団員テノール歌手として山内政幸の名前が掲載された。
 藤原歌劇団の正団員約200名、準団員約500名である。そして本公演となると、役を持って出演できる正団員は年間で30人、合唱団は40人程度である。
 藤原歌劇団は、日本オペラの先駆者である藤原義江(明治31年~昭和51年)が、昭和9年(一九三四)に日比谷公会堂でプッチニーの『ラ・ボエール』を上演したのが最初とされている。その後、昭和14年(一九三九)に歌舞伎座で藤原歌劇団と銘打って旗揚げ公演『カルメン』が行なわれた。以後、藤原歌劇団として活動してきたが、昭和56年(一九八一)に、日本オペラ協会と合併統合して、(財)日本オペラ振興会となり、「藤原歌劇団」の名称は、西洋オペラの公演事業名として残している。
 その藤原歌劇団の団員となると、声楽を目指す者にとっては憧れの的でもある。
 山内政幸。昭和49年(一九七四)5月、十和田市に生まれる。三本木中、八工大二高、昭和音大短期大学部、昭和音大声楽科卒業。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部マスターコース修了後、藤原歌劇団に入団、準団員となる。
 「両親共に音楽が好きだったことから、気がついたらピアノをやっていました」と語る。
 高校を卒業し、昭和音大短期大学部音楽芸術コースに入った。卒業のとき、ピアノと、副科の声楽のテストが行なわれた。
 そのとき声楽の先生から、あなたはピアノより声楽の方が良い。いい先生を紹介してあげるから、ぜひ声楽の道に進みなさいと薦められた。そして、同じ昭和音大の4年制の大学に入り直し、ここから本格的に声楽を学んだ。
 大学4年のときである。恩師である折江忠道先生が藤原歌劇団の団員でもあった。その公演『椿姫』を観に行った。その舞台に感激。よーし俺も藤原歌劇団に入るぞと決意した。
 人生は出会いである。こうして、日本オペラ振興会オペラ歌手育成部マスターコースを修了。修了と共に藤原歌劇団に準団員として入団。そしてこのほど団員に昇格した。
 今年は『魔笛』や『マクベス』での出演が予定されている。山内さん40歳。いよいよこれからである。