はたらくひと必読!仕事人!!今月のスポットライト

30周年記念を迎えた白黒の彩り
独学で描く鉛筆画の世界
鉛筆画家 遠藤 光子さん
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 十和田市馬事公苑称徳館で「遠藤光子 鉛筆画展」が7月20日~8月18日まで開催されている。鉛筆画家として今年で30周年記念となる遠藤光子さんは午年生まれで今年、初めての年金をもらったという。去年まで夫婦で埼玉県に住んでいたが、三戸町出身ということもあり、定年退職を機に帰郷・移住した。遠藤光子さん自身は小さい頃まで南部町に住んでいて、当時は町なかで冬には馬ソリが走っていた記憶があるという。その時見た大きな馬の顔が忘れられなく、35歳で鉛筆画家として独学で描き始めた。
 小さい頃から動物が好きで馬や犬など描いていた遠藤さんは専門学校や弟子入りすることなく、画家として活動を始めたのは30年前。サラブレットやアラブ馬を中心に犬や猫など鉛筆でしか表わせない独自の手法で描き、馬の絵を描き続けた。代表作と言える「誕生の時」では後光が射したような白馬を描き、カンヌ国際芸術祭2004「コートダジュール国際芸術賞」の最高位を受賞した。
 作品は大きなもので仕上げるまで約2ヶ月ほどかかる。14本(6H~6B)の濃さの違う黒一色だけで様々な色を表現する手法は他に類を見ないため、海外からも注目を浴びている。また作品の1つ「天空」という白馬の絵は観る角度によって表情や顔の向きまで違って見える不思議さがある。是非、一度見に行って体感して欲しい。見る人の気持や受け取り方によって作品の表情も変わってくるという。最近では亡くなったペットなどの遺影として、またプレゼントとしても鉛筆画の作品依頼もある。写真とは違う柔らかさを表現出来るのも鉛筆画の魅力の一つと言えるだろう。作品依頼のご要望は...0179‐22‐0771迄。
大正創業の観光会社 入社から44年の歴史を経て
観光・交通・宿泊を担う新代表の挨拶
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~佐藤 行洋さんプロフィール~
 昭和28年7月24日生まれ(66)十和田市出身。青森県立三本木高等学校を卒業後、明治大学へ進学。卒業後は帰郷し十和田観光電鉄株式会社に就職した。会社の総務、タクシー運行管理、ホテルの支配人、バスの乗合い・観光・営業企画、駅ビル店長など様々な業務を経験し、出向を経て今年、入社44年目で前社長・白石鉄右エ門氏に奨められ、6月24日開催の定時株主総会で代表取締役として就任した。

 このたび、6月24日に開催された定時株主総会で、十和田観光電鉄株式会社・株式会社十和田電鉄観光社の代表取締役社長・白石鉄右エ門氏が退任し、新たに佐藤行洋氏が代表取締役社長として就任することが決まった。
 代表となった佐藤氏は十和田市出身。青森県立三本木高等学校を卒業後は明治大学へ進学。大学卒業後に帰郷し、最初に選んだのが十和田観光電鉄株式会社だった。最初はバスの乗合い課・観光課を経て、営業企画課を担当しながら、昭和60年にオープンしたとうてつ駅ビルへ出向した。テナント管理・人材管理など駅ビルの店長として従事し、最後は三沢店の店長として計約22年勤め、時代の移り変わりを見守ってきた。
 とうてつ駅ビル閉館と合わせ、一度総務へ戻り、その1年後、今度はまかど温泉富士屋ホテルの支配人として出向となる。管理役職を経てから、約2年間慣れないサービス業やホテル接客業を任された。ホテルでは周りの若い世代の従業員に助けられ、学ぶことも多かったと振り返る。
 その後は、現在運行を終了した十和田観光タクシーの代表取締役専務として出向。タクシーの管理業務を5年勤めてから本社へ戻り、総務部長として就任。
 今年の初め頃に前代表の白石さんから相談を受け、今年6月24日から代表取締役社長として就任した。22歳で入社してからは、本社勤務15年、出向29年と会社に腰を下ろし、実直に働いてきた実績を認められた結果と言えるだろう。
 佐藤氏は「大正3年が創業の歴史ある会社。今まで携わってきた人たちの頑張りで現在がある。公共交通として地域に必要とされ続ける会社でありたい。交通事業もホテル事業も安心・安全が第一。お客様に認められる会社として力を入れていきたい。」と語った。
 今後は路線バス・観光バスの2部門を充実させていく。人材不足のため、お客様に迷惑をかけないように富士屋ホテルに人員を集約。そのため、来年にはグランドホールの休館を決定した。もちろん最後までしっかりと予約を承ったお客様に対して満足いただけるように精一杯のサービスを徹底していく。人材確保は難しいとは思うが現在はオリンピックの影響で人材が東京に集中している。それが終わってから戻ってくる人に期待したい。
 遊覧船事業はインバウンド客も増加し、安定しているが、去年は悪天候が続き、欠航が多かった。今年はすでに去年の乗船客数を超えている状況。現在4艘ある遊覧船のうち、3艘の双胴船にはワイファイを付けてインバウンド客へ満足できるように対応している。
 これから夏秋にかけて忙しくなる。10月の紅葉シーズンに向けて交通・宿泊の面で満足いただけるように取り組んでいきたいと語った。
野菜ソムリエの資格を持ったフリーアナウンサー
上明戸華恵さん
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 フリーアナウンサーとして活躍し、野菜ソムリエとしても講師を務める上明戸華恵さんは十和田市出身。三本木高等学校を卒業後、関東学院女子短期大学へ進学。卒業後は青森県へ帰郷し、青森放送(RAB)のアナウンサーとして入社した。
 約7年勤めた後、フリーアナウンサーとして独立。イベントの司会やリポーター、ラジオ番組などフリーとなってからもお世話になっている方々からの紹介で依頼は増え、気が付くと20年経っていたという。
 ラジオを聴いてくれる方が農家の人が多いということもあり、仕事で食に携わることも多く、興味もあったので何かの形で恩返しを出来ないかと考え、野菜ソムリエの資格を取得し、地域活動として青森県産物を伝えていきたいと思った。野菜ソムリエの活動としては5~6年前に開催したキッズソムリエで十和田市と協力して子どもたちを対象にした「とわだ野菜楽校」を開催するなど、食の文化から十和田市を自慢してもらいたいと活動。また、野菜を食べない子どもが増えてきているので十和田市の美味しい野菜を知ってもらいたいと語った。
 将来的な夢は「コミュニティFM」をやってみたいと語る。地域の人たちがもっとつながりを身近に感じられるように、子育ての世代や、高齢者の方と情報を共有して発信したい。ラジオで感謝の言葉を伝えたり、サプライズな告白をしたり、イベントの告知をしたりなど、十和田市だからこそできるコミュニティFMが出来れば嬉しいと語った。
 イベントの司会、ナレーションやリポーターなどご依頼有れば『http:
//www.kamiakito.com』までご連絡を。
元・駄菓子屋ゲーセン息子の
レトロゲーム秘密基地 
代表 鳥居 秀憲さん
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 4月29日に十和田市民文化センター斜め向かいにオープンしたレトロゲームハウス「元・駄菓子屋ゲーセン息子のレトロゲーム秘密基地」。その代表を務める鳥居秀憲さんを訪ねた。昭和46年11月30日生まれ(47)五戸町出身。八戸工業第一高等学校を卒業後に東京で就職。某大手ゲームメーカーの営業や修理、カラオケ店など様々な仕事を経験し、その後システムエンジニアとして働きながら2010年に帰郷した。
 鳥居さんの実家は駄菓子屋ゲーセンをしていた。そのため、小さな頃は自分の家がお菓子を買いに来た近所の子どもやゲームする大人が集まる場所だった。しかし、帰郷した頃には昔あった場所はなくなっていた。早くに家族を亡くしてしまったという鳥居さんはゲームやレジャーが好きで、そこに集まる人たちも好きだった。現在は携帯ゲームやスマホゲームの普及で顔を合わせなくても会話をしなくても、どこでも簡単にゲームが気軽に遊べる時代になった。だからこそ、あえて空間で遊べる場所を作るためにお店をオープンすることを決めたという。ゲームは体感型の常設ゲームが2台、タイトルが1ヶ月毎に変わるテーブル台ゲームが7台。お店に置いてあるタイトルは80年代が多い。久しぶりにゲーセンで遊ぶ人は懐かしんで遊んでくれるし、高校生たちは逆に新しい感覚で遊んでくれる。駄菓子は他のお店よりも安く、値上げ前と同じ値段設定なのが嬉しい。
 今後はクリアした人に記念として認定証を作って渡したり、フリーペーパーなども渡す予定。アウトランやハングオンなど値打ちのある体感ゲームもおススメ。詳しくは"info@livingbird.jp"で検索。
信じる。挑む。~「自分次第」が導く価値づくり~
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~国分聡さんプロフィール~
※以前に仕事人で紹介しているので割愛させていただきます(詳しくはネット新聞「夢追人」で検索)2019年度公益社団法人十和田青年会議所の第63代目の理事長として就任する。
 第63代目の公益社団法人十和田青年会議所(以下JC)理事長として就任した国分聡さん。自身が数年前に拡大委員長を任された時に拡大大賞部門別全国1位を受賞した実績を持つ。もちろん自分の力だけではなく、メンバーの助けがあってこそ成せたことだが、増やす事を目的しても個人の成長につながらないと感じた。会員拡大を第一にするのではなく、会員育成を重点に置きたい。まずはメンバー自身に魅力的な組織だと感じてもらうこと。そうする事が結果として会員拡大につながると語った。JCで1年ごとに役職が変わる理由として、経験を積ませることがある。経験とは悩んだり、失敗したり、怒られたり、たまに褒められたりすること。大人になってからも失敗を恐れず、新しい事に挑戦していきたい。仕事の幅を広げるためにも、仕事の
仲間を増やすためにも、仕事と兼務するからこそ得られる価値がJCにはあると知って欲しい。
 十和田市はDMOの設立を追い風に観光ビジネスに力を入れる流れになっている。JCはまだ地域の魅力を見つけるための意見出しの段階だが、青年経済人としてビジネスチャンスを掴む力を養う機会をどんどん創っていきたい。中日お祭り広場では来年が50周年となるので、今年は来年に向けて何をするか考える年。もっと人を呼べるような仕掛けを考えていきたい。青少年育成事業では恒例となった職業体験をもっと子供たちの成長につながる内容に進化させたいと考えている。
 理事長として就任した今年の初めに、父が亡くなり、周りには「大変だね」と言われる事も多いが、仕事面も精神面でも仲間に支えられ、助けられることが多く、本当に感謝している。JCに入会して良かったと言われるような組織作りをしていきたいと語った。
地上から空まで
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~新谷 智央さんプロフィール~
 昭和56年7月11日生まれ(37)十和田市出身。八戸高専に進学し、千葉大学へ編入。大学を卒業してからは地元にある建設会社、田中建設工業(株)に入社し、現場監督として勤める。約3年勤務してから八戸市にある土地家屋調査士事務所へ転職した。働きながら29歳で土地家屋調査士の資格を取得し、会社で勤務しながらも個人でも独立起業した。30歳で北園小学校前に会社を設立。従業員の増加により現在ある切田通りに移転した。
 若くして会社を起業し、土地家屋調査士事務所だけではなく、ドローン専門の株式会社ATZや行政書士事務所も兼任する「あらや土地家屋調査士事務所」の代表を務める土地家屋調査士の新谷智央さんを訪ねた。
 新谷さんは大学を卒業してから、地元の建設会社に就職。一旦は八戸市の土地家屋調査士事務所に転職し、資格を取得し、30歳の若さで十和田市で起業した。平成26年の株式会社ATZを起ち上げ、不動産管理や測量業務の他にドローン会社として空撮やPV作りなど、様々な事に携わっている。また、今年5月には行政書士事務所も起ち上げた。地方では深刻な課題になっている空き家を活用するために、所有権や相続権など法律が絡む問題を自社で解決できるようにと語った。新しく家を建てる人のための分譲の業務も多くなっている一方、後継者のいない高齢者の家も増えている。
 仕事が増えると人が増える。人が増えると出来る事が増える。必要な資格を持っている社員を増やす事で、市内外の仕事を拡大していきたいと語る。自身は休みも返上して忙しく働く理由は、将来、ライバル会社が増えたり仕事が減ったりと淘汰されていく時代がくるかもしれない。その時に従業員と一緒に生き残れる会社でありたいと語った。

県産食材を十和田市現代美術館で美味しく食べられるカフェ
カフェ&ショップ「cube」 
店長 秋田 倫子さん
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 開館10周年を迎えた十和田市現代美術館にあるカフェ&ショップ「cube(キューブ)」が4月2日から新フードメニューを開始した。新メニューをPRする店長の秋田倫子さんは専業主婦をしていた頃にパン作りに興味を持ち、市内外のカフェ巡りをしていたという。開館から1年後、そこで偶然募集のあった十和田市現代美術館にテナントとしてあったカフェに入社した。その1年後に引き継ぐように店長として就任。2015年にはエヌ・アンド・エー株式会社の直営店としてカフェ&ショップcubeが新規オープンすることとなり、そのまま店長としてお店を任された。
 それまでは休憩のスペースとして、食事のイメージがあまりなかったカフェ。お客様のために季節に応じたメニューなども考えていたが、火や油などが使えず、厨房機器が不十分なため、調理して料理を提供する事は難しいとの理由があった。10周年を記念してお客様のために地産食材にこだわったメニューを届けたいと考え、都内で「麹町カフェ」など営むオーガニックにこだわった料理に定評がある㈱エピエリの代表・松浦さんや、オリジナルの加工商品開発を手掛ける十和田香美工房の松田さんらと協力し、メニューのリニューアルを行った。
 奥入瀬ポークを使用し、青森りんごをふんだんに使った子供でも食べやすいカレーや、陸奥湾産ホタテを使用し海の幸を感じられるクリームチャウダーも美味しい。おススメは八戸産のサバを使用し、タルタルソースも地元食材で作っている「青森サバとセロリとタルタルソースのサンドイッチ」。青森県産のごぼうサンドも人気がある。これからも地元の美味しいものをカフェ&ショップcubeから届けたいと笑顔でPRした。
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安全第一。アートのまち十和田で
現代花火のアートを咲かせたい
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 ~野村孝さんプロフィール~
 昭和55年10月11日生まれ(38)十和田市出身。三本木農業高等学校農業機
械科を卒業後は青森ホンダへ自動車整備で入社。23歳でTOHOシネマズに転職。青森ホンダの花火部門の後継者がいないとの相談があり、34歳で出戻り転職を決めた。
 「青森花火株式会社」で勤務する野村孝さんを訊ねた。三本木農業高等学校を卒業してからは青森ホンダ株式会社へ就職。自動車整備部門の社員として入社したが、当時から同社の花火部門も手伝っていた。その後、映画興業会社に転職し、約11年間従事するが、時間の都合がつく時は花火のイベントの手伝いは継続していた。花火部門の後継者がいないと相談され、34歳の頃、出戻りのような形で青森ホンダへ再入社した。以後、花火専門業者として平成29年に青森花火株式会社と社名変更した。
 十和田市には全国的にも珍しい市街地で花火を打ち揚げるイベントや、十和田湖冬物語のロングラン花火などがある。花火事業は他にも運動会の音花火や町内会での小規模なもの、湖水上での打ち揚げ花火など様々あり、県内外で事業展開している。
 野村さんはお客様のニーズに応え、自分で設計した花火が打ち揚がり、歓声が上がったときに一番喜びを感じるという。現在、花火は着火も火ではなく電気となり、原色だった花火もパステルやキラキラなど製造技術の進化と共に演出の幅も広がってきた。最近は音楽に合わせての花火演出など、賑やかさより繊細さを求められるようになってきた。それによって現代花火はよりアート性の強いものとなり、アートのまち十和田にもぴったりだと思う。きらびやかにも見える花火事業だが一番に心掛けているのは安全第一。事故がないように細心の注意を心掛けて花火の文化を継承していきたいと語った。
必要なモノの相談から提案と提供
地域に必要にされるように繋がりを大切に
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~松本匡弘さんプロフィール~
 昭和54年8月2日生まれ(39)七戸町出身。七戸高等学校を卒業後は北海道の札幌学院大学へ進学。卒業後は北海道で大手チェーン店のパチンコ店に就職し、店長代理まで勤める。33歳で青森リース株式会社の仙台支店に転職。36歳で十和田市にあるARA事業本部に異動した。
 「青森リース株式会社ARA事業本部」ALLレンタルAOMORIで勤務する松本匡弘さんを訊ねた。七戸高等学校を卒業してからは札幌学院大学へ進学し、人文学部人間科学科で心理学を専攻する。学生時代は学祭や祝賀会などを運営する実行委員や、代々受け継がれてきたテレビ局のバイトを学業以上に専念(笑)そこで学べた体験で知らない人と話しをすることが苦手ではなくなったという。
 卒業後は北海道で幅広く展開する大手パチンコ店に入社。店長代理まで昇格したが、33歳で退職し、青森リース株式会社仙台支店へ転職した。主に建設機器のリースの営業として働き、36歳で十和田市の青森リース株式会社ARA事業本部へ異動する。学生時代は何もない町だと退屈に感じていたが、帰郷してからは新しい発見も多かった。松本さんは飛び込み営業ではなく、相手に何が必要か、何が足りないかの情報を確認してから行動するように心掛けているという。営業職はお客様との距離感が一番難しい。上司から学んだ事を活かしながらイベント事業でも相談を受けて提案していきたいと語った。
 レンタル事業は年に一回しか使わないものや買うよりも安いモノに需要がある。最近では季節もの商品の除雪機や、里帰りの夫婦が使うチャイルドシートなども人気がある。商品の中にはカラオケ機器やセグウェイまであり、様々なイベントや要望に対応できるようにしていきたいと語った。
「良いを食べる」ってなんだろう
こだわりの先にある美味しいと安心
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株式会社 エピエリ
オーナーシェフ 松浦 亜季さん
 4月2日から始まる現代美術館のカフェ&ショップ「cube」の新フードメニューのアドバイザーとしてきた株式会社エピエリの代表・シェフを務める松浦亜季さん。平成18年に夫婦二人で始めた麹町カフェをオープンした頃から、出来る限り手作りで、食材は妥協せず良いものを選ぶと決め、現在は5軒の店舗と50名以上のスタッフに恵まれる。最近は早さや安さが求められ、便利で美味しいレトルト食品が増える中、「eat good 良いを食べる」について向き合い、食材と触れ合ってきた。
 麹町カフェに偶然食べに来たカフェcubeを運営するN&A㈱のスタッフに出会い、あまり食事のイメージのないカフェに地元の食材を美味しく食べてもらえるようにとお願いされてアドバイザーを引き受けた。
 初めての青森を訪れたときは冬で寒かった。知らない土地では新鮮な気持ちで地元のスーパーや道の駅などを回り、いろんな食材と出会えたという。様々な調理法がある大根などの野菜とは違い、料理のバリエーションが難しい地産品のごぼうなどを普段食べていない調理法で作ろうと思った。しかし、一番最初の課題となったのはキッチンで火が使えないことだった。そのために地産品の商品加工を手掛ける十和田香美工房の松田さんを紹介してもらい相談。レシピを提案し、他にはないレトルト食品としての開発を進め、食材の旨味や出汁にこだわる「手作りのレトルト商品」開発に成功した。一番大変だったのは味や食感の復元を引き受けてくれた十和田香美工房さんだったと笑顔でこっそり教えてくれた。十和田市の食材の魅力を味わえるメニューは国内外から訪れる観光客にも食べて欲しいし、地元にいる人にも是非食べて欲しいと語った。
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