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十和田国立公園指定80年を控え十和田湖の復興を考える 

[ローカルニュース]
②十和田湖への観光客の入込数の変遷

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最高時334万人、現在は199万人と高時より135万人減少
 十和田湖への観光客がどう変わってきたのか、以下「青森県観光統計」より、その入込数を見てみよう。
 昭和30年代から始まる日本経済の高度成長。とくに昭和35年(一九六〇)に発足した池田内閣の所得倍増政策をきっかけに国民所得が増えるとともに、国内外の旅行者も増えた。
 昭和41年(一九六六)に全国農協観光協会が設立されレジャーとしての旅行が一般化されるようになった。十和田湖への観光客も増え、昭和52年(一九七七)には234万人と200万人を突破。平成2年(一九九〇)に311万人と300万人の大台を突破した。が、翌平成3年(一九九一)にバブルが崩壊。日本経済に陰りが見え始める。
 にも関わらず300万人台を維持。平成14年(二〇〇二)12月に、東北新幹線八戸駅が開業。その翌平成15年(二〇〇三)には334万人と、十和田湖観光の入込数が過去最高に達した。
 しかしそれもつかの間、翌平成16年(二〇〇四)より減少が続き、平成17年(二〇〇五)には291万人と300万人を割った。平成22年(二〇一〇)12月に新幹線新青森駅が開業。これで観光客が戻るのではないかと期待された矢先の平成23年(二〇一一)に3・11東日本大震災が勃発。その年は最高時の半分にも満たない161万人と激減、十和田湖観光は大打撃を受けた。
 翌平成24年(二〇一二)に多少は回復したものの199万人止まりで、最高時と比較すると135万人減少、最高時の約6割弱の入込数であった。
 
湖水まつり、国境祭、十和田湖冬物語は
 十和田湖の三大イベントである十和田湖湖水まつり、十和田湖国境祭、十和田湖冬物語はどうであろうか。
 夏に行われる十和田湖湖水まつりは昭和40年(一九六五)に始まった。
 県の観光統計をみると平成16年(二〇〇四)に7万5000人だったものが、平成24年(二〇一二)には4万1000人と、わずか8年間で半数近くの54㌫に激減している。
 秋に行われていた、青森、秋田、岩手の、3県の祭りが一同に見られる国境祭は昭和56年(一九八一)に始まり、平成23年の3・11東日本大震災で中止となり、以降行われていない。が、平成16年に8万5000人だったものが、平成22年には6万1000人と、6年間で約70㌫に減っている。
 冬のイベントとして注目を集めた十和田湖冬物語は平成19年(一九九七)に第1回が始まった。1ヵ月近く行われることもあり、平成16年に27万5000人だったものが、平成22年には21万4000人と、8年間で約6万人減っている。

ホテル、民宿、食堂、お土産店は
十和田湖畔で営業している、ホテル、民宿、食堂、お土産店などはどう変遷しているのか、十和田市観光推進課の資料から見てみよう。
 ホテル、民宿など
 平成17年(二〇〇五)に36軒あったホテル、民宿が、平成26年(二〇一四)には26軒と、9年間に10軒が休業ないし廃業に追い込まれている。
 お土産店、食堂など
 お土産店、食堂などはもっと深刻である。平成17年に41軒あったものが、9年後の平成26年には26軒と15軒が休業ないし廃業、率にして63㌫に激減している。
 以上のような状況から、休屋の目抜き通りは廃墟となった建物が目立ち、観光地としては甚だみっともない状況にある。
 どうしてこうなったのであろうか。次回からそれを検証してみたい。
 また、十和田湖の新しい魅力に注目し、業績を伸ばしている事業者もいる。それらをも同時に紹介して行こう。