カオルのざっくばらん対談

編集長の新春ざっくばらん対談

[カオルのざっくばらん対談]
大谷真樹(八戸学院大学学長)&小笠原カオル(BUNKA新聞社編集長)

 大谷真樹/昭和36年(1961)八戸市に生まれる。父が転勤族であったことから、父の転勤に伴い学校も、岡三沢小、三沢一中、三本木高校を経て五所川原高校卒業。学習院大学からNECに入りコンピューター関係の仕事に携わる。平成9年(1997)に市場調査会社㈱インフォプラントを設立。業界第2位の企業に成長させる。いわばIT成功者の一人である。
 その後、ふるさと八戸に戻り若い起業家を育てる「起業家養成講座」を開設。平成24年(2012)八戸学院大学学長に就任し現在に至る。

ootanimasaki.gif
 IT企業の成功者大学の学長となる

 小笠原 新年あけましておめでとうございます。
 大谷学長 おめでとうございます。
 小笠原 前回お話ししたのが2011年でした。
 大谷学長 あれから4年経っているわけだ。
 小笠原 早いですね。あのときは八戸大学総合研究所教授という立場でしたけれども100人の起業家を育て、青森県を日本の理想卿にしたいと語っておられました。
 そして2012年に学長に就任した。わっすごいなと思いました。まず若い、しかも教授からあがったというより、IT企業の成功者をよそから招いたという形なわけですよね。
 大谷学長 僕がすごいというより、僕を学長にした理事長の判断はすごいと思います。
 小笠原 確かにそれもあると思います。大谷さんを学長に招いたということは大学を変えたいという理事長の強い思いがあったからだと思うんですが、大学をどの様に改革したんですか。
 大谷学長 学長の任期は一期3年で今年の3月で一期目終了ということになりますが、3年の割にはいろいろできましたね。
 小笠原 どんな改革をなさったんですか。

 大学を改革する

大谷学長 まず最初にやったのは学校名変更です。
 前は八戸大学でした。その八戸大学と同じ学校法人の中に光星高校という全くイメージが合致しない高校がある。これを八戸学院にすることによって、八戸学院大学と八戸学院光星高校にした。これには諸先輩方、OBなどから相当反対意見がありました。
 小笠原 光星高校というと野球では全校的に有名ですからね。
 大谷学長 最初は八戸学院大学、八戸学院高校にする予定だったんですけれども、光星の名前を何故消すんだという猛烈な反対がありました。
 そこで光星という名前がテレビとか新聞に出たものをコマーシャル効果として計算してみたら23億ぐらいになったんですね。
 ところが光星高校に地名がついていない。全国のひとにはどこにある高校なのかわからない。八戸の名をあげたいのでということで説得して八戸学院光星高校にしたんです。
 全国のひとには八戸をはっととかいってはちのへと読めないひとが多い。八戸せんべい汁もそうですけれどもお陰様で八戸の知名度があがってきました。
 野辺地西高校も八戸学院野辺地西高校にした。
 小笠原 野辺地西高校から私たちどんぐりの森・山楽校では毎年熱気球を借りて打ち上げています。
 大谷学長 あ、KGマークのね。
 小笠原 そうです。
 大谷学長 僕は真っ先にやりたかったのがこの校名の変更だったんです。これが改革の第一段階です。
 第二段階は教育改革です。
 これまでの大学はうちだけじゃありませんが大学の教育ってむかしながらの研究者中心の世界だったんで、もっと実学というんでしょうか、地域が求める人材、地域に貢献できる人材を育成していくという方向に変えました。もちろん先生方は研究するのは構わないですよ。ですが私たちはどんなに頑張ったってノーベル賞を狙うような研究機関ではないですから、そういうことでカリキュラムを見直したんです。
 三つ目の改革は輝く女子をたくさん出そうです。
 それまでうちはサッカー、野球という男子スポーツが中心でした。ま、強いからいいですけれどね。中学校や高校で活躍している女子スポーツ選手が本格的にやりたいとなるとみんな中央に行っちゃうんですね。もったいないですよ。そこで女子スポーツを強化しようということで、一昨年から女子サッカー部をつくりました。
 小笠原 そうですよね。昨年なでしこジャパンに選ばれた十和田市出身の小原梨愛選手は地元の中学校を卒業すると、女子サッカーの強い常盤木高校(仙台)に行きましたからね。
 大谷学長 女子サッカー部は県内ではうちと弘前大学だけです。監督はスペインのプロを呼びました。
 小笠原 すごいですね。本格的ですね。
 大谷学長 女子サッカーは千葉学園とかにやっているひとがいるんだけれども、いい選手は東京に行っちゃうし、そうでないひとは折角高校までやっていながら大学にないからやめちゃうんですね。
 あとは陸上部はあったんですけども、その中に女子駅伝チームをつくりました。これは全国を狙っています。今短大を含めキャンパスが学生1000人のうち半分の500人が女子となり、だいぶ華やかというか活気がでてきました。
 同時に行ったのがマスメディア戦略です。かなり意識的に新聞に載せていただきました。その他地域でサッカーや野球教室もやりました。地域貢献ですね。校名変更のあと「八戸学院」という名前が結構新聞に出るようになりました。以前よりかなり増えていますね。
 これまでは光星高校が新聞に出ても大学とはつながらなかった。今では光星高校はもちろんですが大学も幼稚園もすべて頭に八戸学院とつきますから、中身が変わっていなくても露出度がすごく増えたようなイメージになりますよね。ニュース、イコール信頼ですからね。フェースブックも各部活ごとに設けて、試合結果はリアルタイムで発信するようにしています。これがマスメディア戦略です。
 それともう一つ僕が所長をやっていた総合研究所がありましたよね、あれを地域連携研究センターに改組しました。
 それまでは行政の委託、役所から仕事をもらって調査とか請負の事業が多かったんですが、それを提案型、問題解決型の組織に変えた。産学連携の窓口ですね。そのセンター長を僕が兼務している。
 その中の成果として大学発の健康プログラム。運動メニューとか、食事指導、生活習慣メニューなどを行っています。
 これはハーバード大学で開発した着ているだけで代謝が上がって痩せるというハイブリッドウェアです。これをモニターで1ヵ月実験したら4・4㌔体重が減った。体脂肪も3・5㌫落ちた。その中での食事メニューは、夜は炭水化物を軽めにしましょうとか、朝はなるべく生の野菜や果物にしましょう、白米でなく玄米にしましょう、肉よりは魚、魚よりは野菜にしましょう、1日たくさん水を飲みましょうとか、そういうアンチエイジング的なアドバイス、指導も全部入っている。

 アンチエイジング

 小笠原 このハイブリッドウェアは熱を逃がさないようにするとか?
 大谷学長 これは遠赤外線を出す塗料が塗ってあるんです。これを運動のとき着ると汗がすごいです。
 このハイブリッドウェアと食事メニューのプログラムを組み合わせで販売している。これまでは大学は研究機関で商売するということは考えられなかったんですが、近大マグロ(近畿大学)とか、大学がサービスを開発する時代です。青森県でいえば短命県返上のサービスとかね。それに関係するものをやろうということで、この前、五戸まきば温泉で断食プログラムを行ったんです。
 小笠原 ハイ、新聞で見ていました。
 大谷学長 三泊四日でこれまで3回やったのかな。平均2・3㌔落ちて、ま、落ちるのは水分だけだと思いますけれど、食習慣とか運動習慣とか気づきが出てくれればいいと思います。
 来年は禁煙プログラムをやろうと思っています。
 小笠原 今日ね、先生からお聞きしたいこと幾つか準備してきたんですけれどね、
 大谷学長 僕が勝手に一方的にしゃべって、
 小笠原 いや、そうじゃなくてね、私が今日ここに来て先生から聞きたかったこと、お話ししたかったことが全部含まれています。
 まず一つは発信力ね。さすがIT企業の成功者だと思いますね。こんなに発信している大学の学長なんて少なくても県内ではありませんよ。ヒルクライムっていうんですか学長自ら自転車に乗ってね。
 大谷学長 あれも体を張った広報です。
 (笑い)
 小笠原 私は新聞に載った先生の記事を切り抜きしているんですが結構多いですね。私はそれを見て勉強させていただいているんです。
 それから健康の面では、私がBUNKA新聞社の30周年記念に出したこの『実践的アンチエイジングの法』ですね、
 大谷学長 ハイいただいております。
 小笠原 私もアンチエイジングで、先生が今おっしゃった玄米と野菜を中心として1日一食で、
 大谷学長 一食ですか、
 小笠原 ハイ、でも酒が好きで、夜は晩酌しますからね。
 大谷学長 僕もね、我慢はストレスになるから良くないから、禁酒はやめてお酒はほどほどにしています。
 小笠原 でも、飲むといっても、納豆とか野菜、ヨーグルトを肴にして、赤ワインを健康飲料として飲んでいます。
 大谷学長 ポリフェノールですね。
 (笑い)
 小笠原 そうです。常にアンチエイジングを意識した食生活をしています。
 大谷学長 僕もね日本抗加齢医学会に入っているんでいろんな情報が入ってきます。本当は青森県ってアンチエイジングの食っていっぱいあるんですね。
 小笠原 そうなんですよね。それなのに全国一の短命県である。何故?今は長寿日本一になった長野と、かつて長寿日本一であった沖縄と比較してみるとわかるんですが、沖縄が日本に返還される国政参加選挙(昭和45年)のとき私は1ヵ月間パスポートを使って仕事で沖縄に行っていました。そのとき沖縄が女性も男性も寿命は日本一でした。それが今は女性は何とか第3位に留まっていますが、男性に至っては平均以下の第30位(平成25年)です。これは確実に食生活の変化です。結局は健康に対する意識の問題なんですね。
 大谷学長 本当の沖縄料理を食べると塩がほとんど入っていない。それと海藻類ですよね。今はアメリカ化して肉類が中心です。それが短命の原因ですよ。

 青森県の豊かさを発信する

 小笠原 それと私は先生からぜひご教授いただきたいと思っていたのは、BUNKA新聞社がお陰様で一昨年(平成25年)創立30周年を迎えました。と同時にこれからは新聞もネットの時代だと思いまして平成24年(二〇一二)に「ネット新聞夢追人」を発刊しました。そして満3年経った昨年暮れのアクセス数が23万4000件を超えました。それもアクセス数の一番多いのは東京で全アクセスの約32㌫と三分の一を占めています。
 大谷学長 それは県出身者ですか。
 小笠原 いやそうじゃないと思います。何故なら第2位は青森県ですが第3位は大阪、第7位は北海道、第11位は福岡、第12位は兵庫、第13位は京都ですからね。その中で、東京、埼玉、千葉、神奈川のいわゆる首都圏で約42㌫と全アクセス数の約4割を占めています。
 こ「のネット新聞夢追人」は、十和田という東北の片田舎から発信して、それを全国のひとが見てくれている。そのネット新聞を今後どのように発展させて行けばいいのか、先生にぜひご教授願えればと思います。
 大谷学長 むかしは地方は物理的な距離とか情報格差とか不利な要素がたくさんありました。が、今は地方も首都圏も情報の格差がほとんどない。地方に得られる情報と首都圏に得られる情報に時間差はない。むしろ地方の方が有利な要素がいっぱいある。今、逆転現象が起きている。
 ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)とか、生活面で首都圏で暮らすより地方の方が豊かに暮らせる。豊かさの基準が変わってきてる。むかしは県民所得や月収だという基準から変わってきている。
 特に青森県の豊かさは群を抜いている。海あり、山あり。海も4つでしょう。太平洋、日本海、津軽海峡、陸奥湾と、4種類の違う海を持っているというのは日本では青森県だけです。海から1時間も行けば山がある。海の幸、山の幸がある。津軽は米とりんごしかないけれど、県南、十和田地域には多種多様な野菜や果物がある。全国の地方都市を歩いているんですが、こんなに環境的に恵まれている地域ってそうないですよ。それを青森県人は気づいていない。あと温泉だってすごいでしょう。八甲田を中心に20㌔県内に様々な泉質の温泉がある。
 小笠原 そうです。十和田市の中心部から15㌔圏内、車で10分~20分のところに街中温泉が50ヵ所ある。これらは公衆浴場料金の390円で温泉に入られる。私も家に風呂はあるんですけれどもほとんど温泉です。
 大谷学長 そうでしょう。そういう食、観光、環境などの地域資源がたくさんあるということです。
 小笠原 なるほど、青森県のそういう豊かさを発信するということですね。

 4年間で17社誘致1200人の雇用を生む

 大谷学長 あと人材そのものもいいです。今日も午前中ヤフーが来ていて、今ヤフーの社員が250人ぐらいですが、それくらいの雇用が生まれている。みんなまじめでいいと本部長が来てお誉めいただいたんですけれども、人が良くて食が良くて環境が良くて、発信できる情報ってなんらひけをとらない。これらは圧倒的に地方が有利です。
 僕は4年前に「青森県を日本の理想郷にしたい」と話しましたよね、
 小笠原 ハイ、そうです。
 大谷学長 そのとき僕が雇用したのは20人でした。それが今は1200人です。
 小笠原 というと?
 大谷学長 僕がまだ大学に関わる前に自分の会社のIT事業部門を20人でスタートしました。それが今は250人になっています。それが引き金になってそれから17社を企業誘致したんです。僕が第1号になってその他ヤフー、マネックス証券とかいろんなカタカナのIT企業を誘致して、そこで働く社員が1200人ということです。
 小笠原 それがここ4年で八戸市に誘致した企業ということですか。
 大谷学長 そうです。
 小笠原 すごいですね。
 大谷学長 みんな口を揃えていうのが、青森県人はみんな真面目で優秀ですというんです。
 小笠原 こういうIT関係の仕事はどこにいてもできますから、大切なことはいい人材がいるかどうかということですね。
 大谷学長 そうです。僕が目指したことがやっと数字に表れて、実績になって今日来た企業も大学と提携したいということでした。大学と連携、産学連携して地域の人材を育てる、そういうことを企業も今考え始めている。それが今後の大学の在り方だと思っています。
 小笠原 私もネット新聞で人や環境など、十和田のいいものを発信してきた。それが「ネット新聞夢追人」のアクセスが首都圏がトップであるという理由がわかりました。
 大谷学長 これからは青森県の時代ですよ。ヤフーのトップニュースってヤフーの頁があるんですが、これは八戸にニュースカンパニーという部署があって、そこで作っているんです。
 小笠原 えっ、八戸から発信しているんですか。
 大谷学長 そうです。
 小笠原 それはすごいですね。先生とお話ししてBUNKA新聞社の今後の方向も見えてきたような気がします。私は今年73歳になりまして、今年度からBUNKA新聞社の代表を息子に譲りました。
 来年は十和田湖の国立公園指定80周年なんですが、県からの要請もあり、そちららの方にも関わることになりました。奥入瀬渓流の道は明治36年(一九〇三)に開かれたんですが、それまでの十和田湖へ行く道大変険しい山道を通って行ったんですね。今年はその古道を復活しようと思っております。
 それともう一つ、十和田市が新渡戸伝による稲生川の開削によって発展してきたんですが、伝の息子十次郎がもう一本開削しようとして未完に終わった穴堰があるんです。今年はそれをも復興しようと思っています。
 大谷学長 そりゃ楽しみですね。
 小笠原 それらを含め今後とも先生のご教授を願いたと思っております。今日はお忙しいところ貴重な時間を大変ありがとうございました。