はたらくひと必読!仕事人!!今月のスポットライト

県産食材を十和田市現代美術館で美味しく食べられるカフェ
カフェ&ショップ「cube」 
店長 秋田 倫子さん
akitanoriko.jpg
 開館10周年を迎えた十和田市現代美術館にあるカフェ&ショップ「cube(キューブ)」が4月2日から新フードメニューを開始した。新メニューをPRする店長の秋田倫子さんは専業主婦をしていた頃にパン作りに興味を持ち、市内外のカフェ巡りをしていたという。開館から1年後、そこで偶然募集のあった十和田市現代美術館にテナントとしてあったカフェに入社した。その1年後に引き継ぐように店長として就任。2015年にはエヌ・アンド・エー株式会社の直営店としてカフェ&ショップcubeが新規オープンすることとなり、そのまま店長としてお店を任された。
 それまでは休憩のスペースとして、食事のイメージがあまりなかったカフェ。お客様のために季節に応じたメニューなども考えていたが、火や油などが使えず、厨房機器が不十分なため、調理して料理を提供する事は難しいとの理由があった。10周年を記念してお客様のために地産食材にこだわったメニューを届けたいと考え、都内で「麹町カフェ」など営むオーガニックにこだわった料理に定評がある㈱エピエリの代表・松浦さんや、オリジナルの加工商品開発を手掛ける十和田香美工房の松田さんらと協力し、メニューのリニューアルを行った。
 奥入瀬ポークを使用し、青森りんごをふんだんに使った子供でも食べやすいカレーや、陸奥湾産ホタテを使用し海の幸を感じられるクリームチャウダーも美味しい。おススメは八戸産のサバを使用し、タルタルソースも地元食材で作っている「青森サバとセロリとタルタルソースのサンドイッチ」。青森県産のごぼうサンドも人気がある。これからも地元の美味しいものをカフェ&ショップcubeから届けたいと笑顔でPRした。
akitanoriko2.jpg
安全第一。アートのまち十和田で
現代花火のアートを咲かせたい
nomuratakasi.jpg
 ~野村孝さんプロフィール~
 昭和55年10月11日生まれ(38)十和田市出身。三本木農業高等学校農業機
械科を卒業後は青森ホンダへ自動車整備で入社。23歳でTOHOシネマズに転職。青森ホンダの花火部門の後継者がいないとの相談があり、34歳で出戻り転職を決めた。
 「青森花火株式会社」で勤務する野村孝さんを訊ねた。三本木農業高等学校を卒業してからは青森ホンダ株式会社へ就職。自動車整備部門の社員として入社したが、当時から同社の花火部門も手伝っていた。その後、映画興業会社に転職し、約11年間従事するが、時間の都合がつく時は花火のイベントの手伝いは継続していた。花火部門の後継者がいないと相談され、34歳の頃、出戻りのような形で青森ホンダへ再入社した。以後、花火専門業者として平成29年に青森花火株式会社と社名変更した。
 十和田市には全国的にも珍しい市街地で花火を打ち揚げるイベントや、十和田湖冬物語のロングラン花火などがある。花火事業は他にも運動会の音花火や町内会での小規模なもの、湖水上での打ち揚げ花火など様々あり、県内外で事業展開している。
 野村さんはお客様のニーズに応え、自分で設計した花火が打ち揚がり、歓声が上がったときに一番喜びを感じるという。現在、花火は着火も火ではなく電気となり、原色だった花火もパステルやキラキラなど製造技術の進化と共に演出の幅も広がってきた。最近は音楽に合わせての花火演出など、賑やかさより繊細さを求められるようになってきた。それによって現代花火はよりアート性の強いものとなり、アートのまち十和田にもぴったりだと思う。きらびやかにも見える花火事業だが一番に心掛けているのは安全第一。事故がないように細心の注意を心掛けて花火の文化を継承していきたいと語った。
必要なモノの相談から提案と提供
地域に必要にされるように繋がりを大切に
matumotomasahiro.jpg
~松本匡弘さんプロフィール~
 昭和54年8月2日生まれ(39)七戸町出身。七戸高等学校を卒業後は北海道の札幌学院大学へ進学。卒業後は北海道で大手チェーン店のパチンコ店に就職し、店長代理まで勤める。33歳で青森リース株式会社の仙台支店に転職。36歳で十和田市にあるARA事業本部に異動した。
 「青森リース株式会社ARA事業本部」ALLレンタルAOMORIで勤務する松本匡弘さんを訊ねた。七戸高等学校を卒業してからは札幌学院大学へ進学し、人文学部人間科学科で心理学を専攻する。学生時代は学祭や祝賀会などを運営する実行委員や、代々受け継がれてきたテレビ局のバイトを学業以上に専念(笑)そこで学べた体験で知らない人と話しをすることが苦手ではなくなったという。
 卒業後は北海道で幅広く展開する大手パチンコ店に入社。店長代理まで昇格したが、33歳で退職し、青森リース株式会社仙台支店へ転職した。主に建設機器のリースの営業として働き、36歳で十和田市の青森リース株式会社ARA事業本部へ異動する。学生時代は何もない町だと退屈に感じていたが、帰郷してからは新しい発見も多かった。松本さんは飛び込み営業ではなく、相手に何が必要か、何が足りないかの情報を確認してから行動するように心掛けているという。営業職はお客様との距離感が一番難しい。上司から学んだ事を活かしながらイベント事業でも相談を受けて提案していきたいと語った。
 レンタル事業は年に一回しか使わないものや買うよりも安いモノに需要がある。最近では季節もの商品の除雪機や、里帰りの夫婦が使うチャイルドシートなども人気がある。商品の中にはカラオケ機器やセグウェイまであり、様々なイベントや要望に対応できるようにしていきたいと語った。
「良いを食べる」ってなんだろう
こだわりの先にある美味しいと安心
matuuraaki.jpg
株式会社 エピエリ
オーナーシェフ 松浦 亜季さん
 4月2日から始まる現代美術館のカフェ&ショップ「cube」の新フードメニューのアドバイザーとしてきた株式会社エピエリの代表・シェフを務める松浦亜季さん。平成18年に夫婦二人で始めた麹町カフェをオープンした頃から、出来る限り手作りで、食材は妥協せず良いものを選ぶと決め、現在は5軒の店舗と50名以上のスタッフに恵まれる。最近は早さや安さが求められ、便利で美味しいレトルト食品が増える中、「eat good 良いを食べる」について向き合い、食材と触れ合ってきた。
 麹町カフェに偶然食べに来たカフェcubeを運営するN&A㈱のスタッフに出会い、あまり食事のイメージのないカフェに地元の食材を美味しく食べてもらえるようにとお願いされてアドバイザーを引き受けた。
 初めての青森を訪れたときは冬で寒かった。知らない土地では新鮮な気持ちで地元のスーパーや道の駅などを回り、いろんな食材と出会えたという。様々な調理法がある大根などの野菜とは違い、料理のバリエーションが難しい地産品のごぼうなどを普段食べていない調理法で作ろうと思った。しかし、一番最初の課題となったのはキッチンで火が使えないことだった。そのために地産品の商品加工を手掛ける十和田香美工房の松田さんを紹介してもらい相談。レシピを提案し、他にはないレトルト食品としての開発を進め、食材の旨味や出汁にこだわる「手作りのレトルト商品」開発に成功した。一番大変だったのは味や食感の復元を引き受けてくれた十和田香美工房さんだったと笑顔でこっそり教えてくれた。十和田市の食材の魅力を味わえるメニューは国内外から訪れる観光客にも食べて欲しいし、地元にいる人にも是非食べて欲しいと語った。
インターネットで地元の魅力を発信
生産者と消費者をつなげる仕事人
身体を動かす地域密着のIT企業
okayamatakuya.jpg
~岡山拓也さんプロフィール~
昭和57年7月9日生まれ(34歳)
十和田市出身。学生時代はサッカー部に所属し活躍。三本木高等学校を卒業後は文教大学情報学部へ進学した。当時はインターネットが普及し始めた頃でIT企業に興味を持ち、現在ではブラック企業といわれる某ベンチャー企業に就職し朝から晩まで働いた。知り合いの先輩に誘われシステムサーバーメンテナンスの会社に転職したが地元に帰郷する事を前提に仕事を考え、EC業者にターゲットをしぼり、2011年に地元食材をネット販売する㈱WANDを起業した。
 今回は株式会社WANDの代表取締役・岡山拓也さんを訪ねた。パッと見の外見からは強面に見える岡山さんは話しをすると気さくで温かく知性を感じさせる話術もあり、若くして会社を起業した根拠と自信をうかがわせた。
 学生当時、インターネットが普及し始めた頃からIT関連の仕事に興味を持ち、大学と社会で様々な事を学びながら、将来は地元に帰郷する事を前提に戻ってきたら何をするかを考えていた。
 様々な職業の中で絶対になくならないものは「食」業。地元では安価な食材が関東では高値で販売されている。農家では品質や形によって食べられるのに捨ててしまう食材があるという事を知り「もったいない」の気持ちから自分が架け橋となって生産者と消費者がどちらも喜んでくれる仕事、地元食材を直接仕入れ、通信販売で安価で全国へ配送をする事業の起業へと辿り着いた。
 帰郷してからすぐに単身で農家に飛び込んで営業。想いを伝え、会社の説明をして各地を回ったが...当時はどこも相手にしてくれなかったという。まずは農家を知る事から始めようとJAおいらせふじさか青年部に入会。実際に農家の手伝いをしながら無農薬のオーガニック商品や選別で捨てられてしまう良品食材に目をつけた。生産者から少しでも高く買い、消費者へ少しでも安く売るために農家に直接交渉し、ネット販売事業は大成功を収める。
 地元から学んだ事が多かったという岡山さんは自身の成長のために公益社団法人十和田青年会議所にも入会し、地域密着の企業として地域のためにあり続けたいと語った。商品に関するお問い合わせはオンラインショップ「青森期待の新人商店」を検索。または...0176‐27‐6234迄
大好きなアートに触れる仕事で
未来のアーティストに期待したい
ooytanisae.jpg
十和田市現代美術館
広報担当 大谷 紗絵さん
 現在、十和田市現代美術館で広報担当を務める大谷紗絵さんを訪ねた。おっとりとした優しい笑顔で迎えてくれた大谷さんは1987年5月生まれの三沢市出身。三沢高等学校を卒業してから仙台の美術系の大学へ進学した。大谷さんは中学校時代から絵画教室に通うなど、美術には昔から興味があり、大学に通っている時は絵本作家になりたいと作品を作っていた時代もあったという。卒業後はそのまま大学で事務をしながら絵画やデザインの授業のサポート役として従事。約3年勤めた後に住宅や施設などの照明を提案する照明プランナーという仕事をする。
 そろそろ青森県に帰郷したいと思っていた頃、観覧しに行こうかと偶然開いた十和田市現代美術館のサイトを閲覧したらスタッフの募集があった。28歳で帰郷し、就職する。三沢市から通いながら初年度は受付などの仕事をしていたが2年目に事務局に異動し、アシスタント業務を経て、広報担当を任せられる事となった。広報という業務は初めてのことも多く、手探りで考えながら仕事を覚え、今年で4年目を迎える。様々なカタチの関わり方があるが仕事として美術に携われて嬉しいと笑顔を見せた。
 大谷さんは十和田市は珍しくまちなかにアートがある環境で羨ましいと思う。他は車で行くようなところが多く、少し町はずれにある美術館が多い。現代アートを身近で感じ、育った子どもたちの中から、将来素晴らしい作品を生み出すアーティストが出てくるんじゃないかと期待するのが楽しみの1つですと語った。
新しいことに常にチャレンジ
十和田飲食店を支える期待の若手経営者
anzainaoki.jpg
 ~安西直軌さんプロフィール~ 平成2年8月22日生まれ(28)十和田市出身。八戸水産高等学校に進学。3年生の夏に諸事情により中退し、十和田市の飲食店で勤める。それから三沢市の「和がや」で5年勤めた後、東京へ2年、飲食関係の仕事をしながら勉強した。帰郷してから26歳の若さで旧島津家跡地に旬彩和海を新規改装オープンした。今年7月で3年目を迎える。
 十和田市の飲食店旬彩和海の店長を勤める安斉直軌さんを訪ねた。水産高校を中退後は十和田市、三沢市、東京と様々な飲食店で働きながら、仕事のノウハウを学んだ。十和田市で海鮮系の飲食店をやりたいとの強い想いから26歳という若さで起業した。
 5年間勤めたという三沢市からの独自の仕入れルートもあり、調理や接客などの仕事の基本も身につけたが、経営は初めてでわからないことが多かった。オープン当初は4人でスタート。スタッフは募集してもなかなか集まらず、新人スタッフの教育をしても仕事を覚える前に辞めてしまう。新人スタッフが入るとまた始めから教えることをしなくてはいけないため負担も多く、初年度は人の入れ替えも激しかったという。徐々に経営も安定し、仕事にも慣れたスタッフも増えてきたことで気持に少し余裕も生まれてから、安西さんが次に考えたのはスタッフのことだと教えてくれた。社会保険をかけてあげたいと法人化し、社会的信用を安定させたいと今年2月に株式会社として設立。また雇用のためにも日曜定休をなくし、信用できるスタッフらとお店を盛り上げていきたいと意気込んだ。
 オープン当初は海鮮メインだったが、調理スタッフも増えた事で肉料理なども増やしている。お客様が楽しめるように新しいメニューを開発していき、凝った料理を勉強しながら季節のおススメなど提供していきたいと語った。
優先順位も変わる時代に適応し
会社と社員のためのバランスを考える
oosakayouici.jpg
~大坂陽一さんプロフィール~
 昭和56年5月22日生まれ(37)十和田市出身。十和田工業高等学校建築科を卒業後、八戸工業大学へ進学。卒業後に八戸市の建設会社へ就職。約3年勤務し、家業を継ぐために26歳の頃帰郷し、株式会社大阪へ入社した。
 ㈱大阪の専務取締役でもあり、㈲大昇運輸の代表取締役を勤める大坂陽一さんを訪ねた。大学を卒業してから八戸市の建設会社で勤務し、26歳まで建築業務に従事していたが、家業を継ぐため帰郷。入社当時、会社は土木がメインだったが総合建設業として仕事の範囲を拡大する。自身は営業課長として働きいていたが、責任を持ち、発言権を行使するために33歳と言う若さで㈲大昇運輸の代表取締役として就任した。そうしたことで仕事に対する考え方は少し変わってきた。会社の利益のためだけに働くのではなく、社員のためにこれからどうしていかなくてはならないかを考えるようになった。
 仕事では「人・物・金」のバランスが一番大事。会社を運営していくためにはどれかが欠けていてはいけない。その中でも一番大事なものは「人」だと語る。父世代はいくらでも仕事があって、働く人もいて、その利益で重機などを買った。休む間を惜しんで働く職人さんがいたからこそ成り立っていたが、今は違う。仕事があっても人手が足りないのが現状だ。物にお金を投資する時代から人にお金を投資する時代になった。
 これからは新卒者の確保など、学生に対するPRもしていきたい。先の事は考えながら、しっかりと今を見据えてフラットな目線を大事にしていきたいと語った。
2019年度スローガン PRIDE~誇れる仲間、誇れる地域を~
故郷の土と向き合い、郷土を愛する仕事人
nakamuratakahiro.jpg
~中村貴大さんプロフィール~
 昭和54年2月23日生まれ(39)三沢市出身。中学卒業後は八戸工業大学第一高等学校土木科に進学。高校卒業後は北海道にある専修大学北海道短期大学土木科に進学し、卒業後は家業を継ぐために帰郷した。
 創業は昭和51年。平成元年に中村整地から「有限会社中村整地興業」として会社設立。専務取締役として会社と地域の発展に貢献する。
 2010年に公益社団法人三沢青年会議所に入会し、56代理事長として就任した。

 公益社団法人三沢青年会議所(以下、三沢JCと略)の56代理事長として就任した有限会社中村整地興業の専務取締役・中村貴大さんを訪ねた。
 中村さんは三沢市で生まれ、八戸の高校へ進み、北海道の大学へ行って家業を継ぐために地元に帰郷。当初は主に水田の整地などを受けていたが市役所からの元請けで規模の大きい仕事を受けるためには一級土木施工管理士が必要だった。社員で資格取得をしてる人がいなかったため、最初に資格取得に専念し、創業昭和51年、会社設立は平成元年となる有限会社中村整地興業の専務取締役として会社と地域に貢献してきた。
 2010年に三沢JCに入会。きっかけは選挙時に会った司会者(当時のJCメンバーの程川さん)の人前で堂々と話しをする姿を見て憧れたことだという。入会してからは会社も忙しかったため、ほとんど参加は出来なかったが2年目に「人づくり委員会」の委員長を任せられた。そこでJCメンバーが何のために誰のために活動しているかを知った。
 去年、同大学卒でもあり、理事長だった新堂さん(現直前理事)から力を貸してほしいと言われ副理事長を任せられた。去年の三沢JCの一大事業とも言える「東北青年フォーラムinMISAWA」「創立55周年事業」では地域の様々な人と協力したり、お願いをしたりなど、全国から集まってくるJCメンバーや地域の方々のために走り回ったことは自分の大きな成長につながったと思うし、そのつながりを大事にしていきたいと語った。
 今年、三沢JCの理事長として就任し、スローガンを「PRIDE~誇れる仲間、誇れる地域を~」とした。
 去年経験できた素晴らしい活動に対する恩返しとして、JCメンバーが今年からどう変わったのかを見せる年でもあるという。まずは本年度スタートの多くのメンバーが入会5年未満であるため、会員拡大と会員の教育に力を入れていきたい。この地域のために何が必要か、今後どうあるべきかを真剣に見つめ直し、誇りを持って行動することが恩返しにつながると思うと語った。
 今年度の事業としては地域を誇れる青少年育成のための三沢沖縄児童交換事業。育つ環境の違う子どもたちが地域や自然との関わりを感じることができるコミュニケーションを通じて、自分の住む地域の魅力と誇りを感じて欲しい。また、メンバーの意識を高めるための市長との懇親会や拡大セミナー、三沢国際サマーフェスティバルやチャリティーゴルフコンペなど、毎年行っていることをもっと発信できるようにしたいと意欲を見せた。
 新しい取り組みとして、予定ではあるが8月頃に30歳の若者をターゲットにした「三十路式」を企画したい。UターンやIターンなどにつなげるために地域の魅力を再発信できる場にしたい。若者が帰郷できない理由の一つとして「仕事がない」とあるが、地方の人手不足は深刻だ。若者が挑戦できる地域の開発化に繋げていき、恩返しがしたいと笑顔で語った。
 公益社団法人十和田青年会議所(以下、十和田JC)が2019年度新年祝賀会を1月22日に富士屋グランドホールで開催した。同会議所の会員、県内の青年会議所メンバー、政治・経済関係者など約150名が出席し、新年を祝い挨拶を交わした。
 オープニングでは北里三源色が景気づけにヨサコイを披露。こっそりと大学生と一緒に必死に踊る十和田JC第63代国分聡理事長も見え、会場から大きな拍手を浴びた。息の上がったまま壇上へ上り、呼吸を整えてから新年度の挨拶。
senenkaigisyosinnenaki.jpg
 「今年のスローガンは『信じる。挑む~自分次第が導く価値づくり』とし、5つの基本方針を軸に活動していく。
 失敗しても笑顔で挑戦し続ける活動で種を蒔き、明るい未来の花を咲かせるために活動していきたい。十和田JCの魅力と価値を発信し、会員拡大を目指す。そのために知識や経験を得るためだけの団体ではなく、多くの人とのつながりを成長につなげられる共感性の高い価値を生み出していきたい。今年は25名スタート。1年後には45名在籍を目指し取り組んでいきたい。
 平成から新しい時代に変わる。新たな地域ビジネスモデルとなるため、多くの企業家と連携し、地域経済の発展にも寄与したい。
 青少年育成にも目を向け、現代の子どもたちに必要なのは希望を持った大人の姿を見せる事だと思いました。周りへの感謝、夢を持てる子どもを育成するために活動したい。
 秋祭り中日運営は47回目を迎える。先輩方からの伝統を伝えてきた。もっと多くの人に知ってもらうために共同性が必要。伝統を守りながらも、新たなことにも挑戦もしていきたい。
 私たち会員一同はまだまだ未熟ですが、笑顔を忘れず、真剣に取り組んでいきます。」と新年度の取り組みを約束し、挨拶した。
 小山田市長は「十和田市は人口減少・高齢化も進んでいるが、新たに企業を起こす人も多い。通りすがりではなく、目的人口を増やしていき、稼ぐ地域にしていく。DMOも4月から稼働する。若い人たちの力を大いに期待しています。」と祝辞を述べた。
 関係者代表各位が鏡開きを行い、齊下勝弘特別会員会長の乾杯の音頭で今年一年の発展を祈念した。
1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11