はたらくひと必読!仕事人!!今月のスポットライト

仕事と子育てとJC運動と
誰かのために働くお母さん
明治安田生命
営業 千葉 千絵さん
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 千葉千絵さんは昭和57年1月13日生まれの十和田市出身。七戸高等学校を卒業してからは事務職や接客業など様々な仕事を経験してきた。平成18年に結婚し、今年で小学六年生と一年生になる二人の子をもつ母でもある。現在の会社、明治安田生命に3年勤務するが二人目の出産のため、妊娠中に会社を一時退職し、子どもが2歳になって子育てが少し落ち着いてから新人として再入社し、今年で5年目となる。
 仕事は形のない「保険」を売る事。だからこそ信用が一番大切。現代はガンや糖尿病などの割合が増え、病気は万が一ではなく、二分の一と言われている。病気で入院したお客様に保険に加入してて本当に良かったと感謝された時は嬉しかった。車の事故は年々減ってきてはいるようだが、雪国ということもあり、大きな事故につながることも多いので油断はできない。一言で保険と言っても生命保険(入院や終身の保障や貯蓄)や損害保険(傷害や火災や自動車)など種類は様々あって、その人にとって必要な保険はそれぞれ違う。いまの生活の中でどんな保険が必要か、いつでもお客様のために相談にのりたいと語った。
 子育ての真っ最中に会社に復帰し、忙しい合間に去年卒業した中谷さんに誘われて十和田青年会議所に入会した。この年は拡大ゴールデングラブ賞を取ったほど、入会会員が多かった年でもあった。今年で4年目となり、事務局長を任せられる。大変なことも多いが、入会してなかったら絶対に出会えてなかった人たちとの縁が作れたことはありがたいと思う。これからも仕事・子育て・JC運動を頑張っていきたいと語った。
うなる美味しさ、暖かな接客
和食処 くり
女将 栗山 千賀子さん
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 今回は今年4月に「食楽街三本木1955」の一番奥に新しくお店をオープンした「和食処くり」の女将、栗山千賀子さんを訪ねた。
 栗山さんは昭和40年9月12日生まれ、愛媛県出身。高校卒業後は東京で美容師の仕事をしていたが24歳の時に飲食関係の仕事に転職した。分野の違う職種だがお客様をおもてなすことは同じ。
 そこで和食処くりの料理長を務める現在の旦那さんと出会い、結婚した。結婚後も働き続け、約30年勤めたという。
 旦那さんが十和田市出身ということもあり、年に一度くらいは訪れていて、良いまちだと感じ、移住することを決めた。東京の仕事を辞めてからは一旦、八戸市で日本料理のお店に一緒に勤めていたが、十和田市でいい物件があると紹介され、独立を決める。
 そして今年4月18日に和食処くりを新規オープンした。もちろん栗山さんは十和田市に知り合いはいないのだが、みんな優しく温かく接してくれる。十和田市で初めての冬も近づき、北国の人にも寒がりな人がいるんだと知ったと笑顔で話してくれた。着物での接客は十和田では珍しいがお店の雰囲気もあり、着慣れているため違和感はない。
 料理はしゃぶしゃぶをメインに自家製、手作りにこだわって作っている。栗山さんは接客は大好き。忙しくなると手が回らないこともあるが、予約で埋まるくらい繁盛すれば嬉しいと今後の目標を見据える。今年は十和田市で初めての冬を迎えるので、温かい接客でお客様を迎えたいと語ってくれた。
20周年を迎えた劇団エムズ・パーティ
いろんな人との出会いを活かす地産地活!
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~仲島みちるさんプロフィール~
 昭和42年12月20日生まれ。三沢市出身。小学校1年生の時に両親の仕事のために十和田市に移住。三本木高等学校に進学し、卒業後は大学進学を勧められたが小さな頃から興味のあった舞台に憧れ、東京にある劇団「樹間舎」に入団した。
 舞台に出演しながらも、映像演技の勉強もしたいと専門学校に通いながら某有名女優の付き人もしていた。母が亡くなったのをきっかけに帰郷を決めるが、約5年間は東京を往復しながら通いで舞台も務めた。十和田市で劇団を設立することを決め、座長から名前を付けてもらい「劇団エムズ・パーティ」を平成10年に旗揚げした。アナウンサーとして働きながら、定期公演や乙女の像の朗読劇などを行い、今年で劇団20周年を迎えた。

 今回は、今年で20周年を迎えた劇団エムズパーティ・代表の吉田(仲島)みちるさんを訪ねた。
 みちるさんは舞台での演劇に興味を持ったのは幼いころからで、人前に出るのがとっても好きだった子どもだったという。小学6年生の頃に先生にお願いして演劇クラブを作るくらい行動的で、三本木高等学校へ進学しても、大学へは行かずに東京にある劇団(樹間舎)へ入団した。アルバイトをしながら劇団へ所属し、演技映像の専門学校へ通いながらも某有名女優の付き人などもしていたという。母が亡くなったのをきっかけに十和田市へ帰郷。アナウンサーやテレビリポーターをこなしながらも、約5年は十和田市と東京を往復しながら劇団へ通う日々が続いた。
 36歳で仕事や活動の拠点を十和田市へ移し、地元で劇団を作ろうと決意。その時の座長から名前を付けてもらい、「劇団エムズ・パーティ」が平成10年に旗揚げとなった。年に一度の定期公演を行いながら活動を続けていたが約5年前に病気で倒れ、しばらく休養していた時期もあった。脚本は社会的なテーマも多かったが、復帰作は十和田市にまつわる作品にしたいと高村光太郎氏の「乙女の像ものがたり」をベースに乙女の像ものがたりの朗読劇を作った。声掛けをしてキャストを一般からも募集。スクリーンでスライド上映しながら朗読劇を成功させるだけではなく、DVD制作では英語・韓国語・中国語版も作り、外国人観光客の推進にも協力した。
 今回の20周年記念のテーマを「地産地活!」にした理由を聞くと、地産地消の言葉の「消」はイメージがマイナスに感じて「活」に変えたいと思った。どんな出会いでも活かさないと次にはつながらない。十和田市に帰郷してから自分で動いた事でいろんな人と知り合えたからだと語った。
 ...その中で10周年記念の時に取材を受けた東奥日報の記者と仲良くなり、年賀状を交換していたが、ある年、亡くなったと聞いて残念に思っていた。それから数年、青森大学忍者部と接する機会があり、その中にその記者の息子がいることを知る。その子はオリンピックの開幕時のパフォーマーとして唯一、青森県から選抜されるほどで、青森にこんな子がいるという事を発信するためにも今回の舞台では青森大学忍者部と一緒に作りたかったと語った。残念ながら本番二週間前に予定していた子が怪我で出演できなくなった。急遽代役を探したところ、青森大学演劇部の子が代役を引き受けてくれて舞台は開演する事ができた。また、三味線奏者を演じてくれた外人とも知り合い、演出にも幅が広がった。出会う人たちで力を合わせられれば新しいものが生まれることを感じたと語った。
 20周年を過ぎ、今後は自分の出来るペースで楽しんで、考えてもらえるような作品を作っていきたい。また、団員は随時募集している。役者だけではなく、衣装・舞台・小物作りや音響などのスタッフも必要で、興味のある方は勇気を持ってチャレンジして欲しいと語った。劇団エムズ・パーティへのご連絡は...090‐7066‐2873迄。
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↑市長に地域活性化のために何かをやって欲しいと無理を頼まれる場面から始まる
↓忍者部に協力を頼んだアクションシーン
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~関川明さんプロフィール~
 昭和32年7月28日生まれ(61歳)三沢市出身だが3歳から十和田市に移住し育った。八戸工大二高に進学するが野球推薦を受けて工大一高を卒業した。卒業後は測量専門学校(中央工学校)へ進学し、就職は地元である十和田市の建設会社㈱田中組へ入社した。約22年勤めた後に㈱大阪へ転職。それから約18年、総合建設業の営業部長として十和田市の発展に貢献してきた。ドローン利活用を推進するため、DIN(ドローンイノベーションネットワーク)を設立し、初代の会長として就任した。

~髙見雅之さんプロフィール~
 昭和43年9月23日生まれ(50歳)十和田市出身。三本木高等学校を卒業後は東海大学に進学し土木工学を学んだ。卒業後は青森市の市役所に就職したが、土地などに専任した仕事をしたいと26歳で公務員を退職し、高見土地家屋調査士事務所を開業した。早くからドローンの有効性に着目し、業務に活用するとともにノウハウの研究や機材の改良なども行ってきた。専門的な知識と豊富な経験に基づく高い技術力を活かしてDINの技術顧問として幅広い活躍をしている。

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 今回はドローンイノベーションネットワーク(DIN)の会長・関川明氏と技術顧問・髙見雅之氏を訪ねた。
 関川さんは十和田市の建設業で約40年間勤める。昔からヘリコプターやラジコンなど無人操縦機を操るのは好きでドローンには興味を持っていた。宅建協会で髙見さんと知り合い、ドローン購入を決めたという。趣味として遊ぶだけではなく近年頻繁に起こる災害時などに利活用出来ないかと市とも話し合うようになるが形式として行政から個人に頼むことも難しく、実行部隊のいる組織としてDINを起ち上げる運びとなった。
 現在は十和田市と協定を結び、広域事業として拡大を進め、七戸町や野辺地町とも協議中。ドローンの可能性は様々あり、災害時の情報収集や物品運搬、観光アイテムとしての活用、農林業へのサポート・鳥獣被害の調査、建設業での3D画像作成など単独ではなく、何かの別業種と合わせることで利活用の幅はどこまでも広がる。組織としての強みはすぐに出動できる訓練している実行部隊のプロがいることだと語った。
 髙見さんは26歳で高見土地家屋調査士事務所を開業し、仕事では人が乗る航空機で撮影される真上から見た映像(オルソ画像)で依頼主とのコミュニケーションをとっていたが、無人飛行で3D画像データを記録できるドローンを知り、いち早くドローン検定協会で資格を取得。ヴァーチャルで立体画像を見せることにより、説明もスムーズでイメージし易いため、業務で活用しているという。
 ドローンは開発当初から有用性だけではなく、危険性があることも認められている。そのため、承認が必要な飛行は夜間飛行・目視外飛行・イベント上空飛行・30m未満の飛行・危険物輸送・物件投下などがあり、飛行には許可や知識も必要。開発が進み、高性能なものも増えているが解析ソフトも高額のため個人での購入は難しい。このような専門的な知識や機材を業務の他にも産業利用出来ないかと考えていた時に関川さんと出会い、DINの技術顧問として就任する運びとなった。
 観光分野ではVRを使ってまるで飛んでいるかのような疑似体験を提供することも可能。例として、歩くのには困難な奥入瀬渓流の流れの上を飛ぶような体験が出来れば観光推進にもつながるのではないかと語る。
 また、ドローンには森の中でもセンサーが自動で木を避けて飛んでくれる機能もあるので遭難救助者の捜索時に熊など野生動物との遭遇、足場の悪い場所でも気にせず飛ばせる。赤外線センサーで夜間に飛ばすことも可能で、物品を運ぶことも出来るので災害・救助などの場面での活用も増えて行くだろう。
 ドローンの利活用の方法を考えるとアイデアは無限に出てくる。髙見さんは今後は災害・観光・農林・建設などの産業利用を視野に入れ、高齢者や子どもたちのためにも活用できるように考えていきたいと語った。
 ドローンイノベーションネットワークへのお問い合わせは...TEL:090‐4041‐8927/FAX0176‐27‐6519迄
カフェ・エステ・絵本作家など他業種にわたり活躍している髙森 むつみさん
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 おいらせ町で2011年に創業。現在は六戸町小松ヶ丘に移転オープンした「TUBO Café」を経営し、絵本の作家・紙バンドのハンドメイド教室・美食・美容コーディネーターなど、多業種にわたり活躍している髙森むつみさんを訪ねた。昭和51年12月1日生まれ、三沢市出身。六戸高等学校を卒業後は理容師の資格を取るために専門学校に通いながら実務を積むために働いていた。20歳で資格を取得したが諸事情のため理容業界へは残らず、旧とうてつのパートとしてレジ・接客を学ぶ。21歳の若さで結婚・出産し子育てに専念。主人の職場の社宅で過ごしていた。おいらせ町に家を建てた頃に主人の転職も重なり自分も子育てをしながら仕事を探す事となった。自宅で紙バンドを使ってバックなどを作る教室を開き、子育てと両立しながら働いていた。子どもが小学生の頃に図書ボランティアをやっていた流れで図書室の大改造を任せられる。本に興味を持ってもらおうと清掃・整頓・装飾など考え、その頃に自分で作ってみようと思い約1年半かけて完成したのが「ゆめひつじ」だった。また、父がうなぎ職人だったためか料理に関しての技術が身についていたため、資金的な問題を約3年かけて乗り越え、車庫をカフェに改装し「TUBO Café」をオープンした。オープンしてから最初の一週間はお客様がこなかった思い出は忘れられない経験だと語る。周知のための宣伝をし、大人でも子供でも食べられる料理を考え提供。健康食ブームもあり、経営も少しずつ安定してきた。6年間続けてきたおいらせ町から引っ越しを兼ねて開発が進んでいる小松ヶ丘に移転オープンし新たな活躍の場を広げている。

 今年4月28日に「14‐54CAFE」をオープンした中野渡さん夫婦を訪ねた。中野渡卓也さん(26)は青森市出身、中野渡実知さん(26)は弘前市出身の移住者夫婦。大学卒業後に青森市の特別支援学校の臨時講師として勤務したことが2人の出会いで、去年の5月に十和田市に遊びに来たときに「14‐54」オーナーのアレックスとマイケルに出会い、将来的には飲食店もやってみたいとの想いもあった中野渡さんと14‐54でカフェをしてくれる人を探していたアレックスと意気投合し、転職を決意したという。7月には起業企画書を提出し、12月にはプレオープン。臨時講師を退職後に4月正式オープンと、出会いから行動までがとても早く驚かされた。
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 中野渡さんは十和田湖や奥入瀬渓流のイメージが強かった十和田市の街なかを歩いてみると美術館があったり意外と都会だと感じた。寂しくなったシャッター街にも逆にいろんな可能性を感じたという。カフェでは地産品の野菜や県産品のコーヒーなどを提供したい。珍しいゴボウのホットサンドも人気がある。とりあえずは肩肘を張らずにカフェというより14‐54をコミュニケーションスペースとして利用してもらい、+αでホットサンドやコーヒーなど召し上がってもらえれば嬉しいと語った。
 フォトスタジオおだしまの「小田島星和」さんが6月に開催された青森県写真協会主催の第4回写真コンテスト・自由作品の部で金賞を受賞した。コンテストは他に営業作品の部と全体のグランプリからなる。テーマが自由なことからフォトスタジオおだしまで夏期に企画したキッズフォトキャンぺ―ンからシャボン玉で遊ぶ親子の写真を選んだ。タイトルは「シャボン玉いっぱい」でシャボン玉で遊ぶ親子の時間、子どもの表情に注目し、仕上がりを見て親が喜ぶような写真にしたかったと語る。
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 また、受賞を喜ぶ小田島さんが現在、もう一つ取り組んでいるのが西日本豪雨災害によって流れてしまった写真の洗浄だ。泥の中のバクテリアが写真を食べてしまうので時間と共に増殖するバクテリアで真っ白になってしまった写真もある。PGC(全国の若手写真館経営者が参加活動する団体)を通して岡山県にある写真館から写真洗浄の依頼があり、それを引き受けた。作業自体はそれほど難しくないのでFacebookなどでボランティアを呼び掛け手伝ってもらってもいる。被災地から届いたばかりの写真は泥と薬品の溶けたような臭いが混ざり、その悲惨さを物語る。洗った写真はくっつかないように一枚一枚離して干していく。感情移入しては作業が進まないので坦々とこなしているが、とある家族の何千枚とある写真を洗浄しながら赤ちゃんからの成長を見守ると、まるで知っている人かのような錯覚も覚えてしまい、現在はどうなってるか気になってしまうという。
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 東日本大震災の頃は学生だったので気付けなかったことは、パソコンやスマホのデータは何かの拍子で消えてしまう事もあるのできちんとプリントをして形として残していないと思い出も流され消えてしまうと感じた。
 大掃除の時にうっかり昔のアルバムを開いてしまい、思い出を振り返ると作業が止まってしまう経験は誰でもあるのではないか?写真には思い出や記憶を形として残す力がある。スマホの画像データではなく、形として残して欲しいと語った。
ふしぎな花倶楽部押し花インストラクター
東大野美穂子押し花教室
講師 東大野 美穂子さん
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 現在、十和田馬事公苑称徳館で企画展「蝶と押し花アート展」で押し花を展示している東大野美穂子押し花教室の講師・東大野美穂子さんを訪ねた。昭和35年4月28日生まれの十和田市出身。高校卒業後は東京の大学へ進学し、被服やデザインを専攻する。
 小さな頃から花は身近にあって草木や庭木がある環境で育ててもらったという東大野さん。「花」の表現方法は種類や大きさや色や形によっても違い、フラワーアレンジメントやいけ花やドライフラワーや花壇作りなど用途もジャンルも多種多様ある。その中でも小さな花が大好きで旅行先での風景を押し花で表現するのが好きだったという。
 嫁ぎ先が美容院だったために初めは花嫁のブーケ作りやフラワーアレンジメントなどをしていた。九州・東京・北海道では盛んな押し花のインストラクターとして「ふしぎな花倶楽部」のセミナーに参加。全国を回って勉強を兼ねて活動していたが、一言で「押し花」と言っても好みやジャンルは人それぞれで自分がやりたい作品作りに専念するために約22年前から自身の押し花教室を始めた。
 称徳館での企画展は今回で3回目。毎年11月の市民文化祭でも作品を展示、4月から5月頃まで浅虫の道の駅でも個展を開催している。また、受け入れボランティアの職場体験として小・中学生、幼稚園の母親などを対象にした講習会も行い指導もしている。押し花教室では生徒募集中。お問い合わせは...090‐9036‐8277迄
身体と心を整える運動療法
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ルーシーダットンインストラクター
苫米地 香さん
 十和田市内外で「ルーシーダットン」のインストラクターとして活躍する苫米地香さんは昭和56年3月17日生まれ、新潟県出身。学生時代からアルペンスキーに情熱を打ち込んでいたが、腰などを痛める怪我をしてしまい、整体・病院通いが続く毎日に気持ちまで落ち込んでいた。結婚を機に青森県に移住。旦那さんの母親がアクアビクスのインストラクターをしていたこともあり、手伝いや参加をすることで身体を動かす事が気持ち良いと改めて感じた。何か出来ないかと探していたところに自己整体を目的としたタイで伝わる運動療法「ルーシーダットン」と出会う。初めて身体を動かす人や、筋力の衰えた人、高齢者でも始めやすいという点や「自己整体」という言葉に惹かれ週2で八戸市の教室に通った。自身の身体の調子が良くなっていくことを実感し、子育てで忙しい中でもずっと続けていきたいとの想いから、インストラクター養成講座を受けて日本ルーシーダットン普及連盟認定インストラクターとなった。
 苫米地さんは自身の会社(会場)を持たない出張インストラクターとして市内外から依頼があれば様々な場所で教室を開催している。現在の定期開催教室は総合型スポーツクラブRED HORSEの一環での開催、南部町での出張教室、お寺の本堂でルーシーダットン、座禅、法話をする教室も開催。また、保育園で子育てに忙しいお母さんを対象に企画しているホットママプロジェクトでも教室を開催し好評を得ている。自身で身体と気持ちを整える自己整体「ルーシーダットン」の良さをもっと広めていきたいと語った。お問い合わせは...Facebookで検索、またはtoma.kao.a@gmail.com迄。
新しい技術にも進んで取り組む
地域の境界 守りつなげる仕事人
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~力石優さんプロフィール~
 昭和58年12月6日生まれ(34歳)
十和田市出身。三本木高等学校を卒業後は福島県にある会津大学コンピューター理工学部に進学。(有)力石測研の創業は平成3年、力石さんが小学校1年生の頃に独立起業した。一人息子だったが家業を継ぐ事は強制されていなかったため、大学卒業後は東京の飲食チェーン店へ就職し接客や調理を経験した。諸事情により24歳の時に家業を継ぐために帰郷し、入社してからは資格を取得するために励む。25歳で行政書士、27歳で土地家屋調査士の資格を取得する。
 十和田市内の道路や下水道の測量・設計を行う有限会社「力石測研」の力石優さんを訪ねた。
 測量は新しい道路や建物を作るときに高さや距離を立体的に測ることが仕事。最近ではドローンを使った空撮や、そのデータを基に3Dビューで写真を立体的に見られる技術なども発達し、測量という仕事にも付加価値を生む事で依頼者へ解りやすく伝えることが出来るようになった。
 力石さんは測量士ではなく土地家屋調査士・行政書士の資格を取得。主に土地や建物の登記申請、土地境界の測量、行政への届出・許可申請などが業務だという。空き家問題など時代の流れや法律改正による課題にも順応していき、ドローンによる空撮・測量など新しい技術も進んで導入していきたいと語る。
 また、地域のために何かしたいと公益社団法人十和田青年会議所(JC)にも入会し6年目、今年はお祭り委員会の委員長を任せられた。今年から会場が変わるために雨天時にはどうするか?ステージ作りをどうするかなど懸念材料は多いが、課題を乗り越え成功させたいと意気込む。JCでは人とつながっていかなくては次に進めない事が多く、コミュニケーション力を磨ける場所だと思うと語った。
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