夢追人ニュース

アコーディオンを弾き歌い施設を慰問 81歳現役の 音楽療法・歌声指導者 藤田 みつさん

[夢追人ニュース]
現在でも「老健とわだ」「たかしずの森」など毎月十数ヶ所の施設を訪れる
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 「それでは皆さん『シャボン玉』を歌いましょうか。この歌は、作者の子供さんが生まれて7日目に死んでしまった。それを『シャボン玉消えた 飛ばずに消えた 産まれてすぐにこわれて消えた』と、シャボン玉に託して書いたともいわれています」と解説。アコーディオン弾きながら童謡や歌謡曲を歌う。
 入所者は、藤田さんのアコーディオンに合わせ、一緒に歌い皆笑顔になる。
 ここ、「グループホームたかしずの森」(水尻義樹代表)には18人の認知症認定者が入所している。入所者の平均年齢は85歳というが、81歳の藤田さんは、まるで入所者の娘かと思うくらい元気である。
 「これは自分自身のためだと思っているんです。おかげ様で健康で、今のところどこも悪いところないんです」と語る藤田さん。81歳になった現在でも、アコーディオンをかついで、十和田市や六戸町、おいらせ町など十数ヶ所の介護老人保健施設を、月15~16回休まず訪れている。
 アコーディオンの重さは約5㌔、それを胸に抱え、歌いながら30分間演奏するのである。81歳の藤田さんには相当の重労働のはずである。それを平成6年(一九九四)から20年間続けている。
 そのきっかけは、平成6年に十和田市役所から音楽のボランティアをやってみないかという打診があり、「老健とわだ」を訪れたのが最初であった。
 藤田みつ。昭和7年(一九三二)十和田市に生まれる。三本木小学校、三本木高等女学校併設中学校、三本木高校卒業。戦後の旧制から新制の6・3・3制に切り替わるときで、女子高の最後の卒業生である。
 三本木女子高校のとき長谷川芳美先生が音楽の先生として赴任して来て、先生から個人的にアコーディオンを教わったという。
 昭和25年(一九五〇)藤田さん高校を卒業した18歳のとき、助教として三本木小学校に入った。以来32年間教員として勤務。昭和57年(一九八二)に50歳を機に退職した。
 「若いころ、文化連盟というのがあって長谷川先生や、高橋幸男さん、土崎哲男さん、馬場ミツさん、亡くなった相馬和孝さん、三浦洋二朗さんらと、冬場に馬橇で泊りがけで農村慰問に歩いたものです。私の父は陸奥明(菅原都々子の父)の弟子だったもんですから、そんなことで泊まっても何もいわなかったんです」と語る。藤田さんは十和田市の戦後の文化運動の先駆者の一人でもあり、それが現在の活動の原点でもあろう。
 そして平成6年、藤田さん62歳のとき、音楽療法東北部会を立ち上げるとの情報を得て入会。月1回盛岡に通い、以来20年間、老健施設を訪れ音楽療法慰問を続けている。
 藤田さんは、この活動を続けるために、毎朝5時に起床。約1時間ウォーキング、そして温泉に入り、体型維持のために電気ローラーをかけてもらうなど、健康には充分に注意を払っている。歯は80‐20である。さらにママさんコーラスや百人一首などの趣味。若い人たちとの交流も欠かさない。