はたらくひと必読!仕事人!!今月のスポットライト

十和田青果株式会社
代表取締役社長 坂田 真也さん
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坂田 真也さんプロフィール
昭和50年5月5日生まれ(45)十和田市出身。三本木農業を卒業後は東京農業大学国際農業開発学科へ進学。卒業後は親との約束を守り、地元就職をする。学生時代から熱中していたサッカー関係の知り合いから紹介され、十和田青果株式会社へ入社した。平成26年に部長へ昇進。平成28年に民営化するタイミングで前野月社長に若い世代の力が欲しいと代表取締役社長として就任した。

 今年で40周年を迎えた十和田青果株式会社の代表取締役社長の坂田真也さんを訪ねた。
 十和田青果株式会社は昭和55年、済誠会病院前にあった野菜の協同卸売り市場から移転し、株式会社として現在の場所に会社を設立。市が管理し、会社が運営をするという半官半民で運営していたが平成28年に民営化となった。
 坂田さんは学生時代から専念していたサッカー関係の人の紹介で、大学を卒業後に十和田青果株式会社に入社。経理・総務を経て部長に昇進。民営化をきっかけに前社長の野月さんから任命され40歳という若さで代表取締役社長として就任した。働く側から働く人を養う側の立場になったことで会社を経営していくための視野を広げたり、地域貢献も考えるようになったという。
 会社では社員としてイベント業務を任されるようになり、子会社として立ち上げた有限会社十美商事の営業も兼務した。年に2回ある東京・大阪の展示会では地元野菜を売り込んだりと、全国の野菜の相場との戦いは大変だったと営業時代を振り返る。十和田市の野菜を全国へ広めていきたい。直接農家さんから仕入れている責任もあり、従業員だけではなく、農家さんの生活も考える。生産者と消費者をつなげる役割をしっかりと果たしたいと語った。
 新型コロナウイルスの影響で外食産業からの注文は落ちているが、スーパーなどからの需要はあり、売り上げは実質上がった。40周年記念事業は残念ながら中止となったが、いま地域貢献出来るタイミングと考え、市へマスク10万枚を寄贈した。
 安心・安全・安定供給と品質管理を心掛け、十和田市の野菜を一人でも多くの人に届けたいと語った。
有限会社 みのる養豚
常務取締役 中野渡 大さん
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中野渡 大さんプロフィール
昭和53年4月2日生まれ(42)十和田市出身。三本木農業畜産科を卒業後、北里大学畜産学科へ進学。卒業後は栃木県にある養豚会社へ就職。5年間勤務した後、家業である有限会社みのる養豚へ入社。栃木県の会社で学んだ知識と経験を活かして自社の拡大を目標に勤める。

 昭和43年創業の養豚会社・有限会社みのる養豚の常務取締役、中野渡大さんを訪ねた。
 中野渡さんは幼少の頃から養豚の仕事を手伝わされたり、家業に対しては3K(きつい・汚い・危険)のイメージしかなかったために、本音を言うと家業を継ぐつもりはなかったという。それでも長男として三本木農業、北里大学で畜産を学び、栃木県の養豚会社へ勤務。そこで養豚会社のイメージはガラっと変わったという。勤めた会社は福利厚生がしっかりしていて、休日も保障されている。何より会社が綺麗で仕事に対する意識も変わったという。辞めたくはなかったが、家業であるみのる養豚もこうあるべきと5年間勤めた後に退社。帰郷し入社した。
 当時は農場は2つ(現在は5)だったために親も子も混ざり合っている豚舎だった。現状を知り、昔からいる従業員とコミュニケーションを取りながら意識作り、環境作りから始めた。まずは農場を増やし、豚の大きさに合った施設で飼うこと。ピックフローと言われる仕組みで、例えで言うなら学校のようなイメージ。親は別の農場へ、子どもは大人になったら次の農場へ、移動する際に農場をきれいにして次の世代を迎える。それまでは1つのクラスに親も子も大人も一緒にいる部屋だったのでこれではいい環境とは言えず、ストレスや病気やケガもあった。
 農場を増やしたことで規模を拡大し、家族経営から従業員を守るための会社経営へと意識も変わった。従業員は帰郷した当時より4倍ほど増やす事も出来た。奥入瀬ガーリックポークや十和田ガーリックポークのブランド化など、県外への販売経路も確立し、会社としての地盤を固めてきた。
 養豚は糞尿が出るので、それをたい肥として農家へ分け、それで育ったにんにくや野菜を飼料として購入する。青森県は全国でもトップクラスの飼料米の生産地でもあり、地域との連携として、循環型農業を目指していきたいと語る。
 安心安全高品質をPRするためにJGAPを1つの農場で取得。今後は飼育豚舎3つ全ての取得を目指したい。新しい豚舎は餌やりや掃除にオートメーション機能を取り入れ、従業員も働きやすい環境を作っていく。安心で美味しい愛情込めて育てた豚をぜひ食べて欲しいと笑顔で語った。
 十和田市に移住してきた葛西睦さん(22)と岡駿岳さん(21)が中央商店街にある交流スペース「14‐54」内に14‐54カフェをオープンした。
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 葛西さんは1998年5月3日生まれ。深浦町出身で木造高校を卒業後は秋田県で花火師として3年働いた。
 岡さんは1998年12月28日生まれ。中泊町出身で木造高校を卒業後、七戸町の営農大に進学。卒業後は中泊町の役場で働いていた。
 別々の道を進んだ同じ高校出身の2人を再び繋いだのはお互いに興味をもっていた「コーヒー」の奥深さだった。まったく違う業種の2人がカフェをやってみたいと思った時に、地元にはカフェがないことを知り、それが逆に2人のカフェをやってみたいという気持を強くした。
 まずは経験をとカフェの面接を受けたのだが、全部断られてしまった。そこで葛西さんが以前、知り合いとなった前14‐54カフェの店長であり、現在は弘前市でカフェバーを営んでいる中野渡夫婦(卓也さん、実知さん)と出会い、この十和田市の14‐54を紹介してもらった。
 去年の11月にその話を聞き、それから何回か十和田市に足を運び、同施設を運営するアレックス・クイーンさんと打ち合わせを兼ねた。当時は他にもやりたいという人がいたにも関わらず、3月末に先に移住を決めた。それから4月に許可が下り、本格的にオープンの準備をする。メニューを考えたり、知識や経験を深める準備期間。しかし、3月中旬から新型コロナウイルスの影響により、5月7日に念願のオープンを叶えたが、オープンしてからも全く人がこなくて不安しかなかったという。
 フードはポークとチキンから選べるトルティーヤ巻や自家製ソーセージなどがメインで、これから客層を広げるためにメニューは増やしていきたい。学生は嬉しいドリンク100円割引き。これからイベントなども少しずつ増えていくことも願い、地域の人たちと触れ合っていきたい。そして、この店からコーヒーの魅力を伝えたいと語った。
 「14‐54カフェ」の営業時間は午前10時~午後6時。月曜定休。テイクアウトメニューもあり。お問い合わせは...0176‐78‐9154迄
 十和田市の画家で俳人の日野口晃さん(87)が画文集『木洩れ日』を出版した。日野口さんは1932年11月9日生まれ、十和田市出身。弘前大学教育学部美術科卒。青嶺俳句会で出版している俳句の月刊誌『青嶺』での自身の連載と、担当している表紙の画を88歳になる米寿の記念にまとめようと知り合いに勧められ画文集出版の運びとなった。
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 日野口さんは幼少のころから画に興味があり、画家になりたかったという。ただ幼少時、戦後間もないころは農家の子は農家を継がなくてはいけない風習だったために大学進学を希望したときは勘当同様に家を追い出されたという。なぜか学力は周りより秀でていたため流されるように教員の道へ。最初の赴任先の六戸中学校でピアノや美術の教員の過程を経て、それから同僚の紹介を受け、弘前大学へ進学。
 大学へは独り身であてもなく進んだが、偶然としか言いようのない人との縁もあり、住むところも学費にも困ることはなかった。そこでは演劇やダンス、絵画や彫刻など、様々な文化芸術を体験した。卒業後は映画好きが集まった映画観賞会などに携わり、他にも俳句や川柳なども経験してきたという。
 幼少時から実感していることは、やらないで悔やむよりもやってみること。何より自分自身が好奇心旺盛で何でもやってみたいという気持ちが強く、それがまた自分の人生を面白くしているのだと思うと語った。
 約35年前に「十和田市に文化の灯をともそう!」とアトリエ「ふおるむ」を開設。そこで油彩画や彫刻などに勤しむ。画を描きながら、俳句や合唱など様々な文化的なジャンルを独学で学びながら挑戦し、1987年に「十和田市文化奨励賞」、1997年に「十和田市文化功労賞」を受賞した。
 日野口さんの活動は一つの事にとどまらず、油彩画の他、彫刻、俳句、音楽など多岐にわたっている総合芸術科と言っても過言ではないだろう。
 その日野口さんの人生のほんの一部を振り返られる作品「木洩れ日」は、5年前から掲載している「青嶺」の短文と表紙画をまとめたもので、日野口さんの今までの体験や、出会った人など日常にあった特別な出会いや、そこで感じたことなど、ありのままの「素」を垣間見ることが出来る画文集となっている。
 三沢米軍基地でのこと、十和田少年少女合唱団の思い出、新渡戸十次郎や渋沢栄一や寺山修司など郷土の偉人のことやそれに関わりのある人物の話し、父の馬のはなしやアキラ画塾の誕生の話し、「熊さんと呼ばれていた頃の話しなど、全83ページにもわたり日野口さんの魅力が満喫できる内容となっている。お問い合わせは...0176‐23‐0646迄
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 ユニバース十和田東店近接に、7月3日に複合商業施設「365」がオープンする。その運営をする食品加工を手掛ける「株式会社LOCO・SIKI」代表取締役・芝﨑壽一郎さんを訪ねた。
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 芝﨑さんは昭和53年8月6日(41)、兵庫県姫路市出身。高校を卒業後は祖父が肉屋、母が飲食業を営んでいたこともあり、大阪の辻調理専門学校へ進学。フランス料理やイタリア料理を学んだ。卒業後は当てもなく東京へ10万円を握りしめ上京。当時、料理本で調べたという人気ランキング1位の「サバティーニ」へ飛び込み面接し、その日の夜から働いたという。そこから10年間、料理人として勤め、料理の技術を学んだ。
 それからは全国の生産者からレストランへ食材ルートを提供するコンサルタントとして活動。また、料理人として商品開発や経営アドバイスなどを関西中心に、国内外で活動していたが、七戸町にある工場へ訪れる機会があり、青森県で出会った食材のクオリティの高さに驚いた。しかし、それが全国へは伝わっていないことを残念に思い、自分が何か出来ないかを考えた。
 今から約3年前に青森へ移住を決め、1年間は冷凍の食品メーカーとして冷凍技術を学んだ。そこで従来の大量生産型の冷凍食品と違い、料理人が作ったものを冷凍食品として提供する加工技術を開発。大手メーカーのように大量につくるモノではなく、食材にこだわり、一つ一つ手作りで提供する食材は現在は70品種ほど開発が成功している。主に青森県産の食材を使って、安心・安全・簡単・便利・美味しいをテーマに料理人としての経験、冷凍・加工の技術を活かした食品は、解凍後でもカリっとした食感や味付けを工夫。アクやドリップが出ない技術を使った冷凍食品は調理したての料理と遜色なく、人気、評価も高く、東京や海外へ輸出もしている。
 食品の専門店として農家や酪農の生産者とのつながりを大切にし、売れ残りが無いように次の商品へ変化させるアイデアを話し合ったりと次々に開発を進めている。アップルポークや自家製チーズやパン、惣菜やドレッシングなどぜひ一度味わってみて欲しい。
 十和田市で出店するきっかけはそれまでに出会った人との縁もあり、専門店がないこと、新しい観光スポットとして観光客が立ち寄れる場所を作りたかったという想いから。施設名の「365」の名前はここでしか出会えない食材が365日の日常にあることをメッセージとして考えた。
 また、同敷地内にあるフィットネスクラブは先に十和田市内で複合施設を運営しているよつ葉の中岫さんのつながりで起ち上げ、運営をすると共に管理を任せている。食事と運動ができる場所として、様々な人に足を運んでもらいたい。店外イベントスペースも確保。現在、企画考案中。現在は地元雇用した25名ほどのスタッフで独立した複合店舗のイメージで来店してくれるお客様を迎えます。
 自身のコンセプトとしては、ここから全国へ美味しいものを届けたい。観光者も立ち寄れるような地域密着型の複合施設として生産者とWin‐Winの関係を築けたらいいと思う。県外から来た自分だから見える青森の「もったいない」と「素晴らしい魅力」を伝えていきたい。
 また、オープンに先駆けて新型コロナと重なってしまったが、元々は準備期間の時間だったので問題はなく、加工食品の売り上げは伸びている。調理が難しい食材も小分けにしたり、よりリーズナブルな価格で提供することができ、自粛期間でも必要とされることがわかった。保存が効く商品であることが強み。レストランも自信を持って自社製品の冷凍食品を提供していきたいと語った。 ※施設についての紹介は裏面(p7)に記載。
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 この程、2冊目の詩人論(詩集は6冊)となる「続・詩人のポケット‐すこし私的な詩人論」を発行したとわだ耳鼻いんこう科院長・小笠原眞先生(63)を訪ねた。
 約6年前に発行した『詩人のポケット』の第2弾にあたる作品集は令和2年2月28日に発行。作品集は年に2人くらいのペースでゆっくり書きながら、全国にいる詩人との交流、好きな作家の作品などをまとめたもの。なぜ医者である院長先生が詩人となったのか聞いてみた。
 小笠原眞先生は十和田市(旧十和田湖町)出身。昭和31年9月1日生まれ(63)旧十和田湖町にある旅館の後継ぎとして育てられた。八戸高校を卒業後は家業である旅館を継ぎたくない方法の一つとして医者を目指したという。岩手医大の医学部に進学し、卒業後は盛岡で耳鼻咽喉科の先生として約12年勤務。帰郷後、38歳で十和田耳鼻咽喉科を開業し、今年で25年目を迎えた。
 中学時代の恩師が文学が好きな先生だったことに影響され、一番最初に読んだ本は太宰治の「人間失格」。当時の自分には内容が難しくて最初の本は最後まで読むのに3ヶ月くらいかかったという。高校時代は野球やバスケを経験してきたというスポーツマンな一面もあり、文武両道を目標とし、学業が忙しい中でも当時は夜9時まで部活をやるような時代。部活で疲れて帰ってくると正直、それから勉強をできるような環境ではなかった。そんな中でも本が好きで、小説を読む事で気持ちが癒された。高校2年生の時に講演に来た芥川賞作家の「三浦哲郎」さんの講演を聞き、自分も小説家として目指してみたいと感銘を受けた。
 それから医大へ進学したが、入学してからは本当に勉強が大変だったという。そのため、小説を書くのは無理だと思った。しかし、小説よりも短い詩なら書けると思い、小笠原さんは21歳で詩を書こうと自分で決めて書き始めたという。それからは詩の集まりなどにも顔を出すなど、交流を深めながら詩の世界を学ぶ。小説とは違い、詩は少ない言葉で伝えなくてはならないので逆に難解だと気付き、その面白さに魅了された。その努力と才能あってか大学4年生の頃の岩手県の芸術大賞を受賞することができ、更に詩の世界にのめり込むようになった。
 大学では夜12時まで勉強し、朝7時から勉強を始めるという日常で、大学院で研修医を経て、医者になってからも忙しい生活は変わらない。26歳で結婚。38歳で開業。二人の子を授かり、現在は長男は脳外科医、次男は呼吸器科医となった。どこに詩を書く時間があるのか不思議なくらい多忙な毎日でも詩を書き続けるということは、それほどの魅力があるということなのだろうと伝わってきた。
 小笠原先生はあまり詩を読まない人でも気軽に読んでもらえるように私的に親しみやすい作品を選んだ。これまで詩が好きで読んだり書いたりしてきたが、この詩人論はこの楽しさを他の人と共有出来たらもっと楽しいだろうなという思いから書き始めた。詩を読むことの喜びがそのまま読者に伝わってくれれば嬉しいと語った。この『続・詩人のポケット』は現在、大七書店で販売。AMAZONでもネット販売している
 NPO法人 奥入瀬自然観光資源研究会(通称・おいけん)から「奥入瀬diary」と「奥入瀬渓流 野草ハンドブック(初夏~秋の花)」の2冊が出版された。
 奥入瀬diaryは「奥入瀬自然誌博物館」と「奥入瀬フィールドミュージアムガイドブック」に続く第3弾の最終篇。どんな自然があるのかを紹介した奥入瀬自然誌博物館、どこで見れるのかを300m区切りの地図で記した奥入瀬フィールドミュージアムガイドブック、それを1年間のいつ見れるかを月日と写真で紹介する奥入瀬diary。「どんな・どこで・いつ」がわかるという3つのコンセプトで3冊で完結できる奥入瀬の自然をまとめた。最終篇となる奥入瀬diaryはページをめくると写真と月日が記してあり、その風景を見るにはいつ行けばいいのか分かり易く紹介してある。また、ポエムのようなストーリーも紹介されてあり、ただ見るよりも自然のストーリーも楽しめるようになっている。
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 奥入瀬渓流 野草ハンドブックは去年、春から初夏にかけての野草の紹介の第1弾に続く後編で、今年は初夏から秋の花の野草を紹介。2冊で奥入瀬の春から秋にかけての野草が全てわかるようになっている。普段は聞いた事も無いような花や野草が約120種ほど紹介されており、何気に見ていた自然の草木や花の名前を知る事で、もっと散策も楽しめる。
 今までの十和田湖・奥入瀬渓流は一般的な見て歩くだけの観光地だったが、そこにどんな自然があるのかを詳しく伝えていく観光地でありたいと思う。苔の聖地としても知られているが、野草なども含めると1日では絶対に歩き回れないほどの多くの魅力ある自然がある。また、季節や時間帯で同じ風景は存在しないので、年に数回もリピートしてくれるお客様も多い。年に数回あるイベントは一時的なもの、しっかりと次につながるように継続していかなくてはならない。
 最近ではインバウンド客も多く、世界的に注目度が高い自然景観だが、地元の人の方が知らないことが多いと感じる。この本を読んで、県外からきたお客様に奥入瀬渓流の自然や歴史の紹介、苔や野草などの案内ができるようになってくれたら嬉しいと思う。
 また、子どもの頃に自然に触れ合う事は大事だと思う。植物や動物の自然の循環を学び、家庭や学校では経験できない時間を子どもたちに与えることも必要だと思う。苔のイメージが強いがこの本を読んで一歩踏み込んでみると違った風景が見えてくる。あらためて、奥入瀬に訪れるきっかけにして欲しいと語った。
 この本は奥入瀬渓流館で販売。またAMAZONでもネット販売している。観光向けの本ではあるが、持ち歩けるようにハンドブックも用意してある。奥入瀬diaryは2500円+税。奥入瀬渓流 野草ハンドブック(初夏~秋の花)は1400円+税となる。お問い合わせは...0176‐23‐5866迄。
十和田シティホテル
4代目 下山 勝さん
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 十和田市出身。昭和30年7月1日生まれ(64)。八戸第一高等学校を卒業後は日大へ進学し、東京のステーションホテルで5年勤務。28歳で帰郷し、30歳で結婚。現在は3人の子どもに恵まれる。会社の創業は明治25年。2008年に「旅館しもやま」から「十和田シティホテル」改称。今年で創業128年となる老舗のホテルの4代目となる。
次の世代のために 見えない敵と戦い続けるホテルマン
 3月に入ると宴会はすべてキャンセル。歓送迎会の団体客がゼロなのは辛い。宿泊も少なく、営業休業のような状態が続いているが、1人でも泊まりたいとお客様がいれば営業をするつもり。ただ光熱費や人件費や固定資産税など、ランニングコストでかかる固定費はなくならない。
 新型コロナの影響で現在は見通しがつかない。観光地は直接影響が出るので今は生き残るために助成金を活用して借金を作り、申請が承認される2ヶ月後まで我慢するか、従業員を助けるために雇用を辞め、失業保険で乗り切るかの2択になる。ただ自分達のような民間のホテルは新たな雇用を作る事も難しいのが現状。お弁当の配達もしているので日銭を稼ぎながら何とか維持しているのが現状。
 ただ決意は決まっている「やるしかない。」東日本大震災の時も乗り越えてきたが、その時よりも厳しい状況だ。あの時は世界中から助ける声や、復興に向かって力を合わせていく雰囲気もあったが、今は世界中で広まって、力を合わせることもできない。人の流れも経済もストップしている。
 見えない敵と戦うのは不安しかないが、次の世代のために頑張らないといけないと語った。


居酒屋 呑兵衛
店長 井本 幸佑さん
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お客様と従業員のために 継続か休業かの決断せまる
十和田市出身。昭和51年6月13日生まれ(43)。三沢高等学校を卒業後は大阪、名古屋、沖縄、東京と様々な経験を積み、30歳で帰郷した。2009年に家業である居酒屋呑兵衛に入社し、2代目店長となる。創業は昭和48年。早い時間から老若男女を問わずに混雑する十和田市を代表する老舗の居酒屋である。
 3月中旬頃から売り上げは普段の8割から9割減。歓送迎会の時期でもほとんどの予約がキャンセルになり、大きな痛手となっている。それでも1日に12~13人はお客様が来てくれているので少しでも人件費は稼げてはいる。長持ちしにくい生ものの仕入れは控えて、コストが低く、物持ちがいい食材を中心に、200点はあるメニューの数を30品以下と大幅に縮小して対応している。
 どこまで自粛が続くかは予想がつかない。現在は十和田市のお店も8割近くが休業しているらしいが、食事と交流の場としてある居酒屋が全て閉まる事は避けたいと思っている。自分は楽観的な性格だから何とかなると思ってはいるが、本音はかなりキツい。新型コロナウイルスは自分だけの問題ではないので従業員やお客様のために助成金を活用して一旦占めるか、まだ来客してくれるお客様のために継続するかの判断をする時期なのかもしれない。

※取材日は4月中旬。その頃のコメントとなります。
 十和田商工会議所青年部(以下、YEGと略)が新型コロナウイルスにより、営業継続が困難な十和田市内の事業者を応援するための「♯とわだ応縁」プロジェクトを令和2年4月22日から令和3年2月28日までを募集期間とし、始動することを発表した。
 21日に十和田商工会館でYEGの佐々木紀仁会長と蛯沢達彦プロジェクトリーダーが会見を開き、その目的やシステムを紹介した。
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 「クラウドファンディング」や「未来チケット」から着想を受け、インターネットサイトで登録した市内の各事業者に対して「寄付」、または「返礼品あり」の支援金を全国から募集する。対象は会社の規模やYEGの所属の有無を問わず、市内の事業者であれば可。また中止となったイベント事業でも可となる。ただし新型コロナウイルスの終息後も事業継続の意思があるかなど青年部が審査した上での登録となる。
 一般の利用者はまとめサイトから支援したい事業者を選び、寄付か返礼品ありの選択をし、設定された1口1千円・3千円・5千円・1万円から選ぶ。返礼品ありは各事業者が設定できる。
 蛯沢さんは「無くしたくない店や風景がある。このプロジェクトは第一の矢として次につなげたい。十和田愛を結集して生き残るために一致団結していきたい」と語った。お問い合わせは...0176‐24‐1111迄。まとめサイトは(https://o-en.shop/)を検索。
 新型コロナウイルスの影響が特に大きい飲食業・宿泊業。観光地はどうなのか?NOP法人奥入瀬自然観光資源研究会(通称・おいけん)の川村祐一さんに話しを伺った。
 最近は氷爆ツアーなど冬季の奥入瀬観光もあり、3月~4月は切り替えの時期になり、5月から観光シーズンは始まる。本来であればそろそろ交通整理も必要な時期ではあるけど今はゼロ。たまに来てくれる観光客も団体はなく、数えられる程度。新型コロナウイルスが終息した時に一気に人が戻ってくる可能性もあるが、今年はさすがに諦めの気持は半分ある。
 今は20~30人のツアーもないので、個人的に自然の空気に触れるために訪れるには逆にいいとは思う。ホテルなども予約客だけは受けて今は閉館している状態。
 今はこういう時期だと受け止めて、次のスタートに何をするかを決める時期なんだと覚悟を決めた。奥入瀬バイパスが数年後に完成されて、マイカー規制が始まる。そのためにはもっとガイドを育成していかなくてはならない。英語・中国語専門の外国人観光客向けのガイドと、一般客を案内する観光ガイド、奥入瀬渓流を専門とするプロのネイチャーガイドの育成を計画している。
 今は集まって研修できるわけではないが、今年を人財育成の年にして、次のスタートにより良い観光を観光客に提供できる準備をしたい。ガイドを仕事として確立させたいためにNPO法人ではなくガイドのプロ会社「ESARIO」を起ち上げた。また、「FORESTON」というツアーブランドを作った。ESARIOは逆から読むとOIRASE。FORESTONは日常のスイッチをオフして、自然のスイッチをオンにして欲しいとの意味も込めた。
 今までもいろんなことがあっても何とか乗り越えてきた。モチベーションを維持するには希望を持つしかない。落ち込んでいたっていい事があるわけではないので別の視点で現状を考え、構築していかないといけないと語った。
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↑プロガイド会社「ESARIO」と新ブランド「FORESTON」を起ち上げた"おいけん"の川村さん
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