カオルのざっくばらん対談

真実を隠すことはその人に対する人権侵害だ

asinoyosikazu3.jpg 蘆野 ですから在宅療養、在宅看取りのシステムづくりが、今、始まったのです。私たちは、病院も、地方自治体も、国も、そして国民も、それを実行していかなければならないのです。
 小笠原 つい最近までは、がんが見つかると、それを患者に告知するかしないかということが問題になったように思うんですけれど、人間の一生を考えたとき、病気になったならなったで、自分の一生をどう終るかということが非常に大事だと思うんですね。
 たとえば、あなたはあと3ヵ月の余命ですといわれたとき、最初はショックでしょうが、やっぱりその残された3ヵ月をどういきるかということを、当然ながら考えますよね。
 蘆野 私たちは、基本的にはその人の生き方をどう支えていくかを考えて、その人に合った支援を提供していく。それは家族に対しても同じです。
 私たちもいつかは死ぬわけで、それも、がんで死ぬ確立がだんだん高くなっています。現在、半分以上の人ががんにかかっています。歳をとると、当然長生きした結果がんが出てくるんです。
 そのがんが出てきたとき、どう生きていくかということを一人ひとり考えていかなければならない。
 それを考えるにしても、人はどう生きたかという話を聞いたり、見たりする方が色んな生き方ができるわけです。
 そういう多様な生き方を積み重ねることが文化につながるわけです。
 がんであること、それが治るのか治らないのか、あるいは余命がいくらかということを、わかっていればちゃんとお話しをして、その人の生き方を皆で支えていくことが重要なのです。正しい情報を伝えず嘘の情報を伝えることは、その人の人権を無視することになります。問題は、伝える、伝えないではなく、伝え方なんです。

人間は必ず立ち直る力を持っている

 悪い知らせを、どのようにその人に伝えるかが重要になってくるわけです。
 人間は必ず立ち直れるんです。どんな悪いことがあっても、たとえば小笠原さんも、人生に煩悶をきたし流浪の旅に出たり(笑い)、色んなことがありましたよね。落ち込んだからといって、悪いことがたくさんあったからといって、死んでいるかというと、確かに自殺する人もいますけれども、結構みんなしっかり生きているんです。
 多くの人は、今までいいことばっかりがあったんじゃない。その人たちが事実を受け止めて立ち直ってきたからこそ生きているんであって、人間は必ず立ち直るんです。それが人間の姿なんです。そのことを信じることが大切なんです。この人がこんなことをいったら落ち込むだろうなというのは、その人に対する冒涜なんです。

10万人に医師に対する緩和ケア教育が始まっている

 ただし、早く立ち直ってもらうためには 伝え方が大事なポイントになります。
 がんに携わる医師が全国で約10万人といわれていますが、今その医師に対する緩和ケアの教育を行なわれようとしています。
 その中で重要視しているのがコミュニケーションの技能です。話す相手に対して悪い知らせをどう伝えるか、今その教育を行っているわけす。
 大事なのは対話の仕方です。〃告知〃をするしないという議論をする時代ではなく、どう対話するか、早い立ち直りを皆で支援していくことが、今一番必要とされているわけです。
 そのためには、いくつかの対話の重要なポイントがあるわけで、それを医師に教えている状況です。
 大事なのは、がんであるとか、たとえば治らないということを告知するしないという問題ではなく、どのようにして本人が理解できるように、暖かみのある言葉で、正確な情報を伝える技能を修得することです。
 小笠原 むかしであれば、あなたはがんで、あと3ヵ月の命ですよということを告知するかしないかという、そういう水準ではなく、がんというのはどういう病気で、現在どこまで進行しているかという正しい情報を伝えるということですね。
 それと、先生は文化だといったのは死生観の問題ですか。

看取りは日本の文化だ
 蘆野 たとえば、在宅医療をすすめ、自宅で看取りをすすめる場合、病院から追い出されると誤解している方がいるのですが、むかしはみな家族が集まり家で看取りましたよね。
 ところが現在は、家で看取らない時代になった。死というものを病院に閉じ込めているわけです。医療で覆い隠しているわけです。これは実は大変なことなんです。
 むかしは、地域の中で、近所の人や親族や家族が、大切な人を囲んで看取っていたのです。これがむかしから受け継がれてきた大事な文化でもあるわけです。
 このような看取りの中で、た人が集まり、お盆や正月という儀式ができてきたわけです。それが今壊されつつある。
 小笠原 昨年、大ヒットした映画『おくりびと』はまさにそれですね。
 蘆野 最近は「最後は自宅で」と希望する人が少しずつ増えていますよ。
 今までは、病院でないと死亡診断書を書いて貰えないと思っている方が多かったのではないでしょうか。
 小笠原 私の母も中央病院で亡くなったんですけれど、そうする死亡診断書に、何月何日、何時何分と書きますよね。それは必要ないわけですか。
 蘆野 死亡診断書の書式ができたのは、おそらく医療法(昭和23年)ができたときなんです。60年前なんですね。その頃はほとんど自宅で亡くなっているんです。死亡診断書の死亡時刻は、医師が同席しないときは推定時刻でもいいのです。
 病院で亡くなる方が50㌫を超えたのは昭和52年(一九七七)なんです。それ以前は自宅で亡くなる人の方が多かったんです。たとえば、山間部の家で亡くなったとすると、医師がその後訪問して死亡診断書を書いていた。それも今と同じ死亡診断書なんです。
 ところが今は、病院で医師が立ち合い、モニターを見て何時何分に亡くなりましたと宣告する形になってしまったので、医師も地域の人も皆死亡する瞬間に医師が死亡時刻を宣告しなければならないと思い込んでしまったんですね。
 先ほどいったように看取りは非常に大事であって、家族や地域の人たちが側で、その死ぬ経過、亡くなっていく経過を、自分たちの将来的な姿と合わせながら見て、学んでいくことが大事なのです。
 自分たちが今後どう生きていくのか。自分たちの生をもう一度確認する。看取りとは本来そういう学びの場であったのです。

   蘆野吉和(十和田市中央病院院長) 小笠原カオル(本社編集長)

 

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 人生、どう生きたって一生は一生である。80歳、90歳まで人生を全うする人もいれば、心ならずして人生の半ばにして事故や病気で逝く人もいる。しかし、人間はいつかは老いて死ぬ。
 人生の長かった人も、心ならずして人生の半ばで逝った人も、大事なのは終末期をどう生きるかである。
 ある人が、71歳でがんが発見され、担当医から余命数ヵ月と宣告された。しかし、緩和ケアを行っている蘆野院長からの助言もあり、自分のこれまでやってきたことの作品展を行い、大変な反響を呼んだ。
 この人は、残念ながら半年しか生きられなかった。
 が、「私はがんになったおかげで、自分の新しい人生を見つけることができました。新しい出会いがありました。私はがんに感謝し、がんと共生します」といって、蘆野院長に感謝し、支えてくれた家族に感謝し、友人に別れを告げ、最期の人生を全うした。
 家族もまた、家族の絆を深めた半年を過ごすことができた。
 長く生きたからといって、人生が幸せだったとは限らない。
 もしかしてこの人の、がんを宣告されてからの半年の人生は、この人の何年分、あるいは何十年の人生に匹敵したかも知れない。
 もしこれが、蘆野院長との出会いと、緩和ケアの施設がなかったなら、死に対する恐れと不安の中で死んでいったに違いない。
 緩和ケアは人生においてそれほど大切なものである。
 「がんが進行すると7割の人に痛みが出てくるといわれています。その痛みを取ると、がんは大変楽になります。私のところでは、一週間以内で痛みの90㌫以上は簡単に取れます。痛みは患者に大変な負担を与えますから、痛みを取ってからがんの治療に当たるわけです。そうすると、もう入院する必要もないですし、在宅で療養して、必要なときに通院するだけでいいんです。自宅にいると、病院にいるときより痛みがずうっと楽になります。だってそうでしょう。家族といると楽しい。楽しいときは痛みも忘れますよね。家で家族と一緒にいる方が長生きできるんです。緩和ケアというのは終末期だけの医療ではないんです」と語る。
 中央病院に入院したが、本人にがんを宣告され、家に帰された。患者に宣告しなくてもいいのにという話を聞くことがある。
 実はこれは、緩和ケアの理念が一般にまだ理解されていないための誤解から起こることで、家族と一緒に生活することによって、痛みが和らぎ、終末期の人生を楽に過ごしていただくための緩和ケアの一つの考え方である。
 緩和ケア、緩和医療は、単に痛みや病気に伴う苦痛を和らげるだけでなく、家族の絆を取り戻す医療でもある。蘆野さんは、緩和医療、緩和ケアでは東北でトップクラスの医師である。 

緩和ケア四つの理念

 小笠原 中央病院については、赤字だとか、医師不足だとか、あるいは産婦人科の医師がいない、麻酔の先生がいないということばかりがクローズアップされていますけれど、これは病院の責任というより、経済至上主義的な国の医療政策に根本的な問題があると私は思っております。
 ですからそれはさておき、私はこの前(国際ソロプチミスト十和田認証20周年記念での講演)先生のお話を聞きまして、私もそうですが、ほとんどの人が中央病院が行っている緩和医療、あるいは緩和ケアっていうことを知らないなと思ったんです。
 蘆野 緩和ケアを行っている病院は全国的にはまだ少ないですし、医療関係者を含めてほとんど分かっていない。そういう状況だと思います。
 小笠原 中央病院が行っている緩和医療、あるいは緩和ケアって何ですか。
 蘆野 緩和ケアの理念は、ホスピスケアの理念として西欧ではローマ時代からあったんです。
 西欧では、特に中世になると、巡礼者がたくさんおりました。そういう人たちが旅の途中で病気になったり、あるいは倒れたりすると、修道院などが迎え入れて、身体的苦痛や死への恐怖を和らげて、最後まで看取ったわけです。
 それが近年になると、がんが増えてきて、そのがんの症状、中心的には「痛み」ですね。その痛みをちゃんととってあげて終末期にも苦痛がないようにしてあげるということから緩和ケアというのが始まったんです。
 これを医学的な治療を施しながらやって行く。それを最初に体系づけたのがイギリスのシシリー・ソンダという方なんですが、それが人間が生きるための理念として広がって、東北はまだ少ないですが、全国的には緩和ケアを行っている病院も増えてきています。僕は、我々がケアするときの理念として、次の四つのことを言っています。
 一つは、個人個人を人間として尊重するということ。人間一人一人、その人の人生観があり、生活観があります。また生活パターンも違いますし、人生に対する希望も違います。それを最大限尊重し、最後まで人間らしく生きられるように支援する。それが第一の理念です。
 二つ目としては、がんの終末期でも、心臓病でも、肺気腫でも、ひどくなると痛みだけでなく、呼吸困難になったり、精神的な苦痛があったり、自分が何のために生きているんだという自分の存在を問う苦痛があったりするわけです。
 たとえば、がんを念頭においた場合、症状として一番辛いのは痛みです。その痛みの苦痛をとって、楽に生きられるようにしていく。それが二つ目の理念です。
 三つ目としては、病気になった場合、患者本人だけでなく、患者を支える家族も辛いものです。その家族まで含めて支援してゆく。これが三つ目の理念です。
 四つ目としては、その理念を実行するためにチームでやってゆく。病院の中に、医師だけでなく、いろんな部門の人たちが緩和ケアチームを組んで支援してゆく。これが四つ目の理念です。
 現在は、終末期だけでなく、命にかかわるような病気が診断された場合、早期に緩和ケアを行っていく方がいいとされています。
 また病気も、がんだけでなく、肺気腫とか、たとえば小児の難病もそうですし、幅広く適応されるというようになってきています。
 医療がどんどん進歩して、むかしは助からなかった病気も現在では助かる場合が多くなってきています。しかし、病気にならなかったとしても、人間は最終的には老いて死んでゆくわけです。それをちゃんと考えてサポートしてゆく。これはエンドオブライフ・ケアといって、終末期だけでなく、人生の最後の残された時間をどう過ごしていくか。できるだけ楽に過ごしてゆけるように支援してゆく。これがこれからの新しい医療の考え方です。
 特に日本は高齢化社会を迎えています。これからは治す医療だけでは対応できない。その人たちを寿命までどう支援してゆくかということが大事になってくるわけです。そこに緩和ケアの理念を入れてゆくことによって、治る病気にも治らない病気にもすべてに対応できるわけです。
 これまでの医療は、治すことを目的にして、治って良かったねといったけれど、治らない人に対して、あなたは治りません。だから我々は何もできませんといって見放したか、あるいは治りますとうそをいう。本人はうそをつかれたといって亡くなるわけです。
 しかし、治らないということがわかれば、人生の最後をもっと違う形で生きることが出来たかも知れないわけでしょう。
 人間は病気であろうがなかろうが必ず死にます。病気の場合は治らないことを説明して、その残された時間を何をしたいかを聞き、それをサポートしてゆく。これは治す医療に対して、生活を支える医療というんですけれど、今、そういった医療に転換せざるを得なくなってきています。
 緩和ケアについては、これからはどんな病気に対して適応させてゆかなければならない。緩和ケアの理念は、これからの医療に必要な概念である。僕はそう思っております。

これからの終末医療は在宅療養、在宅看取りだ

 具体的には、たとえばがんが進行して終末期になった場合痛みをとる。痛みをとった場合、入院している必要が全くなくなるわけです。必要なのは生活支援です。介護の問題になってくるわけです。病院は生活支援の場ではありません。
 ですからそうなった場合、在宅で、自宅、あるいは高齢者アパートなど病院以外の場所で療養して、そこで看護して生活支援していくように、今、なりつつあります。
 平成18年(二〇〇六)にがん対策基本法が施行されました。平成19年(二〇〇七)に第5次改正医療法で医療制度が改正されました。その中に書いている文言が「在宅推進」なんです。
 ある程度安定したら、できるだけ在宅で療養し在宅で看取りましょうということなんですね。

 蘆野吉和さん

  昭和27年(一九五二)1月、山形県鶴岡市出身。昭和53年(一九七三)東北大学医学部卒業。昭和56年(一九八一)東北大学医学部第一外科入局。昭和60年(一九八五)福島労災病院勤務。昭和63年(一九八八)同外科筆頭部長。平成17年(二〇〇五)東北大学医学部艮陵同窓会高橋賞受賞。同11月十和田市立中央病院院長に就任。専門は、外科一般、腫瘍外科、甲状腺疾患、緩和ケア、在宅医療。

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