はたらくひと必読!仕事人!!今月のスポットライト

 十和田市現代美術館で2008年のオープン以来、初となる塩田千春、名和晃平による新たな常設作品の公開を記念して、鷲田めるろ館長によるギャラリートークが開催された。実質、鷲田館長が十和田市現代美術館に就任した頃は昨年4月のコロナ禍であって、1年たった今回が初の開催となる。同館では毎月10日は十和田市民の常設展観覧料が無料となる「十和田市民無料デー」が設けられてあり、市民の方々にも新しい作品を知っていただくために4月10日に開催となった。
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 鷲田館長は始めに「塩田さんの作品は入れ替えとなり、以前はキム・チャンギョムのメモリー・イン・ザ・ミラーがあった部屋となる。作品はそのまま保管し、他の美術館でレンタル希望があれば貸し出せるようにしている。名和さんの作品は元倉庫を改装して新しく展示室とした。作品は常設ではなく、あるコレクターから3年間という期限付きで借りたものとなる。そして12月にもう1点、建物を新たに増築してからの展示となる。全部でこの3つが新しい作品展示となります。」と挨拶した。
 最初に塩田さんの展示作品の部屋に参加者らと移動し、作品について語った。
 鷲田館長は「実は塩田さんには十和田市に来る前に話しを投げかけてはいたが、今まで青森県に来たことがなく、十和田市の歴史を聞き、十和田湖のイメージが強くなったので舟を使った作品を作りたいと言っていた。しかし、調べると木の舟はもう使っていないと言われた。そこで舟を探すと一艘だけ休屋のお店のオブジェとして昔使っていた木の舟が置いてあると知り、交渉して譲ってもらうことが出来た。来館者の方にも作品の印象を強く魅せたいと、舟の帆先を入口から入って正面にくるように設置した。塩田さんは毛糸を使った作品で有名だが、特に色は赤と黒が多い。生と死をテーマに掲げ、赤い線は血管や記憶の流れをイメージ出来るという。塩田さん本人も闘病生活があって死を近くに体験してきたという。絵画から始まったがどう表現しても、他の人たちと似たり寄ったりしてしまうので限界を感じ、空間に作品を作るようになった。作品は作り始めから見ていたが、線を目で追えるくらいの薄い密度から1つの群れになってくることで1つのアート作品をして完成。タイトルを〝水の記憶〟とした。水の上に浮かんでいる舟というイメージだけではなく、水中にいて舟が沈んでいるという世界感もあるので自由に作品のメッセージを感じて欲しい」と語った。
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 次に名和さんの作品展示会場に移動し、作品説明をした。「名和さんは彫刻家と言ってもいい。作品はエゾシカの剥製に透明な球を貼り付けている。名和さんの作品は他にも様々な鳥や動物の剥製で作っているが、2019年に作った代表的なこの作品を今回レンタルした。彫刻と剥製の違いとしては、剥製は美術作品として見られていないことで、彫刻は命のないモノに生命を吹き込むような表現であること。名和さんは元々生きていた動物を人工的に剥製にすることで、ポーズを強めていることに気が付いた。人口水晶をつけたのはデジタルにあるピクセル(画像)をイメージした。画像越しで見る生命は生身のものではなく、画像を通して送られたデータでしかない。逆に映像的なピクセルを実際の目で見て感じてもらえるような作品にした。物質と生命の関係を考えられる作品だと思う。」と語った。
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  公益社団法人三沢青年会議所(以下、三沢JCと略)の第58代理事長に就任した築井生(つくい しょう)さんに話しを伺った。
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 築井さんは1987年5月18日生まれ(33)の三沢市出身。スマートな外見からは意外ではあるが、学生時代はラグビーに青春を費やしたという。三沢商業高等学校を卒業後に先輩方々も就職している東京の証券会社に就職。約2年勤務し20歳で帰郷した。
 地元に戻ってからは家業である総合保険会社「有限会社保険企画ツクイ」に入社。保険業は万が一の事故などに安心・安全という目に見えないものを商品として売る仕事なので信用が第一。メリットをあげるなら在庫がないということだという。入社後は業務に専念し、現在は専務取締役として勤務する。
 築井さんは4人の子宝に恵まれ子育てに奮闘する中で、三沢市ではあまり盛んではないラグビーをもっと広めたいと思い、事業をやりたいならと2013年に先輩に誘われ三沢JCに入会した。
 東北青年フォーラムinMISAWAや三沢国際サマーフェスティバルでは役員として様々な事業で経験を積み、8年目となる令和3年度に理事長として就任した。
 新型コロナウイルスの影響で去年1年はほとんどの事業が中止となり、築井さんは順序的にはそろそろかな?と気持ちの準備はしていたが、収束の予想のつかないコロナ禍に理事長になる上で、この運動にはさらなる革新が必要であり、持続可能な社会の実現に挑戦し続けなければいけないと本年度スローガンを「革新と挑戦」とした。
 本業ではある保険業も多少の影響はあったが、三沢市内は自衛隊や原燃の自粛から特に飲食業が大きな打撃があったと聞いている。会員にも飲食業関係者がいる。その中で2021年度は地域のために何をやっていくか、この環境の中で何ができるかを考え、実行していかなくてはいけないと決意した。
 まずは三沢JCの会員拡大。去年は21名で卒業や退会があり、今年は16名の少数精鋭でスタートする。全国的にも会員数が減少している課題を乗り越えるために、青年会議所運動の推進や発信力の向上に務めていきたい。会員拡大は社会と組織の最大の接点であり、より良い青年会議所にするために必要不可欠だと思う。
 また、青少年育成事業は持続していく。1978年から続いている三沢・沖縄児童交歓事業は気候・風土・生活環境が違う地域での児童らが互いに見聞を深め、友好を結ぶことで健やかに育つことを目的としている。今年度は向こう側との感染状況を踏まえて慎重に実施するかを決めたい。他にも高校生との懇談や意見交換をして若者目線から何を求められているのかを確認して、今後の事業に繋げたい。
 地域の未来のためというのは地域の子どもたちのためにいま何ができるかを大人が行動していくことで示すこと。将来的には子どもたちが地元を自慢できるような、帰ってきたくなるようなまちづくりを目指していきたい。
 そして三沢市は古くから異文化を受け入れてきたまち。学生時代はクラスに2~3人は外国人がいるのは普通だったが、他地区では珍しいということを聞くと、外から見た視点と、住んでいる人とは少し違っている。空港・駅舎・漁港があり、自衛隊がある三沢独自の特徴を活かして、今の新型コロナウイルス感染症対策のための新しい生活様式も受け入れて、三沢市として時代の移り変わりへ適応し、まちの明るい社会の実現へ向けて尽力できるように第58代理事長として運動していきたいと語った。
  公益社団法人十和田青年会議所(以下、十和田JCと略)の第65代理事長に就任した小関英賢さんに話しを伺った。
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 小関さんは十和田市出身。昭和56年9月13日生まれ(39)八戸工業高等学校を卒業後に八戸工業大学へ進学し、神奈川県の自動車部品の製造メーカーに就職。リーマンショックの影響で神奈川工場を閉鎖。それから同系列の仙台の工場へ転勤となった。神奈川時代に知り合った奥様と結婚し、仕事も順調ではあったが、2011年、東日本大震災を経験する。なんのために仕事をしているのか目標が見えなくなってしまっていた時期もあって、仕事を辞める気持ちが次第に強くなった。家業である有限会社小関麺興商事で働く兄(小関教仁工場長)に相談すると、社員の高齢化もあり、手伝ってくれるなら嬉しいとの言葉を聞き、反対する奥様を説得し、34歳で仕事を辞め、家業を継ぐため帰郷した。
 帰郷してから約1年は家業の業務を覚える事と、東京生まれの奥様の周りの環境が落ち着くまで、仕事と育児に専念した。2人の子育てをしながらも、父(小関力代表)から何度となく入会を勧められていた十和田JCに2017年に入会した。
 理事長を務めると決めたきっかけは去年、コロナ禍ではあったがJCの青森ブロックへ専務として出向した時に、そこでロム(各JCの単位)以外でJC運動を経験した次年度理事長を務める予定者というメンバーと交流した時に、当時は理事長になることにプレッシャーを感じていた自分が恥ずかしくなるくらい、みんな活き活きとしていて、私も理事長をやってみようと決意した。改めてロムを見てみて、このメンバーで卒業まで一緒に頑張ってみたいと思った。
 JC運動はコロナ禍で前年度は感染症対策のため何もやれなかった。JCらしくあるために、いま立ち止まっている地域のために、自分たちが1歩先に、1歩前に出て地域を盛り上げたいとの想いから今年度のスローガンを『突き進む! ~誰よりも速く 誰よりも先へ~』とした。
 主な事業として、まずは会員拡大。全国的にも会員減少は課題である。今年度は15名スタート。入会予定者は6名となるが、卒業間近の年代も多く、経験を積ませるには若い年代も欲しい。まずは新会員を育成しながら、年間10名を増やすことを目指している。
 現時点で今年度の予定事業はお祭りと青少年育成事業の2つ。青少年育成事業は今までは職業体験など、子どものみを対象にして企画してきたが、今年度はコロナ禍で引きこもりがちになっている家族対象に招待をしたいと考えている。十和田市の自然の良さを体験しながらその魅力に触れ合える「農楽校」でのキャンプ体験を思案中。いまは無理に新しい事業を立ち上げるより、ベースがある既存の市民団体と協力して実施することで、その宣伝にもなるし、会員の負担軽減にもなる。誰かが一歩先に踏み出してやらないと本当に何もなくなってしまう。地域のために決行したい。
 お祭りは去年は中日がなく二日間開催の〝春夏秋まるっとフェス〟に少しだけ参加するような形であったが今年は出来れば開催したい。もともと祭りは地域の豊作や幸せを願って開催された行事。町内会の方々と相談をして、どのような工夫をして開催するかを決めたい。山車作りもあるの早めに決めに決断が必要だが、新型コロナウイルス感染症の状況をみて判断したい。
 家業はついてはもちろんコロナの影響は受けたが、厳しいのは自分たちだけではない。それでも頑張っている個人店のために特注麺のオーダーも受け、小ロットでも対応するなどしていきたい。こんなご時世だからこそ、お客様のありがたみをあらためて感じる。
 十和田市の将来のため、子どもたちのため、十和田JCとして、この1年を頑張っていきたい。行政・民間と一体となってまちを盛り上げていくと語った。
 
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 十和田市の商工会議所裏手にある地域包括支援センター八甲田会となりに株式会社想い工房・障がい者就労継続支援B型事業所「Omo..iぱれっと」が去年の5月にオープンした。
 去年4月に市内でも感染者が発表され、コロナ禍でのスタートは予約キャンセルもあり、メンバー(利用者)は0人でスタートしたという。
 この取締役を務める吉田亮子(あきこ)さんに話しを伺ってみた。吉田さんは十和田市出身。七戸高校卒業後、水道設備会社の事務として勤務し、そこからジャンルの違う福祉関係の仕事に転職した。市内介護施設の介護事務で勤務。そこから市内病院の系列の介護ヘルパー兼管理者として転職した。福祉関連の仕事を約20年、障がい者福祉サービスや高齢者介護サービス等を学びながら毎日を忙しく働く中で、もっとこうありたいと思うようになった。
 当時は約180人の重軽度利用者を見てきた。その忙しい中で地域で活動する団体「コミュニティワーク礎(代表・原田綾子)」の中心メンバーとして活動をしながら、ボランティア活動や仕事を通して生きがいをつくることの大切さを実感し、一人一人にゆっくりでも向き合いたいと日を重ねるごとに思いは強くなった。
 そんな時に各地域で開催している市主催の座談会へ参加することがあり、そこで現代表の佐々木佳弘さん(ササキ石油販売株式会社代表取締役専務)と出会った。佐々木さんも自分の中で就労支援事業をたちあげたいという気持ちがあり、タイミング良く目標が同じ二人が出会い、そこからは様々な許可申請をクリアし、一昨年の12月には事業所を立ち上げた。実際の活動は去年4月にスタートとしたが、コロナ禍のために事業継続できるか不安しかなかった。
 でも最初の一人がコロナ禍であってもここでやりたいと通所希望してきたのでやるしかないと決意新たに始めた。最大20名規模の経営許可の事業所なのでメンバーが少なくてもゆっくり続けようと思えた。現在(令和3年2月20日時点)は7名のメンバーとしっかり向き合っている。初心を忘れずにと常日頃思っているが、コロナ禍で逆に一人一人の大切さがわかった。
 十和田市内では他にもB型就労支援事業者は多く、色んな選択肢がある。この事業者の特徴として室内での作業の他にガソリンスタンド業務がある。接客ではなく主に構内の清掃や洗車の拭き上げなどがメイン。そこからしっかりと戦力として認められると、一般企業と同じように少しずつ工賃が変動する仕組みを導入しているので、メンバーの成長を見守りながら共に働ける喜びを分かち合っていきたい。
 また今年度、青森県知事から「あおもり健康づくり奨励賞」を受賞した「コミュニティワーク礎」の活動も去年はコロナの影響を受け中止となってしまったが、助成金が終了後も自分たちで継続できるように工夫していきたい。高齢者を元気にしたいと始めたが、障がい者や若者世代の人たちとも交流が出来るような方法で、健常者や若い人に障がい者や高齢者に対する理解を得るとともに、それぞれに生きがいを発見できる場にしたい。
 もっと先の目標としては地域密着型カフェもやってみたい。まだ理想の段階だけど、座談会を開いたり、色んな人が集まったり、イベントを開催したり、想像するとそれだけでも楽しい。いまコロナ禍が収まるまでは焦らずにメンバーもスタッフも大事にしてゆっくり進めたいと語った。株式会社想い工房へのお問い合わせは...TEL0176‐27‐0285/FAX0176‐27‐0286迄

 十和田商工会議所青年部(以下、YEGと略)の令和3年度の会長が決まった。去年と同じく、佐々木紀仁さん(㈲佐々木ガス商会代表)が2期連続任期を務めることになった。コロナで終わった1年を振り返り、もう一度会長を務めることを選択した佐々木紀仁会長を訪ねて話しを伺った。
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 2020年はコロナで始まり、コロナで終わった。実際に去年の年始に総会で挨拶してから、ほぼ何もやらずに、何も行動を起こせずに1年が終わってしまった。総会の2度目の挨拶が2期連続就任の報告だったことも異例としか言わざるを得ない。
 私は本来であれば今年が卒業の年。直前としての任期を果たし、今年はいないはずの会長ではあるが、去年の空白の一年を取り戻したいと2期連続の会長を就任することと決めた。
 元々は2期制だった役職だが、数年前の金沢守昭会長の時に、会員人数が多く、色んな人材がいるのだから、多くの人に経験させたいと1年交代制とした経緯がある。
 それを踏まえて今回は久しぶりの会長役職2期連続となるわけなので、去年できなかった想いを伝えられるように今年は挑戦していきたい。
 去年の新事業としてはコロナ禍で市内に店舗をもつ事業者を支援する「#とわだ未来応縁」プロジェクトと、極暑を乗り切る子どもたちのために「扇風機寄贈」くらいなもので、継続事業や交流事業はゼロだった。
 十和田湖マラソン大会も実行委員を外れて主管としてボランティア参加するポジションとなったが、それも中止となると事業は新たに考えていかなくてはならない。会議で集まることもできない状況の中で、各委員会へも何か新事業が出来ないか企画立案を呼びかけたが、返事はほとんどなかった。
 震災では力を合わせることが出来たが、コロナでは力を合わせることが出来ない。それぞれに大変な1年で他のことを考えることはやはり難しいのだろう。
 ただ、緊急事態宣言が出ている首都圏とは違い、コロナ禍ではあるが、市内ではほとんど感染者は出ていない。市内のメンバーで集まり、何かする分には感染症対策をきちんとしていれば大丈夫だと見込めるし、感染症対策をしっかりとやっていれば大丈夫だということも証明していかなくては何も生まれない。
 釣りやボウリングなどの交流事業を市内の活性化につなげるイベントとして考えたり、中止となった成人式を迎えた20歳の若者のために何か企画を考えてみたいが、現状では中々メンバーで集まることが出来ずに企画・実行は出来ていない。
 4月からの状況を見てからの判断となるが、何もわからなかった去年の4月と今年の4月は違う。去年できなかったとこと、新しく考えたこと、コロナ禍でもできること、とにかく何かしら行動を起こしていきたい。
 また、YEGとしては中心市街地の方へ力を入れなければならないと思う。現時点でYEGメンバーもやりたいことがまだ決まっていないのであれば、まずは「やりたいこと」を提案して実現することを目指したい。
 最近ではよく使われているリモート事業はメリットもデメリットある。メリットとしては距離を気にしなくていいことで県外であろうと対話できる。デメリットと言えるのは緊張感。会議などでも自宅からお菓子を食べながらできるし、どうしても発言順番待ちになるので会議というより、意見発表になる。リモートよりもしっかり顔を見れる距離で会話・会議をして意見を交換したい。
 4月からはリセットではないが去年の4月とは心境が違う。何もしない1年にならないように心掛けたい。2期連続やる意義を持ち、自分の想いを伝えられる1年にしたいと語った。
 今年10月10日で創業80周年を迎えた太子食品工業株式会社。これまでの歴史や、これからの展望について専務取締役・工藤裕平さんにお話しを伺った。
 80周年を迎えられたこと、まずはお客様に感謝を伝えたいです。創業者である故・工藤榮次郎が工藤商店として1940年に創業、1964年に法人化。1990年に現在のロゴマークに変え、これまで80年の長きにわたり地域の方々に愛されてきた。創業の志を忘れずに理念を再確認する年だとも思う。人口減少や、競合企業など時代の変化に今までとは違う危機感を持つことが必要。100年企業を目指して経営ビジョンを策定しなくてはいけない。
 80周年記念事業の1つとして青森県のご当地アイドル「りんご娘」をイメージキャラクターとしてCMキャンペーンを実施中。対象商品についている「80周年マーク」を応募はがきに貼って送ると抽選でオリジナルグッズや景品が当たる。嬉しいことに制作したCMが大好評で、すでに予想を超える応募が集まっている。もう一つは80周年記念の新商品「六穀太子納豆」の開発。大豆にウルチヒエ(粳稗)、モチキビ(餅黍)、黒米、赤米、アマランサス(赤粟)を最適な状態になるように別々に蒸して合わせた。栄養価を高めたうえで、人手で1つ1つ手盛りする。ポリフェノールが多く含まれ、とても糸引きの良い納豆に仕上がり、通販で展開。
 80周年のスローガンは『始動』。2030年までには新工場増設、売上高を伸ばし新事業にも取り組んでいきたい。80周年を迎えたことで100周年に向け始動する。これまでに感謝し、これからの世界の太子を目指すべく大きな大志を持ち始動していきたい。そのために3つのことを柱に考える。
 1つ目は「人」。基本的には、生産を止める事が出来ないので工場には休みがなく、社員には交代で休んでもらっている。30~40年勤務のベテランが多いが、土日交替出勤などもあり、子育てする世代には厳しい条件もある。環境としては若手と女性の雇用を増やせるような働きやすい会社をつくりたい。世代交代と人材育成を同時に進行し、働き方改革を実施する。2つ目は「食」。植物をベースにした世界に通用する食品開発を目指したい。豆腐・納豆に続く新たな売り場の開拓をする。大豆は肉に替わるタンパク質であり、ダイエットなどに向いている時代に適した食材である。食育や社会貢献も進めていきながら、大豆をベースにした新食品を思案中。太子ブランドを拡大するためにも業界を超えたコラボ商品なども考えたい。3つ目は「環境」。フードロスや脱プラスチックに注目し、環境問題にも対応していく。また、あまり一般的には知られてないが豆腐を作るときに出る泡を消す消泡剤や乳化にがりを使わない独自の技術開発でのこだわり製法もPRしていく。
 時代の移り変わりもあり、顧客の真の『満足』が多様化している。安心・安全・健康で美味しいという「信頼」、知ることや自分でやることで感動する「体験」、SDGsへの取り組みで持続的な発展に繋げる「貢献」。多様化には変化し対応しながらも、ものづくりに対する創業の理念だけは変えずに全国、世界の太子へと持続可能な発展をしていきたいと語った。
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↑10月からイメージキャラに起用のRINGOMUSUME(りんご娘)ポスターと工藤専務取締役(応接室にて。※写真用にマスクは外してもらいました)
十和田青果株式会社
代表取締役社長 坂田 真也さん
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坂田 真也さんプロフィール
昭和50年5月5日生まれ(45)十和田市出身。三本木農業を卒業後は東京農業大学国際農業開発学科へ進学。卒業後は親との約束を守り、地元就職をする。学生時代から熱中していたサッカー関係の知り合いから紹介され、十和田青果株式会社へ入社した。平成26年に部長へ昇進。平成28年に民営化するタイミングで前野月社長に若い世代の力が欲しいと代表取締役社長として就任した。

 今年で40周年を迎えた十和田青果株式会社の代表取締役社長の坂田真也さんを訪ねた。
 十和田青果株式会社は昭和55年、済誠会病院前にあった野菜の協同卸売り市場から移転し、株式会社として現在の場所に会社を設立。市が管理し、会社が運営をするという半官半民で運営していたが平成28年に民営化となった。
 坂田さんは学生時代から専念していたサッカー関係の人の紹介で、大学を卒業後に十和田青果株式会社に入社。経理・総務を経て部長に昇進。民営化をきっかけに前社長の野月さんから任命され40歳という若さで代表取締役社長として就任した。働く側から働く人を養う側の立場になったことで会社を経営していくための視野を広げたり、地域貢献も考えるようになったという。
 会社では社員としてイベント業務を任されるようになり、子会社として立ち上げた有限会社十美商事の営業も兼務した。年に2回ある東京・大阪の展示会では地元野菜を売り込んだりと、全国の野菜の相場との戦いは大変だったと営業時代を振り返る。十和田市の野菜を全国へ広めていきたい。直接農家さんから仕入れている責任もあり、従業員だけではなく、農家さんの生活も考える。生産者と消費者をつなげる役割をしっかりと果たしたいと語った。
 新型コロナウイルスの影響で外食産業からの注文は落ちているが、スーパーなどからの需要はあり、売り上げは実質上がった。40周年記念事業は残念ながら中止となったが、いま地域貢献出来るタイミングと考え、市へマスク10万枚を寄贈した。
 安心・安全・安定供給と品質管理を心掛け、十和田市の野菜を一人でも多くの人に届けたいと語った。
有限会社 みのる養豚
常務取締役 中野渡 大さん
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中野渡 大さんプロフィール
昭和53年4月2日生まれ(42)十和田市出身。三本木農業畜産科を卒業後、北里大学畜産学科へ進学。卒業後は栃木県にある養豚会社へ就職。5年間勤務した後、家業である有限会社みのる養豚へ入社。栃木県の会社で学んだ知識と経験を活かして自社の拡大を目標に勤める。

 昭和43年創業の養豚会社・有限会社みのる養豚の常務取締役、中野渡大さんを訪ねた。
 中野渡さんは幼少の頃から養豚の仕事を手伝わされたり、家業に対しては3K(きつい・汚い・危険)のイメージしかなかったために、本音を言うと家業を継ぐつもりはなかったという。それでも長男として三本木農業、北里大学で畜産を学び、栃木県の養豚会社へ勤務。そこで養豚会社のイメージはガラっと変わったという。勤めた会社は福利厚生がしっかりしていて、休日も保障されている。何より会社が綺麗で仕事に対する意識も変わったという。辞めたくはなかったが、家業であるみのる養豚もこうあるべきと5年間勤めた後に退社。帰郷し入社した。
 当時は農場は2つ(現在は5)だったために親も子も混ざり合っている豚舎だった。現状を知り、昔からいる従業員とコミュニケーションを取りながら意識作り、環境作りから始めた。まずは農場を増やし、豚の大きさに合った施設で飼うこと。ピックフローと言われる仕組みで、例えで言うなら学校のようなイメージ。親は別の農場へ、子どもは大人になったら次の農場へ、移動する際に農場をきれいにして次の世代を迎える。それまでは1つのクラスに親も子も大人も一緒にいる部屋だったのでこれではいい環境とは言えず、ストレスや病気やケガもあった。
 農場を増やしたことで規模を拡大し、家族経営から従業員を守るための会社経営へと意識も変わった。従業員は帰郷した当時より4倍ほど増やす事も出来た。奥入瀬ガーリックポークや十和田ガーリックポークのブランド化など、県外への販売経路も確立し、会社としての地盤を固めてきた。
 養豚は糞尿が出るので、それをたい肥として農家へ分け、それで育ったにんにくや野菜を飼料として購入する。青森県は全国でもトップクラスの飼料米の生産地でもあり、地域との連携として、循環型農業を目指していきたいと語る。
 安心安全高品質をPRするためにJGAPを1つの農場で取得。今後は飼育豚舎3つ全ての取得を目指したい。新しい豚舎は餌やりや掃除にオートメーション機能を取り入れ、従業員も働きやすい環境を作っていく。安心で美味しい愛情込めて育てた豚をぜひ食べて欲しいと笑顔で語った。
 十和田市に移住してきた葛西睦さん(22)と岡駿岳さん(21)が中央商店街にある交流スペース「14‐54」内に14‐54カフェをオープンした。
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 葛西さんは1998年5月3日生まれ。深浦町出身で木造高校を卒業後は秋田県で花火師として3年働いた。
 岡さんは1998年12月28日生まれ。中泊町出身で木造高校を卒業後、七戸町の営農大に進学。卒業後は中泊町の役場で働いていた。
 別々の道を進んだ同じ高校出身の2人を再び繋いだのはお互いに興味をもっていた「コーヒー」の奥深さだった。まったく違う業種の2人がカフェをやってみたいと思った時に、地元にはカフェがないことを知り、それが逆に2人のカフェをやってみたいという気持を強くした。
 まずは経験をとカフェの面接を受けたのだが、全部断られてしまった。そこで葛西さんが以前、知り合いとなった前14‐54カフェの店長であり、現在は弘前市でカフェバーを営んでいる中野渡夫婦(卓也さん、実知さん)と出会い、この十和田市の14‐54を紹介してもらった。
 去年の11月にその話を聞き、それから何回か十和田市に足を運び、同施設を運営するアレックス・クイーンさんと打ち合わせを兼ねた。当時は他にもやりたいという人がいたにも関わらず、3月末に先に移住を決めた。それから4月に許可が下り、本格的にオープンの準備をする。メニューを考えたり、知識や経験を深める準備期間。しかし、3月中旬から新型コロナウイルスの影響により、5月7日に念願のオープンを叶えたが、オープンしてからも全く人がこなくて不安しかなかったという。
 フードはポークとチキンから選べるトルティーヤ巻や自家製ソーセージなどがメインで、これから客層を広げるためにメニューは増やしていきたい。学生は嬉しいドリンク100円割引き。これからイベントなども少しずつ増えていくことも願い、地域の人たちと触れ合っていきたい。そして、この店からコーヒーの魅力を伝えたいと語った。
 「14‐54カフェ」の営業時間は午前10時~午後6時。月曜定休。テイクアウトメニューもあり。お問い合わせは...0176‐78‐9154迄
 十和田市の画家で俳人の日野口晃さん(87)が画文集『木洩れ日』を出版した。日野口さんは1932年11月9日生まれ、十和田市出身。弘前大学教育学部美術科卒。青嶺俳句会で出版している俳句の月刊誌『青嶺』での自身の連載と、担当している表紙の画を88歳になる米寿の記念にまとめようと知り合いに勧められ画文集出版の運びとなった。
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 日野口さんは幼少のころから画に興味があり、画家になりたかったという。ただ幼少時、戦後間もないころは農家の子は農家を継がなくてはいけない風習だったために大学進学を希望したときは勘当同様に家を追い出されたという。なぜか学力は周りより秀でていたため流されるように教員の道へ。最初の赴任先の六戸中学校でピアノや美術の教員の過程を経て、それから同僚の紹介を受け、弘前大学へ進学。
 大学へは独り身であてもなく進んだが、偶然としか言いようのない人との縁もあり、住むところも学費にも困ることはなかった。そこでは演劇やダンス、絵画や彫刻など、様々な文化芸術を体験した。卒業後は映画好きが集まった映画観賞会などに携わり、他にも俳句や川柳なども経験してきたという。
 幼少時から実感していることは、やらないで悔やむよりもやってみること。何より自分自身が好奇心旺盛で何でもやってみたいという気持ちが強く、それがまた自分の人生を面白くしているのだと思うと語った。
 約35年前に「十和田市に文化の灯をともそう!」とアトリエ「ふおるむ」を開設。そこで油彩画や彫刻などに勤しむ。画を描きながら、俳句や合唱など様々な文化的なジャンルを独学で学びながら挑戦し、1987年に「十和田市文化奨励賞」、1997年に「十和田市文化功労賞」を受賞した。
 日野口さんの活動は一つの事にとどまらず、油彩画の他、彫刻、俳句、音楽など多岐にわたっている総合芸術科と言っても過言ではないだろう。
 その日野口さんの人生のほんの一部を振り返られる作品「木洩れ日」は、5年前から掲載している「青嶺」の短文と表紙画をまとめたもので、日野口さんの今までの体験や、出会った人など日常にあった特別な出会いや、そこで感じたことなど、ありのままの「素」を垣間見ることが出来る画文集となっている。
 三沢米軍基地でのこと、十和田少年少女合唱団の思い出、新渡戸十次郎や渋沢栄一や寺山修司など郷土の偉人のことやそれに関わりのある人物の話し、父の馬のはなしやアキラ画塾の誕生の話し、「熊さんと呼ばれていた頃の話しなど、全83ページにもわたり日野口さんの魅力が満喫できる内容となっている。お問い合わせは...0176‐23‐0646迄
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