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十和田湖の観光を変える「NPO十和田湖未来」を設立

[夢追人ニュース]
 来年は十和田湖国立公園指定80周年 今、十和田湖の観光がる
 観る観光から体験する観光へ・通りすがる観光から滞在する観光へ
 十和田市、十和田湖、小坂町(秋田県)の有志が集まり結成

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  青森県の象徴でもある十和田湖。今、十和田湖のメーンストリートはホテルや土産店の廃屋が立ち並び、中央の雑誌に「破壊寸前の十和田湖観光」と書かれるほど大変な状況になっている。全国28ヵ所ある国立公園の中でこんなひどいのは十和田湖だけである。
 然も来年は国立公園指定80周年を迎える。世界に誇る美しい湖十和田湖はこのままでいいのか。これを民間の力で何とかしようと、「十和田湖は一つ」をスローガンに、観る観光から体験する観光へ、通りすがる観光から滞在する観光へと、従来の観光の形を変えようと、十和田市、十和田湖、秋田県小坂町の有志が立ち上がり設立したのがNPO十和田湖未来(小笠原カオル理事長)である。
 果たして、「NPO十和田湖未来」が目指しているように十和田湖の観光の形を変えることができるのであろうか。
 まず、十和田湖はもともとは観光地ではなかった。観光地となったのは、昭和30年代の経済の高度成長期からであり、もう少し遡れば国立公園指定となった昭和11年(一九三六)からということなる。
 それでは十和田湖は何であったのか。子ノ口の三叉路の角に元禄の碑がある。これは今から322年前の元禄6年(一六九三)に南部の殿様が五戸の代官に命じて十和田湖への参詣道を造った道路の工事碑である。そう、十和田湖は江戸時代の昔から開けた信仰の湖であった。
 また、和井内貞行が大変な苦労の末十和田湖にひめますの養殖に成功した。その話が映画になり、小学校の教科書に載り十和田湖は全国に知られるようになった。
 NPO十和田湖未来は、十和田湖の原点に戻り、十和田湖を湖や奥入瀬渓流といった狭い範囲でとらえるのではなく、明治36年(一九〇三)に奥入瀬渓流の道が拓ける前の古道を復活するなど、十和田湖を中心とした観光資源をすべて活用する新しい観光開発である。十和田湖の新たな観光復興である。それが左図の観光メニューである。
 出来るかできないか。大間町「あおぞら組」組長の島康子さんがいっているように「理屈こねる前に、まんず動け」という。