はたらくひと必読!仕事人!!

お客様と長く付き合える中古車の
修理・販売・保険の相談請負人
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~中野隆生さんプロフィール~
昭和54年6月20日生まれ(37歳)
 旧東北町出身、野辺地西高等学校を卒業後、札幌にある建築関係の専門学校に進学。20歳で卒業してからは十和田市の建設会社に就職し、約9年間勤務して退社。(有)中野自動車整備工場の中古車部門で販売・営業をする。
 保険も学びたいと出向のような形で東京海上日動のインシュアランスプランナーの研修制度を利用して社員として入社。34歳で(有)中野自動車整備工場に復帰勤務し、中古車の販売・修理・保険などに務める。

 今回は中野自動車整備工場勤務の中野隆生さんを訪ねた。おっとりとした優しそうな雰囲気で迎えてくれた中野さんは、東北町出身で野辺地西高校を卒業後は札幌の建築関係の専門学校に進学。当時は家が裕福ではなかったために学業の成績で特待生となるために努力したという。20歳で卒業し、十和田市の建設会社に就職。そこで9年間勤務し、退社後は(有)中野自動車整備工場に転職する。中古車の販売や修理、営業もしていた。
 東日本大震災をきっかけに保険も学びたいと出向のような形で一度退社し、研修制度を利用して東京海上日動に入社。当時はかなり厳しいノルマをこなす研修だったために苦労も多かったと語る。飛び込み営業は苦手ではなかったが、そこで気付かされたのは自分は十和田市に同世代の知り合いがいないという事だった。まずは人脈を作るために忙しい最中だったが十和田青年会議所に入会を決めた。34歳の時に東京海上日動を退社し、(有)中野自動車整備工場に復帰した。
 また、去年の十和田青年会議所60周年記念ではおまつり委員会で委員長を務め、初めてのウマジンの創作演舞や十和田囃子の合同演奏など担当するなど活躍もみせる。
 中野さんはこれからも客層を増やしながら中古車を販売・修理し、お客様と長く付き合えるように接していきたいと語った。
 中古車販売・修理などのお問い合わせは...0176‐23‐5570迄
ゆっくりとした時間と空間で
教えるよりも伝えたい美術の面白さ
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合同会社スクール&カフェ友実家
主任講師 佐伯 知美さん
 今回スポットを当てたのは旧仏蘭西屋にスクール&カフェ友実家をオープンし、講師としても活躍する佐伯知美さんだ。(現在の姓は安田)
 昭和57年12月18日生まれ(34歳)旧東北町出身。三本木高校を卒業後は弘前大学教育学部生涯教育課芸術文化専攻に進み教育と美術について学ぶ。卒業後は七戸町立鷹山宇一記念美術館に勤務しながらも、七戸高校八甲田校舎(旧八甲田高校)や六戸高校の美術の非常勤講師としても働いた。
 7年間勤務した鷹山宇一記念美術館では教育普及を担当。地域の人が美術館に足を運んでもらえるようにワークショップなどを企画し講師として務める。諸事情があり29歳で鷹山宇一記念美術館を退職する。
 退職後は先生として美術を教えるよりも講師として美術の面白さを伝える事が好きなんだと気が付き、東公民館を借りてソープ&ベジタブルカービングや日本画の教室を始めた。喫茶店でバイトをしながら教室を開き、以前からつながりのあった出張講師も続けていた。借りている教室が時間枠で決められていて、あと少しで完成する作品も途中で終わらなければならない事もあり、ゆっくりとした空間と時間を作りたいとの想いは強くなった。フワっと考えていたイメージに少しずつ輪郭と色を付けていき平成27年10月21日にスクール&カフェ友実家をオープンする事となった。
 お問い合わせは...0176‐23‐6300/ホームページは...https://www.tomomika.com/Facebookでも教室の情報を発信している。
郷土の未来を切り拓く先駆者たれ
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~西村盛男さんプロフィール~
昭和56年6月15日生まれ(36歳)
 三沢市出身、東奥義塾高等学校を卒業後、早稲田大学へ進学。大学卒業後は家業を継ぐために帰郷した。ライズオートに入社し、車両部品販売の卸売り業を学びながら主に市内の整備工場やディーラーなどに販売する。2008年12月に現在卒業してしまった先輩に誘われ、三沢青年会議所に入会する。国際色の強い三沢の個性をJC運動を通して学びながら、次の世代を担う先駆者としての覚悟を持ち、今年度の三沢青年会議所の理事長として就任した。

 今回訪ねたのは、2017年度の三沢青年会議所の第54代理事長として就任したライズオートの西村盛男さんだ。早稲田大学を卒業という素晴らしい経歴を持つが、それを感じさせないような親しみやすい人柄と雰囲気を感じた。
 家業を継ぐために帰郷してからは主に一般販売ではなく、整備工場やディーラーなどの業者に車両の部品販売をする仕事を学ぶ。
 西村さんは約1/5が外国人だという特徴のある三沢市で生まれ育った。外に出て気付かされた他の街にはない個性と魅力がある大好きな街のために何かしたいと27歳の頃に三沢青年会議所に入会する事となる。
 そこでしか出会えない仲間、そこでしか学べない経験など、JC運動を通して活躍し成長。
 「三沢国際サマーフェスティバル」や「三沢・沖縄児童交歓事業」などを軸に、地域の活性化と青少年の健全育成に貢献し、これからの郷土の未来を担う先駆者として多様な運動を展開していきたいと、三沢青年会議所の第54代理事長として任命され、就任する事となった。スローガンである「郷土の未来を切り拓く先駆者たれ」は自分自身だけではなく、一人一人が郷土の未来に責任を持って欲しいという想いと、それを実現するためにリードしていける人になるという意志が込められている。
 課題はたくさんあるが国際色豊かな文化を活かして、青少年育成と地域活性化に貢献していきたいと語った。
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~私たちの未来を創造する~
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~小関教仁さんプロフィール~
昭和52年10月2日生まれ(39歳)
 三本木中学校を卒業後は幼少から続けているサッカーで上を目指すために、名門・山田高校に進学し活躍。卒業後は私立青森大学経営学部に進学し経営学を学ぶ。大学卒業後は家業である有限会社小関麺興商事に入社し、一から麺の作り方を学び、技術・知識・経験を積み重ね、34歳で工場長として就任した。2011年11月に十和田青年会議所に入会。今年度の十和田青年会議所の理事長として就任した。

 今回は十和田市青年会議所第61代理事長として就任した(有)小関麺興商事の小関教仁さんを訪ねた。2011年11月に十和田青年会議所に入会。そして今年度の第61代理事長として就任した。
 去年が60周年という節目であったが、今年度はその節目の次の一歩目として大事な年だと思う。その理由の1つとして第一線で活躍してくれたメンバーが去年6人、今年で13名が卒業することとなり、この2年間で19名も会員が減る事になる現状がある。まずは最優先課題だと思っている会員拡大に力を入れたい。
 事業としては青少年育成事業、中日お祭りを軸に地域に貢献していきたい。今年のスローガンを「image」としたのは想像なくして創造もない。イメージしたことを行動に起こすことが大事だとサッカーを通して学んだ。技術よりも挨拶や礼儀を大事にしていき、JCの個性の強いメンバーをしっかりとまとめて強いチームにしていきたいと語った。
 自分はまだ入会5年目で経験は浅いので自身の成長のため、そしてメンバーの成長のために理事長職をまっとうしていきたい。組織の上に立ち、責任とプレッシャーを感じながら様々な事業を経験とし、人の役に立てるように地域貢献につなげていきたい。
 理想のJCをイメージして今年1年取り組んでいきたいと語った。
立ち止まって観ると探せる光
 自然が生んだ歴史を歩きながら
奥入瀬渓流の魅力を伝える案内人
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NPO法人 奥入瀬自然観光資源研究会
事務局・ガイド 玉川 えみ那さん
 今回スポットを当てたのはNPO法人奥入瀬自然観光資源研究会(通称・おいけん)の事務局でガイド(案内人)を務める玉川えみ那さんだ。
 昭和60年3月24日生まれ(31歳)三本木高等学校を卒業後、東京の玉川大学に進学。この時に知り合った玉川さんと後に結婚する事になる。卒業後は写真関連の卸売り業で働き、27歳の時に帰郷した。
 学生の頃にはあまり興味もなく行ったこともなかった奥入瀬渓流。父親の起ち上げた旧ノースビレッジが企画していたモスプロジェクトに参加することになり、カヌー体験や苔の専門家を呼んでの講習会などを開いたりと奥入瀬渓流に携わることが多くなり、自然の大きさへの衝撃と小さな自然の感動の虜になってしまったという。ガイドの河井さんとの出会いで蔦温泉の周りのブナの話しや奥入瀬渓流の自然や苔の価値や魅力を教えられ、それを伝えたい!との使命感が生まれた。任意団体として起ち上げた「おいけん」は河井さんを中心に2014年にNPO法人に認定された。素晴らしい景色を見て歩く観光から、本当の「光」を「観」る観光へ、立ち止まらないと観えない苔などの小さな自然が大きな自然を作り上げている事を知って欲しい、ガイドをしながら伝えたいと語った。観光シーズンも一旦落ち着き、これからの冬季の観光事業をどうするべきかが課題という。また、玉川さんはこの取材の中でも書ききれないほど絶対に聞かなければ知らないような事をたくさん教えてくれた。
 奥入瀬渓流の本当の魅力を知りたい方は...0176‐23‐5866(おいけん)迄
オペラを歌う保育士
音から伝える園長先生
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~山内豪士さんプロフィール~
 昭和52年11月22日生まれ(39歳)幼少から音楽は大好きで小学校時代には合唱部、兄の影響もあり八工第二高を卒業してから昭和音大に進学し、オペラ歌手を目指す。卒業後は浜松の楽器の博物館に就職しながらも25歳で帰郷した。初めは楽器の指導者として保育に携わったのがきっかけで、幼児期に自分で考え自分で行動することに適しているマーチングなどを教えるているうちに、保育士として目覚め、資格を取得。平成28年に園長として就任した。

 今回は十和田市で数少ない小規模認可を受けているきく保育園の園長・山内豪士さんを訪ねた。小規模認可とは0歳児から3歳児未満までの赤ちゃんを預かれる保育園のことで、関東では家庭的保育の地方型として待機児童の解決のために急増している。特徴としては県ではなく、市の認定なので預かれる園児の年齢や人数、保育士の必要定員など条件は自治体ごとに違うという。
 元々はオペラ歌手を目指していたという経歴を持つ山内さんは音楽の持つ力を知り、それを通して元気に活動したり、集中力を高めたり、落ち着かせたりなど様々な場面で「音」を伝える指導者として保育に携わった。それをきっかけに保育士の資格を取得し、現在は園長として勤務している。保育園主観の保育園ではなく、親と子供たちと相談しながら同じ目線で保育を考える保育園を目指していきたいという。小規模認可(3歳未満)ということもあり、小学校に上がる6歳まで見れない事や、園長としての仕事が忙しく、園児たちとの時間が多くとれないのが大きな悩み。そして39歳独身なのが小さな悩み(笑)だという。また、昨年度は忙しい最中でも十和田青年会議所に入会するなど地域活性化にも意欲的で職業体験事業などに携わった。時間のない中での時間を大切に使うことを学んでいきたいと語った。
 少子化が進む中でも待機児童が増える理由は、3歳未満児が預けられないから働けない→育児疲れから働く意欲が減る→働いていないから預けられない...という流れもあるという。これからは小規模認可をもっと広めて制度として6歳児まで預かれるように働き掛けていきたいと目標を語った。 
 きく保育園へのお問い合わせは...0176‐23‐9066迄
仕事と人と地域をつなげる
介護支援のプランナー
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~橘友博さんプロフィール~  昭和55年7月16日生まれ(36歳)
 八工第一を卒業後、東京の福祉専門学校に進学し、20歳で帰郷してからは十和田湖会(社会福祉法人)特別養護老人ホーム湖楽園に勤める。34歳までケアマネージャーとしての仕事などを学び、独立を決断する。忙しい中ではあったが、じゅんちゃん一座の長男役で活躍しながらも平成27年10月に目標を叶え、「合同会社くらしラボ」をオープンした。

 今回はじゅんちゃん一座の長男役でも活躍中で去年10月に「合同会社くらしラボ」を起ち上げた橘友博さんを訪ねた。学生時代は柔道や極真空手で活躍していたという橘さんは、武道とは全く縁のなさそうな介護福祉の道を選んだ。そのきっかけは、亡くなったお祖父さんを介護した時に自分には出来ない事が多かったという後悔からだった。
 東京の福祉専門学校を卒業してからは地元に帰郷し、介護福祉士として実務しながら難関でもあるケアマネージャー(介護支援専門員)の資格を27歳の時に取得。介護だけではなく、利用者が何が必要で、どう支援すればいいかの計画を立てる役職となった。約14年間、湖楽園で働きながら目標であった独立を決意。平成27年10月に「合同会社くらしラボ」を設立した。
 現在は社長兼ケアマネージャーとして勤務し、病院や地域支援センターなどから依頼を受け、利用者の様々な要望がきて応えるのが仕事だが、何から何までやってしまうと金銭的負担も上がり、利用者が自立できなくなってしまう。そのため必要最低限のサービスで最大限の満足を得てもらうための計画を立てる。近い将来、高齢者は全体の30%を超えるため、生きがいや楽しみをもって生きていける社会。地域で見守り支え合う地域づくりを目指していきたいと語った。
 また、今後の目標としてはシニアの有償ボランティア事業も企画し、地域のコミュニティも復活させていきたい。仕事と人と地域のつながりの間に立てる仕事に誇りを持ってこれからも頑張っていきたいと語った。合同会社くらしラボへのお問い合わせは...0176‐58‐6429迄
頑張るママにオーダーメイドの癒しを届ける
自宅エステサロンAnje(アンジュ)
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 今回スポットを当てたのは自宅エステサロンを経営するエステティシャン天間綾子さんだ。昭和57年8月25日生まれ(34歳)出身は大阪府。父の仕事の転勤で中学3年生の時に八戸に引っ越してきて八戸の千葉学園高等学校に入学。卒業後は事務職に就職するが興味のあった大手の美容の会社に転職しエステティシャンとしての技術を学ぶ。それから結婚をし、育児と仕事を両立しながらも12年間仕事を勤め、5年前に十和田市に移住してきた。現在3人のお子さんがいる天間さんは第3子を生んだ後に育児にも時間を作りたいと去年の6月に自宅を改装し、エステサロン「Anje」をオープンした。綺麗になるサポートをするエステは女性のコンプレックスを解消する仕事だが、それ以外にもストレスなどの緩和、精神的な安定を促すことが出来る。同じ悩みで疲れている母親の仕事を癒すためにも独立を決意した。敷居が高いようなイメージのあるエステも自宅サロンで気軽に入りやすいと好評なようだ。
 また、神奈川県に手のマッサージ「エナジーハンド」を学びにいく。子供から高齢者までが対象で、関東の方では認知症の予防にも効果があるというシニアエステが注目されているためだ。ベースは自宅サロン、施設なども回り、企画なども考え、いろんな人に気軽に体験できる心の疲れを解すマッサージを届けていきたいと語った。

共に目指すのは社会貢献と地域活性化
サン・ロイヤルとわだ 総支配人 佐藤祐二さん
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一般財団法人 済誠会
法人事業管理部 部長心得 三浦親堂さん
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原点回帰
 記者/平成28年6月1日から「サン・ロイヤルとわだ」の経営が「一般財団法人済誠会」へと移行した。なぜ今なのか?そしてこれからどうするのか?をサン・ロイヤルとわだ総支配人「佐藤祐二」氏と(一財)済誠会の法人事業管理部部長「三浦親堂」氏に訊ねてみた。
佐藤 元々サン・ロイヤルとわだは社会福祉事業会館として創立した会館を平成13年に建て直したもので建物の所有権は済誠会のものだったんだよ。経営は順調ではあるが、どの業種にも当てはまる問題、人口減少の波からくるブライダル事業の低迷化は避けられない。将来的な経営を見据えて経営移行の話しが出たよ。
三浦 しかし、単に経営を入れ替えるのではなく、これまでの実績をきちんと評価し、基盤を築いてきたサン・ロイヤルとわだに運営を任せつつ、精神科を先駆ける済誠会の目標である社会貢献の1つ、心に病にある患者の自立支援、社会復帰の中間の場としてこの建物を活用出来ればと済誠会が経営を受け持つ運びとなったんだ。
共存共栄
 記者/まったく違う業界・職種が手を組んだことになりますが、お互いに何か変化はありましたか?
三浦 これまでも心に病のある人たちの社会復帰のためと思い仕事をやってきたが病院の施設だけでは限界を感じていた。外に出て仕事が出来る媒体の1つとしてサン・ロイヤルとわだという場所を活用していきたい。今までとはまったく違う職種について学ぶことも驚くことが多いが、出来る事は増えたので今後に広げていければと思う。
佐藤 基本的なスタンスは変わらない。しかし、これからはブライダル事業だけでなく様々な企画なども考えていかなくてはならない。いまは模索しながらお互いがWinWinの関係になれるような魅力的な仕事がしたい。それが出来れば会社が活性化し、それが地域の活性化にもつながっていければと思う。その手始めとして毎月開催しているランチバイキングを定着させていきたい。済誠会ともしっかり手を取り合い、もっと誰でも利用できるような気軽に入れる交流の場にもなればいいと思う。
 記者/お互いにベースは変わらないっとことですね。これから何か新しい事をやる予定はありますか?
三浦 事業を起ち上げたり拡大することは可能、サン・ロイヤルと組むことでさまざまな可能性は広がった。
佐藤 今回のランチバイキングではベル・クオーレ「(一財)済誠会・就労継続支援B型」のお菓子作りも組み込んだりね。
三浦 実は済誠会は農園もやっていて、今までは病院の給食として出していただけだったが農園の野菜などを加工したり、道の駅で販売したりするようになった。心の病と戦っている人に働ける場所を作ること、最終目標は患者様の社会復帰までを手伝う事だと思っています。
 記者/働ける居場所を作るって素晴らしいですね。そういえば経営移行までの発表と実行はかなり早かったですよね。
三浦 一番驚いたのは4月から話しが上がってバタバタと6月から切り替えがあって不安はたくさんあったのに、不満などがないことでしたね。これはサン・ロイヤルの受け入れ態勢がしっかりしていたんだと思います。
佐藤 もともとサン・ロイヤルではホールや営業、清掃員から厨房スタッフなど社員が集まって役割の違う目線からの意見などミーティングはかかさずやってましたからね。
 記者/トップダウンの意思統一がしっかりしてるんですね。
佐藤 6月からは現場にも患者様を社会復帰のためにスタッフとして働いてもらい、少しずつチャレンジさせている。サン・ロイヤルとしては人件費を落とせるし、浮いた利益をお客様にも還元できる。
 記者/患者の家族にとっても有り難い話しですね。これからの目標などありますか?
佐藤 ランチやイベントをメインに、それからまた広げていきたい。喫茶店などもやってみたいね。
三浦 これからは社会貢献できる場として活用していければいいと思う。患者様にも継続的な支援も続けていきたい。
佐藤 誰でも活用できる安定した十和田市の集会場のような存在になれるように、地域活性化につながる場所にこれからも頑張っていきたい。
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心と身体を温める癒しの空間
人が集まる温泉目指す女将さん
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~丸井香織さんプロフィール~
 昭和61年12月6日生まれ(29歳)十和田市出身。三沢高等学校を卒業後、東京にある共立女子大学に進学するが諸事情により大学2年の時に中退。当時は何かをやりたいという気持ちは強く、その何かを探して通信大学や心理学など学んだりしていた時期もあった。23歳の時に就職が決まっていたが、とある事件があり実家に戻ることになり、そのまま丸井重機建設に就職する事となる。十和田温泉オープンに伴い丸井商事株式会社に異動し総括課の課長として就任する。温泉ソムリエの資格も取り、女将的存在でお客様を迎える。

 今回訪ねたのは十和田温泉で美人女将を兼ねる丸井商事株式会社の総括課課長の丸井香織さんだ。22歳の頃に帰郷してからは丸井重機建設に総務として就職。また同年、何かをやりたいという意欲を持って十和田青年会議所にも入会し、十和田市のこれからについて様々な考え方や経験を学ぶ。数年前に丸井商事が十和田温泉を営業すると聞いた時はまだ他人事だったがオープンしてから直ぐに丸井商事に異動する事が決まり、29歳の若さで統括課課長として就任した。
 お客様に喜んでもらえるようにと任され、温泉ソムリエの資格も取得し、フロントに立って何を求められているか考えた。老若男女、様々な利用者の方が多いが、女性の視点から美容や癒しの空間として利用できるように「和酒女子」と企画した酒粕パックや、十和田バラ焼きゼミナールとコラボした「バラ風呂」など、女性の憧れを叶えられるような温泉を目指したいという。また、ゆったりとした空間と時間を過ごせるように漫画や雑誌、小説などを多めに置き、利用者が時間を気にせずくつろげるゆとりのスペースも用意した。
 まずは人材育成からとスタッフ内で「ありがとうカード」と名付けた感謝の気持ちを伝える投書箱を設置。これによって親近感が生まれ、感謝される喜びを知り、女性が働きやすい雰囲気と環境を作りたい。それがお客様にも伝わるような接客を心掛けていると教えてくれた。
 温泉は「安全・安心・清潔感」を一番大事にしたい。細かな所に目が届くような清掃と、かゆいところに手が届くようなサービスを提供したいと語ってくれた。
 営業は順調で利用客も増えている中、事件は今年7月に起きた。お客様から温泉が温いと報告があり、調べてみると塩分濃度が強いためか地下の配管ケーシングに穴が空いてしまい土が混ざった源泉が流れ出てしまっていた。やむなく約一ヶ月間休業する事となり、同敷地内に温泉を掘削する事を決めた。一時的にボイラー設備を導入し、源泉を混ぜた湯沸かし湯で営業は再開。工事中に珍しい掘削現場見学ツアーを企画するなどピンチがあってもプラスに変えていこうとする姿勢が素晴らしいと感じた。やりたい事はいっぱいあるが今はまだ我慢、温泉としての営業は今年12月から再開する予定なのでお客様が喜ぶような企画も今後考えていきたいと語った。
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