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日本最初の女性だけの流鏑馬「桜流鏑馬」を創出した中野渡利彦さん

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 第20回ふるさとイベント大賞「内閣総理大臣賞」を受賞した女性だけの流鏑馬「桜流鏑馬」を創出した、十和田乗馬倶楽部会長の中野渡利彦さん。桜流鏑馬創出にはこんな秘話があった。
 中野渡さんは現在74歳(昭和17年3月生まれ)、馬を始めたのが50歳を過ぎてからである。中野渡さん50歳のとき同級生がガンで亡くなった。それは衝撃であった。このとき中野渡さんは、俺もこんな歳になったのか。人間はいつか死ぬ。ならやりたいことをやって死にたい。何かやり残したことはないだろうかと思った。
 ちょうどその年にバルセロナオリンピック(一九九二)がありスペインに行った。そのバルセロナで見たのが騎馬警官であった。午年生まれで馬に興味があった中野渡さんは騎馬警官のあとをついていった。そして厩舎に行くと、そこで障害者たちが馬に乗っていた。障害者が馬に乗る。それは驚きであった。
 帰国し、日本で障害者乗馬をやっているところがあるかとNHKに電話をしたところ日本障害者乗馬協会を紹介された。
 その会議に参加すると何やらもめている。そのもめごとの解決を提案したところ、「中野渡さんぜひ会長をやってくれ」といきなり会長に押された。同時に北海道より和種馬5頭を購入。こうして中野渡さんは同協会の会長として、全国障害者交流乗馬大会を開催。十和田市でも第3回(平成7年)及び第7回(平成11年)全国障害者交流大会を開催している。
 しかしここで一つの疑問がわいてきた。選手が腰を悪くするのである。馬による様々なスポーツの盛んなフランスに行ってみると、馬に立って乗っていた。日本で馬に立って乗るのは流鏑馬しかない。こうして中野渡さんは、平成13年(二〇〇一)の第1回駒まつり(現駒フェスタ)で十和田市で初めて流鏑馬を披露。第3回駒まつりから流鏑馬大会を開催した。
 一方、中野渡さんの後を継いだ娘の上村鮎子さんは、正式な日本の伝統的流鏑馬を覚えたいと盛岡八幡宮の南部流流鏑馬に弟子入りをした。が、氏子から流鏑馬は神事であるから女性がやるのは何事かとクレームがついた。同じく小笠原流の弓馬術(流鏑馬)からも女性はやってならんとクレームがついた。
 それなら伝統とは関係なく新しい女性だけの流鏑馬をやろうと平成16年(二〇〇四)に第1回桜流鏑馬を行った。父が桜流鏑馬を創出し、娘がそれを昇華させた。それから12年、見事ふるさとイベント大賞のトップあるで総理大臣賞を受賞したのである。
 中野渡さんは、
「今後流鏑馬人口が増えるでしょう。流鏑馬競技連盟では和種馬を使うと規定している。その流鏑馬で使う和種馬を育てる。これが私のこれからの仕事です」と語る。

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 父は桜流鏑馬を創出し娘がそれを昇華させた。中野渡利彦さんと娘の上村鮎子さん(桜流鏑馬受賞祝賀会於)