杉本佳築子物語 夢かぎりなく

21、大型店への挑戦

[杉本佳築子物語 夢かぎりなく]
2、巨大なビル建設で逆転へ

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通称三十番と呼ばれた十和田観光電鉄の中央のバス停と、後ろのビルはすぎもとショッピングセンター(「県南新聞」より)

 翌昭和55年(一九八〇)県南新聞5月30日号に次のような記事が載った。
 地元資本踏んばる!!サンプラザ六億円の増資、すぎもと十五億円の新店舗
 オープン四年目を迎えたサンプラザホテルは、このほど隣接地のみどり屋旅館、約百五十坪の買収に成功、早ければ年内にもホテルの充実に着手する。一方、松木屋・亀屋の大型店進出以来、鳴かず飛ばずだった「すぎもとショッピングセンター」が、電巧堂、四丁目のバス停も包含した市内最大の店舗建設を明らかにし、内外から注目を浴びている。
 80年代は攻めの経営 すぎもとショッピングセンター巨大なビル建設で逆転へ
 「すぎもとショッピングセンター㈱が六月四日、十和田商工会議所一階ホールで店舗新築説明会を開催する。
 六階建て、売場面積三千六百坪、総工費十五億円という市内最大の店舗を計画しており、亀屋、松木屋の既存の大型店と真っ向から勝負に出たものでその成りゆきが注目されている。
 店舗設置者は、四丁目中央停留場の地権者である七戸町盛田喜平冶氏、電巧堂の地権者芝宮輝子氏、そして、杉本商事株式会社(杉本きみ社長)の三者となっている。
 鉄筋コンクリート六階建て、総工費十五億円、年商目標三十九億円(直営のみ)、従業員百七十人。
 計画概要の一部を紹介したが、既存の松木屋、亀屋と比較すると、
◇松木屋
 売場面積 四五〇〇㎡
 従業員  一二〇人
 年商   二十億円前後
◇亀屋
 売場面積 五五〇〇㎡
 従業員  一三〇人
 年商   二十五億円
 今度のすぎもとショッピングセンターの売場面積は一万二千平方メートル(直営分)なので、現在の松木屋二・五倍のスペースに相当する。
 しかも市の一等地である四丁目交差点の中央停留場と電巧堂を抱合した一大ビルになるので、既存の大型店にとっての脅威であろう」
 亀屋、松木屋が進出するまでは十和田市で一番の小売店であったすぎもとショッピングセンター。大型店を目指すのであれば、やはり十和田市一を目指したいというのが当然である。それがわずか4ヵ月後の変更であったろう。
 この計画では、従来のすぎもとショッピングセンターの敷地の他、その北側の電巧堂及び、通称三十番と呼ばれていた十和田観光電鉄の中央のバス停も含まれている。中央のバス停の地権者盛田喜平冶は盛喜と呼ばれた杉本正一社長の生家である山松と同じく、七戸町のかつての豪商であった。そんなことから、借地については同じ七戸人ということもあり盛喜は快く引き受けたのであろうと思われる。
 電巧堂の建物は現在も残っており、今は十和田電鉄観光社が入っている。中央のバス停の跡地にはスーパーホテルが建っている。
 ともかくもすぎもとショッピングセンターはわずか4ヵ月で計画を大幅に変更した。もちろんその計画の中心になったのは正太郎専務である。しかし県南新聞に載った敷地利用図では、バスの停留場を1階にとってあるものの、すでに車が一家に一台という車社会に突入しているにもかかわらず車の駐車スペースが見当たらない。
 が、商調協の審議がなかなか進まない中で、正太郎専務の近いところで働いていた竹中美子さんに、専務が、
 「これからは車が一家に二台、三台の時代が来る。当然駐車場がなければならない。大型店は郊外に出来るだろう。そうすると街は空洞化する。街は年寄りが多くなる。バスの本数が少なくなる。街がドーナツ現象になる。大型店への反対は自分で自分の首を絞めることになる。これからは駐車場を広く取らなければならない」と話していたというから、当然駐車場のことも考えていたであろう。と同時にその後の中心商店街の推移をみると、正太郎専務はずいぶん先を見通していたことになる。
 商調協の審議が遅々として進まないのは、地元商店街の委員の強い反対があったからである。
 その翌昭和56年(一九八一)の1月30日号の県南新聞に次のような記事が載った。
 すぎもとショッピングセンター いよいよ売場面積の審議へ 大詰めの商調協  
 「十和田商業調整協議会では、昨年九月から『すぎもとショッピングセンター』計画書に検討を加えていたが、いいよ二月二日から売場面積の審議に入る。
 (中略)
 事務局では『二月は二、三回、三月中旬までには結審の予定』と語っている。
 商調協の審議待ちであるすぎもとショッピングセンターの杉本正一社長は、『三月に結審になれば、うちとしては設計期間と工事期間を考えると、早くて十一月末か十二月のオープンとみている。商調協の結論がどのように出るか全く予測がつかないので、今はじっと待つしかない。うちの場合はテナントには地元企業の方々に入ってもらう予定なので、大幅カットになればそちらの方に迷惑がかかるかもしれない。建物はお客様に便利になるように、せいぜい四階位にしたい』と以上のように語っている」
 すぎもとショッピングセンターは地元商店として果敢に大型店化に挑戦したものの、当時の状況下でその想いは商調協に大きく左右される結果となっていった。