はたらくひと必読!仕事人!!

幸せを心に届ける魔法使い お菓子作り歴55年の専心職人
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大竹 正美さんプロフィール
 昭和18年6月17日生まれ(70歳)
青森北斗高校入学後、勉強しながら青森文化センター前の旧「虎屋」で働いていたが父親の怪我をきっかけに学校を辞め働くことを決意。15歳からお菓子作りを始め55年のベテラン職人として会社を支え続ける。25歳で大竹菓子舗を設立し、その後、店舗増設やネット販売など成長を続ける。
 今回は十和田を代表するお菓子を作る職人の店(株)大竹菓子舗を訪ねた。大きい身体で楽しそうに笑う大竹さんは今年で70歳になる。お菓子作りを始めたのは15歳の時。なんと55年のベテラン職人、そして未だに現役と聞き驚いた。
 昔は焼き菓子や煎餅のように日持ちのするつまみ感覚で食べていたお菓子が、今は冷凍や冷蔵をして、すぐに食べるケーキのようなデザート感覚に風潮は変わってきている。
 店舗販売よりもネット販売の売上が高かったり、販売個数を増やすため手作りだけではなく機械の導入をしたりと、売り上げが伸びるのは嬉しいことだが時代や文化の移り変わりには大変だったことの方が多かったと思い出す。
 大竹さんは子どもが4人に孫が7人、従業員も含め養って経営していくことは大変な苦労もあったろう。それでも息子や孫の話しをしている時や、お菓子作りの話しをしている時、苦労話しをしていても、何となく幸せそうに感じたのは単に売り上げだけじゃなく、昔から変わらない美味しいものを作ってお客様に笑顔を届けたいと継続してきた姿勢が当たり前のことになり、そのまま人柄に映し出されたのだろうと感じた。
 現在は3年フランスで修行を積んだ息子(正貴さん)が帰ってきて後継ぎとして入社して11年目となる。昔から親しまれてきた「キャベツ」や「魔女のプリン」を始め、もはや知らない人はいないであろう全国ご当地スイーツ選手権1位を受賞した「魔女のとろ生チーズケーキ」などネットで十和田から全国へ発信し続けている。また去年の4月に増築移転した空き店舗を親子のコミュニケーションの場を作るためにお菓子作り教室を始めたいとも語っていた。
 お菓子を作り、夢を売る仕事は忙しくても理想を持って働く職人が支えているのだと感じた。

深く「ありがとう」の感謝の形 まごころ込めて「ひと」にふれあうおくりびと
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沼岡 基晴さんプロフィール
 昭和36年11月26日生まれ(51歳)
三本木高校卒業後、3年間は水道設備の仕事をし昭和58年に十和田市農協に入社。金融、Aコープ、ブライダル、飼料などの部署を経験し、平成13年に子会社(株)協同サービスに支配人として勤める。
  (株)協同サービスは葬儀会社ということで冷たく感じた扉を開けると、温かく優しい空気を感じさせる沼岡支配人がいた。現在は支配人として13年目となるが、入社当時は農協職員として業種の異なった農協内の部署を、まるで転職しているかのように働いていた。部署異動があれば仕事業務を覚えることも人との関わり合いも最初から始めなければいけないことは大変だったと思い出す。葬祭業は24時間体制の勤務や亡くなった人との関わりなど、農協職員としては無理が生じるため、子会社として旧協同サービス(現・市民交流プラザ(仮称)建設予定地)が設立され出向という形で支配人として働き始めた。その時は十和田市の葬儀の1割をやるかどうかという状況だった。
 昔はお寺や自宅などで葬儀を行っていることが多かったが徐々にホールでの葬儀へと風潮は変わってきた。葬儀の依頼件数も少しずつ増えていき時代の流れと共に平成16年12月に「まごころホール駒街道」(現・農協の隣接地)を設立。人の死を真近で見る仕事は嫌だとは感じない。ただそれを見送る人の心のケアは今でも難しいと感じるという。葬儀は経験した人しか解らない事もあり慣れてる人はいないだろう。親族は悲しみながらも葬儀の準備、火葬、通夜などやるべき事が次々とあり寝る暇もないくらいに忙しい。葬儀の終わった後に少しホッとした親族から深々と「ありがとうございました」と感謝の言葉。それだけで「やりがいのある仕事」だと静かに熱く語る。
 顧客が増え、ホール1つでは日程が重なったりとの苦情もあり、少しでも送る側の気持ちに応えようと平成22年1月に102号線(旧45号線)沿いに「まごころホール十和田」を設立。
 昔は葬儀屋というだけで敬遠された事もあるが、映画「おくりびと」の影響もあり仕事に対する周りの理解は得られるようになってきた。現在は納棺研修や司会や接客マナー、グリーフ(悲嘆)ケアなど講師を呼んで若手の社員育成にも取り組んでいる。これからも送る側の気持ちになって仕事を続けていきたいと笑顔で語った。

想いを形にする仕事 家族が最後に住む場所をつくる建築家
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野月 耕造さんプロフィール
 昭和34年6月24日生まれ(54歳)
三沢商業高校中退後、三本木高校定時制に編入。卒業後は内山鉄骨に入社するが目を悪化し、やむなく退社。昭和53年に十和田石材に約2年間働く。その経験を活かし昭和56年に独立して野月石材を起業する。平成3年に販売と製造を分けるために(株)石乃店のづきを立ち上げる。約33年間、石と向き合い石材の仕事を続ける。
 今回は墓石を販売する(株)石乃店のづきを訪ねた。墓石屋さんは文字通りに堅く重い仕事で、どんな人が社長なのか想像していたが、待っていたのは気さくな雰囲気の真面目な仕事人だった。若い頃から起業したかったと語る野月さん。当時は建設業と考えていたがお世話になった石材業で独立。若干21歳の若さで起業したのだから語りきれない苦労もあったのだろうが、その行動力と決断力には驚き感心した。墓石に対する知識もなくいろいろ話しを聞くと知らない事ばかりだった。
 現在は日本の石だけではなく9割近くは海外の大材(大きな石)を現地に行って輸入し日本で石を切り磨く。何万種類もある石の中から使えるのは約60種類。 どんな石でもいいワケではなく模様や耐久性に優れた大理石よりも高価な厳選されたものを使う。それを磨いたものを御影石(みかげいし)と呼ぶ。
 墓石は台座も囲いも含めて墓石で上に乗っている家名を刻んだ石の塔を仏塔(ぶっとう)と呼び、耐震対策のためのゴム質の接着剤などが使われている。墓はピラミッドや古墳のように昔は偉い人が残した証だった。いつから墓というものが出来たのか正確にはわからないが、先祖を敬い供養する気持ちがお墓が生まれた文化だと語る。
 年に2度あるお彼岸やお盆の墓参りなどでは「ありがとう」と言葉に出したり手を叩いて笑って喜んだりするわけではなく、静かに手を合わせて感謝の意を先祖に現す。お墓が怖いものではなく「幸せのシンボル」に見えるような墓石を作り、この先祖を敬う文化を大切にしていきたいと語った。
県内唯一の経産省「おもてなし企業選」選出 変わらない姿勢と変えていく工夫 
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木村 哲也さんプロフィール
 昭和41年4月4日生まれ(47歳)
五所川原出身。高校卒業後、今の仕事からは想像もつかない多事多様な仕事を経験し、後に一心亭に入社。当時は八戸店の厨房で働き仕事を認められ、十和田店へ転勤し支配人となり会社を引っ張り支えてきた。
 十和田に住んでいて知らない人はいないだろう焼肉レストラン・一心亭が創業したのは今から約28年前。五所川原に本店を立ち上げてから各地へ展開。その一つに選ばれたのが十和田市だ。当時のつい、口ずさんでしまいそうなCMは今でも記憶に新しい。
 一心亭十和田店は今年で23年をむかえる。一心亭に入社してから五所川原・八戸で厨房の仕事も経験し、十和田店に転勤。以後12年間支配人として会社と従業員、また家族を支えてきた歴史には厳しい時期も当然あった。
 それを感じさせないような穏やかな人柄も人を惹きつける木村支配人(一心亭)の魅力の一つなのかもしれないと感じさせられる。
 過去に記憶もあるだろう、BSE(狂牛病)問題などの外食産業に関連する多種多様な問題、東日本大震災など会社が抱えた苦悩も社員一丸となり、必死に受け止め、向かい合い、解決してきたことが一心亭の強さでもあり、おもてなし企業選に選出された根拠だと納得できた。
 現在は人気のサラダバーをより良いものとしてお客様に食べてもらいたいと「野菜ソムリエ」の資格を取得させ旬の野菜を美味しく提供する工夫。会社内に塾や委員会を設立し、社長と社員、パートの個人面談や店舗ごとの意識向上の話し合い、誰でも変わらずに「おもてなし」の気持ちで接客できるような横繋がりの強さをもてる会社にしたいと実践。
 見える部分、見えない部分での工夫や、創業当初から変わらない姿勢などは「さすが」のひと言。
 また木村支配人は地域密着型の姿勢、子供たちを大事にしている事が今の一心亭十和田店を支えていると語った。事実「元気クラブ」の会員数はこの小さな町でも4千人以上もいるのだと言う。子供から大人まで楽しめる雰囲気作りを心掛けていると語った。
 そして、ただ安くすることがサービスではなく安いと感じさせるような接客が大型チェーン店に負けないための姿勢だと社員一同実行。変わらない姿勢のまま進化していく一心亭のこれからを期待せずにはいられない。

新生!サン・ロイヤル とわだ 目指すは「5つ星なおもてなしステーション」 
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佐藤 祐二さんプロフィール
 昭和33年4月11日生まれ(55歳)
神奈川大学 経済学部卒業後に五所川原で勤務、その後、青森市のウェディングプラザ アラスカで7年間ブライダルのノウハウを学び、三沢市の古牧温泉 渋沢公園に引き抜かれ9年間勤める。、星野リゾート奥入瀬渓流ホテルでの勤務、過去の経歴や実績を認められ、今年7月に十和田市のサンロイヤル十和田の支配人となり、今後の活躍が期待される。
 今回取材に行ったのは最近イベントなど数多く企画し話題に上がることが多い「サン・ロイヤル とわだ」の新しい支配人だ。柔らかい物腰と耳障りのいい声で温かく出迎えてくれるような印象を感じた。
 今の仕事を始めたきっかけは当時、県内でもトップを走る「ウェディングプラザ アラスカ」に入社し学んだことから始まった。年間350件もの結婚式をこなしてきた実力と実績を買われ後に「古牧温泉 渋沢公園」へ引き抜かれるが、古牧温泉が倒産し一時離職。後にゴールドマン・サックスが買収し会社経営は「星野リゾート」となる。
 星野リゾートに入社してからは県内外のホテルやブライダルの会社を見て回りいろいろな事を学んだ。
 「奥入瀬渓流ホテル」や「青森屋」ではブライダルだけではなくホールや営業のスキルも身に付け結婚式では3000組以上の経験を積んでいった。
 これだけの経験や実績があればいきなり一国一城の支配人としての仕事が始まった事も至極当然のことかもしれない。いいことを見て真似するだけじゃなく吸収して他では出来ない事をやりたい。お金をかけずにアイディアで勝負。社員一同意識レベルを高めてサン・ロイヤルだから出来ることを考えて実行。会社も十和田市も盛り上げて活性化させたい。
 またそのためには5つの分野で十和田No・1を目指していく理念のテーマとして『5つ星なおもてなしステーション』を掲げた。すでにブライダルの演出では大竹菓子舗とコラボした飴細工のヴェールなど挑戦を感じさせる企画を成功させている。「これからを見てて下さい」と笑顔で語った。 
 

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