はたらくひと必読!仕事人!!今月のスポットライト

自然と暮らす家づくり
次の代にも残したい「いわ木の家」
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~岩木勝志さんプロフィール~
 昭和29年2月20日生まれ(64歳)
旧十和田湖町生まれ。中学を卒業後、家業である建築の世界へ足を踏み入れる。創業は昭和30年、昭和58年に会社として設立し、父親が亡くなった平成11年に代表取締役として就任した。木材を使った住宅に着目し「いわ木の家」を設立。県産材を使用した自然と暮らす家を提案し、あおもり県産木造住宅コンテストで受賞する。
 「第10回あおもり産木造住宅コンテスト」で一般投票による特別賞を受賞した有限会社岩木建設 代表取締役・岩木勝志さんを訪ねた。
 中学を卒業してから家業である建築業で大工として学び、今年で勤務49年の職人。平成11年に亡き父の後を継ぎ、有限会社岩木建設・代表取締役として就任、後に同敷地内にいわ木の家設計事務所を設立した。
 岩木さんは集成材(何枚かの木を接着・圧縮して合わせたもの)ではなく無垢材に着目し、木本来の自然の性質を活かしながら家を建てたいと思うようになり、県産材を使用(青森県産材は8割、2割が秋田)。からまつやヒバ、杉など木にはそれぞれに特徴があり、適材適所に使いながら、木目や匂いを感じながら自然の中で暮らすイメージで家を建てたいと感じた。
 いい意味で現代の建設業界は技術も発展し、2×4やプレカット製法(先に枠などを作る技術)など、家を建てると言うよりも組み立てるような技法が増えてきた。理由はコスト削減と簡略化だが、本当の意味で木を扱える職人が少なくなってきたのは残念。若い世代にも伝えていきたいが、育つ前に辞めてしまうのが悩みだと教えてくれた。
 自然の木の良さの分かり易い違いを聞くと、木目のシートを張った板材とカンナで削った無垢材を触らせてくれた。触り心地はもちろん、木の温かさが全然違う事に驚いた。本は本来、熱や水気や匂いを吸収するもので発散するもの、木目も当たり前に違い、同じ柄を並べたシールには出せない味がある。岩木さんは「次の代まで使える丈夫で長持ちする自然の家をお客様に届けたい」と語った。
元気になって自宅に帰れるように
健康管理を支援する新施設長
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~小田正博さんプロフィール~
 昭和20年3月9日生まれ(73歳)岩手県盛岡市出身。弘前大学医学部に進学し、医師免許を取得。それから48年間地域医療に従事し携わってきた。福祉の里の山本理事長の要請を受けて、今年1月にみのり苑施設長として就任。
 今年1月から「社会福祉法人福祉の里・老人保健施設みのり宛」の施設長・医師として就任した小田正博先生を訪ねた。介護施設は特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、グループホーム、有料老人ホームなど様々あるが種類や目的の違いを明確に説明できる人は少ないだろう。
 介護老人保健施設(以下、老健と略)は本来、病院と自宅の中間施設という位置づけになっている。怪我や病気などで病院へ入院し、治療が済んで退院しても、自宅での生活がすぐには困難な状態であれば、自宅に戻る前に施設に入所してもらい、在宅生活を想定したリハビリを行い、在宅復帰のための支援をすることを目的としている。
 小田先生は「山本理事長の要請で施設長として就任した1月は上北保健所管内でインフルエンザ警報が発令され、施設内でも数名の感染者が出たため、集団感染を防止する対策に追われたことが大変だった。」という。その理由として、みのり苑では入所者が100名、通所リハビリテ―ションの利用者が一日で約90名おり、他の施設に比べて毎日の人の出入りが多いためだと言う。
 みのり苑では看護師、介護福祉士、理学療法士、作業療法士や介護支援専門員など多職種の有資格者が勤務しており、それぞれ役割分担して利用者への支援を行っている。在宅復帰率は県内62ある老健の中でもトップクラスを誇り、高い在宅復帰率でありながらも中・重度の利用者の受け入れも積極的に行い、医療面でのサポートを中心に高齢化がすすむ地域社会への対応も行っている。
 小田先生は「入所者の健康管理に最大限注意を払い、在宅復帰のための支援とこれからも高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らしていけるように職員と力を合わせて医療と福祉のサービスを行っていきたい」と語った。
歌って踊れるスタンドウーマン
元気と笑顔を届ける働く女性
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紺野商事株式会社
下田 小月さん
 今月は紺野商事(株)のガソリンスタンドで元気に働く下田小月さんを訪ねた。十和田市出身、三沢高等学校を卒業後は東京IT会計法律専門学校横浜校法律学科に進学。中学時代は新体操部、大学へはCMを見てチアリーディングをやりたくて進学を決めたという。歌うのが好きで踊るのが好き。昔から歌手に憧れていた下田さんは大学ではチアリーダーを任され、第一回夏おどりでは準グランプリを受賞するなど活発的な一面も見せる。歌好きが高じて家の敷地内にある小屋を改装してもらいカラオケボックスまで作ってもらったという。...余談となるが名前は全て小学校1年生で習う漢字なので覚えやすい(笑)
 ここまでの経歴を聞いただけではガソリンスタンドのスタッフという職業に就くことは想像できない。理由を聞くと、もともとは家族で利用していた紺野商事のスタンドでスタッフに誘われバイトを始めたのがきっかけだった。現在2人の子を育てる下田さんは、朝早くから夕方6時まで稼ぎながら仕事と子育ての両立をしながら働く。暑がりで寒がりで大変なことも多いが接客業が好きなこともあり、季節を肌で感じられるスタンドの仕事に魅了され、危険物の資格も取得し、上司にも認められ、会社の石油部で女性としては初めての正社員雇用となった。
 自信を持って言える事は、毎日「元気だね」とお客様によく声を掛けられる。洗車も指名で担当するお客様が増えてきた。人と人とのコミュニケーションの先に信頼が生まれるのだからいつも笑顔で明るく接客を心掛け、今をしっかりやることで次につながる仕事がある事を知っているから絶対に手を抜かない。特に洗車に関しては十和田市で一番だと自信を持って答えられるように日々取り組んでいる。今では指導係として新人教育も兼任するなど会社にとってもお客様にとっても必要な存在となり、今日も元気に笑顔でお客様を迎える。
all for the future
~未来のために、いま行動する~
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~新堂友和さんプロフィール~
 昭和53年12月20日生まれ(39歳)三沢市出身。三沢高等学校を卒業後は専修大学北海道短期大学へ進学。八戸の会社に就職後、東京の外資系のコンサルタント会社に転職。35歳までノルマをこなす厳しい仕事をしていたが、何か自分の仕事に違和感を感じたと同時に農業に可能性を感じ帰郷を決意し親元の農業を継いだ。同級生に声を掛けられ、人を知るために三沢青年会議所に入会。入会3年目にして第55代理事長を就任した。
 入会3年目にして今年度の公益社団法人三沢青年会議所(以下、三沢JC)の55代目の理事長として就任したジョイントファーム株式会社の新堂友和さん。
 今年度は三沢JCの55周年の節目となり、77年に一度しかこない東北青年フォーラムの開催など多忙な一年となることは間違いない。新堂さんは入会してから日が浅い自分にはまだ早いと感じたがメンバーからの後押しもあり、今が三沢の転換期になると覚悟を持って理事長となった。県内は8つ、東北で77ある青年会議所が毎年持ち回りで開催する東北フォーラムは77年に一度しか地元開催はないので「三沢らしさ」を最大限に見てもらいたい。そして、自分たちだけでは成功はあり得ないから周りの力を巻き込んで共に創り上げていきたいと語った。
 若い世代が行動しないとまちの活性化もないので若い世代の人づくり、自分自身の成長、未来を担う子どものために事業を展開し、大会成功はもちろん、大会後にどうつなげていくかが一番大事だと語った。
 三沢JCは今年が転換期。この三沢市開催の東北フォーラムにどんな思いを込められるか、JC運動の認知度と理解を深め、若い世代が共感して実動し、会員拡大が出来ないと減少の一途をたどるだろう。JC運動を通して学ぶことや人とのつながりを作る事で「一年後に出会えなかった自分に出会える」。将来を見据えて今なにをするかを考えて行動し、「修練」「奉仕」「友情」の三信条のもと明るい未来を実現したいと語った。
全てはこの街のために
~勇気ある一歩を踏み出す力、継承する力、友情の力~
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~太田格道さんプロフィール~
 昭和54年6月9日生まれ(38歳)十和田市出身。三本木高等学校を卒業後は栃木にある白鷗大学経営学部に進学。卒業後は東京にある印刷会社に就職し、営業のスキルを学ぶ。24歳のころ父親が病で倒れたのをきっかけに帰郷した。家業を継ぐと決めてからは身に着けた営業のスキルを活かすために自ら進んで十和田青年会議所に入会した。今年で入会13年目のベテランとして62代目理事長として就任する。

 今年度の公益社団法人十和田青年会議所(以下、十和田JCと略)62代目の理事長として就任した有限会社アート印刷常務取締役の太田格道さんを訪ねた。
 大学を卒業してから東京の印刷会社で営業を学んでいたが父親の病がきっかけで帰郷し、跡を継ぐことを決める。地元では「横のつながり」が大事だと気が付き、自らJCへ入会したいと申し出た。25歳の若さで入会した当時はメンバーも60名ほどいたのでたくさんの先輩にもお世話になり、学ぶことも多かった。
 昨年は10名が卒業し、今年度は27名スタートとなるがメンバーは35歳以上、新人が多く、入会10年以上のメンバーは自分だけとなった。新人が多い事は新しいアイデアにチャレンジしたり横のつながりが増えるメリットがある一方、先輩方との交流は減り「縦のつながり」が弱くなってきてしまった現状もある。途切れることなく学んだ事を継承するために20代のメンバー拡大も視野に入れたい。そのためには、まずJCが「魅力ある団体」にならなくてはと考え、JC・仕事・家庭を一番にするのを目標としたい。JCは時間の投資だと思うので日本、世界にもつなげる事は出来る。そのために仕事や家庭を投げ出してしまうようなイメージ改善にも力を入れ、会議時間の短縮など現代に合った組織作りをしていきたいと語る。
 大好評の職業体験などの青少年育成事業はもちろん、今年で48回目となるお祭り中日の運営、去年のスコールで中止となった太鼓の競演も成功させるために新たなアイデアを考え、後輩へもしっかりと伝えたいと語った。
全日本美容大会「スピードカット部門」で
全国3位の快挙を遂げた期待のスタイリスト
↓今回全国3位を受賞した田嶋詩織さん(右)とるぽZEST店長瀬川文子さん(左)
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ヘアーメイクるぽZEST
スタイリスト 田嶋 詩織さん
 有限会社アーティスターの十和田店「ヘアーメイクるぽZEST」で働くスタイリスト、田嶋詩織さんは平成7年6月16日生まれ。三沢商業高等学校を卒業後は理美容専門学校へは進まず、アシスタントとしてるぽZESTに入社し、働きながら同社の「ヘアーメークアーティスタースクール職業訓練校」で必要な技術を学びながら八戸美容通信教育で3年間学び、国家資格である「理美容師免許」を取得した。
 田嶋さんは技術の向上を目指すために11月21日に福岡市で開催された全日本美容大会に出場し「スピードカット部門」で見事、全国第3位に入賞した。スピードカットは大会当日に与えられたお題(ヘアスタイル)を3分間だけ観察し、それを素早くカットで再現するというもの。経験が少なければ難しい作業と思われるが、るぽでは社内の技術審査で合格を貰えなければお客さんの髪を切ることは出来ないという。入社してから4年目、今年3月に理美容師免許を取得したばかりの田嶋さんはまだお客様の髪をカットしたことはないという。そんな田嶋さんが全国3位の成績を収められたのは何体もマネキンを使って地道な練習を積み重ねた努力の姿勢だとるぽZEST店長の瀬川さんは期待をかける。
 田嶋さんは「これからスタイリストとして自分のお客様をもって、カットなどの技術をもっと磨きながら接客も頑張っていきたい」と笑顔で目標を語った。田嶋さんのスタイリストデビューはもう間近、気軽に来店して応援して欲しい。ヘアーメイクるぽZESTへのご予約・お問い合わせは...0176-25-0803迄
課題を仕事に変換する仕事人
無限の可能性を秘めたIT企業
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~村岡将利さんプロフィール~
 昭和61年9月18日生まれ(31歳)
十和田市出身。十和田工業高等学校電気科を卒業後は東京電機大学情報通信工学科へ進学。この時に電気工事関係ではなくIT関連の仕事へと進路を決めた。卒業後は東京の決済代行会社に就職。システム開発の部署に担当され、そこでプログラムの知識を学んだ。25歳からは転職を決めweb製作会社に入社。将来は地元に戻ってくることを前提に自分で新しいサービス開発を作れるように学び、27歳で独立して東京で起業した。システム受託開発、技術コンサルティングなど人を雇うよりも外注した方が安いためニーズは多く仕事は順調に軌道にのった。平成28年4月に十和田市に帰郷し起業する。

 今回訪ねたのは十和田市の若手企業家、株式会社ビーコーズの代表取締役・村岡将利さんだ。
 十和田工業高等学校電気科を卒業後は東京でweb製作を学び、システムサービス開発、技術コンサルティングなどを手掛け起業した。
 元々、帰郷して十和田市で働きたいと思っていたが仕事はあまりないのが現状。しかしIT関連の仕事であれば土地にこだわることなく出来ると思いweb製作への道へと進んだ。
 東京でシステム開発を学び、独立起業してからは営業はゼロ。自身の学んだスキルで顧客掴み、顧客からの紹介などで新規客を広げていきながら地盤を作り、平成28年4月に十和田で「株式会社ビーコーズ」を起業した。大学卒業後に就職してから独立起業し、帰郷して地元で起業するまでにわずか8年しか経っていないというから驚きだ。
 インターネット内で仕事を受注し十和田市内にある自宅兼会社で仕事をこなすが顔が見えた方がいい仕事が出来ると東京へは月に一回顔合わせにいく。都会ではニーズが多く、現在も仕事の8割は東京からの受託だという。
 IT企業という名前が聞き慣れない十和田市にはweb製作会社がないが、それも次世代の子どもたちの仕事の選択の一つになるように発進していきたい。地方には仕事がないために若手が都会に働きに行く。少子高齢化が進み事業継承も難しく働き手がいない...というのが地方の企業が抱える悩み。地方で都会の仕事が出来るなら外貨を稼ぎながら地域に貢献も出来る。新幹線よりもはるかに速いネット内での仕事には魅力や可能性が無限にある。
 1人では仕事の幅も量も限界があり、もっと事業を拡大していこうと仲間(社員)を探した。タイミングよくデザイナーの米田くんと出会い、自分の出来ないデザインの分野で活躍してもらおうと入社してもらった。人を雇うのは初めてで仕事以外にも経理や営業にも力を入れたいと思い、自分の仕事を引き受けられるプログラマーを探す。今年10月にプログラマーの高橋くんと出会い、同じ志をもつ仲間として現在は3人で会社運営をしている。
 10年後はどうなっているか想像はできないが1年後にどうなっているかの目標を持って仕事をしていきたい。そのために受託の仕事以外にも自分たちで出来る事はないだろうかと「村岡塾」を設立した。会社に自由に来てもらい様々な課題に対してアドバイスしたり相談にのったりする。何もないところには何も生まれない。課題があるから解決していくために必要な事を自分の得意分野で考えられる。
 もう一つは「コワーキングスペース」を提供して多業種の大人たち、子供たちが交流できる居場所を作りたい。新しいアイデアが生まれ、新しい仕事が生まれるような共同スペースになれればもっと人が集まり活性化する。青銀向かいにある店舗を借りて近日中にオープンする予定だ(二歩目を踏み出そうという想いを込めて店舗名は「second」と命名する予定)。ネットという分野の可能性は無限大。何か新しい風を十和田市に運んでくれるような人だと感じた。
 ちなみに27歳で結婚しそろそろ子どもをつくりたい、小学校から続けているサッカー(フットサル)も落ち着いたら始めたいと今後の意欲を笑顔で語った。株式会社ビーコーズへのお問い合わせは...0176‐66‐4033迄
「やさしさ」で届ける手づくりコスメ
種は木となり花を咲かせる肌への贈り物
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合同会社 ゆきの木 石鹸工房「種々と木々」
代表社員 岩城 利英子さん

 今回スポットを当てたのは合同会社ゆきの木・石鹸工房「種々と木々」の代表社員・岩城利英子さん(48)。十和田市出身の昭和44年6月15日生まれ。三沢商業高等学校を卒業してから東京の美容学校で学び美容師として勤める。縁あって九州の化粧品会社へ転職し10年間化粧品作りなどの美容について知識や技術を身に着けた岩城さん。父が亡くなり母が一人暮らしとなったために帰郷を考え、そのために起業をする事を決意した。起業するには化粧品製造販売業の許可が必要なため、その許可を取得するために43歳で北海道の専門学校の化粧品コースへ進学し、薬学・化学の専門課程を修了した。青森県内では化粧品製造販売業の許可を取得しているところは意外と少なく4件目の許可取得となった。
 現在、化粧品業界は大手の異業種が参入していて選ぶ側も何を基準にしていいかわからない状態で想いの打ち出しや記載してある効果で選ぶ人は多いだろう。石鹸工房「種々と木々」では岩城さんが化粧品製造販売業の許可を取得したという責任を持ち、厳しい試験を通過したお肌に優しいこだわりの手作りの商品を販売していきたいと語った。( ※商品は12月頃からネット販売で開始予定・詳しくは「種々と木々」で検索。またはホームページ『syusyu-and-kigi.com』で検索 )
 化粧品は通常適切な保存条件のもとで3年以上品質が変化しないもの等、薬機法で細かく厳しく定められている。そこで売るのではなく作ることに目を向けた手づくりコスメ教室を始めた。販売だけではなくコスメの作り方を教えるワークショップを開催していくことで、肌に悩みのあるお客様の声を直接聞いて、お客様に合った化粧品を作るためのレシピなどを伝えていきたいと語った。無添加・防腐剤なしで作るため化粧水や乳液は消費期限が短いことや、冷蔵庫で保存するなど必要事項はあるが自分だけの自分にあった優しいコスメを発見できるかもしれない。
高年齢者が「生きがい」を見つけられる
地域と人に必要とされる場所
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公益社団法人 十和田市シルバー人材センター
業務主事 下山 ゆかりさん
 今回スポットを当てたのは公益社団法人十和田市シルバー人材センターに勤める下山ゆかりさん。十和田西高等学校を卒業後は保育園の仕事に携わり、7年前に臨時職員として十和田市シルバー人材センターに入社し現在は正職員となる。近年は労働人口の減少が止まらず、人材不足の声がどこからでも聞こえてくる。働く意欲のある高年齢者が生涯現役でいられるように「請負・派遣・職業紹介」の形で就業を提供するのが仕事。60歳以上からは誰でも会員として登録する事ができ、現在の最高齢者は91歳だという。15年ほど前は900人ほどいた会員も定年延長や会員の加齢で今は約460人になっているという。
 会員たちは働くだけではなく、仲間づくりの場ともなるようにサークルや愛好会を立ち上げ、パークゴルフやカラオケ、山歩きなどをコミュニケーションの場として活用している。入会理由として一番多いのは社会参加がしたいという意見が多くを占める。高年齢者にとって最も必要なものは「生きがい」の充実であり、そのための手段として仕事や趣味などがある。高年齢者の「居場所」と「出番」をつくり「生涯現役社会」の実現に努力をしている。シルバー人材センターを地域の人たちにもっと活用してもらえれば嬉しい。
 会員拡大のために市広報に掲載したり出前説明会をしている。しっかりと得意分野で働きたい人、趣味や会話などの場として交流を深めたい人、短期だけ働きたい人、さまざまな目的の人が訪れている。下山さんは「この仕事に就いてから高年齢者に対するイメージが変わった。ホントにみなさん元気で活き活きしている」と笑顔で答えていた。10月18日は「シルバーの日」全国一斉に環境整備などのボランティア活動を実施する。シルバー人材センターへのお問い合わせは...0176‐25‐0222迄
まちを見守る自動販売機は
まちを愛する人が届ける
自分を磨き表現する仕事人
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~長谷地信也さんプロフィール~
 昭和50年3月27日生まれ(42歳)旧十和田湖町出身、三本木農業高等学校農業経済科を卒業後、平成9年8月に三本木商事株式会社に入社。ダイドーの食品事業部として自動販売機のルート営業、配達などをメインに市内を回り、営業本部長兼お客様サービス部部長を経て26歳で経理の責任者となる。平成27年4月に三本木商事株式会社の4代目の代表取締役として就任し今年で入社から20年目となる。平成24年には自分を磨きたいと紹介ではなく自身で申し込み商工会議所青年部にも入会した。去年から観光委員会委員長として活動し十和田湖マラソンを盛り上げた。

 十和田市、八戸市と併せて約1100台のダイドー自動販売機(以下、自販機と略)の飲料販売をメインとし、乳製品の販売やウォーターサーバーのリースなど手掛けている三本木商事株式会社の代表取締役・長谷地信也さんを訪ねた。
 4代目として就任したのは入社から18年目の平成27年、気が付けばもう会社に入ってから20年になると昔を思い出す。長谷地さんは中学時代は卓球部でどちらかというと大人しい性格だったという。高校2年生の頃に何かの事業でアメリカにホームステイをした。三本木農業高等学校からは2人が選出、計40名程の高校生が言葉が通じない見知らぬ街で1週間ほど滞在した。そこで自分の世界観が大きく変わり、外国人の表現方法に感銘を受け帰国してきた頃には自己表現ができるようになったという。
 高校卒業後は様々な仕事を経験しながら22歳で三本木商事㈱に入社。ダイドーの食品事業部で自販機設置の営業で市内を回った。現在は十和田市内で720台、子会社の八戸市では380台、計1100台の自販機を管理する。営業実績を認められ36歳で取締役営業本部長に就任した。
 もっと自分を磨きたいと翌年には十和田商工会議所青年部(十和田YEG)に自ら志願し入会した。観光委員会に配属され、当時の委員長の佐々木毅彦さんから十和田湖でマラソンをやりたいとの話しがあった。秋田県をまたいでの湖畔を走る大会は他にはない。開催が実現出来たら素晴らしい大会になる。目的はマラソンではなく、それを通じてたくさんの人に十和田湖に来てもらいたい。地域活性化にもつながるし地元の人に地元をもっと愛して欲しい、それにたずさわる若い世代のひとづくりもしたいとの強い想いから約4年の歳月をかけ様々な問題を解決し、観光委員会委員長として開催実現にたずさわれたことは誇れるし嬉しいと語った。またYEG東北ブロック大会では青森県代表としてプレゼンを担当。竹達大輔会長やYEGメンバーが見守る中、十和田湖マラソンについて熱く語り拍手喝采を受けた。そして見事に「東北のPotentialで笑顔なってマレ!ヤッテマレ!大賞」のグランプリを受賞した。
nagayachisinya2.jpgのサムネール画像
 平成27年4月に三本木商事㈱の代表取締役として就任。観光委員会委員長と兼任しての仕事は大変だったが、これからの世代の子どもたちに大人が道を作っていかなくてはならないと努力を惜しまない。ちなみに現在二人の子育てにも奮闘し、南小学校と三本木中学校のPTA会長もしているのだというから驚きだ。
 最後にこれからは自販機の衣替えの時期になり忙しくなる。社員一丸となって乗り切っていきたいと語った。ダイドー自動販売機の設置などのお問い合わせは...0176‐23‐2455(三本木商事株式会社)迄
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