BUNKA新聞社30年の歩み

8、芸術文化によるまちづくり

[BUNKA新聞社30年の歩み]
 ①民話フェスティバルから市民ミュージカルへ

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 昭和61年(一九八六)5月、十和田市文化関係者待望の十和田市民文化センターが開館した。それは昭和36年(一九六一)、当時の文団協(現文化協会)が文化センター(当時は市民会館)の建設運動を掲げてから実に四半世紀25年ぶりの待ちにまった文化センターの開館であった。
 初代館長に就いた今純一郎氏は、文化センターは条例上は貸館であるが、十和田市民文化センターは文化を育てる場であるとし、市内の事業者から資金をつのり「文化振興基金」をつくった。この資金をもとに楽器を買い十和田フィルハーモニー管弦楽団や、ジュニアオーケストラ十和田、混声合唱団、少年少女合唱団、こども劇団、など、市民がサークル活動としてはできないものを、行政が金を出し、市民が運営するという形でつくった。
 この十和田市民文化センターの開館で、文化の砂漠といわれていた十和田市文化の勃興が始まる。
 文化センターが開館して3年ほど経ったころ、文化センターの担当者から、「そろそろ市民の手で何かやらないか」という話があった。私の頭にあったのは岩手県遠野市の「民話ファンタジー」であった。
 そこで劇団の関係者ら数人で遠野市の「民話ファンタジー」を観に行った。そして私が実行委員長となり十和田民話フェスティバル実行委員会を立ち上げた。
 こうして平成2年(一九九〇)、十和田湖伝説を題材に私がシナリオを書き、第1回とわだ民話フェスティバル『八郎太郎とばっこ石』が上演された。この民話フェスティバルは地元に伝わる伝説や民話を題材にし子どもからお年寄りまで参加する舞台劇である。私はこの第1回と第3回のシナリオを書かせてもらい、民話フェスティバルが市民ミュージカルに発展。以後十数年続き、新聞やテレビなどでも取り上げていただいた。
 これが私の文化でのまちづくりの最初であった。
 が、そのときはまだ、文化でのまちづくりのはっきりした理念を持っていなかった。

 ②全国生涯学習まちづyくり協会福留強氏に出会う
 そんなとき私に送られてきたのが、秋田にある民族歌舞団わらび座(当時)の機関紙月刊『わらび』の平成7年(一九九五)4月号であった。
 この号の特集は「芸術文化によるまちづくり」であった。それには同年2月にわらび座で「芸術・文化によるまちづくりフォーラムin田沢湖」が行われた。そのフォーラムの基調講義は、福留強氏(当時/全国生涯学習研究センター所長・九州女子大教授)による「芸術文化によるまちづくりの可能性」で、福留氏は芸術文化によるまちづくりとは何か、そして芸術文化によるまちづくりの例を紹介していた。

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 一瞬、目の前が明るくなった。あ、俺が今までやってきた「ふるさとを歩く会」や「ふるさとコンサート」、「民話フェスティバル」、「市民ミュージカル」は、文化芸術によるまちづくりの一貫だったんだということに気づかされた。そして平成10年(一九九八)に、BUNKA新聞社の方針の一つに「文化でのまちづくり」を掲げた。
 私は十和田市文化協会の事務局をしていた。文化協会に文化でのまちづくりを提案。文化協会では文化でのまちづくりの先進地、高校生を対象に「写真の甲子園」を行っている北海道東川町、野外彫刻美術館「石神の丘美術館」がある岩手県岩手町、民謡『ドンパン節』発生の町で「ドンパン節」でまちづくりをしている秋田県大仙市などを訪れた。
 それでは十和田市では何をやろうかと役員会で討議。ちょうど十和田市文化協会が創立40周年の節目であったということもあり、その記念事業の一つとして、全国から短歌、俳句、川柳の短詩型文学を募集して、その入選作を「日本の道百選」に選ばれた作品を官庁街通り石に彫り埋め込み、光と風のアートプロムナード「野外文芸館」づくりをしようと決定した。「野外文芸館」が10年間続き、現在官庁街通りに短歌、俳句、川柳の作品が161基が埋め込まれている。これが私が意識して取り組んだ最初のまちづくりである。と同時に、十和田市文化協会創立40周年記念誌として『十和田市文化運動史』(平成10年)を上梓した。
 文化センター開館から12年。それまでの十和田市は津軽選挙と並び称される政争の激しいまちとして有名であった。が、文化の高まりと共に不思議とそれが影を潜めてしまった。
 私は、平成9年(一九九七)より十和田市民大学の企画運営委員をしていた。その講師に福留強氏をはじめ、日本ふるさと塾主宰・まちづくりプランナーの萩原茂裕氏、下田町のジャスコ誘致に係った大阪産業大学の紺野修平教授など、まちづくりの講師を招聘し、まちづくりのノウハウを学んだ。同時に、福留強氏が主宰する全国生涯学まちづくり協会に入会。2年間通い、論文が認められまちづくりコーディネーターの資格を取得した。

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