BUNKA新聞社30年の歩み

2、『ミニ・シアター』に対する期待

[BUNKA新聞社30年の歩み]
『映画ニュース』(後に『ミニ・シアター』と改題)を発刊して1年、市民の長年の夢であった市民文化センター建設運動の高まりとともに、『ミニ・シアター』への期待が高まり、市民からの励ましの手紙が届くようになってきた。
 その一つを紹介しよう。

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 前略 突然のお手紙失礼申し上げます。
 私事、この度都合により四月より十和田市に転居致しました者でございます。茨城県は石岡という人口四万足らずの町に住んでおりました。人口比だけで考えますと当市と石岡はさほどの違いはありません。しかし十和田には沢山の緑、市内各所にある公園、運動施設等々立派な物が数多くあります。ではありますが、現在問題になっております文化センターなるもはないわけで(ないから検討委員会があるでしょうが)その議論百出なのでありましょう。
 『ミニ・シアター』10月号に、その経過が詳しく記載されていましたが、私も新十和田市民の一人として、なんとかこの気持ちを伝えたく乱筆ではありますがペンを執ったわけです。
 いやはや十和田の中央公民館、あるいは市民体育館でのそれぞれの催しでゴザひいて見る場所が用意されるのには驚いたり喜んだり(?)実に考えさせられたのであります。それがよく聞くと文化センターが出来る迄の御辛抱だとのこと。ところがそれが九九九席の大ホールを作るという、ア然としてしまいました。それにおまけにたっぷりで子供だましのように博物館だ、プラネタリウムだとゴテゴテついている。中心人物の顔をトクと見たいものだとつくづく思っているのです。まさに十万都市をめざす十和田市が、新渡戸伝の精神をここでへし折る大ハジを歴史に残すことになりましょう。
 (中略)
 もっともっと書きたいことがありますが、今回はこの辺でやめます。私にでも何かお手伝いできることがありましたらお知らせ下さい。微力ではありますが参加させて頂きたく思います。
      工藤 悦子拝
 小笠原カオル様
   昭和58年10月18日夜

 これは映画センター時代、文化センターの施設内容を検討している記事を見ての手紙である。今、読んでみるとちょっと過激ではあるが、こんな励ましの手紙がたくさん届いた。