はたらくひと必読!仕事人!!

高年齢者が「生きがい」を見つけられる
地域と人に必要とされる場所
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公益社団法人 十和田市シルバー人材センター
業務主事 下山 ゆかりさん
 今回スポットを当てたのは公益社団法人十和田市シルバー人材センターに勤める下山ゆかりさん。十和田西高等学校を卒業後は保育園の仕事に携わり、7年前に臨時職員として十和田市シルバー人材センターに入社し現在は正職員となる。近年は労働人口の減少が止まらず、人材不足の声がどこからでも聞こえてくる。働く意欲のある高年齢者が生涯現役でいられるように「請負・派遣・職業紹介」の形で就業を提供するのが仕事。60歳以上からは誰でも会員として登録する事ができ、現在の最高齢者は91歳だという。15年ほど前は900人ほどいた会員も定年延長や会員の加齢で今は約460人になっているという。
 会員たちは働くだけではなく、仲間づくりの場ともなるようにサークルや愛好会を立ち上げ、パークゴルフやカラオケ、山歩きなどをコミュニケーションの場として活用している。入会理由として一番多いのは社会参加がしたいという意見が多くを占める。高年齢者にとって最も必要なものは「生きがい」の充実であり、そのための手段として仕事や趣味などがある。高年齢者の「居場所」と「出番」をつくり「生涯現役社会」の実現に努力をしている。シルバー人材センターを地域の人たちにもっと活用してもらえれば嬉しい。
 会員拡大のために市広報に掲載したり出前説明会をしている。しっかりと得意分野で働きたい人、趣味や会話などの場として交流を深めたい人、短期だけ働きたい人、さまざまな目的の人が訪れている。下山さんは「この仕事に就いてから高年齢者に対するイメージが変わった。ホントにみなさん元気で活き活きしている」と笑顔で答えていた。10月18日は「シルバーの日」全国一斉に環境整備などのボランティア活動を実施する。シルバー人材センターへのお問い合わせは...0176‐25‐0222迄
まちを見守る自動販売機は
まちを愛する人が届ける
自分を磨き表現する仕事人
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~長谷地信也さんプロフィール~
 昭和50年3月27日生まれ(42歳)旧十和田湖町出身、三本木農業高等学校農業経済科を卒業後、平成9年8月に三本木商事株式会社に入社。ダイドーの食品事業部として自動販売機のルート営業、配達などをメインに市内を回り、営業本部長兼お客様サービス部部長を経て26歳で経理の責任者となる。平成27年4月に三本木商事株式会社の4代目の代表取締役として就任し今年で入社から20年目となる。平成24年には自分を磨きたいと紹介ではなく自身で申し込み商工会議所青年部にも入会した。去年から観光委員会委員長として活動し十和田湖マラソンを盛り上げた。

 十和田市、八戸市と併せて約1100台のダイドー自動販売機(以下、自販機と略)の飲料販売をメインとし、乳製品の販売やウォーターサーバーのリースなど手掛けている三本木商事株式会社の代表取締役・長谷地信也さんを訪ねた。
 4代目として就任したのは入社から18年目の平成27年、気が付けばもう会社に入ってから20年になると昔を思い出す。長谷地さんは中学時代は卓球部でどちらかというと大人しい性格だったという。高校2年生の頃に何かの事業でアメリカにホームステイをした。三本木農業高等学校からは2人が選出、計40名程の高校生が言葉が通じない見知らぬ街で1週間ほど滞在した。そこで自分の世界観が大きく変わり、外国人の表現方法に感銘を受け帰国してきた頃には自己表現ができるようになったという。
 高校卒業後は様々な仕事を経験しながら22歳で三本木商事㈱に入社。ダイドーの食品事業部で自販機設置の営業で市内を回った。現在は十和田市内で720台、子会社の八戸市では380台、計1100台の自販機を管理する。営業実績を認められ36歳で取締役営業本部長に就任した。
 もっと自分を磨きたいと翌年には十和田商工会議所青年部(十和田YEG)に自ら志願し入会した。観光委員会に配属され、当時の委員長の佐々木毅彦さんから十和田湖でマラソンをやりたいとの話しがあった。秋田県をまたいでの湖畔を走る大会は他にはない。開催が実現出来たら素晴らしい大会になる。目的はマラソンではなく、それを通じてたくさんの人に十和田湖に来てもらいたい。地域活性化にもつながるし地元の人に地元をもっと愛して欲しい、それにたずさわる若い世代のひとづくりもしたいとの強い想いから約4年の歳月をかけ様々な問題を解決し、観光委員会委員長として開催実現にたずさわれたことは誇れるし嬉しいと語った。またYEG東北ブロック大会では青森県代表としてプレゼンを担当。竹達大輔会長やYEGメンバーが見守る中、十和田湖マラソンについて熱く語り拍手喝采を受けた。そして見事に「東北のPotentialで笑顔なってマレ!ヤッテマレ!大賞」のグランプリを受賞した。
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 平成27年4月に三本木商事㈱の代表取締役として就任。観光委員会委員長と兼任しての仕事は大変だったが、これからの世代の子どもたちに大人が道を作っていかなくてはならないと努力を惜しまない。ちなみに現在二人の子育てにも奮闘し、南小学校と三本木中学校のPTA会長もしているのだというから驚きだ。
 最後にこれからは自販機の衣替えの時期になり忙しくなる。社員一丸となって乗り切っていきたいと語った。ダイドー自動販売機の設置などのお問い合わせは...0176‐23‐2455(三本木商事株式会社)迄
十和田ガーデン花街道
代表 小嶋 敏子さん
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まちの中に花のある風景を目指して
 今回スポットを当てたのは「十和田ガーデン花街道」で代表を務める小嶋敏子さんだ。ガーデンクラフトマスター・グリーンアドバイザー・ガーデンアドバイザー・日本ハンギングバスケット協会などの資格を持ち、花の知識を学んだ。市の主催での花壇コンクール、緑の花の推進委員などで活動しながらも「まちの中に花のある風景」を目標とし、官庁街の景観を壊さずにお金をかけないように継続していけないかと考えていた。
 5年前に元気なまちづくり支援事業で十和田ガーデン花街道の委員会を設立。支援事業は基本的に2年で終わるが寄付金を活かしたり十和田市とのパートナー協定を結んだりと特別に3年目を迎える。それからは自分たちだけではなく、子どもたちにも体験させたり、三本木農業高校の「命の花プロジェクト」とも協力しながら活動の輪を広げていった。行政と民間で続けている事業としては全国的にも例がなく、まちの中に花を広げる活動は日本一と言っても過言ではない。しかし見た目の華やかな一年草は維持・管理・費用がかかり続けていくには大変なものだった。
 桜は儚く散るから美しい。生まれ育てる命には愛情は湧く。そんな想いから3年前に維持・管理は難しいが費用の負担が少ない「宿根草」という毎年花を咲かせる花に少しずつ植え替える事を決意。早い人は朝の4時から官庁街の花の手入れをしているという事を知ると今まで素通りしていた花壇にも注目してみたいと感じた。また、今月開催される10市大祭典では寄せ植えやハンギングバスケットで花飾りを15ヶ所に作るので是非見て欲しいと語った。まちの中に花のある風景を作る活動をこれからも応援したい。
人と機械、時代と環境、変わらないものと変わっていくものと成長する仕事人
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~佐々木佳弘さんプロフィール~
 昭和49年9月18日(42歳)男だけの3人兄弟の
次男として生まれる。三本木農業高等学校を卒業後は東京の飲食店でサービス業を学び、20歳の頃仙台へ転職した。大手企業に入社し、ガスや石油の卸販売などをして約12年間勤める。26歳で結婚し、29歳で父が他界、色々考える事もあり32歳で帰郷し家業であるササキ石油販売㈱へ入社した。現在は現場でも働きながら経営を学んでいる。

 ガソリンスタンドや車両整備、水道工事やガス・灯油の販売・配達など幅広く事業を手掛けている佐々木石油販売株式会社の専務取締役・佐々木佳弘さんを訪ねた。
 趣味は37歳から子どもと一緒に始めた空手と中学時代からやっている音楽で現在もギタリストとしてバンド活動をしているなど意外な一面を見せる。
 現在は人材不足や人件費削減のために業界全体でAI化が進んでいる。店舗はまだセルフの方が少ないが出荷量はセルフが多いという。お客様のニーズがセルフに移る環境と言えるが人でなければ出来ないことの方が多い。頻度の高く正確性が必要なものは機械化していきたいが、人にしか出来ないハートフルな部分は忘れてはいけない。どちらも活かせるようなバランスが取れればスタッフにとってもお客様にとっても満足できるサービスが出来ると思うと語ってくれた。
 スタンドは人と人とのコミニティの場。それを実践するために学校へ行って出前講座や出展、職業体験の受け入れなどもしている。元々はエコエネルギーの推進のために始めた活動だが現在は新卒者や障害者の雇用のためにも役立てている。そして新しいスタッフに教えるために教える側も成長できる。変わらない方がいいものと変わった方がいいものと、時代や環境に合わせて会社を成長させていきたいと語ってくれた。
人と携わる仕事にやりがい
お客様を迎えるホールの顔
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~田中孝英さんプロフィール~
 昭和51年9月27日(40歳)六戸高等学校を卒業後、東京の栄養士の専門学校へ進学したが約1年で中退し帰郷する。帰郷してからは地元の製造業の会社へ就職はできたが正社員ではなかった。将来のために正社員になりたいと様々な仕事を探し、20歳の頃に十和田富士屋ホテルへと就職を決めた。ホールのサービス、音響、ホテルのレストランなど様々な業務の下積みを経験した。結婚式が少なくなってきた時期もあり、新郎新婦との打ち合わせも年代が近いスタッフの方がいいとの事で当時の支配人の勧めで30歳で営業へ異動。ブライダルの司会もするようになり宴会プランやブライダルプランなどをトータル的に手掛ける。

 ホール業にとってスタッフは顔であり、利用者にとっては大事なパートナーとなる。今回は富士屋グランドホールの顔である田中孝英さんを訪ねた。
 20歳で十和田富士屋ホテルに入社。ホールのサービスやレストランなどホテル業務に務める。30歳の頃に営業へ異動。イベントや宴会プラン、ブライダルなどを担当する事となった。しかし全国的にもブライダル事業は件数が減り続け右肩下がり。ひと昔前までは親が本人が会ったこともない人たちまで呼んで大人数で盛大に結婚式を祝った時もあったが...今では身内だけの小規模での式も増え、不況や人口減少など、結婚する人たちが減っていった。
 最近では結婚式のスタイルも形を変えていき、子どもを産んでからのお披露目を兼ねた結婚式、会社の人を呼ばないプライベート中心の結婚式、式は挙げずに写真で形だけを残すなど時代と共に変わっていく様々な結婚式のスタイルに合わせてプランを立て、お客様の要望に応える事にやりがいを感じると語ってくれた。
 また、平成20年に会社からの出向という形で十和田青年会議所にも入会。主に総務を担当し仕事と兼務した。最初に持っていたイメージとは違い学ぶものも多く、人とのつながりも得る事が出来たという。
 この仕事だからこそ出会えた人がいて、お客様の人生の主役になれる時に携われることが嬉しい。誰かのために働けることに感謝、出会えたことに感謝してこれからも頑張っていきたいと語ってくれた。
お客様の期待に120%で応えたい
陰で成功を支える設計建築士
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~甲田徹さんプロフィール~
 昭和57年9月8日(34歳)三本木高等学校を卒業後は新潟大学工学部建設科に進学。22歳で帰郷してからは設計事務所を手伝いながら資格を取るまで勉強浸けの毎日が続く。28歳で念願の一級建築士の資格を取得した。十和田商工会議所青年部に入会する。今年開催された第2回目の十和田湖マラソンのマラソン委員会の委員長を務めるなど活躍の場を広げる。

 さくらんぼ保育園向かいにある甲田設計は1983年に創業。その翌年に生まれ、後継ぎとして一級建築士の資格を持ち働く甲田徹さんを訪ねた。どこか憎めないような明るくおっとりとした雰囲気をもつ甲田さんは新潟大学工学部建設科を卒業してから帰郷。それから約6年もの時間をかけて仕事を覚えながら一級建築士の資格取得のために勉強浸けの毎日を過ごしたという。資格を取得してからは他にも何かやりたいと十和田商工会議所青年部に入会。今年開催された第2回目の十和田湖マラソン大会のマラソン委員会の委員長を努め、裏方に徹して成功を支えた。
 甲田さんは小さい家から大きな建物まで今までいろんな物件を見て来た。お客様のイメージや要望に応えるのが仕事でお客様の100%に120%で形にするのがやりがいだと語ってくれた。今は昔と違ってネットで情報が見れたりパソコンで仮想の建物を作れるのでイメージはし易い。同じ仕事をしても同じ現場はないということを忘れずに心掛けていきたい。まちの設計屋さんとして気軽に相談にこれるような事務所を目指していきたいと語った。
お客様に彩りをクリエイティブ
地域のために活動で恩返し
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~国分聡さんプロフィール~
 昭和55年5月13日生まれ(37歳)三兄弟の長男として育ち三本木高等学校を卒業。学生時代は演劇部で活躍するなど意外な一面もある。明治大学に進学するがバイトに明け暮れて学業が追い付かなくなり止む無く中退した。中退後は東京に残り働いていたが22歳からバイトで入ったダクトの清掃や設備の仕事で認められ正社員として入社する。約10年ほど働くが東日本大震災をきっかけに家族や地域のために何かしたいと想うようになり、32歳で帰郷し家業を継いだ。今までとは畑違いの仕事のため、まずは人を覚えようと十和田商工会議所青年部、十和田青年会議所に入会し地域のために奉仕活動をしながら会社のために働いている。

 今回は中央モータースクール近くにある有限会社プロスクリーンの専務取締役・国分聡さんを訪ねた。個性的な髪型とメガネが印象的で親しみやすい雰囲気を持っている。
 会社設立は1980年、国分さんが生まれた年だった。ほとんど記憶はないが会社の中のベビーベッドに寝かされて会社と共に育った。三兄弟の長男として育ったが当時は家業を継ぐ気持ちはなかったため東京で32歳まで働いていた。東日本大震災がきっかけで自分のためだけじゃなく家族や地域のために生きて恩返ししてみようと何となく想うようになり帰郷を決めたと照れながら教えてくれた。
 仕事は主に紙以外の印刷で看板制作やシャツのプリントなどがメイン、印刷業というよりもデザインなどのアパレル関連の業務を担当している。もっと様々なデザインを学びたいと意欲を見せる。
 国分さんは帰郷後にまずは地域の人たちの顔を覚えようと十和田商工会議所青年部(YEG)と十和田青年会議所(JC)の二つに入会。JCでは3年前に全国会員拡大のゴールデングラブ賞を受賞した時の委員長も務めたという素晴らしい実績もある。
 現状の仕事が20年後に続けていれるかは不安。地域に合った選択をしていかなくてはならない。ひとや会社に彩りを与える側として少しでもクリエイティブな感性も磨かなくてはいけないし、人と人とのつながりも大切にしていかないといけない。
 「今の自分が見えていない物を探していく」ことをテーマにそれが自分のため、家族や会社、地域のためになるんだと信じて頑張りたいと語ってくれた。
 今回スポットを当てたのは人ではなく青森県上十三・十和田湖地区ガイドブック「ハッケン!上十三」だ。主なターゲットを女性に向け、ランチやスイーツに注目。女性目線ということもありSNSにアップしたいようなオシャレな食べ物が多く掲載されていて、十和田市だけではなく上十三地区、十和田湖地区のお店が紹介されている。また、圏内市町村のイベントを掲載し、スタンプラリーでつなげ、圏内交流人口の増加を図ることを目的に発行されたガイドブックで、近くにあっても実は行ってなかった隣町のおススメしたいお店、参加したことのない地域のイベントなどにも興味が持てる内容となっている。
 スタンプラリーの対象イベントは...『  のへじ祇園まつり(野辺地町)・美味満彩まつり(東北町小川原湖)・アメリカンデー(三沢市)・小坂鉄道まつり2017(秋田県小坂町)・世界流鏑馬選手権(十和田市)・しちのへ秋の大収穫祭(七戸町)・メイプルタウンフェスタ(六戸町)・ろっかしょ産業まつり(六ヶ所村)・日本一のおいらせ鮭まつり(おいらせ町)・横浜なまこフェア(横浜町)』の10ヶ所。スタンプの個数(2個~8個)に応じてガイドブックについている応募用紙を送ると抽選で35名様に2,000円~10,000円分の青森県上十三・十和田湖地区「美味しいもの」が当たる。知ってるようで知らない上十三のお店や物産を探して、地域イベントにも参加してみませんか?   お問い合わせは...0176‐51‐6772(上十三・十和田湖広域定住自圏観光推進協議事務局)迄。
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雑穀から見つけた「食」の大切さ
自然と調和する幸せのかたち
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クッキングサロン もみの木 つぶつぶ雑穀
石井 ともみさん
 今回スポットを当てたのは昭和48年12月9日生まれ。北海道出身。結婚を機に青森県に移住し、獣医師として働いていた石井ともみさんだ。獣医として業務に努めるが仕事に悩む時期もあり、アトピーで苦しむ娘に「元気に生きて欲しい」との想いの方が強くなった。旦那さんが県職員のため県内を転々としていたが十和田市に移住し、動物を治す側から食材を活かす側になりたいと決意し、約4年前に家を建てると同時に自宅兼クッキングサロン「もみの木つぶつぶ雑穀」を起ち上げた。玄関を開けると県産スギ材で建てた木の匂いがする。広い空間と自然を感じられる造りで夏は風と緑が気持ちいい。冬には薪ストーブがあり吹き抜けの家全体を暖めてくれるという素敵な自宅兼サロンだ。
 生まれた子どもがアトピーだったのがきっかけで「食」に興味を持ち、食の力で体質改善をすればアトピーも治ると知り、食から身体が健康になる事の大切さを「雑穀」から学んだ。始めは公民館を借りてやっていたが時間の調整が難しく自宅でクッキングサロンを始める。自然と調和するような料理や暮らしは生徒さんからも好評なようだ。雑穀は昔からあるパワーフード。現代の食生活は良くも悪くも変わってきてアトピーなど身体の健康に関する問題も増えて来た傾向もある。精進料理のようなイメージのある雑穀を美味しい健康料理として作れるように伝えたいと笑顔で語る。ヒエやキビなど貧しいイメージを払拭して新しい雑穀の魅力を広めていきたい。東北は全国的にも恵まれている雑穀どころなのでヘルシー&ダイエットに通じる雑穀料理で美味しく楽しく身体にいい食を提供して笑顔になれる人たちを増やすために頑張っていきたいと語った。もみの木各種料理クラスやイベントについてのお申込み、お問い合わせは  090-9429-3184/tubu.tomomi@i.softbank.jp 石井まで    

  つぶつぶは、つぶつぶグランマゆみこさんが提案している雑穀料理とライフスタイルです。
もっと詳しく知りたい方はつぶつぶJPへ→ http://tsubutsubu.jp/index.html
一家に活字、地域に活力を届ける
情報は「見る」より「読む」新聞
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~小笠原大地さんプロフィール~
 昭和53年5月9日生まれ。七戸高等学校を卒業し測量の専門学校に進学。測量の資格を取得し青森市の測量会社で30歳まで勤務した。家業を継ぐために退社し帰郷する。販売営業実績を伸ばし、一昨年には七戸販売店㈱七戸小笠原新聞店を開業した。今年、念願の長男(総一郎くん)が誕生し会社と家族の大黒柱となる。
 十和田市・七戸で新聞販売業を営む株式会社小笠原新聞店の取締役社長・小笠原大地さんを訪ねた。ちなみによくBUNKA新聞社と間違われる(笑)
 近年、ネットが普及しペーパーレスの流れになってきているが紙の文化は無くせない。理由として読み書きが出来ない子供や大人が増えてきている現状がある。実際に家庭に新聞がある家庭と、ない家庭の子どもの学力調査の結果もはっきりと出ているという。
 昔は一家に必ず新聞があったが無料でネットで情報を見れる時代となり新聞がない家庭も残念ながら増えてきている。18歳から選挙権が持てる時代となった今の子どもたちでも音楽を聞いたり芸能映像を見たりゲームはやっても、ネットで政治を検索はしないだろう。流し読みでもいいから世情を知るためにも新聞は読んで欲しいと語る。
 小笠原さんは今年6月から学校へ教材用新聞として企業協賛を受け新聞提供を開始するなど新たな試みを実践。また、十和田JCやYEGにも入会し活躍の場を広げる。ネットで管理する便利な時代からネットで管理される時代になった時の怖さも考え、選択肢の一つとして正確な情報を伝え残す新聞の文化は無くしてはいけないと語った。 お問い合わせや新聞購読の申し込みは...0176‐23‐4044迄
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