はたらくひと必読!仕事人!!今月のスポットライト

インターネットで地元の魅力を発信
生産者と消費者をつなげる仕事人
身体を動かす地域密着のIT企業
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~岡山拓也さんプロフィール~
昭和57年7月9日生まれ(34歳)
十和田市出身。学生時代はサッカー部に所属し活躍。三本木高等学校を卒業後は文教大学情報学部へ進学した。当時はインターネットが普及し始めた頃でIT企業に興味を持ち、現在ではブラック企業といわれる某ベンチャー企業に就職し朝から晩まで働いた。知り合いの先輩に誘われシステムサーバーメンテナンスの会社に転職したが地元に帰郷する事を前提に仕事を考え、EC業者にターゲットをしぼり、2011年に地元食材をネット販売する㈱WANDを起業した。
 今回は株式会社WANDの代表取締役・岡山拓也さんを訪ねた。パッと見の外見からは強面に見える岡山さんは話しをすると気さくで温かく知性を感じさせる話術もあり、若くして会社を起業した根拠と自信をうかがわせた。
 学生当時、インターネットが普及し始めた頃からIT関連の仕事に興味を持ち、大学と社会で様々な事を学びながら、将来は地元に帰郷する事を前提に戻ってきたら何をするかを考えていた。
 様々な職業の中で絶対になくならないものは「食」業。地元では安価な食材が関東では高値で販売されている。農家では品質や形によって食べられるのに捨ててしまう食材があるという事を知り「もったいない」の気持ちから自分が架け橋となって生産者と消費者がどちらも喜んでくれる仕事、地元食材を直接仕入れ、通信販売で安価で全国へ配送をする事業の起業へと辿り着いた。
 帰郷してからすぐに単身で農家に飛び込んで営業。想いを伝え、会社の説明をして各地を回ったが...当時はどこも相手にしてくれなかったという。まずは農家を知る事から始めようとJAおいらせふじさか青年部に入会。実際に農家の手伝いをしながら無農薬のオーガニック商品や選別で捨てられてしまう良品食材に目をつけた。生産者から少しでも高く買い、消費者へ少しでも安く売るために農家に直接交渉し、ネット販売事業は大成功を収める。
 地元から学んだ事が多かったという岡山さんは自身の成長のために公益社団法人十和田青年会議所にも入会し、地域密着の企業として地域のためにあり続けたいと語った。商品に関するお問い合わせはオンラインショップ「青森期待の新人商店」を検索。または...0176‐27‐6234迄
大好きなアートに触れる仕事で
未来のアーティストに期待したい
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十和田市現代美術館
広報担当 大谷 紗絵さん
 現在、十和田市現代美術館で広報担当を務める大谷紗絵さんを訪ねた。おっとりとした優しい笑顔で迎えてくれた大谷さんは1987年5月生まれの三沢市出身。三沢高等学校を卒業してから仙台の美術系の大学へ進学した。大谷さんは中学校時代から絵画教室に通うなど、美術には昔から興味があり、大学に通っている時は絵本作家になりたいと作品を作っていた時代もあったという。卒業後はそのまま大学で事務をしながら絵画やデザインの授業のサポート役として従事。約3年勤めた後に住宅や施設などの照明を提案する照明プランナーという仕事をする。
 そろそろ青森県に帰郷したいと思っていた頃、観覧しに行こうかと偶然開いた十和田市現代美術館のサイトを閲覧したらスタッフの募集があった。28歳で帰郷し、就職する。三沢市から通いながら初年度は受付などの仕事をしていたが2年目に事務局に異動し、アシスタント業務を経て、広報担当を任せられる事となった。広報という業務は初めてのことも多く、手探りで考えながら仕事を覚え、今年で4年目を迎える。様々なカタチの関わり方があるが仕事として美術に携われて嬉しいと笑顔を見せた。
 大谷さんは十和田市は珍しくまちなかにアートがある環境で羨ましいと思う。他は車で行くようなところが多く、少し町はずれにある美術館が多い。現代アートを身近で感じ、育った子どもたちの中から、将来素晴らしい作品を生み出すアーティストが出てくるんじゃないかと期待するのが楽しみの1つですと語った。
新しいことに常にチャレンジ
十和田飲食店を支える期待の若手経営者
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 ~安西直軌さんプロフィール~ 平成2年8月22日生まれ(28)十和田市出身。八戸水産高等学校に進学。3年生の夏に諸事情により中退し、十和田市の飲食店で勤める。それから三沢市の「和がや」で5年勤めた後、東京へ2年、飲食関係の仕事をしながら勉強した。帰郷してから26歳の若さで旧島津家跡地に旬彩和海を新規改装オープンした。今年7月で3年目を迎える。
 十和田市の飲食店旬彩和海の店長を勤める安斉直軌さんを訪ねた。水産高校を中退後は十和田市、三沢市、東京と様々な飲食店で働きながら、仕事のノウハウを学んだ。十和田市で海鮮系の飲食店をやりたいとの強い想いから26歳という若さで起業した。
 5年間勤めたという三沢市からの独自の仕入れルートもあり、調理や接客などの仕事の基本も身につけたが、経営は初めてでわからないことが多かった。オープン当初は4人でスタート。スタッフは募集してもなかなか集まらず、新人スタッフの教育をしても仕事を覚える前に辞めてしまう。新人スタッフが入るとまた始めから教えることをしなくてはいけないため負担も多く、初年度は人の入れ替えも激しかったという。徐々に経営も安定し、仕事にも慣れたスタッフも増えてきたことで気持に少し余裕も生まれてから、安西さんが次に考えたのはスタッフのことだと教えてくれた。社会保険をかけてあげたいと法人化し、社会的信用を安定させたいと今年2月に株式会社として設立。また雇用のためにも日曜定休をなくし、信用できるスタッフらとお店を盛り上げていきたいと意気込んだ。
 オープン当初は海鮮メインだったが、調理スタッフも増えた事で肉料理なども増やしている。お客様が楽しめるように新しいメニューを開発していき、凝った料理を勉強しながら季節のおススメなど提供していきたいと語った。
優先順位も変わる時代に適応し
会社と社員のためのバランスを考える
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~大坂陽一さんプロフィール~
 昭和56年5月22日生まれ(37)十和田市出身。十和田工業高等学校建築科を卒業後、八戸工業大学へ進学。卒業後に八戸市の建設会社へ就職。約3年勤務し、家業を継ぐために26歳の頃帰郷し、株式会社大阪へ入社した。
 ㈱大阪の専務取締役でもあり、㈲大昇運輸の代表取締役を勤める大坂陽一さんを訪ねた。大学を卒業してから八戸市の建設会社で勤務し、26歳まで建築業務に従事していたが、家業を継ぐため帰郷。入社当時、会社は土木がメインだったが総合建設業として仕事の範囲を拡大する。自身は営業課長として働きいていたが、責任を持ち、発言権を行使するために33歳と言う若さで㈲大昇運輸の代表取締役として就任した。そうしたことで仕事に対する考え方は少し変わってきた。会社の利益のためだけに働くのではなく、社員のためにこれからどうしていかなくてはならないかを考えるようになった。
 仕事では「人・物・金」のバランスが一番大事。会社を運営していくためにはどれかが欠けていてはいけない。その中でも一番大事なものは「人」だと語る。父世代はいくらでも仕事があって、働く人もいて、その利益で重機などを買った。休む間を惜しんで働く職人さんがいたからこそ成り立っていたが、今は違う。仕事があっても人手が足りないのが現状だ。物にお金を投資する時代から人にお金を投資する時代になった。
 これからは新卒者の確保など、学生に対するPRもしていきたい。先の事は考えながら、しっかりと今を見据えてフラットな目線を大事にしていきたいと語った。
2019年度スローガン PRIDE~誇れる仲間、誇れる地域を~
故郷の土と向き合い、郷土を愛する仕事人
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~中村貴大さんプロフィール~
 昭和54年2月23日生まれ(39)三沢市出身。中学卒業後は八戸工業大学第一高等学校土木科に進学。高校卒業後は北海道にある専修大学北海道短期大学土木科に進学し、卒業後は家業を継ぐために帰郷した。
 創業は昭和51年。平成元年に中村整地から「有限会社中村整地興業」として会社設立。専務取締役として会社と地域の発展に貢献する。
 2010年に公益社団法人三沢青年会議所に入会し、56代理事長として就任した。

 公益社団法人三沢青年会議所(以下、三沢JCと略)の56代理事長として就任した有限会社中村整地興業の専務取締役・中村貴大さんを訪ねた。
 中村さんは三沢市で生まれ、八戸の高校へ進み、北海道の大学へ行って家業を継ぐために地元に帰郷。当初は主に水田の整地などを受けていたが市役所からの元請けで規模の大きい仕事を受けるためには一級土木施工管理士が必要だった。社員で資格取得をしてる人がいなかったため、最初に資格取得に専念し、創業昭和51年、会社設立は平成元年となる有限会社中村整地興業の専務取締役として会社と地域に貢献してきた。
 2010年に三沢JCに入会。きっかけは選挙時に会った司会者(当時のJCメンバーの程川さん)の人前で堂々と話しをする姿を見て憧れたことだという。入会してからは会社も忙しかったため、ほとんど参加は出来なかったが2年目に「人づくり委員会」の委員長を任せられた。そこでJCメンバーが何のために誰のために活動しているかを知った。
 去年、同大学卒でもあり、理事長だった新堂さん(現直前理事)から力を貸してほしいと言われ副理事長を任せられた。去年の三沢JCの一大事業とも言える「東北青年フォーラムinMISAWA」「創立55周年事業」では地域の様々な人と協力したり、お願いをしたりなど、全国から集まってくるJCメンバーや地域の方々のために走り回ったことは自分の大きな成長につながったと思うし、そのつながりを大事にしていきたいと語った。
 今年、三沢JCの理事長として就任し、スローガンを「PRIDE~誇れる仲間、誇れる地域を~」とした。
 去年経験できた素晴らしい活動に対する恩返しとして、JCメンバーが今年からどう変わったのかを見せる年でもあるという。まずは本年度スタートの多くのメンバーが入会5年未満であるため、会員拡大と会員の教育に力を入れていきたい。この地域のために何が必要か、今後どうあるべきかを真剣に見つめ直し、誇りを持って行動することが恩返しにつながると思うと語った。
 今年度の事業としては地域を誇れる青少年育成のための三沢沖縄児童交換事業。育つ環境の違う子どもたちが地域や自然との関わりを感じることができるコミュニケーションを通じて、自分の住む地域の魅力と誇りを感じて欲しい。また、メンバーの意識を高めるための市長との懇親会や拡大セミナー、三沢国際サマーフェスティバルやチャリティーゴルフコンペなど、毎年行っていることをもっと発信できるようにしたいと意欲を見せた。
 新しい取り組みとして、予定ではあるが8月頃に30歳の若者をターゲットにした「三十路式」を企画したい。UターンやIターンなどにつなげるために地域の魅力を再発信できる場にしたい。若者が帰郷できない理由の一つとして「仕事がない」とあるが、地方の人手不足は深刻だ。若者が挑戦できる地域の開発化に繋げていき、恩返しがしたいと笑顔で語った。
 公益社団法人十和田青年会議所(以下、十和田JC)が2019年度新年祝賀会を1月22日に富士屋グランドホールで開催した。同会議所の会員、県内の青年会議所メンバー、政治・経済関係者など約150名が出席し、新年を祝い挨拶を交わした。
 オープニングでは北里三源色が景気づけにヨサコイを披露。こっそりと大学生と一緒に必死に踊る十和田JC第63代国分聡理事長も見え、会場から大きな拍手を浴びた。息の上がったまま壇上へ上り、呼吸を整えてから新年度の挨拶。
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 「今年のスローガンは『信じる。挑む~自分次第が導く価値づくり』とし、5つの基本方針を軸に活動していく。
 失敗しても笑顔で挑戦し続ける活動で種を蒔き、明るい未来の花を咲かせるために活動していきたい。十和田JCの魅力と価値を発信し、会員拡大を目指す。そのために知識や経験を得るためだけの団体ではなく、多くの人とのつながりを成長につなげられる共感性の高い価値を生み出していきたい。今年は25名スタート。1年後には45名在籍を目指し取り組んでいきたい。
 平成から新しい時代に変わる。新たな地域ビジネスモデルとなるため、多くの企業家と連携し、地域経済の発展にも寄与したい。
 青少年育成にも目を向け、現代の子どもたちに必要なのは希望を持った大人の姿を見せる事だと思いました。周りへの感謝、夢を持てる子どもを育成するために活動したい。
 秋祭り中日運営は47回目を迎える。先輩方からの伝統を伝えてきた。もっと多くの人に知ってもらうために共同性が必要。伝統を守りながらも、新たなことにも挑戦もしていきたい。
 私たち会員一同はまだまだ未熟ですが、笑顔を忘れず、真剣に取り組んでいきます。」と新年度の取り組みを約束し、挨拶した。
 小山田市長は「十和田市は人口減少・高齢化も進んでいるが、新たに企業を起こす人も多い。通りすがりではなく、目的人口を増やしていき、稼ぐ地域にしていく。DMOも4月から稼働する。若い人たちの力を大いに期待しています。」と祝辞を述べた。
 関係者代表各位が鏡開きを行い、齊下勝弘特別会員会長の乾杯の音頭で今年一年の発展を祈念した。
仕事と子育てとJC運動と
誰かのために働くお母さん
明治安田生命
営業 千葉 千絵さん
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 千葉千絵さんは昭和57年1月13日生まれの十和田市出身。七戸高等学校を卒業してからは事務職や接客業など様々な仕事を経験してきた。平成18年に結婚し、今年で小学六年生と一年生になる二人の子をもつ母でもある。現在の会社、明治安田生命に3年勤務するが二人目の出産のため、妊娠中に会社を一時退職し、子どもが2歳になって子育てが少し落ち着いてから新人として再入社し、今年で5年目となる。
 仕事は形のない「保険」を売る事。だからこそ信用が一番大切。現代はガンや糖尿病などの割合が増え、病気は万が一ではなく、二分の一と言われている。病気で入院したお客様に保険に加入してて本当に良かったと感謝された時は嬉しかった。車の事故は年々減ってきてはいるようだが、雪国ということもあり、大きな事故につながることも多いので油断はできない。一言で保険と言っても生命保険(入院や終身の保障や貯蓄)や損害保険(傷害や火災や自動車)など種類は様々あって、その人にとって必要な保険はそれぞれ違う。いまの生活の中でどんな保険が必要か、いつでもお客様のために相談にのりたいと語った。
 子育ての真っ最中に会社に復帰し、忙しい合間に去年卒業した中谷さんに誘われて十和田青年会議所に入会した。この年は拡大ゴールデングラブ賞を取ったほど、入会会員が多かった年でもあった。今年で4年目となり、事務局長を任せられる。大変なことも多いが、入会してなかったら絶対に出会えてなかった人たちとの縁が作れたことはありがたいと思う。これからも仕事・子育て・JC運動を頑張っていきたいと語った。
うなる美味しさ、暖かな接客
和食処 くり
女将 栗山 千賀子さん
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 今回は今年4月に「食楽街三本木1955」の一番奥に新しくお店をオープンした「和食処くり」の女将、栗山千賀子さんを訪ねた。
 栗山さんは昭和40年9月12日生まれ、愛媛県出身。高校卒業後は東京で美容師の仕事をしていたが24歳の時に飲食関係の仕事に転職した。分野の違う職種だがお客様をおもてなすことは同じ。
 そこで和食処くりの料理長を務める現在の旦那さんと出会い、結婚した。結婚後も働き続け、約30年勤めたという。
 旦那さんが十和田市出身ということもあり、年に一度くらいは訪れていて、良いまちだと感じ、移住することを決めた。東京の仕事を辞めてからは一旦、八戸市で日本料理のお店に一緒に勤めていたが、十和田市でいい物件があると紹介され、独立を決める。
 そして今年4月18日に和食処くりを新規オープンした。もちろん栗山さんは十和田市に知り合いはいないのだが、みんな優しく温かく接してくれる。十和田市で初めての冬も近づき、北国の人にも寒がりな人がいるんだと知ったと笑顔で話してくれた。着物での接客は十和田では珍しいがお店の雰囲気もあり、着慣れているため違和感はない。
 料理はしゃぶしゃぶをメインに自家製、手作りにこだわって作っている。栗山さんは接客は大好き。忙しくなると手が回らないこともあるが、予約で埋まるくらい繁盛すれば嬉しいと今後の目標を見据える。今年は十和田市で初めての冬を迎えるので、温かい接客でお客様を迎えたいと語ってくれた。
20周年を迎えた劇団エムズ・パーティ
いろんな人との出会いを活かす地産地活!
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~仲島みちるさんプロフィール~
 昭和42年12月20日生まれ。三沢市出身。小学校1年生の時に両親の仕事のために十和田市に移住。三本木高等学校に進学し、卒業後は大学進学を勧められたが小さな頃から興味のあった舞台に憧れ、東京にある劇団「樹間舎」に入団した。
 舞台に出演しながらも、映像演技の勉強もしたいと専門学校に通いながら某有名女優の付き人もしていた。母が亡くなったのをきっかけに帰郷を決めるが、約5年間は東京を往復しながら通いで舞台も務めた。十和田市で劇団を設立することを決め、座長から名前を付けてもらい「劇団エムズ・パーティ」を平成10年に旗揚げした。アナウンサーとして働きながら、定期公演や乙女の像の朗読劇などを行い、今年で劇団20周年を迎えた。

 今回は、今年で20周年を迎えた劇団エムズパーティ・代表の吉田(仲島)みちるさんを訪ねた。
 みちるさんは舞台での演劇に興味を持ったのは幼いころからで、人前に出るのがとっても好きだった子どもだったという。小学6年生の頃に先生にお願いして演劇クラブを作るくらい行動的で、三本木高等学校へ進学しても、大学へは行かずに東京にある劇団(樹間舎)へ入団した。アルバイトをしながら劇団へ所属し、演技映像の専門学校へ通いながらも某有名女優の付き人などもしていたという。母が亡くなったのをきっかけに十和田市へ帰郷。アナウンサーやテレビリポーターをこなしながらも、約5年は十和田市と東京を往復しながら劇団へ通う日々が続いた。
 36歳で仕事や活動の拠点を十和田市へ移し、地元で劇団を作ろうと決意。その時の座長から名前を付けてもらい、「劇団エムズ・パーティ」が平成10年に旗揚げとなった。年に一度の定期公演を行いながら活動を続けていたが約5年前に病気で倒れ、しばらく休養していた時期もあった。脚本は社会的なテーマも多かったが、復帰作は十和田市にまつわる作品にしたいと高村光太郎氏の「乙女の像ものがたり」をベースに乙女の像ものがたりの朗読劇を作った。声掛けをしてキャストを一般からも募集。スクリーンでスライド上映しながら朗読劇を成功させるだけではなく、DVD制作では英語・韓国語・中国語版も作り、外国人観光客の推進にも協力した。
 今回の20周年記念のテーマを「地産地活!」にした理由を聞くと、地産地消の言葉の「消」はイメージがマイナスに感じて「活」に変えたいと思った。どんな出会いでも活かさないと次にはつながらない。十和田市に帰郷してから自分で動いた事でいろんな人と知り合えたからだと語った。
 ...その中で10周年記念の時に取材を受けた東奥日報の記者と仲良くなり、年賀状を交換していたが、ある年、亡くなったと聞いて残念に思っていた。それから数年、青森大学忍者部と接する機会があり、その中にその記者の息子がいることを知る。その子はオリンピックの開幕時のパフォーマーとして唯一、青森県から選抜されるほどで、青森にこんな子がいるという事を発信するためにも今回の舞台では青森大学忍者部と一緒に作りたかったと語った。残念ながら本番二週間前に予定していた子が怪我で出演できなくなった。急遽代役を探したところ、青森大学演劇部の子が代役を引き受けてくれて舞台は開演する事ができた。また、三味線奏者を演じてくれた外人とも知り合い、演出にも幅が広がった。出会う人たちで力を合わせられれば新しいものが生まれることを感じたと語った。
 20周年を過ぎ、今後は自分の出来るペースで楽しんで、考えてもらえるような作品を作っていきたい。また、団員は随時募集している。役者だけではなく、衣装・舞台・小物作りや音響などのスタッフも必要で、興味のある方は勇気を持ってチャレンジして欲しいと語った。劇団エムズ・パーティへのご連絡は...090‐7066‐2873迄。
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↑市長に地域活性化のために何かをやって欲しいと無理を頼まれる場面から始まる
↓忍者部に協力を頼んだアクションシーン
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~関川明さんプロフィール~
 昭和32年7月28日生まれ(61歳)三沢市出身だが3歳から十和田市に移住し育った。八戸工大二高に進学するが野球推薦を受けて工大一高を卒業した。卒業後は測量専門学校(中央工学校)へ進学し、就職は地元である十和田市の建設会社㈱田中組へ入社した。約22年勤めた後に㈱大阪へ転職。それから約18年、総合建設業の営業部長として十和田市の発展に貢献してきた。ドローン利活用を推進するため、DIN(ドローンイノベーションネットワーク)を設立し、初代の会長として就任した。

~髙見雅之さんプロフィール~
 昭和43年9月23日生まれ(50歳)十和田市出身。三本木高等学校を卒業後は東海大学に進学し土木工学を学んだ。卒業後は青森市の市役所に就職したが、土地などに専任した仕事をしたいと26歳で公務員を退職し、高見土地家屋調査士事務所を開業した。早くからドローンの有効性に着目し、業務に活用するとともにノウハウの研究や機材の改良なども行ってきた。専門的な知識と豊富な経験に基づく高い技術力を活かしてDINの技術顧問として幅広い活躍をしている。

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 今回はドローンイノベーションネットワーク(DIN)の会長・関川明氏と技術顧問・髙見雅之氏を訪ねた。
 関川さんは十和田市の建設業で約40年間勤める。昔からヘリコプターやラジコンなど無人操縦機を操るのは好きでドローンには興味を持っていた。宅建協会で髙見さんと知り合い、ドローン購入を決めたという。趣味として遊ぶだけではなく近年頻繁に起こる災害時などに利活用出来ないかと市とも話し合うようになるが形式として行政から個人に頼むことも難しく、実行部隊のいる組織としてDINを起ち上げる運びとなった。
 現在は十和田市と協定を結び、広域事業として拡大を進め、七戸町や野辺地町とも協議中。ドローンの可能性は様々あり、災害時の情報収集や物品運搬、観光アイテムとしての活用、農林業へのサポート・鳥獣被害の調査、建設業での3D画像作成など単独ではなく、何かの別業種と合わせることで利活用の幅はどこまでも広がる。組織としての強みはすぐに出動できる訓練している実行部隊のプロがいることだと語った。
 髙見さんは26歳で高見土地家屋調査士事務所を開業し、仕事では人が乗る航空機で撮影される真上から見た映像(オルソ画像)で依頼主とのコミュニケーションをとっていたが、無人飛行で3D画像データを記録できるドローンを知り、いち早くドローン検定協会で資格を取得。ヴァーチャルで立体画像を見せることにより、説明もスムーズでイメージし易いため、業務で活用しているという。
 ドローンは開発当初から有用性だけではなく、危険性があることも認められている。そのため、承認が必要な飛行は夜間飛行・目視外飛行・イベント上空飛行・30m未満の飛行・危険物輸送・物件投下などがあり、飛行には許可や知識も必要。開発が進み、高性能なものも増えているが解析ソフトも高額のため個人での購入は難しい。このような専門的な知識や機材を業務の他にも産業利用出来ないかと考えていた時に関川さんと出会い、DINの技術顧問として就任する運びとなった。
 観光分野ではVRを使ってまるで飛んでいるかのような疑似体験を提供することも可能。例として、歩くのには困難な奥入瀬渓流の流れの上を飛ぶような体験が出来れば観光推進にもつながるのではないかと語る。
 また、ドローンには森の中でもセンサーが自動で木を避けて飛んでくれる機能もあるので遭難救助者の捜索時に熊など野生動物との遭遇、足場の悪い場所でも気にせず飛ばせる。赤外線センサーで夜間に飛ばすことも可能で、物品を運ぶことも出来るので災害・救助などの場面での活用も増えて行くだろう。
 ドローンの利活用の方法を考えるとアイデアは無限に出てくる。髙見さんは今後は災害・観光・農林・建設などの産業利用を視野に入れ、高齢者や子どもたちのためにも活用できるように考えていきたいと語った。
 ドローンイノベーションネットワークへのお問い合わせは...TEL:090‐4041‐8927/FAX0176‐27‐6519迄
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