はたらくひと必読!仕事人!!今月のスポットライト

癒しの笑顔でフロント接客
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十和田シティホテル
下山 沙織さん
 今月は十和田シティホテルの下山夫妻の長女・下山沙織さんを訪ねた。
昭和63年5月11日生まれ。4代目となる父が経営する十和田シティホテル(旧下山旅館)の長女として生まれ、7歳下に双子の弟と妹がいる3兄弟として育った。おっとりとした雰囲気からは想像できないが、父の影響からか子どもの頃は卓球に励み好成績を収める。三本木高等学校を卒業後は、ものづくりや物理が好きなことから大阪府にある大阪府立大学工学部機械工学科に進学。卒業後は神奈川県にある日揮(エンジニアリング会社)に就職した。石油精製設備の管理を業務とし、海外でガソリンや重油などのエネルギー資源を作り、それを輸送して日本でガソリンスタンドなどに販売をする大手企業だ。
 諸事情により29歳で退社すると共に下山さんは2つの決断をする。1つは十和田市に帰郷をする事、もう1つは神奈川県で出会った彼との結婚(これは十和田市民を1人増やしたこととなる)。また、今月は結婚式を控え、十和田市内に新居を建てるなど現在はバタバタしていて忙しく、今後の事ははっきりとは決められてはいないが、これからは家業であるホテルの手伝いをしながら将来の事を考えていきたいと語った。
 当時は家業を継ぐ事は考えてはいなかったが、弟と妹も大学を卒業し県外で就職。ホテル業はGWなどの連休や年末年始など、みんなが遊び、休む時期には必要な仕事。現在は受付業務を勉強し、まだ社員とはなっていないが子供の頃からお手伝いはしていた家業のためにこれから頑張っていきたいと語った。十和田シティホテルでは宿泊だけではなくお得なランチや夜の宴会もおススメ。お問い合わせは...0176‐23‐2076迄
人から人へ「物」を運ぶ物流
行きたい場所へ「人」を送る運送
物流と運送で笑顔をつなげる仕事人
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~新山良平さんプロフィール~
 昭和55年6月17日生まれ(37歳)
十和田市出身。三本木農業高等学校を卒業後は駒澤大学経営学部に進学。卒業後は東京の運送会社へ入社した。約6年間勤務した後、父親の白髪が増えてきた事が理由で後を継ぐために帰郷したという。東京で結婚し、現在は3人の子宝に恵まれる。
株式会社新山運送
 十和田市街から七戸方面に向かう途中、ローソンを過ぎてすぐ左手に紫色のトラックが並ぶ運送会社「株式会社 新山運送」がある。
 株式会社新山運送の代表取締役常務の新山良平さんは東京の運送会社で学んだノウハウを活かし、帰郷してからはトラックの物流に力を入れ、関連会社の上十青果との事業を成功させ、新事業として約2年前から貸し切りバス「新山交通」を起ち上げ、物流・運送と活躍する。
物流の必要性
 新山さんは主にトラックの配車を業務とし、物流の要である運送業に従事する。交通時間や距離の計算、運送費(高速道路の料金やガソリン代など)、運転手の睡眠・休憩時間の管理などを計画するのが配車の役割。新山運送は全国を駆け回り、南は九州まで運ぶという。
 現在、運送事業は全国展開するネットショッピングなどには必ず必要不可欠なものだが、大型車の運転や荷物の受け取り・降ろし、長時間の運転など、厳しい労働業務イメージもあるのか人手不足の解消が難しいという。人材不足はどの業種でも言えることかもしれないが自社では現在38名いる従業員の高齢化にも対応するためにもパッカー車(ゴミ収集車)や塵芥車など市内近隣を回る業務にも取り組んでいる。
 物流の手段は陸海空と様々あるがトラックは物流の中でも一番気候の変化にも強く機動力があり、国内物流の約90%を締めるという。それを一番実感したのは東日本大震災の時。偶然にも前日に会社の燃料タンクを満タンにしていたため震災時にトラックを動かすことが出来た。もし、あの時トラックの物流が止まっていたら被害はもっと深刻化していただろうと思うし、あの時みんなが寝ている間も休まずに運転してくれた運転手には感謝しかないと語ってくれた。
バス事業の展開
 バス事業を始めようとしたきっかけは「物」を運んできたプロとしてのノウハウを活かして「安全・確実」を約束できること、十和田市は観光地でありながら人口減少のためにバスの本数自体が減ってきていることを感じたからで、学生のスポーツなどの遠征や会社の慰労会などの送迎などを行っている。
 東京などへ遠征の場合はバスよりも新幹線の方が少し安くなるかもしれないが混雑している電車の乗り継ぎもなく、目的地まで直接「人」を運べる利便性と安全性は確実にある。金額に関しては何年か前に格安バスツアーの運行で大きな事件が起きてからは規制が厳しくなり、国土交通省で決められた料金(時間×単位+距離×単位=バス料金)を貰わなくてはならないのが現状のため、下げ幅には限界があると教えてくれた。バス事業が厳しい現状にある中で、なんと貸切バスは7台中5台が新車だという。ゆったりとしたきれいな空間でバス運行を堪能できるのが強み。去年から約1年学んできたことを活かし、お客様とのつながりを次につなげてもっと稼働率を上げていきたいと語った。
 また、関連会社の上十青果とも連携して高原大根の収穫イベントなどを企画したり、手づくり村鯉艸郷でのそば打ち体験、奥入瀬渓流や十和田現代美術館の観光・散策、十和田バラ焼きを食べるなど地域貢献につながる事業も企画し展開していきたいと語った。
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お菓子のみやきんイオン十和田店
店長 田端 裕香さん
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お菓子のみやきんの美味しさ伝え
記憶に残る笑顔の接客で迎えたい
 今月はお菓子のみやきん・イオン十和田店の店長を勤める田端裕香さんを訊ねた。昭和55年12月9日生まれ(37歳)百石高等学校を卒業後は十和田観光電鉄の遊覧船のガイドに期間雇用で入社。ガイドの仕事にはやりがいを持っていたが人件費削減のために音声アナウンスへ切り替わる事を知り退社を決意。冬季期間に仕事を探し、居酒屋つぼ八でバイト始め、約8年間勤める。接客業は好きだったが夜間の仕事だったために日中の仕事を探していた。そんな時にお菓子のみやきん切田通り店(現在は移転して十和田総本店)を訪れた時のスタッフの笑顔と接客に感激し、ここで働きたいとの想いから面接を受けた。始めは移転した十和田総本店の喫茶店のバイトとして勤務。接客技術を活かしながら販売の手伝いなどする姿勢が評価され、人事でイオン十和田店のパートとなる。入社から約5年、33歳の時に社員として採用され、イオン十和田店の店長として就任する事となった。
 イオンは家族連れのお客様が多く子どもも多い。自分が小さかった頃のお菓子の味は覚えてないが接客してくれたお姉さんの笑顔と優しさは覚えているとの自身の体験から、今度は自分がそうなろうと記憶に残るような笑顔と接客を意識して働いていきたいと語った。接客の仕方に正解と当たり前はないと思うがお客様が喜んでくれるように、これからも日々の対応の中から積み重ねていきたいと語った。
 今後のイベントの予定としては週末限定のウィークエンド大福(月によって中身のフルーツが変わる大福)と6月に工場まつり(新工場でのイベント)などお客様が喜ぶイベントを企画している。お菓子のみやきんへのお問い合わせは...0120‐313‐263迄。
防災に強いまち十和田市を目指して
火災から命と財産を守るお手伝い
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~大和英樹さんプロフィール~
 昭和62年9月2日生まれ(30歳)
十和田市出身。十和田工業高等学校電気科を卒業後は東京電機大学電気電子工学科へ進学。卒業後は消火器のメーカー(現マルヤマエクセル)に入社し、営業として福岡県で勤務。諸事情により25歳で帰郷し株式会社マルヤマに入社。平成26年6月に代表取締役として就任した。

 十和田市内で消火器の販売・点検や防災コンサルタント業務などを手掛けている株式会社マルヤマの代表取締役・大和英樹さんを訪ねた。
 大学を卒業後は消火器メーカー(現マルヤマエクセル)に就職し、消火器を取り扱う企業へ営業・卸し業務を行っていた。学生時代に離婚した父親が株式会社マルヤマの前代表で当時は後継ぎの事は考えてはいなかったが、父親が急病で倒れたことをきっかけに帰郷し入社。平成26年に26歳という若さで代表取締役として就任した。
 業者に卸すメーカー側から、その販売などをする業者側になった大和さんは、卸した消火器のその先を知らなかったという。似ているようで違う初めての業務は手探りで覚えながらのもので、会社のためにすぐに代表として就任するなど帰郷してからは忙しい毎日だった。
 青森県は何年か前に出火率(人口に対する出火件数の割合)全国ワースト1位を記録したこともあり、火事は比較的に多い地域と言えるが、残念ながら防災に対する意識は薄いのが現状。地域の防災力を強めて十和田市を「防災に強いまち」のモデルとなるようにするのが将来的な目標だと語った。
 ①そのための取り組みの1つとして、町内会単位で定期的に「防災講演」を始めたという。火事になる前に準備する事、火災が発生してからどうするか、火災後に必要な行動など、生命と財産を守るために地域の防災力が必要な事を伝えている。防災の意識を持つことで町内会での結束を強め、地域の交流も深めることにもつながれば嬉しいと語った。
 ②もう一つの取り組みとして「消火器のオリジナルラベル」の制作を始めた。赤く目立つ消火器は逆に隠されてしまう事も多いため、いざ火事になった時に探せない人も多いという。消火器に店舗のラベルを貼ったり、小学生の防災図画や用語、家族写真やアート写真でもいい、隠されない見せる消火器を広めていければアートのまち十和田市は消火器も素晴らしいと注目されるかもしれない。消火器のデザインは元々規制が厳しかったためにオリジナルラベルの制作は全国的にも先駆けとなる。お客様の要望に応えて興味を持ってもらうことから防災への意識を高めていきたいと語った。もしかすると新築祝いの贈り物に家族写真の貼ってある消火器が贈られるようになるかもしれないと感じた。
 ③もう一つの取り組みは災害時の防災セット「SONAE」の周知。どんなに気を付けていても出火原因の1つにある放火を防ぐには高額な設備投資が必要で一般家庭では限界がある。防災用品と非常食12食分(3食×4日分)が入っている。この非常食(保存食)は非常時にしか食べてはいけないのではなく、当たり前に賞味期限はあるので毎月1つでいいので食べて買い足すようにすれば1年で交換と同じくなる。薬の常備薬のように置き場所や賞味期限などを確認する事でいざというときに役に立つ。将来的には保存食も十和田地産のものにしようと思案中。そうすることでもっと地域と密着した会社として地域社会に貢献できると考えていると教えてくれた。
 ④火災時の実施訓練を受ける消防士や消防団員とは違い、一般の方は実際に火災に遭った時の対応などは難しいだろう。将来的な夢となるが気軽に誰でも火災体験をして消火・避難訓練を出来る防災施設を作りたい。VRを使った疑似体験コーナーや保存食の試食体験などイメージは広がる。命と財産を奪う火災の怖さを知る事が一番防災意識を高めることにつながる。将来の十和田市が防災拠点のモデルとして全国に知られるように防災を通じて自分が出来る事を考えていきたいと語った。
 株式会社マルヤマへのお問い合わせは...HP/http://www.maruyama-t.co.jp/0176‐22‐0133迄
書く・聴く・話すことの大切さを伝えたい
言葉と文字のコミュニケーション講師
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日本習字あゆみ教室
講師 岡部 あゆみさん
 今月は「日本習字あゆみ教室」講師、岡部あゆみ先生を訪ねた。昭和41年10月23日生まれ、十和田市出身。三本木高等学校を卒業してから昭和女子大学日本文学科へ進学。卒業後は東京のイベント会社へ就職。その後、映画やCMの制作会社へ転職し、アメリカ支社の起ち上げメンバーとしてロサンゼルスへ出向、帰国後に諸事情により退社し平成11年に帰郷。帰郷後は職業訓練校で社員研修講師、コミュニケーション講師、カルチャースクール講師などを務めながら人材育成事業に携わり幅広く活躍。平成13年に「公文式ひがしの団地教室」を開設。6歳から習っていた習字を活かし、十和田市や八戸市で美文字講座を開催する。「言葉と文字のコミュニケーション」をテーマに日本習字あゆみ教室を平成26年にみちのく温泉隣にある神社「お不動さん」で始めた。
 子どものころはアナウンサーになりたかったという岡部さんは話しをするよりもどちらかというと聞く方が得意だという。近年、社会問題にもなっているスマホ依存症。最近では手紙や対話が苦手な子供が増えている現状があり、美文字講座やコミュニケーション講座など字と言葉を伝える講師を務めると共に、以前よりも字と言葉の大切さを想う。顔も見ない、声も聞かないメールや絵文字だけに依存していてはコミュニケーションの本質は失ってしまうだろう。「言葉は一瞬で消えるけれども字は書くことで形として残るもので、字は書かなくても気持ちを伝える言葉は心に想いとして残る。」と語る。
 岡部さんの習字教室は神社の中という事もあり、昔の寺子屋のような雰囲気で中に入ると心が落ち着き背筋が伸びる。字を上手くするためだけが目的ではなく、生徒とのコミュニケーションも大切にし、字と心を整えることで社会での自立につながるように心掛けていきたいと語った。現在はキャンペーン中で入会するとお習字セットがプレゼントされる特典付き。4歳から成人の方までが対象。お問い合わせは...090‐7074‐4768(岡部あゆみ)迄
自然と暮らす家づくり
次の代にも残したい「いわ木の家」
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~岩木勝志さんプロフィール~
 昭和29年2月20日生まれ(64歳)
旧十和田湖町生まれ。中学を卒業後、家業である建築の世界へ足を踏み入れる。創業は昭和30年、昭和58年に会社として設立し、父親が亡くなった平成11年に代表取締役として就任した。木材を使った住宅に着目し「いわ木の家」を設立。県産材を使用した自然と暮らす家を提案し、あおもり県産木造住宅コンテストで受賞する。
 「第10回あおもり産木造住宅コンテスト」で一般投票による特別賞を受賞した有限会社岩木建設 代表取締役・岩木勝志さんを訪ねた。
 中学を卒業してから家業である建築業で大工として学び、今年で勤務49年の職人。平成11年に亡き父の後を継ぎ、有限会社岩木建設・代表取締役として就任、後に同敷地内にいわ木の家設計事務所を設立した。
 岩木さんは集成材(何枚かの木を接着・圧縮して合わせたもの)ではなく無垢材に着目し、木本来の自然の性質を活かしながら家を建てたいと思うようになり、県産材を使用(青森県産材は8割、2割が秋田)。からまつやヒバ、杉など木にはそれぞれに特徴があり、適材適所に使いながら、木目や匂いを感じながら自然の中で暮らすイメージで家を建てたいと感じた。
 いい意味で現代の建設業界は技術も発展し、2×4やプレカット製法(先に枠などを作る技術)など、家を建てると言うよりも組み立てるような技法が増えてきた。理由はコスト削減と簡略化だが、本当の意味で木を扱える職人が少なくなってきたのは残念。若い世代にも伝えていきたいが、育つ前に辞めてしまうのが悩みだと教えてくれた。
 自然の木の良さの分かり易い違いを聞くと、木目のシートを張った板材とカンナで削った無垢材を触らせてくれた。触り心地はもちろん、木の温かさが全然違う事に驚いた。本は本来、熱や水気や匂いを吸収するもので発散するもの、木目も当たり前に違い、同じ柄を並べたシールには出せない味がある。岩木さんは「次の代まで使える丈夫で長持ちする自然の家をお客様に届けたい」と語った。
元気になって自宅に帰れるように
健康管理を支援する新施設長
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~小田正博さんプロフィール~
 昭和20年3月9日生まれ(73歳)岩手県盛岡市出身。弘前大学医学部に進学し、医師免許を取得。それから48年間地域医療に従事し携わってきた。福祉の里の山本理事長の要請を受けて、今年1月にみのり苑施設長として就任。
 今年1月から「社会福祉法人福祉の里・老人保健施設みのり宛」の施設長・医師として就任した小田正博先生を訪ねた。介護施設は特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、グループホーム、有料老人ホームなど様々あるが種類や目的の違いを明確に説明できる人は少ないだろう。
 介護老人保健施設(以下、老健と略)は本来、病院と自宅の中間施設という位置づけになっている。怪我や病気などで病院へ入院し、治療が済んで退院しても、自宅での生活がすぐには困難な状態であれば、自宅に戻る前に施設に入所してもらい、在宅生活を想定したリハビリを行い、在宅復帰のための支援をすることを目的としている。
 小田先生は「山本理事長の要請で施設長として就任した1月は上北保健所管内でインフルエンザ警報が発令され、施設内でも数名の感染者が出たため、集団感染を防止する対策に追われたことが大変だった。」という。その理由として、みのり苑では入所者が100名、通所リハビリテ―ションの利用者が一日で約90名おり、他の施設に比べて毎日の人の出入りが多いためだと言う。
 みのり苑では看護師、介護福祉士、理学療法士、作業療法士や介護支援専門員など多職種の有資格者が勤務しており、それぞれ役割分担して利用者への支援を行っている。在宅復帰率は県内62ある老健の中でもトップクラスを誇り、高い在宅復帰率でありながらも中・重度の利用者の受け入れも積極的に行い、医療面でのサポートを中心に高齢化がすすむ地域社会への対応も行っている。
 小田先生は「入所者の健康管理に最大限注意を払い、在宅復帰のための支援とこれからも高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らしていけるように職員と力を合わせて医療と福祉のサービスを行っていきたい」と語った。
歌って踊れるスタンドウーマン
元気と笑顔を届ける働く女性
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紺野商事株式会社
下田 小月さん
 今月は紺野商事(株)のガソリンスタンドで元気に働く下田小月さんを訪ねた。十和田市出身、三沢高等学校を卒業後は東京IT会計法律専門学校横浜校法律学科に進学。中学時代は新体操部、大学へはCMを見てチアリーディングをやりたくて進学を決めたという。歌うのが好きで踊るのが好き。昔から歌手に憧れていた下田さんは大学ではチアリーダーを任され、第一回夏おどりでは準グランプリを受賞するなど活発的な一面も見せる。歌好きが高じて家の敷地内にある小屋を改装してもらいカラオケボックスまで作ってもらったという。...余談となるが名前は全て小学校1年生で習う漢字なので覚えやすい(笑)
 ここまでの経歴を聞いただけではガソリンスタンドのスタッフという職業に就くことは想像できない。理由を聞くと、もともとは家族で利用していた紺野商事のスタンドでスタッフに誘われバイトを始めたのがきっかけだった。現在2人の子を育てる下田さんは、朝早くから夕方6時まで稼ぎながら仕事と子育ての両立をしながら働く。暑がりで寒がりで大変なことも多いが接客業が好きなこともあり、季節を肌で感じられるスタンドの仕事に魅了され、危険物の資格も取得し、上司にも認められ、会社の石油部で女性としては初めての正社員雇用となった。
 自信を持って言える事は、毎日「元気だね」とお客様によく声を掛けられる。洗車も指名で担当するお客様が増えてきた。人と人とのコミュニケーションの先に信頼が生まれるのだからいつも笑顔で明るく接客を心掛け、今をしっかりやることで次につながる仕事がある事を知っているから絶対に手を抜かない。特に洗車に関しては十和田市で一番だと自信を持って答えられるように日々取り組んでいる。今では指導係として新人教育も兼任するなど会社にとってもお客様にとっても必要な存在となり、今日も元気に笑顔でお客様を迎える。
all for the future
~未来のために、いま行動する~
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~新堂友和さんプロフィール~
 昭和53年12月20日生まれ(39歳)三沢市出身。三沢高等学校を卒業後は専修大学北海道短期大学へ進学。八戸の会社に就職後、東京の外資系のコンサルタント会社に転職。35歳までノルマをこなす厳しい仕事をしていたが、何か自分の仕事に違和感を感じたと同時に農業に可能性を感じ帰郷を決意し親元の農業を継いだ。同級生に声を掛けられ、人を知るために三沢青年会議所に入会。入会3年目にして第55代理事長を就任した。
 入会3年目にして今年度の公益社団法人三沢青年会議所(以下、三沢JC)の55代目の理事長として就任したジョイントファーム株式会社の新堂友和さん。
 今年度は三沢JCの55周年の節目となり、77年に一度しかこない東北青年フォーラムの開催など多忙な一年となることは間違いない。新堂さんは入会してから日が浅い自分にはまだ早いと感じたがメンバーからの後押しもあり、今が三沢の転換期になると覚悟を持って理事長となった。県内は8つ、東北で77ある青年会議所が毎年持ち回りで開催する東北フォーラムは77年に一度しか地元開催はないので「三沢らしさ」を最大限に見てもらいたい。そして、自分たちだけでは成功はあり得ないから周りの力を巻き込んで共に創り上げていきたいと語った。
 若い世代が行動しないとまちの活性化もないので若い世代の人づくり、自分自身の成長、未来を担う子どものために事業を展開し、大会成功はもちろん、大会後にどうつなげていくかが一番大事だと語った。
 三沢JCは今年が転換期。この三沢市開催の東北フォーラムにどんな思いを込められるか、JC運動の認知度と理解を深め、若い世代が共感して実動し、会員拡大が出来ないと減少の一途をたどるだろう。JC運動を通して学ぶことや人とのつながりを作る事で「一年後に出会えなかった自分に出会える」。将来を見据えて今なにをするかを考えて行動し、「修練」「奉仕」「友情」の三信条のもと明るい未来を実現したいと語った。
全てはこの街のために
~勇気ある一歩を踏み出す力、継承する力、友情の力~
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~太田格道さんプロフィール~
 昭和54年6月9日生まれ(38歳)十和田市出身。三本木高等学校を卒業後は栃木にある白鷗大学経営学部に進学。卒業後は東京にある印刷会社に就職し、営業のスキルを学ぶ。24歳のころ父親が病で倒れたのをきっかけに帰郷した。家業を継ぐと決めてからは身に着けた営業のスキルを活かすために自ら進んで十和田青年会議所に入会した。今年で入会13年目のベテランとして62代目理事長として就任する。

 今年度の公益社団法人十和田青年会議所(以下、十和田JCと略)62代目の理事長として就任した有限会社アート印刷常務取締役の太田格道さんを訪ねた。
 大学を卒業してから東京の印刷会社で営業を学んでいたが父親の病がきっかけで帰郷し、跡を継ぐことを決める。地元では「横のつながり」が大事だと気が付き、自らJCへ入会したいと申し出た。25歳の若さで入会した当時はメンバーも60名ほどいたのでたくさんの先輩にもお世話になり、学ぶことも多かった。
 昨年は10名が卒業し、今年度は27名スタートとなるがメンバーは35歳以上、新人が多く、入会10年以上のメンバーは自分だけとなった。新人が多い事は新しいアイデアにチャレンジしたり横のつながりが増えるメリットがある一方、先輩方との交流は減り「縦のつながり」が弱くなってきてしまった現状もある。途切れることなく学んだ事を継承するために20代のメンバー拡大も視野に入れたい。そのためには、まずJCが「魅力ある団体」にならなくてはと考え、JC・仕事・家庭を一番にするのを目標としたい。JCは時間の投資だと思うので日本、世界にもつなげる事は出来る。そのために仕事や家庭を投げ出してしまうようなイメージ改善にも力を入れ、会議時間の短縮など現代に合った組織作りをしていきたいと語る。
 大好評の職業体験などの青少年育成事業はもちろん、今年で48回目となるお祭り中日の運営、去年のスコールで中止となった太鼓の競演も成功させるために新たなアイデアを考え、後輩へもしっかりと伝えたいと語った。
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